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『流星群 』
ラルラドール・レッドリバー0058
 その日、街には冷たい雨が降っていた。
「誰‥‥だ?」
 林立するビルの谷間で、寒さから身を守るかのように、うずくまっていた人影が、気配に気付いて、そう言葉を発する。と、彼が気付いた気配の主は、心配する様な言葉を投げかけた。
「別に‥‥。ちょっと、ごたごたでね‥‥。ドジっちまった‥‥だけさ」
 路地裏のその人影‥‥ラルラドール・レッドリバーは、そう言って身を起こした。が、すぐによろめいてしまう。その拍子に、服の中に押し込めていた深紅の長い髪が、こぼれて落ちた。
「別に‥‥歩け‥‥ねぇ訳じゃ‥‥。つ‥‥」
 支えられて、文句をつけるラッシュ。だが、ゆがむ表情と、血の匂い。そして、冷たい身体は、かくしようがない。差し伸べられる手を振り払う気力すらなく、彼はされるがままに、その気配の主‥‥若い男だった‥‥が滞在するホテルに転がり込んだ。
「高そうな部屋だなー」
 濡れた衣服のまま、そう呟く。見回したそこは、見るからにゴージャスな匂いが漂っていた。
「言われなくとも。温まってくるさ」
 バスタオルを手渡され、ラッシュはそのままバスルームへと入っていく。冷えた身体には、ぬるい湯ですら、熱く感じられたが、戻ってくる頃には、それすらも心地よい温度となっていた。
「いいや。別に。乾かしたら、帰る」
 濡れた服をクリーニングに出した方がいいと薦める部屋の主。断るラッシュだったが、それでもと言う彼に、彼は妥協案を提示した。
「なら、服が乾くまでって事で。それくらいなら、いいだろ?」
 そして、バスローブのまま、窓際へと歩み寄る。
「最上階だけあって、さすがに眺めはいいな‥‥」
 そこから見下ろす景色は、彼にとっては、辛い思い出しか、溢れてはこない。
「な、なんでもネェよ!」
 窓ガラスに映ったその表情を見たのか、男が、心配する様な言葉を発した。泣きたい事があるのなら、泣いてしまうといい‥‥と、添えて。
「俺、そんなに泣きそうな顔をしてたか?」
 慌てて、自らの頬に触れるラッシュ。だが、涙はもちろん、濡れた後さえも残ってはいない。
「泣く事なんか、ないのにな‥‥」
 不思議そうな表情で、男を見上げる彼。
「あ‥‥」
 抱き寄せられた。
 まるで、泣く事を拒み続ける幼子を抱きしめるような仕草で。
「俺が、不幸に見える? 別に、そんな事思っちゃいねーさ。これでも、れっきとした社会人だぜ。その辺のゴロツキどもとは違うさ」
 風呂と、服を貸して貰った礼を言うラッシュ。
「そんなに疑うんなら、明日にでも、俺の勤め先に招待してやるよ」
 見知らぬ男の前で、あまり醜態は見せられない。ラッシュは、そう言いった。そして、招待状代わりに、普段使っているトランプのカードに店の名前を残し、彼の前から姿を消すのだった。
「あそこがそこが俺の勤め先だ。入りなよ。ぼったくリバーって訳じゃねぇから、安心しな」
 そして、数日後。約束どおり、姿を見せたその男を、ラッシュは店の中へと招きいれていた。店長には、話を通してある。
「へ? 俺の名前? ああ、そういや名乗ってなかったな。訳あって、この店に、住み込みで働いてる」
 物珍しそうな表情を見せる彼に、ラッシュは「いまどき珍しいか? そうでもないさ」と、うそぶいてみせた。
「さて、今度はてめぇが事情を話す番だぜ。俺が何も知らないバーテンダーだと思うか? さっきから根掘り葉掘り、俺が気付いてないとでも思ったかよ」
 攻撃的な視線を向けるラッシュ。と、その男は、ラッシュにある『仕事』を申し出た。
「‥‥何、モデル? 俺にか?」
 それは、彼に自分の絵のモデルをして欲しいと言う依頼だった。
「まぁ‥‥。写真だか絵くらいなら、かまわねぇけど。オーナー、どうする?」
 彼らをまとめているその店のオーナーは、仕事ならば構わないと、そう言った。
「ああ、出張か‥‥。わかった。なら受けてやる。金はいつもの方法でいいや」
 その言葉にラッシュは、いつもと同じ様に扱う事でならと、承諾の様子を見せる。客にせっつかれるようにして、店の外へと向かう彼。連れて行かれたのは、人気の少ない廃墟同然の、取り壊し街のビルの群れ。
「色気のない場所だな。仮にもわざわざ高い金払って、呼び出したんだ。もう少し、雰囲気って物も大事にしょうぜ」
 どこから用意したのだろう。壊れかけた椅子に座る様に促し、早速『仕事』を始めようとするその客に、ラッシュはこう言った。
