▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 蛍火ロマンス〜真なる思い〜 』
フェリックス・ガーランド(ha4033)



 清流の傍には蛍が集まるという。
「蛍‥‥」
 先ほどエリューシア・リラ・ジュレイガー(hz0030)が置いていった一枚のチラシを手に、春瑛(hz0003)が呟いた。そのチラシには綺麗な川の写真と、夜景の中に浮かぶ蛍の光が描かれている。
「きっと、ロマンチックなのでしょうねぇ」
 エリューシアはそういって、羨ましそうにしながらチラシを置いていったのだ。
「特別、ロマンチックな雰囲気を作る相手もいないのですが……」
 でも、蛍は少し見てみたいかもしれない。
 ロマンチックな夏の夜。
 蛍の集まる清流で、あなたはどう過ごしますか?



 清流の傍を訪れる蛍に配慮してか、見物人目当ての屋台は少し離れたところに設けられていた。
(「待ち合わせまでは、トリスと2人きりか」)
 濃紺の刺子の浴衣に身を包んだフェリックス・ガーランドは弟、トリストラム・ガーランドに見上げられ、小さく首を傾げる。弟は白地に水色の縦縞、青い花が染め上げられた浴衣が良く似合っていた。
「ん? どうかしたか? 何か買ってやろうか」
「ううん、今はいいや」
 トリスが欲しがるなら何でも買ってやろう――そう思って問うた彼に、弟は笑顔で首を振った。そしてトリストラムは再び屋台を眺める。
(「む‥‥欲しいものはないのか。こんな時くらい甘えてくれてもいいものの」)
 自分は頼りないのだろうか――自然としゅんと頭が垂れる。もう少し甘えてくれると嬉しいのだが。
「ねえ兄さん、聞きたいことがあるんだ」
「ん? 何だ?」
「月泉さんのこと、なんだけど」
 ぴょこん、と顔を上げたフェリックスの表情は見る見る曇る。トリストラムの悩みはフェリックスのこの態度にあることを彼は知らない。フェリックスはなぜかトリストラムの恋人、月泉に対して常に突っかかるのだ。
「兄さんは月泉さんのこと‥‥嫌い?」
 不安そうな瞳で見上げられたフェリックスは、言葉に詰まった。やっぱりトリスは可愛い――ではなくて。
「別に‥‥月泉のことは、嫌いではない」
「だって、会う度に火花飛ばしてるっていうか‥‥、険悪な雰囲気っていうか」
「いや、それは‥‥」
 なんと説明するべきか。フェリックスは困ってトリストラムから視線をそらす。だがトリストラムは兄の視線の先に回って、答えを待った。
「‥‥」
(「なんと、説明するべきか‥‥」)
 小さく溜息をつき、フェリックスは諦めてトリストラムの翡翠色の瞳を見つめる。
「むしろ、違う形で会っていたら、良い友になれたのではないかと思ってはいるのだが」
「じゃあ、なんで‥‥? 俺にとっては、選べないくらい大切な人たちだから‥‥仲が悪いのは悲しいよ」
 長い睫毛を伏せて、悲しげに俯くトリストラム。風が、その前髪を揺らして。フェリックスの胸中に僅かな罪悪感が芽生える――弟を悲しませてしまっているという。
(「む‥‥トリスが悲しんでる」)
 二人が仲良くなってくれたらとても嬉しいのに――トリストラムは常々そう思っていた。だが、二人は会うたびに喧嘩を――いや、兄が一方的に彼女を嫌っているようで。
 だから、思い切って訊ねてみたのだが‥‥。
「只、子供っぽいとは思うが‥‥嫉妬しているだけだ」
「え‥‥?」
 だから、兄の告白に顔を上げた彼は、思わず瞬いた。
「ずっと大事にしてきたお前を、奪っていく存在だから。ずっと傍にいると思っていたのに、いつかは離れていってしまうと思うと、淋しくて‥‥お前の幸せが、俺の幸せだった筈なのだが」
 寂しそうに、恥ずかしそうに告げる兄を、トリストラムはきょとんとした表情のままじっと見つめて。
(「なんだ、そんな事だったのか――」)
 思わずぷっと吹き出してしまった後、くすっと笑みを浮かべた。
「何を笑っ――」
「兄さん」
 声を上げたフェリックスの台詞を遮り、トリストラムは笑ってみせる。
「馬鹿だな、兄さんったら。何があっても、俺が兄さん達の弟だってことは、変わらないよ」
 安心して――俺も安心した――そんな思いを込めて、最高の笑顔を。
「だから‥‥月泉さんと仲良くしてくれると嬉しいな」
「う‥‥善処する」
 最愛の弟にきらきらの笑顔で見つめられては、頷く他ないフェリックスであった。



