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『如月のある日の遊園地 』
九尾・桐伯0332

あやかし荘。
まだお日様も高く――と言うより午後のいい時間。
子供達ならお昼寝タイムを取るであろう時間寝ている人物が一人。
職業が深夜営業の為に昼夜が逆転していると言うのもあるが
寝ている人物としては、これがいつもの日常であるので気持ちよく、休んでいた。
が、その睡眠を妨げる―――いいや、これは今から寝ている人の部屋に忍び込もうとしている
人物にかなり失礼だが―――人影が、一つ。
何故か合鍵の様なものを取り出し扉を開けると目当ての人物へ足音を立てずに
近づき……そして。

たたたたた………。

ぼすんっ。

「桐伯さんっ、起きて―――!!まだお日様も上にあるよっ?
寝ないで柚葉と遊ぼうっ!!」

と、寝ている人物―――九尾・桐伯の腹部へ勢い良く乗ると彼を起しにかかった。
のしかかっている人物の名は柚葉。
同じくあやかし荘の住人である。

「は……はい? ああ、柚葉さん……おはようございます」

眠そうな瞳を擦ると桐伯は漸く柚葉へと視線を定めた。

「…だから、まだお昼なんだってば。おはようじゃないよ?」

むぅと柚葉が少しばかりふくれているのをみて、にっこり微笑む。

「そうでしたね…で、どうされました?」
「これこれ!!」
「はい…? ああ、ちょっと待ってくださいね起きますから…だから
いい加減、このマウントポジションを取るのは出来たら……」
やめましょうね、柚葉さんとは言えずに桐伯は「これこれ!」と差し出された
旅行会社用のチラシだろうか、それを見た。
そこには大きな見出しで『某大型遊園地にてナイトパレード開催中!お申し込みはお早めに!』とある。
「ふむ…某ネズミ王国のナイトパレードですか……いきなり言われましても……」
「…………駄目、なの………………?」
うるる。
そんな音が出そうなほど瞳を潤ませながら柚葉は桐伯に問うた。
ぐっとつまる桐伯。
丁度良く明日は休みだ。
だから連れて行くことも出来るし駄目と言う事は無い。
と、言うか……このような瞳をされ、駄目だなんて誰が言えるだろう?
いいや、誰も言えまい……。
「解りました…連れて行きますから、そんな雨の中捨てられた子犬の様な瞳で見ないで下さい」
「ホント?」
「ええ、明日は仕事も丁度お休みですからね」
「やったねっ。じゃあ早速行こう、今すぐ行こう!!」
「ま、待ってください柚葉さん…私に着替えると顔を洗う時間を与えてください」
ぐいぐいと手を引っ張られ、桐伯は少し苦笑する。
が、妹がいたらこんな感じなのだろうと思い引っ張る力を嬉しく思いながらベッドから起き上がった。



*********


「ねぇねぇ、まだ?」
「……これでも全速力ですよ、柚葉さん。」

場所は変わりとある高速道路。
先ほどの勢いさめやらぬ状態で柚葉は素早く変わる光景を眺めていた。
横では微笑を浮かべながら涼やかなまでに運転をしている桐伯がいる。

「んー…でももうちょっと早く、とかは?」
「心配しないでも遊園地は逃げませんよ。それより遊園地へついたら少し食事か
お買い物でもしましょうか?」
「うん! 楽しみだなあ♪」

