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『楽しんだ者勝ち!海辺のアルバイト 』
千獣3087


「海の家だぁ?」
 『けもののきもち』の強面おばちゃん院長、随豪寺徳(ずいごうじ・とく)は、古馴染みの頼みに露骨に顔をしかめた。
「いくらなんでもベタすぎだろ……あんた、なに企んでるんだい?」
「嫌ぁね徳ちゃんたら、人聞きの悪い」
 ハスキーヴォイスで身をくねらせる織女鹿魔椰(おるめか・まや)は、実はおっさんなんだけれども相変わらずやや薹のたった美女にしか見えない。光沢のある黒いロングドレスのスリットから覗く脚線美には、正真正銘XX遺伝子の保持者として数十年来納得のいかない徳である。
「そりゃ第七診療室はどこぞの浜辺とリンクしてるし盆を過ぎても水温高いしクラゲも出ないがね、なんだってこそこで海の家なんだよ?」
「あたしだって人の子ですもの。一度くらい、海洋汚染エピとか番外編エピとか劇場版エピの引き立て役とかじゃない、正真正銘平和でベタな夏の思い出を作ってみたいの☆」
「次に語尾に☆つけたらぶっとばすよ、この元悪の組織大幹部。どんだけ苦労してあんたらの陰謀を潰してまわったと……まあ昔話はいいや。五万歩譲って貸してもいいけどさ。あそこって結構、半魚人出るよ? 性格単純にして粗暴で身の丈七、八尺あるよ?」
「そんなの、徳ちゃんの人脈でどうにかして頂戴よ!」
「近頃なにかと物入りでね……」
「わかったわよ、ちゃんと日当払うから」
「毎度。そういうことなら求人広告でも出してやろう」
「あ、売店の方もお願いねぇ☆」
 艶サラのストレートヘアをセクシーにかきあげた魔椰は、院長渾身のアッパーで星になった。

 ──そんなわけで、下記の募集と相成る。

■シーサイドハウス☆ルル スタッフ募集!■
 1)浜辺の警備スタッフ(半魚人出没エリアです。追い払えればOK。退治尚可。解決後は自由時間)
 2)売店スタッフ(出店アイディア歓迎。お小遣い稼ぎのチャンス!)


++++++++++++

 青い空に入道雲。
 照りつける南国の日差しと、椰子の木陰を抜ける心地よい潮風。
 きらめく白い砂を波が洗い、エメラルドグリーンの海には色とりどりの熱帯魚が遊ぶ──
 『けもののきもち』第七診療室の扉の向うは真夏のビーチであった。
 それも人っこ一人いない、まさにプライベートビーチだ。
 やけに大きな太陽は中天にあり、真昼の状態があと十数時間続くという。
 依頼主のおっさん、もとい、魔椰は「ある程度形になったら呼んで頂戴ねえ☆」とのことだったので、各アルバイター(及び魔椰配下の黒服達)は到着順に広い砂浜を踏みしめた。