「月泉さん! 瑛君!」
 待ち合わせ場所で二人を待っていた春姉弟を見つけ、トリストラムは手を振って小走りに近寄った。こちらを向いていた瑛は深緑色のシンプルな浴衣に身を包んでおり、振り向いた月泉は紺地に白い花の描かれた浴衣を少し緩く着こなしていた。いつも下ろしている髪をアップに纏めているため、うなじと後れ毛が何ともいえずセクシーで、思わず立ち止まってしまうトリストラム。
「浴衣、似合ってるよ」
 と、先に月泉に言われてしまった。はっと我に返り、二人の元へ歩み寄る。
「月泉さんの見立てが良いから‥‥」
 はにかんで、そして「綺麗です」と告げる弟を見て、フェリックスは複雑な気持ちだ。ただでさえ月泉と一緒に蛍狩りということで複雑だというのに、弟の浴衣が彼女の見立てだったとはっ。
「‥‥蛍、来ているみたいです‥‥」
「ああ、行こうか」
 2人を見ないようにして、瑛に促されて沢へと先に進もうとすると、袖をくい、と引かれた。トリストラムだ。
「‥‥」
 片手で月泉の手を握り、片手で自分の袖を引くトリストラムを見て、なんと言ったら良いのか迷うフェリックス。彼の言いたいことはわかる。だか。
「蛍が、綺麗だ」
 そんなフェリックスの内心を知ってか知らずか、月泉は団扇で沢を指す。それにつられるようにして2人ともそちらを見やった。
 沢にぽう、と輝く蛍が無数に――その幻想的な光景は何とも筆舌に尽くしがたく、小さな心の棘を溶かしてくれるような気がする。
 この光景を今共に眺める事で、何かが良い方向で芽生えるような気がして――。
「‥‥月泉、少しいいだろうか」
 気がついたら、そう口に出していた。場の空気に流されたというわけではないが‥‥今なら落ち着いてゆっくり話せそうな気がしたのだ。
 だが、弟の視線が痛い。弟の聞いている所でこの話を切り出してもいいものか――迷ったところで目に入ってきたのは瑛だった。
 くいくい。
「‥‥瑛君?」
 と、少し離れたところで三人を見つめていた瑛が、突然トリストラムの袖を引いた。不思議そうに彼を見つめるトリストラムに、瑛は頷いて。
「わかった。兄さん、月泉さん、俺は瑛君と先に行ってるから」
 2人の顔を交互に見つめて告げ、トリストラムは瑛と共に歩みを進めた。
 気を使ってくれたのだ――それはわかったが、いざ言葉を発するには少し時間がかかりそうだった。



 涼しげな風が頬を撫でていく。フェリックスが黙っていると、月泉も彼から視線を外したまま黙っていた。特に話を催促するわけでもなく、沈黙を楽しむかのように穏やかな表情で。
 そう余裕を浮かべられると少し悔しい気がするが‥‥フェリックスは思い切って息を吸い込んだ。
「月泉。聞きたいことがある」
「‥‥なんだい?」
 待っていたのだろう、彼女は驚いた様子もなく団扇を揺らしながらフェリックスを見た。その瞳を受けて、彼は真っ直ぐに彼女を見つめる。
「‥‥トリスの何処を好きになったのか。はぐらかさずに、教えて欲しい」
「はぐらかす? 今までもはぐらかした覚えはないが」
「そういうところだ」
 からかうような調子で言ってのける彼女に釘を刺して。すると彼女は困ったように笑い、そして考えるように口を開いた。
「こういうことを本人以外の前で言うと、のろけと取られそうだな。だが聞きたいと言ったのはフェリックスだ。後で文句は言うなよ?」
「当然だ」
 フェリックスが頷くと、月泉は安心したように頷き返した。蛍が一匹、ふわりと2人の間を飛んでいく。
「彼の真っ直ぐなところにとても惹かれている。そして‥‥嘘のないところが好きだ。ただ、強がるというか‥‥無理をしすぎるところは心配でもある。そういう部分には、‥‥笑うなよ、母性本能が働くんだ‥‥」
「なるほど‥‥」
「護りたいと思われるのは素直に嬉しい。だがそれと同時に私も彼を護りたい。共に、背中を護りあえる存在になれればと思う」
 これで満足か? 照れたような彼女の言葉。暗がりゆえにその頬が染まっているかは確認できないけれど、少なくとも彼女の言葉に嘘偽りがないだろう事は感じ取れた。
「では‥‥言うまでも無いだろうが、あの子の手を、離さないでやってくれ。大切な人を失うことを、必要以上に恐れているから」
 フェリックスは――頭を下げた。月泉が息を呑む音が、雑踏に混ざって聞こえた気がした。
「つまらない我儘だが‥‥これは、お前にしか頼めないと思っている」
「――わかった」
 ぽん、と肩に置かれた手から、信頼という名の熱が伝わって来るのがわかった。


 蛍が、明滅しながら二人を呼んでいるようであった。
 ふと弟たちを探せば、水際にしゃがみこんで何か楽しそうに話しているようである。
「――行くか」
「ああ」
 どちらともなく足を動かし、2人は弟たちの元へ向かう――。



                      ――Fin




●登場人物
・ha0166/トリストラム・ガーランド様/男性/17歳/プリースト
・ha4033/フェリックス・ガーランド様/男性/23歳/ウォーリアー

●ライター通信

 いかがでしたでしょうか。
 ソウルパートナーでもいつもお世話になっております。
 この度は、ご依頼有難うございました。
 本編ではなかなかこんな機会を持つ事も叶いませんので、とても新鮮に書かせていただきました。

 気に入っていただける事を、祈っております。
 書かせていただき、有難うございました。

                 天音
なつきたっ・サマードリームノベル -
みゆ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年09月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.