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『天女の衣に袖通し 』
海原・みなも1252)&碧摩・蓮(NPCA009)
●雨の中を行く
 それは残暑厳しき9月上旬、朝から雨降りしきる日のことだ。放課後――学校帰りらしき1人の少女が、とある場所へと足を向けていた。
(今日はお店に居るのかな……?)
 半袖のセーラー服に身を包んだ少女――海原みなもはそんなことをふと思いつつも、速度をゆるめることなく目的の店へと歩いてゆく。目指す店の名はアンティークショップ・レン、店主の名は碧摩蓮という。
 みなもがそんな心配をしたのは、蓮が店員を(場合によってはたまたま来ていた常連客をも)留守番として、仕入れなどに出かけていることも別段珍しくはないからだ。そのせいもあってか、みなもなどは店を訪れる度に何やら新しい品が入っているのを目にしている。まあそのほとんどは、みなもみたいな普通の女学生にはちょっと手の届きそうにない値がつけられていたりするのだけれども。
 やがてみなもは店の前にやってきた。中の明かりがついているのが見えたので、どうやら中に人は居るらしい。みなもは差してきた傘の水滴を落として閉じると、それを傘立てに入れて扉に手をかけた。重みある扉はゆっくりと開かれ、みなもが店内へと足を踏み入れる。
 奥のカウンターにみなもが目を向けると、そこには新聞に読みふけるチャイナドレスの女性の姿があった。女性――蓮は扉が開いたのに気付き、みなもの方に顔を向けた。たちまち目が合い、みなもは慌ててぺこんと頭を下げる。
「ああ、いらっしゃい」
 蓮は素っ気なく答えると、読んでいた新聞を半分に折ってカウンターの上に投げ出した。
「1人かい?」
「あ……はい」
 蓮の問いかけに小さく頷き答えるみなも。きょろきょろと店内の様子を見ながらカウンターの方へと近付いてゆく。やはりまた、新しい品が店には増えていた。
「こっちも今は1人さ。ま、邪魔はしないから好きなだけ見てくといいよ」
 と、みなもに言い放つ蓮。普段であればその言葉通りにさせてもらうところだが、今日は事情が違っていた。そもそもみなもが今日ここへ来た目的は、蓮にあったのだから……。

●みなものお願い
「いえ、あの」
「うん?」
 みなもが何か言いかけると、蓮が改めて顔を見てきた。
「あの……今日は、蓮さんに少し見ていただきたい物があって……その」
「鑑定かい?」
 そう聞き返す蓮に対し、みなもはこくっと頷いた。
「とりあえず、物を見せてもらわないことには始まらないね。それで、何を持ってきたっていうんだい」
 鑑定する品物を出すよう促す蓮。するとみなもは、鞄の中から膨らんだ紙袋を取り出して蓮の前に置いた。大きさと膨らみからすると、小物ということはなさそうだ。
「見てもいいんだね?」
「はい」
 みなもへ確認を済ませると、蓮はさっそく紙袋の中の品物をカウンターへと取り出した。見えた色はまず桜色、そして純白、あと光の加減か虹色で。それらはいずれも布類……いや、衣服の類であった。それも洋装ではなく、オリエンタルな装いの。
「これは……」
 蓮が、カウンターとみなもの顔を交互に見比べる。
「……あの屋敷から貰ったものだろう? 確か天女の」
「そうです、あのお屋敷でいただいた天女の衣装です」
 きっぱり答えるみなも。
 それは先日のことだ。みなもは蓮に誘われ、とある洋館の片付けを手伝っていた。その礼としてそこにある物を1つ持っていってもいいということだったので、みなもが見付けたのがこの天女の衣装であったのだ。桜色の上着に、薄手の純白の長袖ワンピース状になっている着物、そして薄手の羽衣という一揃えである。
「だったらあたしは1度確認してるはずさ」
 と言って、蓮はみなもをじっと見つめ答えを待った。何を言い出すか。まるで値踏みするかのように。
「それはそうなんですけれど……。少し、気になることが」
「何が気になるっていうんだい?」
「……これを身に付けて、もし何かが起こったりした時に、あたし1人だと何も出来なくなる可能性があると……」
 みなもは蓮の様子を窺いながら言った。
「なるほど、何かが起きそうだっていうんだね。ま、しょうがないだろうねえ……。胡散臭い仕事だったろうし、あれは」
 ニヤリと笑みを浮かべる蓮。みなもは自分の心を見透かされた気がして、思わずどきりとしてしまった。訳ありな仕事みたいだと、みなもも思っていたのだから。そうだからこそ、貰ってきたこの天女の衣装にも何かあるのではなかろうかと、ついつい考えてしまう訳だ。
「よし分かった、改めて見てあげるよ」
 蓮はすくっと立ち上がると、入口の扉の方へ目を向けた。
「じゃあ鍵閉めといで。どうせ2人きりなんだし、着替えもここでいいだろう? ああ大丈夫、位置さえ気を付ければ外からは見えやしないし、窓もカーテンで隠せばいいさ」
 そう一気に蓮は言い放ち、みなもに有無を言わさず承知させたのだった。