「海であるッ」
「うん……海、だね」
 千獣(せんじゅ)は、足元できんきん声を張り上げるバロッコに頷いた。
「ふふふ……あの栄光の日々を思い出すだに血が滾るわ! 半魚人など漏れなくディストローイ! であるッ」
 この前世は海の大怪獣、只今はどこからどう見ても震える四肢をふんばってキャンキャン吠える黒白ロングコートのチワワとは、浜辺の警備スタッフを引き受けて『けもののきもち』に赴く道すがら合流したのだが、どうやら例によって迷子になっていたらしい。千獣が訥々と語った仕事内容に「き、奇遇であるな、我輩もその依頼遂行に赴く途中であったのだ!」と偉そうに述べつつも、尻尾を後足に挟んで涙目であった。
 そんな数時間前の己を棚に上げ、いつもの如く鼻息の荒い魔わんこに、千獣はやんわりと釘を刺す。
「血なまぐさくなったら、駄目、かもよ……?」
「うぬぬ……まあ白砂に血しぶきというのも些か無粋ではあるな。では手加減してやろう」
 波打ち際の湿った砂に足跡を刻みながら、一人と一匹は受け持ちエリアを歩く。浜に突き出した絶壁の向こう側は、それまでと違って海岸線が入り組んでいた。尚も進むと、岩に砕ける波間にあからさまに怪しげな複数の影が──
「あれが……半、魚人……半(分)魚(の)人……?」
「むう……で、あろうな」
「……魚、なのか……人、なのか……よく、わからない、けど……」
「なれど、あれは明らかに……」
 会話する合間にも影の集団は猛スピードで泳ぎ寄る。ジャンプ一番、次々と砂浜に降り立ったのはマグロ──それも高級魚と名高いクロマグロの頭に浅黒いマッチョな人間男性のボディ(昆布の腰蓑付き)が生えた、まさしく半分魚の人・半魚人であった。
 相手が若い娘と超小型犬と見て侮ったか、半魚人どもは不用意に距離を詰めてくる。
 しかし、
「アレ……食べ、れるの?」
「そうさな、頭だけとはいえ食用魚には違いないから、兜焼きなど乙かもしらんな」
 のんびりと物騒な台詞を吐く一人と一匹に、思わず足が止まる。次いで、
「ふぅん……食べ、れるんだ……」
 という意味ありげな言葉に、新鮮そのものの大きな目をぎょろつかせ顔を見合わせた。エラの動きが慌ただしい。千獣としては、未知のものに対峙した際の習慣として「まず、食べられるか否か」の判断をしたまでなのだが、彼女の発言が動揺を誘ったことは間違いない。一体が口をぱくぱくさせたのを合図に、水掻きのついた指を広げて一斉に襲いかかってきた。
「バロッコ!」
「承知!」
 先刻申し合わせた通り、流血を避けての格闘だ。千獣に体をかわされたたらを踏む半魚人の向こう臑に、チワワの石頭が炸裂する。泣き所を押さえて砂上に悶絶する個体を波が洗った。
 数こそ多いものの、性格単純との情報通り敵の攻撃は単調で力まかせなため、さばくのはさして難しくはない。
 横っ面に拳をくらわせる。
 足を払って投げる。
 腕を捻じ上げ、蹴り倒す。
 千獣の動作一つごとに、マグロ頭の半魚人は面白いように宙を飛び、あたりに銀色の鱗を飛び散らせた。
「ここ、あなた達、が、縄張り、に、しちゃ、いけない、みたい……悪い、けど……出て、行って、もらうよ……?」
 息も乱さず淡々と告げる千獣を、砂まみれの半魚人どもは寄り集まって見つめ返している。魚ゆえ表情はわからないが、不利は悟ったらしい。
「あ……」
 海原に逃げ帰ると思いきや、半魚人の集団は海岸線に沿って走り出した。それも、海の家建築予定地の方向に。
「追うぞ、千獣!」
 千獣とバロッコは来た道を疾走した。
 

