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『花想庭園〜花煩い〜 』
ヒースクリフ・ムーア3345)&ギリアン・ヒース(NPC0159)


「――根付かなかったか」
 ヒースクリフ・ムーアは庭園の一角で、倒れた枯色の草を手に取って息を吐いた。
 まだ緑を残してはいるものの、ここから息を吹き返す見込みは低い。茎は細く、力がなかった。
 わずかな面積を染める緑と枯色のまだらを見やる。
 その一角に植えたうちの三分の一ほどは、もう枯れるか、倒れてしまった。
 枯れたものは抜き、土に還して肥料にする。

 ――風が悪いか。

 空を見上げた。
 空は限りなく近かった。
 この地は高空にあり、雲が近く、風が強い。
 時折地表を早足で靄が通り抜けていくのは、あれは、雲だ。低い位置から見上げれば、白い雲の中に大地があるようにも見える。だから、この国は雲の国と呼ばれる。
 ラタというこの地は、この国の中ではずいぶんと低い位置にあって、比較的暖かい。それゆえに、この国の他の土地にはない恵みがある。
 多くの花が咲くのだ。
 だが、それでも雲に覆われ風に弄ばれる運命から自由ではない。
 ヒースクリフが今育てている花は、この土地生来のものではなかった。
 異国の高地に咲くもので、蒼い小さい花を鈴生りにつける。花は可憐だが、胸の病と熱病に優れた薬効がある。元来険しい場所に咲く花で、人の手による栽培は難しい。ゆえに多くは出回らず、薬草として、とても高価に取り引きされる。
 ヒースクリフが種を取り寄せて、栽培を試みてから……どれだけが経っただろうか。
 風が強すぎるから倒れるのか。
 ここの気候そのものは、花の生地と近いはずだった。
 しかし未だ、蒼の花は蕾もつけぬ。
 その薬効の多くは花にあるので、花が咲かないことには生育に成功したとは言えなかった。
 なにより一年草であるので、花が咲いてくれなくては次代に続かない。取り寄せた種を消費するばかりである。
 常時囲いをつけても時に上から吹きつける風を防ぎ切ることはできないが、ないよりはましか。囲いが高すぎれば、今度は日当たりに問題が出るだろうか。
 想いを巡らせる。

 ――土が合わないか。

 土の差は如何ともし難い。
 種と共に幾らか取り寄せはしたが、足らなかったか。しかし最終的には、この土地の土で咲かせなくては、やはり意味がない。借り物の花ではなく、この地の花になってもらわなくては――ヒースクリフの想いは叶わない。
 土地に馴染むまでには時間がかかろうと考えてはいたが、しかしここまで梃子摺るとはと、そう思いながら枯れた葉を土に置いた。
「ヒース」
 その時、機嫌の悪そうな声が聞こえた。誰のものかはすぐわかる。
 顔を上げれば、庭園の緑の中で金の髪が風に揺れている。
 近衛の制服に身を包んだギリアンが、渋い顔で見下ろしていた。
 今は女の顔なのに、こういう表情をしていると前と変わらないような気がする。服が同じで、表情が同じで、印象が同じだからか。むしろ前からずっとこうだったのではと、錯覚しそうな気がした。
 そんな感想は知らぬ気に、ギリアンは憮然と告げる。
「庭への出入りを禁止するぞ」
「勘弁してくれ」
 苦笑いで応えるしかなかった。
 苗の倒れぬように支柱を立ててみたり、強い風の吹く日には覆いをかけてみたりと、ヒースクリフは昼となく夜となく寝る間も惜しんで、この花に手をかけているので……ギリアンに限らず幾人もに「ほどほどにするように」と忠告を受けている。
 当たり前かもしれなかったが、一番強く言ってくるのはギリアンだった。
「そこまで頑張らなくちゃいけないことか?」
 ギリアンの問いの影には、そうではないだろうという意図が隠れているのがわかる。
「趣味の枠を越えてる」
「庭の手入れは仕事だ。辞めた憶えはないぞ」
「本分は騎士だろう」
「それは……そうだが。ニュアーゼルには、元々庭師をするために来たんだ」
「じゃあ本当に解雇するように言ってこようか]
「…………」
 脅しだろうか、本気だろうか、と、ヒースクリフはギリアンの表情を窺った。
 ギリアンにも、誰にも……ヒースクリフは、この花が貴重な薬草であることは伝えていなかった。
 この花を栽培し、いつかこのニュアーゼルの地に根付いたら、ヒースクリフは特産物が少なく財政の土台の弱いこの土地を僅かなりと支えてはくれないかと思っている。
 そう伝えれば、ヒースクリフがこの花にのめり込むことを憂う幾人かは黙るだろう。
 まだ戦いに傷ついた土地のすべてが復興したわけではなく、疲弊した領民たちのすべてが癒されたわけでもない。戦いの記憶はまだ、浅いところに横たわっている。
 この邦と、この土地の民には、金が必要なのだ。
 だが伝えても、誰もがヒースクリフの行動を黙認するわけではなかろうとも思われた。
 黙ってはいるまいという筆頭は、もちろん目の前に居るギリアンだ。
 今よりも尚、この花に手をかけることに反対するかもしれなかった。
 ギリアンは、ヒースクリフが邦のために働かなくても良いと思っているわけではない。だがきっとヒースクリフ個人の身を削るようなやり方には、反対を唱えるだろう。今は花を育てることがヒースクリフの趣味の部分だろうと思っているから、押し切らぬだけだ。
 真意を知れば、先ほどの言葉を実行に移すことを躊躇うまい。南部は戦火に巻き込まれなかったからと復興にかかる金をやりくりする文官たちに請われて、ギリアンにももう大分無理をさせているが、そんなことは問題にしないだろう。
 だから、誰にも伝えていなかった。
 花のことも。
 自分の想いも。
 この花の栽培を好しとしてくれる者だけに告げたとしても、遠からずギリアンの耳に入るだろうから。
「……勘弁してくれ」
 だからただ、そう言うしかなかった。
 ギリアンは、厳しい表情を僅かに弛めた。
 悲しそうに見える。
「……こんなことを言いたいわけじゃないんだ」
 ならぬと命じるのも、せよと命じるのも苦手な友人に、こう言わせることを……強いていると思うと、それは申し訳ないと思う。
 なにもかもは、上手くいかない。
 どこかで皺寄せには目を瞑らなくてはならないような気がして、それが自分の身ならと思うけれども。やっぱりギリアンにも降りかかってしまうのは避けられないものだろうかと、息を吐く。
「わかっている。すまない」
 それでも。
「もう少しだけ大目に見てくれないか」
 そう言うしかないことには、胸が痛んだ。




