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『ニュイ・ブランシュ 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)

 何と、言おう。
 青と緑の瞳が、揺れた。
 会えたら、どうしよう。
 ぎゅっと拳を握って、彼女は迷う。
 思えばいつもそうだった。いつもいつもいつもいっつも‥‥振り回されてばかりで、その度に怒ったり揺すったり不安になったりどついたり‥‥泣きそうになったり。そんな事の繰り返しばかりで。やっと、その本心の、魂の端に触れる事が出来たと思った矢先に、居なくなってしまった。
 5月以降音信不通の、ブランシュ騎士団橙分隊の副長、一応副長、フィルマン・クレティエ。
「危険な任務についてたのは分かってるけど‥‥」
 何処に赴いていたかも知っている。だから待っていたのだが、そろそろ連絡のひとつくらい寄越しても良さそうなものだと思い始めてから、いつの間にか早、季節は秋である。
 もう、待ってはいられない。ユリゼ・ファルアート(ea3502)は迷う心を跳ね除けて、腰を上げた。
 まず最初に向かったのは、パリにある屋敷だ。そこに帰っているはずが無いとは思う。帰っていたら、どこからか情報が入ってきそうなものだ。案の定、そこには居ない。
 次に向かったのは、彼の実家が所有している屋敷。だがそこも涼しい風が吹き抜けるばかりであった。
「認められてない‥‥のかな‥‥」
 分隊の詰め所は珍獣扱いされる為、足が向かなかった。そこに行けば、確実に情報が得られる事は分かっているのだけれども。
 周囲には、こんな自分達が恋人同士に見えていただろうか。ユリゼは何度もぐるぐる考えた事を、再び思い起こす。
 何も知らされていないのは、自分が彼とそういう仲だと思われていない、認められていないからではないか。けれども、果たして自分はそう認められたいのか‥‥。複雑な気分だ。今までの経緯を鑑みると、更に複雑な思いだ。素直になれなかった分、彼の言葉を言葉通りに信じ切れなかった分、彼との様々な出来事を振り返ってみると‥‥やっぱりどうしても、大っぴらに紹介できないというか、紹介されると恥ずかしいというか‥‥。
「‥‥心配なんて、してない」
 一頻り、脳内で七転八倒した後、彼女は思わずぽつりと呟いた。
「ただ、生きているのかそうじゃないのか知りたいだけ‥‥」
 そして、強がってしまう。
「そう、ただ、それだけなんだから」


 フィルマンの行方を捜し始めて十数日が経過した。
 実際、捜し始めると堰を切ったように、動き回る事を止められなくなった。じっとしているとさざなみのような不安が広がって行って、眠れなくなる。勿論冒険者だから、仕事中はしっかり寝る。けれども仕事何も無いと‥‥ユリゼは決まって、夜空を見上げた。吸い込まれそうな天空の世界が、彼女の不安も吸い上げてくれそうで。
「フィルマン・クレティエ? あぁ、その名の人なら、どこかで最近会ったな‥‥」
 彼の最後の消息、仕事場までも出向いた。確か砦に居たはずだ。だが、その場所に行く事は出来なかった。既にその地は封鎖されていたからだ。しかしその帰り道に商隊と出会い、情報を得る事が出来た。
「どこで?!」
 思わず飛びつくと、彼はう〜んと一頻り悩んだ後、ぽんと手を打った。
「確か、川の近くの‥‥最近出来た町というか、あれは村、か? 何だっけ、ほら」
 彼の説明を聞くうちに、彼女の中にひとつの光景が浮かび上がる。
 その場所は、知っている。
 いつか、あの地に桜の花が咲く事が、あるだろうか。そんな淡い夢を幾つも宿した、場所。


 何て言おう。
 いざ会えるとなったら、急に思考がぐるぐる巡った。
 会えたら、どうすればいいんだろう。
 でも多分、きっといつも通り、襟首を掴んで揺すって、それから、それから‥‥。
 村の端っこで、ユリゼは立ち竦んでいた。一歩を踏み出す勇気。そんなものは兼ね備えていたはずなのだが。
「‥‥」
 だが、そんな彼女の目の先で、何かが動いた。
「‥‥」
 それは、ひらひらと道を横切っていく。
「‥‥」
 横切った先で、数人の娘が開く井戸端会議の輪に楽しそうに入って行った。

