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『Trick or treat 〜血のハロウィン〜 』
月城 紗夜(gb6417)

『切り裂きジャックを狩れ。生死は問わず。
 期限:ハロウィン(10月31日まで』

 インターネットの掲示板に、ひどく短い文が載った頃、裏世界の人間が蠢き出していた。

 10月に入り、連続殺人事件が横行していた。
 被害者は女性。殺害方法は刃物での斬殺。
 その殺害方法、被害者、時期は、19世紀大英帝國を震撼させた、ジャック・ザ・リッパー……切り裂きジャックに酷似していた。
 故に、裏世界の人間は彼を追っていた。
 第2の切り裂きジャックの次の犠牲者を出さないために。

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 月城紗夜は微笑みを浮かべていた。
 普段の無愛想な表情とは裏腹である。
 水商売は笑顔が基本。それは長年のバイト生活から学んだ知恵である。

「サヤちゃん機嫌いいわね」
「新人にしてはやるじゃない」
「あっ、お客さんが来たわよー」
「はい、皆―、挨拶―」
『トリックオアトリート♪ お菓子くれなきゃいたずらするぞー♪』

 夜の華。イメクラ・エンジェルリップで働く女の子達は、銘々胸元の大きく開いた色っぽいハロウィンモードで揃っていた。
 内装はオバケカボチャに吊るした星や月。火を付けないロウソクなど、いかにも日本人が考えたようなハロウィンのイメージで統一されていた。

 何故我はこんな所に……。
 かっ、帰りたい……。
 紗夜は眼帯に天使と悪魔を混ぜた(所謂、堕天使だ)格好をして、引きつった笑顔を浮かべていた。
 何故彼女がこの場で羞恥に耐えているのか。
 それを説明するには、約6時間前まで時間を遡らないといけない。

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 昼間、紗夜は警視庁まで足を運んでいた。
 通称切り裂きジャックの猟奇殺人犯の情報は、マスコミには完全に伏せられ、警察でも事件現場を捜査した刑事部のごく一部、それを取り締まる犯罪抑止対策本部しか知られていない。
 紗夜のように裏世界に精通している人間なら話は別だが。
 紗夜はサツは基本的に嫌いである。が、仕事なのだから仕方がない。
 極秘パスを使って中に入る。
 進んでいけばホルマリンやアルコール、そして濃厚な血の匂いが漂う通路に入る。
 鑑識室である。

「頼もう」
「おー、いらっしゃい。例の猟奇殺人鬼かい?」
「ああ」

 顔見知りの鑑識官のじいさんは、遺体の写真を並べていた。
 どうも紗夜だけではないらしい。あの殺人鬼を追っているのは。

「随分気味の悪い話だよ。これは」
「連絡した例のものの特定は?」
「ああ、指紋、前科、メスの購入場所、だね? それも調べたが、まあ……」
「何だ?」
「指紋は見つからなかった。まあ殺人事件で指紋を消すと言うのはマスコミのおかげですっかりお約束になっているがね。問題は凶器だが……」

 鑑識官はガサガサと本を1冊出してきた。

『切り裂きジャックの考察』

 19世紀に現れ、見事に迷宮入りにまで持ち込んだこの殺人鬼の考察は、現代でも未だ出版され続けている。

「我は死んだ人間の事をどうこう言う気はないのだが?」
「見つかった凶器だよ。見つかった凶器はメス。19世紀のイギリスの医療メーカーのものだ。とっくにそのメーカーも倒産しているよ。医療品なんぞ骨董品屋に並ぶ訳ないし、どこで手に入れたのか追っても見つからなかったらしい」
「完全な模倣犯だと?」
「おまけにインターネットで掲示板にこの事が載ったんだって? これじゃ劇場型殺人だ。切り裂きジャックそのものじゃないか」
「……サツの誰かが書き込むとかは考えられないのか?」
「そりゃ無理だよ。この事件は極秘だ。この不景気に公務員をクビにされたがる奴はおりゃせんよ」
「……むう」

 紗夜は唸った。
 切り裂きジャックは劇場型殺人の走りである。
 予告状、過激な猟奇殺人、迷宮入り……。

「……ガイシャは全員水商売の女か?」
「ああ、そうだよ」
「殺害方法は喉の斬殺と聞いたが」
「死因はそうだが、一部の遺体には違うものもあったね」
「ほう?」
「首を絞められた跡があった。手ではないし、繊維の跡が滑らかだから縄やビニールヒモではないな。恐らく逃げられそうになったガイシャを捕まえるために首を絞めたんだろうが……」
「ふむ、感謝する」
「どうする気だい? たいした事は教えられなかったが」
「潜入捜査が一番手っ取り早いだろう。情報が少な過ぎる」
「そりゃあそうだね……ああ、行きつけの店がある。そこならここでもよく潜入捜査をするから、顔が利くが?」
「感謝する」