 行く手で銃声が響いた。
「ジェイドック……?」
 いかにも、顔見知りの賞金稼ぎジェイドック・ハーヴェイであった。その向こうに算を乱して逃げるのは、自分達が追っているのとはまた別の半魚人の群れだ。新たな敵の接近に、ジェイドックが得物を構える。
「血は、駄目……!」
 叫ぶ千獣、頷くジェイドック、閃雷銃から開放された雷──すべてが一瞬の出来事であった。次々とヒレをかすめるサンダーブリットの衝撃に、半魚人どもが飛び上がる。しかし、それらもまた先行する同族を追うように渚を走り去る。思惑があるのか、単に混乱しているのか? ともあれ追うしかない。
 海の家が間近に迫ったあたりで、『それ』は姿を現した。
「あれ……って!?」
「ゴーレムの一種か? でかいな……」
 思わず足を止めた千獣とジェイドックの前で、『それ』はずんぐりした形状に似つかぬ滑らかな動きで椰子林へ逃亡を図った集団に回り込み、太い腕で薙ぎ払った。
「協力……して、くれてる?」
「どうやら警備スタッフらしいな」
 陸へも行けず浜では挟み撃ちにされ、ことここに至って半魚人の行動は三通りに別れた。
 即ち、一目散に沖へ逃げ帰る──これが最も多かった。
 次いで果敢に向かってくる──千獣の格闘とジェイドックの射撃とであしらう上空を、『それ』が穴を掘る要領で砂ごと半魚人を掬い取っては海原に投擲する。
 最後に、その場にごろんと転がって微動だにしなくなる──逃亡する気力すら喪失したのか単なる習性なのかは不明だ。
「頭だけなら魚市場みたいさ〜」
 暢気な声と共に、巨躯の人間男性が『それ』から降りてくる。
「ほう、人が操っていたのか」
 ジェイドックが嘆声をあげる。御影柳樹(みかげ・りゅうじゅ)と名乗った青年は、やはり警備のアルバイトだそうな。
「これって……乗物……?」
 千獣はリッジウェイという名の構造物を見上げた。巨大な金属の塊からは、生命は感じられない。と、バロッコがきんきん声で問うた。
「で? この大マグロどもはどう料理する?」
「あれ、こいつら食用だったさ?」
 人の(否、犬の)悪そうな口ぶりに柳樹が乗ってみせると、十匹ほどの半魚人がビクッと痙攣した。
「バロッコ……さっき、兜焼き、って……」
 純粋に疑問を口にしただけの千獣の言葉が追撃となり、人間部分に滝のような汗をかきだした。
「待て待て、あまり苛めてやるな」
 見かねたジェイドックが苦笑混じりで割って入る。
「勝負は完全についていることだし、できたら共存の方向へ……うん、いや、わかったから手を放せ」
 言葉の後半は、思わぬ助け舟に跳ね起きた半魚マッチョ十匹に縋りつかれたせいだ。大きな目がどことなく潤んでいるように見えなくもない。
「ん〜、まあ僕らの仕事はあくまで警備なわけだから、おとなしくしてくれるなら異存ないさ?」
 柳樹の返答に、千獣も同意する。半魚人も了解した旨を身振りで必死に伝えてきた。
「では後ほど雇い主に聞いてから処遇を決めよう」
「そうですね、売店の方も、皆さん準備が整いましたし」
「ちょ、緑田さん、いつ来たさ?」
 これまた顔見知りの深緑ローブの謎の青年、東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)が柳樹の背後に立っていた。何事か言いかけてやめた柳樹の腹が、そこで盛大に鳴った。
「ふ、この正直者め!……ところで我輩も小腹が空いたぞ、千獣」
 柳樹の腹の虫を揶揄したその口で偉そうに甘える超小型犬を、千獣が抱き上げる。
「うん……何か、食べよう……」
「何かではない。麺である!」
 すると緑田が顔を輝かせた。
「ラーメンはいかがです? 今ならもれなく魔法少女になるチャンスが当たる、サマーマジ狩るキャンペーンもやってます!」