●消える謎、浮かぶ謎
「どうだい? きつい所はないかい?」
「あ、はい。きつくないです。袖口もゆったりとしていて……」
 みなもは蓮に着替えを手伝ってもらいながら静かに答えた。今ちょうど、着物を着終えた所であった。
 ちらりと自らの腕を見るみなも。薄手だけあって、腕の線がうっすらと分かる。前なり後ろなりから強い光でも浴びせられたなら、線だけでなくシルエットがはっきりと分かってしまうのではないかとも思えてしまう。
「本来なら、下着も外した方が綺麗なんだけどねえ」
 と言いながら、蓮が着物の位置なりを微調整していた。外からは見えない位置で着替えをしているとはいえ、そこはやはり店内でのこと。靴下は脱ぐけど下着は着けたままでいい、ということになっていたのだった。
「で、上着をこうして……」
 上着をみなもに羽織らせると、蓮はその襟元を合わせた後に腰回りを紐で結んでいった。その手つきを熱心に見つめているみなも。自分1人でも綺麗に着ることの出来るように、しっかりと覚えてゆこうと思っているからだ。
「そして最後に羽衣だね。こいつを巻き付ける時は、背中に回る部分を大きくしないと、らしくは見えないからねえ……」
 蓮はそう言い、左腕から背中を経由して右腕へと1本の羽衣を巻き付けてゆく。
「こうやって、所々ぎゅっと絞ってさ、見える太さに変化をつけておくといいよ」
「はい、分かりました」
 羽衣に捻りなどを加えながら言う蓮に対し、みなもはこくこく頷いた。
「……うん、これでいいだろうさ。向こうに姿見があるから、自分でちょっと見ておいでよ」
 着付けを終えた蓮が、みなもの背中をぽんと叩いて促した。そして言われた通りにみなもが姿見を覗き込むと、そこには可愛らしい天女と化した自らの姿が映し出されていた。
「わあ……」
 みなもの口から思わず漏れる感嘆の声。その背中に、蓮から声がかかった。
「後は、らしく髪型を結ってみればいいさ。ま、それは自分でお調べよ」
 確かに、このような装いにはらしい髪型というのがある訳で。より雰囲気を出そうとするのであれば、そういった髪型を調べて実践してみるのも一興であろう。
「動きやすいですね。着心地もいいですし」
 姿見の前でみなもはくるりと回ってみせた。回ると着物の裾がふわりと浮き、みなもが回転するのから少し遅れて回ってまた元へと戻る。
「腕もちゃんと上がるかい? ぐるりと動かせるかい? 屈伸なんかも出来るかい? ラジオ体操は……まあいいか。とにかく、日常でよくある動きは一通りやってみればいいよ」
「そうですね、試してみます」
 蓮のアドバイスを受けたみなもは、そのまま姿見の前で様々な動作をやってみた。腕を前後左右に動かしてみたり、屈伸してみたり、腰を左右に捻ってみたりなどなど。しかし特にやりづらいということもない。本来着物なので、少しは動きにくくなっているはずなのに、だ。
「普通の衣装……なのかな?」
 着替えが済んでから30分以上経過した頃、みなもがぽつりとつぶやいた。何やら力がみなぎってくるとか、ふわりと身体が浮き上がってしまったりするようなこともなく、この状態はただただ着替えをしましたというだけだ。
「さて、それはどうだろうねえ」
 みなもの間近で蓮の声がした。いつの間にやらすぐそばに来ていたのだ。そして蓮はしばしじろじろとみなもの姿を見ていたが、やがてカウンターから1枚の紙を持ってきた。何の変哲もない、近所のスーパーのチラシだ。
「はい、そのまま動くんじゃないよ」
 と言うが早いか、蓮はみなものそばでしゃがみ込むと、何故かチラシを床とみなもの素足の間に滑らせてきたのである。普通に考えればチラシが隙間に入るはずないのだが――。
「えっ?」
 みなもは我が目を疑った。何とチラシが、両足の真下に入ってしまっているではないか!
「……ということさ」
 チラシをそのままにして、すくっと立ち上がる蓮。
「つまり地面から浮いてるのさ。もっとも、ほんの数ミリ程度のようだけどねえ」
「えー……?」
 蓮の説明を聞いたみなもの口から、複雑な感情が入り混じった声が漏れてきた。その気持ちは分からないでもない。
「まあよかったじゃないか。素足でも足の裏は汚れないんだからさ」
 蓮はニヤリと笑ってみせると、そのまま言葉を続けた。
「それにあれだよ。変に強力な効果を持っている物は、その反動も大きいものさ。あんたのそれは、比べたら小さい小さい」
「……そうですね……」
 と口では言いながらも、少しがっかりした気持ちがみなもの中にあることは否定出来なかった。しかし……次の瞬間、妙なことに気が付いた。
(あれ? 『比べたら』って……?)
 みなもはカウンターの方へと戻ってゆく蓮の背中に視線を向けた。いったい蓮は、天女の衣装を『何』と比べたというのだろうか?
 まさかあの屋敷には、蓮の言うような品物があったということか?
 けれどもこの時のみなもは、そのことについて蓮に尋ねることは出来なかったのである――。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年10月13日

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