 鑑識官にメモを渡され、覗いて紗夜は嫌な顔をした。

「これは……」
「潜入捜査するんじゃなかったのかね?」
「……感謝する」

 紗夜はポケットの中にメモを入れて、グチャリと潰した。
 いつか殺す……。
 内心毒づきながら、鑑識室を後にした。

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 何とか「客寄せしてくる」と言い訳をして外に飛び出た紗夜は、エンジェルリップのチラシ配りをしながら辺りを見渡した。
 今日も人通りは多く、ほんのりと酒と香水の匂いが漂っている。とても連続猟奇殺人事件が起こっているとは思えない光景だった。
 紗夜は営業スマイルを浮かべながら、気配を探った。

どのガイシャも共通点は喉の斬殺……しかも警察が抑えるだけで広まらない位だから、ガイシャは1人の時に殺されていると考えればいいだろう……ガイシャが全員水商売の女なら、2人っきりでしなだれかかった所を凶器でグサリ……が妥当か。

 頭の中で推理がぐるぐると巡る。
 そこでふと、紗夜は違和感を覚えた。

寒い……?
 中秋は確かに寒いはずだが、この悪寒は、何か違う。
 そして次の瞬間、その悪寒の正体が分かった。
 それは、血の匂いだ。
 常々戦場で嗅いでいる死臭。それがこの場にわずかに混ざっているのだ。
 どこだ……? 相手に悟られてはいけない。
 紗夜は営業スマイルのまま、チラシを配るふりをして辺りを見回した。
 それは、ビルとビルの間の細い道を歩いていた。
 全身マントの、体格からして男か。
 ハロウィンには繁華街に奇抜な格好の人間が出歩く。見分けがつかないはずだ。
 紗夜は笑顔を引っ込めると、チラシを放り投げてマントの男の追撃を開始した。
 チラシは、落ち葉のように辺りを舞った。

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 細い道を、わずかにする血の匂いを頼りに、男を追う。
 既に繁華街からは遠く離れ、道も舗装が雑で、人がほとんど来ない道だと言うのが分かる。立つのは頼りなさげに光る街灯だけだった。
 ふと、気配はこちらに向くのが分かった。
 凶器はメス、あと布か何か。
 紗夜の瞳は爛々と赤く光り、頬には黒い蝶の痣が浮かび上がった。
 身体中の血が巡り、動きがどんどん軽くなっていく。
 男は、無数のメスを投げた。
 そんなものは効くか。
 紗夜は踊るように避けた。今の紗夜には、飛ぶメスも止まって見えた。
 紗夜はメスをすり抜け、懐に飛び込んで肘鉄を入れようとした。
 その時だった。

 シュルッッ

 男のマントが形を変えた。
 形を変えたマントは細長く、ひるんで動きの鈍った紗夜の首に巻きついた。

「! ガッハ……」

 油断した。
 ガイシャは首を掻っ切られているから、首輪さえしていれば斬られる事はないと、思っていた……。
 紗夜の首輪の上から、マントが首を圧迫する。
 息が、できない……。
 涙が出て、口からはよだれが出てきた。
 そのままマントごと、紗夜は男に引き摺られていった。
 男はメスを構えていた。

 しまった……やられる……!
 紗夜は何とかマントを裂こうと首輪とマントの間に指を突っ込み隙間を作ろうとするが、指ごとマントに巻き込まれて、指が入った事で余計紗夜の首は圧迫されるのだ。
 やがて男の懐に収まった。
 その時、初めて男と目が合った。
 男の顔は、まるで能面のようにのっぺりとして、何の表情も浮かんでいない。
 いや、そもそもこの男の顔が、顔かどうかも怪しい。
 細い月の光に照らされたその男の肌は、空に浮かぶ月そのもののようにぬらりと白く光っていたのである。
 男は刃を振りかざすと、紗夜の胸に一気にメスを突き刺した。
 ……はずだった。

『――――――!!』

 聴き取れない叫び声を上げて、男は拡散した。
 粉々になる訳でも桜が散る訳でもなく、雨粒がポタリと地面に落ちたかのように拡散したのだ。
 残るは濃厚な血の匂いだけだ。

「なっ……何故?」

 突然解放された紗夜は、引っ張り込まれた勢いのまま地面に崩れた。
 そして起き上がり、街灯の下にあるミラーを見て気がついた。
 自身の瞳には、白い十字架が映っていたのだ。

「……まさか、警察が動けなかった理由って、これか?」

 まさか、幽霊が猟奇殺人事件を起こしていると言って、誰が信じると言うのだ。
 紗夜は助かった途端拍子抜けした後、ふつふつとした怒りが湧き上がってきた。
 そのままポケットの中の無線を取り出し、慣れた手付きで回線を合わせた。

「金払え」

 紗夜はどれだけふんだくってやろうか。その計算を始めた。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【gb6417/月城 紗夜/女/16歳/ドラグーン】

【ゲスト/切り裂きジャック/男?/???歳/猟奇殺人犯】

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■         ライター通信          ■
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月城 紗夜さんへ。

トリックオアトリート、ライターの石田空です。
パンパレ・ドリームノベルに参加して下さりありがとうございます。
現在のハロウィンはキリスト教のお祭りですから、思いの他十字架が強かったようです(ダークな話のはずなのですが、コメディー色が強くなってしまったのはライターとしても誤算でした)。

石田は普段東京怪談や季節イベント中心で活動をしております。
またそちらの方でお会いできたら幸いです。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
石田空 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2009年10月21日

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