 ぷつっ。

「‥‥フィル‥‥?」
 そんな男の背中に、極上に柔らかな声を意識せずに掛けて、振り返った男の脇腹辺りに。
「ぐあっ‥‥」
 思い切り、飛び蹴りを食らわせた。普段なら絶対にしないと思われる。何せ彼女は格闘技術など全く持ちあわせていない。いませんとも。確かに片手に短刀など、ついうっかり握り締めちゃったりしているが。だが本職ウィザードさんであろうとも、やるときはやるのである。勿論彼女が本気になれば、飛び出すのは蹴りでもナイフでもなく、とっても冷たい魔法の数々であろうが。まぁ実際、目の前の男を凍らせた事があるのだから、これはきっと手緩いほうに違いない。
「いたい〜い〜た〜い〜‥‥ほねおれた〜腰まがった〜」
 娘達が散り散りに逃げていくのには一瞬「ごめんね」と謝っておいて、ユリゼは男を見下ろした。相変わらず大げさな男である。大げさすぎる。ごろごろ転がっている姿は実に間抜けで情けないが、同時に安堵した。
 変わってない。この男は何も、変わっていない。
 それが‥‥嬉しい。
「次に会ったら何て言おう、って‥‥考えてた自分が馬鹿みたいじゃない。こんな所で油売ってる余裕があるなら、連絡のひとつくらい、寄越してくれても良かったんじゃない?」
 ふいと見上げた目と視線が合った。
「ユリゼ‥‥」
「覚えていてくれた?」
 あぁどうして、自分は素直に喜ぶような反応ができないんだろう。少し驚いたような男の顔に、ユリゼは軽く首を振る。
「‥‥覚えて‥‥いた」
 立ち上がって軽く埃を払い、男は斜め上へと視線をやった。
「言い訳はしないけれども‥‥まぁ、色々あったからね」
 余り見られない逡巡した表情を見せたが、ユリゼへと真っ直ぐ目を向けた時にはもう、見慣れた微笑を浮かべている。
「正直、もう待っててはくれてないかなと思っていたけれど、こうして会いに来てくれたって事は‥‥期待していいって事かな」
 この男は‥‥! 数ヶ月ぶりの再会にこの余裕ぶりか! と、周囲に事情を知る者が居れば思ったかもしれないが‥‥。ユリゼは、反射的に言い返そうと口を開きかけて、一瞬止まった。そのまま目線が下がり、深く俯く。
「‥‥ユリゼ?」
 腰を屈めようとした男の胸板に、こつりと頭が当たる。そのまま頭を預けて、彼女は目を閉じた。
「今まで‥‥何処で、何してたのよ‥‥」
「ここに来る前は、ダンジョンで」
「‥‥心配はしていないけど‥‥気になって仕方なかったじゃない‥‥馬鹿」
「‥‥俺も、心配してた」
 彼女のぽつりぽつりと呟かれる声に耳を澄ましていた男は、ゆっくりと低く答える。
「君を、守りきれなかったかもしれないと、思っていたよ。無事で‥‥良かった」
 そのまま男は娘の頭を軽く抱きしめ、手を離した後にその場で跪いた。
「こうして、君と会えて良かった」
「又‥‥行くの?」
 この国を守るのが、この男の仕事だ。差し伸べられた手を思わず取って、尋ねる。
「実はまだ、状況が掴めていない。でもやっと傷も癒えた。それに、君と会えた。君が生きていてくれた事が、何よりも私の糧となった。ずっと傍に居ると、そう誓いたいけれども、君は、そんな事を望んではいないと言ったから」
「‥‥うん」
「でも、願わくば」
 その手の甲に口付けて、男は笑う。
「君と一緒にとても歳を取って、互いの顔の区別がつかないくらい皺だらけになっても、寄り添いたい」
「‥‥」
 思わず想像して、ユリゼは顔を顰める。一緒に歳を取って行けるのは素敵な事だけれども。でもちょっと‥‥。まぁ、この男の発言が度を過ぎているのは本当にいつもの事。いちいち反応してたらやってられないのは分かっているのだけれども。
「‥‥そうね」
 反応してもらいたいみたいだし。微笑む男を見ながら、ユリゼは手を引っ込めた。今更ながらに何やら恥ずかしい気がしてきたのだ。
「でも、皺々になるまで待ってもらうのもアレだな。君ももう充分適齢期だし、私なんて適齢期なんてとっくに過ぎてるわけだし、それに」
「なっ‥‥なに?」
「君は歳を取っても充分可愛いと思うけれども、今の殺人的なまでの可愛さのうちに結婚するのが、私的には理想というか」
「はぁ?!」
「冗談だよ。子供は3人欲しいなぁ。全員君に似てたら男の子でも嫁には出さないよ」
「男の子は普通、嫁には出さないわよね?!」
 本当にこの男は。本気なのか冗談なのか、いつまでたっても分からない男だけれども。そこが不安なときもあるけれど、でも。
 今は、この時間が途方も無く嬉しい。


 又離れれば、眠れぬ夜もあるだろう。
 それでも、今のこの時が。
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2009年10月05日

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