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『 蛍火ロマンス〜真なる願い〜 』
トリストラム・ガーランド(ha0166)



 清流の傍には蛍が集まるという。
「蛍‥‥」
 先ほどエリューシア・リラ・ジュレイガー(hz0030)が置いていった一枚のチラシを手に、春瑛(hz0003)が呟いた。そのチラシには綺麗な川の写真と、夜景の中に浮かぶ蛍の光が描かれている。
「きっと、ロマンチックなのでしょうねぇ」
 エリューシアはそういって、羨ましそうにしながらチラシを置いていったのだ。
「特別、ロマンチックな雰囲気を作る相手もいないのですが‥‥」
 でも、蛍は少し見てみたいかもしれない。
 ロマンチックな夏の夜。
 蛍の集まる清流で、あなたはどう過ごしますか?



 清流の傍を訪れる蛍に配慮してか、見物人目当ての屋台は少し離れたところに設けられていた。
(「待ち合わせの時間まではまだある‥‥よね」)
 白地に水色の縦縞、青い花が染め上げられた浴衣を着用したトリストラム・ガーランドはふと、隣に立つ兄、フェリックス・ガーランドを見上げる。濃紺の刺子の浴衣に身を包んだ兄。自慢の兄ではあるのだが。
「ん? どうかしたか? 何か買ってやろうか」
「ううん、今はいいや」
 視線の意味を勘違いしたのか嬉しそうに問う兄に、笑顔で首を振って。トリストラムは再び屋台を眺める。対するフェリックスは最愛の弟に断られてしゅんと頭をたれていた。ちらり、横目でそれを見たトリストラムは、まるで犬のようだとかちょこっと思ったりもして。
(「俺を大事にしてくれるのはわかるんだけど‥‥うーん」)
 今はまだその真価を発揮してはいないが、兄の度を越えたブラコンぶりには時折辟易する。それに――彼を一番悩ませているのは。
「ねえ兄さん、聞きたいことがあるんだ」
「ん? 何だ?」
「月泉さんのこと、なんだけど」
 ぴょこん、と顔を上げたフェリックスの表情が見る見る曇るのが解る。そう、トリストラムの悩みはフェリックスのこの態度。なぜかトリストラムの恋人、月泉に対して兄は常に突っかかるのだ。
「兄さんは月泉さんのこと‥‥嫌い?」
 不安そうな瞳で見上げられたフェリックスは、言葉に詰まった。やっぱりトリスは可愛い――ではなくて。
「別に‥‥月泉のことは、嫌いではない」
「だって、会う度に火花飛ばしてるっていうか‥‥、険悪な雰囲気っていうか」
「いや、それは‥‥」
 なんと説明するべきか。フェリックスは困ってトリストラムから視線をそらす。だがトリストラムは兄の視線の先に回って、答えを待った。
「‥‥」
 小さく溜息をつき、フェリックスは諦めてトリストラムの翡翠色の瞳を見つめる。
「むしろ、違う形で会っていたら、良い友になれたのではないかと思ってはいるのだが」
「じゃあ、なんで‥‥? 俺にとっては、選べないくらい大切な人たちだから‥‥仲が悪いのは悲しいよ」
 長い睫毛を伏せて、悲しげに俯くトリストラム。風が、その前髪を揺らして。フェリックスの胸中に僅かな罪悪感が芽生える――弟を悲しませてしまっているという。
(「仲良く、してはもらえないのかな‥‥?」)
 二人が仲良くなってくれたらとても嬉しいのに――トリストラムは常々そう思っていた。だが、二人は会うたびに喧嘩を――いや、兄が一方的に彼女を嫌っているようで。
 だから、思い切って尋ねてみたのだが‥‥。
「只、子供っぽいとは思うが‥‥嫉妬しているだけだ」
「え‥‥?」
 だから、兄の告白に顔を上げた彼は、思わず瞬いた。
「ずっと大事にしてきたお前を、奪っていく存在だから。ずっと傍にいると思っていたのに、いつかは離れていってしまうと思うと、淋しくて‥‥お前の幸せが、俺の幸せだった筈なのだが」
 寂しそうに、恥ずかしそうに告げる兄を、トリストラムはきょとんとした表情のままじっと見つめて。
(「なんだ、そんな事だったのか――」)
 思わずぷっと吹き出してしまった後、くすっと笑みを浮かべた。
「何を笑っ――」
「兄さん」
 声を上げたフェリックスの台詞を遮り、トリストラムは笑ってみせる。
「馬鹿だな、兄さんったら。何があっても、俺が兄さん達の弟だってことは、変わらないよ」
 安心して――俺も安心した――そんな思いを込めて、最高の笑顔を。
「だから‥‥月泉さんと仲良くしてくれると嬉しいな」
「う‥‥善処する」
 最愛の弟にきらきらの笑顔で見つめられては、頷く他ないフェリックスであった。