車は柚葉の声に応える様に希望の場所へと近づいていく。
夕暮れと同じように正確に。


**********


「……うわ、大きい……」
「そうですね日本では一番に大きい遊園地かもしれません」
「ねぇ、ねぇ」
くいくい。
チケットを買い歩き出そうとすると服の裾を引っ張る手。
「はい?」
「まだ早いけど入っても平気なの?」
「ああ…大丈夫ですよ。 通常のパスポートにしましたからね。
ナイトパレードが始まるまでは遊び倒すとしましょう」
「本当にいいの?」
「ええ」
にこやかな笑みに応えるのは、やはり本当に嬉しそうに笑う心からの笑顔。
二人揃って…と言うのは無理だが仲良く入園すると柚葉は時間を惜しむように駆け出した。
桐伯もそれに付き合うように歩き出す。
まだ明るい園内で色々な音の洪水と風船が溢れるばかりに踊りだすかの様な
雰囲気はこの遊園地独特のものだろう。
「綺麗だね♪」
「はい……しかし…こうやって昼間から遊園地に来るのは久しぶりですよ」
「そうなの? なんで?」
「仕事の都合上、どうしても昼間に睡眠を取りますからね。明るい内は動けないものなんですよ」
「ふぅん……あ、ポップコーン売ってる!」
「ふふ……」
露店を示し「ほらほら!」と言う柚葉にどうしてか笑みが漏れてしまうのは少しばかり
優しい陽気のせいなのかもしれない。
家庭環境に恵まれてはいないと自分では思っていなかったが、こういう日があると
やはり幼少のころは寂しい時間を過ごしていたのではないかと考えてしまう。
だからこそ、更に楽しいとも感じるのだろうか。

(…たまにはこういうのも、本当にいいものですね)

「さて、まずはどうしますか?」
「ナイトパレードが始まるのは何時くらいなの?」
「確か7時くらいではありませんか?…今が4時半を少し過ぎたところですから……
2時間は軽く遊べますよ」
「んー………じゃあ、えっとねあれ乗ってみたい。凄いスピードで落ちたり上ったりする奴」
「なるほど。では何処の世界のがいいですか? 西部世界と未来世界…と
後は森の中の湖の様なところですが、そちらと」
「そんなにあるの!?」
「はい。色々な世界に此処は分かれているのでアトラクションも色々と
あるんですよ。柚葉さんが面白そうだなあと思うところは何処でしょうね?」
「う…うー……。ちょっと待って!入園のときにもらったパンフレット見てみるからっ」
うーん、うーんと唸りながらパンフレットを捲る柚葉。
が、どれもこれも面白そうでどれか一つ、などとは選べそうも無い。
「……あのね?」
「はい?」
「3つ全部って言うのは駄目?」
「勿論、それもひとつの選択ですからね問題ないですよ。
…では、一番近いところの未来世界から行くとしましょうか」
「うん!」

仲良く手を繋いで二人は再び歩き出した。
そして、この後未来世界でのジェットコースターにハマりまくった柚葉が
3つ全部乗りたい、というのを覆しパレードの始まる時間まで
こちらに乗りまくっていたりしたのは桐伯と柚葉の間での内緒事。

「楽しかったねえ♪」と言う呟きに桐伯はいつもの微笑よりもっと深い笑みを柚葉へと返す。
歩いていると人だかりが通路に出来ている。
そろそろパレードの開始時刻だ。
「ここら辺で待っているとしましょうか」
「え? ……あ!始まったみたいだよっ」
頬を紅潮させた柚葉は満足そうに電飾の施された町並みを見渡した。
整備された綺麗な道路を走る、町と同じように電飾を施された車と人々が
パレードの音楽にあわせて歌い、踊る。
柚葉はもう声も出ないのだろうか、ただ光が織り成す見事なパレードを
うっとりと見つめるばかりだ。


「どうです? 予想通りでしたか?」
「ううん、予想より綺麗で何だか凄い……また、いつかここに来たいな」
「そうですね、私でよければいつでもご一緒しますよ」
「また、一緒に来てくれる?」
「ええ勿論」

桐伯は柚葉へと手を差し伸べ大きく頷いた。
柚葉もまた差し出された桐伯の手を掴むとイベントの最後を飾る花火を見上げた。
それはどの記憶よりも鮮烈な何よりも綺麗な花火だった。




-End-
PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年02月21日

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