「あらまあまあ、素敵じゃなぁい☆」
 シーサイドハウス☆ルルのオーナーこと魔椰が歓声を上げた。ミニ丈のサマードレスからおっさんにあるまじき美脚をさらし、椰子の木陰を生かした南国風のバーや、カレーにおでん、焼きそば等の麺類、かき氷といった定番メニューの並ぶ海の家を上機嫌で見て回る。
「ところで、と。アレはなんなのかしら?」
 ネイルばっちりの指さす先には、緊張ぎみに渚に佇む半魚人がおよそ三十匹。いつのまにか数が増えている。おまけに波間にもマグロの頭が見え隠れしていた。仲間が気になって戻ってきたものとみえる。
 柳眉をひそめるオーナーにジェイドックが説得を試みた。
「魔椰……だったか。もう争う気はないそうだし、売り子かなにかに使ってやったらどうだ?」
「そうねえ……」
 肉食系の美女(ではないのだが)は逞しい獣人をうっとりと眺めた後、可愛らしく肩をすくめた。
「ま、ぶっちゃけ侵入者はあたし達なわけだし? おとなしくしているなら居てもよくってよ☆」
 寛大な処置に礼を述べ、ジェイドックは状況を伝えに立ち去った。
「あっでもぉ、お魚ちゃん皆いいカラダしてるしぃ、ちょっと楽しませてもら……あ痛ッ! しかも熱ッ!」
 くだらない発言のさなかに焼けた砂につんのめって悶絶する魔椰の背後には、拳固をかためた強面のおばちゃん院長がいた。
「踊り子さんには手を触れない!」
「ひどいわ徳ちゃん、軽いジョークじゃないの」
「ん〜でも目が本気だったさ?」
 焼きトウモロコシを手にした柳樹が、さりげなく茶々を入れる。
「んまッ憎らしい、こうなったら貴方の可愛いメカを乗っ取って悪用してや……ぐはッ!」
 院長渾身の蹴りが決まったところで、黒服達が魔椰を丁重に引きずっていった。
「あの、人達……仲、悪い、のかな……?」
 風通しのよいテーブル席で首をかしげる彼女に、バロッコが陽気に答えた。
「否々、我輩の見るところあれは『くされえんのたわむれ』、心配無用である──おやじ、お勧めを固めの特盛り一丁!」
「くされ……腐れ?……でも、心配ない、なら、よかった……あ、私も、同じ、で……」
「毎度!」
 錬磨の早業で供されたのは『半魚人さんお袋の味特製昆布メン』という一品だ。麺からスープまで昆布尽くしの多分ヘルシー、とは緑田の謂いである。
「緑……だね」
「緑……であるな」
 いかなるレシピによったものか、湯気のたつスープから麺からラッコをかたどったトッピングまで全て海藻色──しかも微妙に色彩の異なる緑──の見ただけで髪がふさふさしそうな不思議ラーメンは、味もなかなか個性的だった。
「おう、これは……クセモノである!」
「いろんな……海の、味、する……」
 樹脂製の丼を器用に傾けて麺をすするバロッコ、神妙なおももちでひとつひとつ分析するように賞味する千獣、共に完食。
 ラーメンの後も、バロッコ先導で麺類限定の売店巡りだ。焼きそば、パスタ、蕎麦、うどんと食べ尽くして、腹ごなしに散歩でもしようと浜に降りると、後ろから砂を蹴散らして魔椰が来た。
「あたし色々発散したい気分なの、ヘビーチバレーでもしないこと!?」
「ヘビー?……蛇?」
 二対二で争う球技と説明され、血の気の多い魔わんこが俄然張り切る。
「やるぞ千獣! 我らのパワーの見せ所である!」
「いい、よ……」
 千獣の承諾に気をよくしたバロッコは、聞こえないふりをしているジェイドックの勧誘に走る。そうする間にも黒服がコートを整備し、ネットを張る。渡されたボールは、どう見ても石でできていた。
「蛇、じゃない……の?」
「うふふ、でもヘビーでしょ?」
 バロッコを振り切れずに審判の位置についた獣人が、「駄洒落か」と天を仰いだ。
「さて、あと一人いないとねぇ」
 魔椰の視線の先には、満面の笑みで何かを頬張っている柳樹。
「任せよ! 千獣、まずは練習だ。我輩、こう『とす』を上げるゆえ……ええと」
「『すぱいく』?」
「うむ、それだ。すれすれで頼む」
 狙い過たず石のボールは柳樹をかすめ、鈍い音をたてて砂にめり込んだ。
「そこな大男! 貴様を『へびーちばれー』要員に任命する。疾く参れ!」
 唐突な要求に目を白黒させている柳樹を魔椰がコートに誘う。観客も兼ねる黒服達が拍手喝采する。柳樹も観念したらしい。
「ゆくぞ、千獣! 勝利の麺を味わうのだ!」
「うん、頑張ろう、ね……」
 真夏の空の下、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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聖獣界ソーン
【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男/25歳/賞金稼ぎ】
東京怪談
【6591/東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)/男/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
CATCH THE SKY
【ga3326/御影柳樹(みかげ・りゅうじゅ)/男/22歳/グラップラー】

NPC
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)
織女鹿魔椰(おるめか・まや)
バロッコ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
ご発注ありがとう存じます。
この度は大変お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。
半魚人撃退お疲れさまです。バロッコに代わりまして御礼申し上げます。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願い致します。
なつきたっ・サマードリームノベル -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年10月16日

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