「せっかく、そう言うシュチュエーションなんだから、それらしくしろ? こんなんじゃ、燃えるものも燃えねーよ。色気出ないだろ」
 と、その客の手が伸び、ラッシュの上着のボタンを外しにかかる。
「って、バカ。脱がすなって! 自分で脱ぐから‥‥。こんなものでいいか? 寒いから、早めに終わらせてくれよ? これでも、体が資本何だからな」
 半ばまで脱がしたその肌にあった、小さな傷。それを見咎める客に、彼はこう説明する。
「え? その割には、傷がある? ああ、そんなものもあったっけ。玉の肌に傷が付くのは好ましくない? 大丈夫さ。元々、傷もののオマケみたいなもんだしな‥‥」
 何か‥‥昔を思い出すように、遠い視線で。理由を問うと、ラッシュは元の表情を取り戻し、さらに上着の襟元を広げ、扇情的なポーズを取って見せた。
「どう言う事かって? 気にすんなって。そうだな、サービスだ。こんな感じでどうだ?」
 と、客はスケッチブックと、鉛筆を床の上に置いてしまう。そのまま、無言で近づいてくる彼。
「ん? どうした。って、さわんなよ。そう言う約束じゃねぇだろ。追加注文なら、店通しやがれ‥‥」
 調子に乗って、煽り過ぎた‥‥と、航海するものの、時既に遅し。
「って、く‥‥っ」
 仕方なく、何かあったら困るからと、常時胸ポケットに入れていた、トランプ型のナイフを、その客の左手に押し当てるラッシュ。
「ったく。今日の依頼は、色っぽいモデルだったろ。それ以外の事なら、降ろさせて貰うからな」
 少なくとも、こんな色気のない場所で、見ず知らずの男に『応える』つもりはない。
「それとも、人生の舞台も降りたいか?」
 それに、その手段は『裏の裏メニュー』の時に使うものだ。脅迫に近い形で、退けられ、客はスケッチブックを手に取った。
「いい子だ。わかったんなら、大人しく俺の写真でも抱いて、おねんねしてな。んだよ。不満なら、そうだな‥‥ま、気が向いたら、相手してやってもいいさ」
 随分警戒しているんだなと、客にそういわれるラッシュ。
「‥‥初対面に近い形で、俺にいきなり脱げとか言い出すしな。警戒もするさ」
 カリカリと鉛筆の音が、二人だけの空間に響き渡る。その沈黙に耐え切れなくなったかの様に、ラッシュはおもむろにこう言った。
「てめぇ、俺に何をさせたいんだ? そろそろ、正直に話してもいいんじゃないのか?」
 と、客は鉛筆の手を休めて、その理由を告げる。
「俺が‥‥泣きそうな顔をしてたから‥‥?」
 ナメている。そう判断したラッシュは、椅子を蹴倒しながら、客に詰め寄っていた。
「人の泣き顔、絵に納めて楽しいのかよ」
 応えは否定。
「じゃあ何で‥‥」
 戸惑うラッシュに、その客は、ただ『美しかったから』と、応えた。
「きれい‥‥だったから? どこが‥‥だよ‥‥。そんなの‥‥、俺の晒したくない場所、えぐるだけだろ‥‥ッ」
 涙を流す時は、自らに内包する『弱さ』をさらす時。少なくとも、ラッシュはそう言った部類に入る人間だった。
「ああ、そうさ。俺だけじゃない。晒したくない過去を持ってる奴なんか、あの店には山ほど居るさ。だから、俺だけが悲劇面するわけにはいかないんだ‥‥」
 ぎりっと唇をかみ締めながら、何か‥‥通らない思いをこらえるかのように。
「あいつに触れない俺なんか‥‥ないのと同じだろ‥‥」
 だが、その客はこう言った。だからこそ、その実らない思いを、一枚の絵に収めてみたい。そして‥‥同じ様に、報われない思いに身を焦がしている者達にも、気付かせたい‥‥と。
 と、その客はラッシュをその気にさせる為か、彼を抱えて空間を跳躍した。
「こ、ここは‥‥? そうか‥‥あの時の‥‥」
 移動した先は、二人が出会ったホテル。あの時と同じ様に、眼下には夜景がきらめく。
「わかった。一枚だけだぜ? それ以上は、勘弁してくれ‥‥」
 後日、客が仕上げたその版画の一枚は、ラッシュの店にも届けられた。
 その背景には、あの時の風景を、そのまま切り取ったような夜景が、描かれていたと言う‥‥。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
姫野里美 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年02月20日

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