「月泉さん! 瑛君!」
 待ち合わせ場所で二人を待っていた春姉弟を見つけ、トリストラムは手を振って小走りに近寄った。こちらを向いていた瑛は深緑色のシンプルな浴衣に身を包んでおり、振り向いた月泉は紺地に白い花の描かれた浴衣を少し緩く着こなしていた。いつも下ろしている髪をアップに纏めているため、うなじと後れ毛が何ともいえずセクシーで、思わず立ち止まってしまうトリストラム。
「浴衣、似合ってるよ」
 と、先に月泉に言われてしまった。はっと我に返り、二人の元へ歩み寄る。
「月泉さんの見立てが良いから‥‥」
 はにかんで、そして「綺麗です」と告げれば、彼女も艶やかな笑みを返してくれて。ドキッと心臓が高鳴った。
「‥‥蛍、来ているみたいです‥‥」
「ああ、行こうか」
 瑛に促されて沢へと先に進もうとするフェリックスの袖をくい、とトリストラムは引いた。今日は兄と月泉に少しでも会話の機会を持ってもらえればと思う。だから。
「‥‥」
 片手で月泉の手を握り、片手で自分の袖を引くトリストラムを見て、なんと言ったら良いのか迷うフェリックス。
「蛍が、綺麗だ」
 そんなフェリックスの内心を知ってか知らずか、月泉は団扇で沢を指す。それにつられるようにして2人ともそちらを見やった。
 沢にぽう、と輝く蛍が無数に――その幻想的な光景は何とも筆舌に尽くしがたく、小さな心の棘を溶かしてくれるような気がする。
 この光景を今共に眺める事で、何かが良い方向で芽生えるような気がして――。
「‥‥月泉、少しいいだろうか」
 だから兄がそう切り出したとき、トリストラムは少し驚いたが心配はしなかった。いつもの様に、兄が彼女にきつく当たる事はないだろうと思った。でも、兄が何を話すのかは気になるというもの。
 くいくい。
「‥‥瑛君?」
 と、少し離れたところで三人を見つめていた瑛が、突然トリストラムの袖を引いた。不思議そうに彼を見つめるトリストラムに、瑛は頷いて。
「わかった。兄さん、月泉さん、俺は瑛君と先に行ってるから」
 2人の顔を交互に見つめて告げ、トリストラムは瑛と共に歩みを進める。ちら、と途中で振り返ってみたが、兄はまだ話を切り出せないようだった。


「瑛君、どうして‥‥」
「お兄さん、何か話しにくそうでしたから‥‥。2人きりのほうが‥‥話しやすい、かなと」
 水際までつれてこられたトリストラムは、瑛の言葉になるほどと頷いて。
「ごめんね、瑛君も巻き込んじゃって」
 トリストラムが謝罪すると、瑛は小さく被りを振った。そして水際にしゃがみこんで、じっとトリストラムを見上げた。
「‥‥やきもち、焼きますか‥‥?」
「え? やきもち?」
 思わず後方の2人を振り返る。確かに二人が何を話しているか気になりはするが、やきもちとは少し違う気がする。
「やきもちではない、かな。兄さんの事も月泉さんのことも信頼しているし。二人きりにしたからってどうにかなるってことはないとおもう」
「そう‥‥ですか。でも‥‥」
 でも? でもって何?
 意味深なところで切られた瑛の言葉に、トリストラムは隣にしゃがみこんでその顔を覗きこんだ。そして続きを待つ。
「‥‥うちの姉‥‥雪明姉さんと花恋姉さんと2人っきりに‥‥もしくは3人きりになったときは注意してください‥‥」
「え‥‥」
(「だ、だって雪明さんは既婚者だしっ!?」)
 わたわたとうろたえるトリストラムに気がついているのかいないのか、瑛はちゃぽんと水溜りに指を差し入れ。
「‥‥気をつけないと、さんざんからかわれることになると思います‥‥」
「あー‥‥」
 そういう意味だったか。でも、何となくどうなるかは想像できる。瑛の弄ばれ具合を見てきたからだ。
「うん、気をつけることにするよ‥‥。でさ、瑛君は、その、どうかな?」
「どう、とは‥‥?」
 ぽちゃん‥‥水を弄る手を止め、瑛はトリストラムを再び見た。元々表情が現れにくい彼だからして、どう思われているのか顔からは読み取れない。
「えっと‥‥俺と月泉さんがその‥‥付き合う事について」
 改めて口に出すと、何となく気恥ずかしい。多少顔が赤くなっても見咎められない暗がりでよかった、と思う。
「最初は‥‥驚きました、けど‥‥」
「けど‥‥?」
「‥‥喜ばしい事だと、思います」
 ぽつり、呟かれた声には優しさと喜びが混ざっている気がして。トリストラムは手を伸ばして瑛の手を握った。
「ありがとう、瑛君」
 祝福してもらえるのは素直に嬉しい。だから、素直に礼を言おう。


「トリス、瑛」
 呼ばれて振り返れば、そこに立っていたのは兄と姉。2人は立ち上がって彼らを視界に納める。
「もう話は終わったの?」
「ああ」
 トリストラムの問いに、フェリックスは頷いて。どこかすっきりしたようにも見える。心に凝っていた何かを、吐き出したかのように。
「じゃあ、もう少しゆっくり蛍を見て回ろうか」
 提案したトリストラムの腕に、すっと月泉の腕が伸びてきて。
 にこり、微笑む彼女の瞳は、蛍よりも輝いて見えた――。



                      ――Fin




●登場人物
・ha0166/トリストラム・ガーランド様/男性/17歳/プリースト
・ha4033/フェリックス・ガーランド様/男性/23歳/ウォーリアー

●ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 ソウルパートナーでもいつもお世話になっております。
 この度は、ご依頼有難うございました。
 お兄ちゃんの意識改革‥‥ということでしたので、便乗して瑛君にも心境を尋ねてみました。
 でも雪明と花恋に訊ねるのは、私も少し怖いですね、弄られそうです(笑)

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音
なつきたっ・サマードリームノベル -
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The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年09月30日

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