 それから月が一つ巡ろうとしても、花は咲かなかった。
 幾らか蕾はつけたけれども、硬く綻ばぬままに、もう花の時期も外れようとしている。
 焦っていたと、後からは思ったが――
「どちらへ」
 庭園に出ようとしたところを馴染みの侍女に呼び止められて、慌てて「静かに」と声を潜めた。そして辺りを見回して、ギリアンの姿を探す。
 日に日にギリアンの制止は厳しくなって、もう最近は庭に出る前に捕まったら振り切れるかどうか怪しくなっていた。
「庭へ――ギリアンには内緒にしておいてくれるかい」
「まあ、ヒース様」
 侍女は口元を手で覆う。
「ギル様から、ヒース様が外にお出になるのを見たら知らせるようにと、きつく言い付かっておりますのに」
「…………」
 手回しの良いことを、流石と思うべきなのか。
「言うかい?」
「申し上げます。わたくし、ギル様にお味方しますわ」
「俺の味方はしてくれないか」
 本当に苦笑するしかない。
「だって。ヒース様は、ご自分でお気づきではないんですの? ここしばらくで――本当に、ヒース様はおやつれになられましたのに。ギル様が心配なさるのは当然ですわ」
「やつれた?」
 ヒースクリフは顔を撫でた。
 今は映すものがないからわからないが、そんなに言われるほどにやつれたのだろうかと思う。そういえばと思い返せば、しばらくは鏡を覗く暇も惜しんでいたような気がした。
「そう……か?」
 いや、身支度に鏡を覗いてはいたはずだ。
 でも、よく見えなかったような気がする。
 見ていなかったのか、見えなかったのか。
 ……見えなかったのかもしれない。
 少し、目が霞んで――そう、今のように。
 今、侍女の顔がよく見えないように。
 ふわりと、そこで、一瞬意識が途切れた。
「ヒース様!」
 風が強かった。
 通り過ぎた風と、侍女の声で正気に戻る。
 崩れ落ちるほどではなく、ほんの一瞬だった。ただ疲れと眠気が出たのだと思う。
 けれど、そう言ったところで侍女が聞いてくれるとも思えなかった。
 風が強いのが気になって、外へ出る。
「ヒースクリフ様、お加減が悪いのなら」
「大丈夫だ。少し眠かっただけだから」
 僅かだが、蕾をつけた芽が気になった。この風で倒れてしまっては、もう今年は花は望めないだろうと思い。
 そして庭園を抜けて、花壇に至った。脇に置いておいた帆布を花壇の周りに打ち込んだ杭に止めて、風除けにする。
 そこまで作業して、息切れを感じてヒースクリフは花壇の横に腰を降ろした。
 咲いていない蕾に目をやり、何故咲かぬかと問うてみても返事はない。
 置いておいた如雨露が風に飛ばされて、転がっていった。
 追いかけようと腰を浮かせて、そこで走ってくる人影に気がつく。
 思っていたより早かったと、ヒースクリフは髪が強い風で乱れるのも構わずに走ってくるギリアンを見た。
「ヒース! 具合が悪いって」
「大袈裟だな。ちょっと寝不足なだけだ」
「……おまえは……」
 前に立ち、ヒースクリフを見下ろして、ギリアンは顔を歪める。
「……わかった」
 ギリアンは震える声でそう言うと、ヒースクリフの前から小走りに離れて花壇に膝をついた。
「もういい! 俺が全部摘んでやる!」
「うわ! 待て!」
 慌ててヒースクリフも駆け寄って、花壇の苗を引き抜く手を押さえつける。
「やめろ、やっと蕾をつけたんだ……!」
「そんなにこの花が大切なのか!」
「貴重な花なんだ!」
「何が貴重だって言うんだ! この花が来てからおかしくなったんだ!」
「何がおかしいって」
「おまえに決まってるだろう!」
「君の方がおかしいぞ。落ち着くんだ!」
 怒鳴りあい、睨みあう。
 一瞬、声が途切れると。
「……おかしいか?」
 次に搾り出されたギリアンの声に、どきりとした。
 涙声で。
「お、おまえの、心配をする、俺がおかしいのか……?」
 いつのまにかぼろぼろとギリアンは涙をこぼしていて。
 やっぱり見えていなかったのだろうかと。
 こんなに、泣いているのに。
「や、やっぱりおかしいよ、おまえらしくない。だって、あんなに花が好きだったじゃないか」
 ギリアンが子どものようにしゃくりあげる様に、ヒースクリフは困惑を隠せなかった。未だ、その意味を正しく理解することはできなくて。
「いや……今だって……」
「じゃあ、これ以外の花を本当にちゃんと見てるって言うのか! 見てないだろう! あちこちで花が枯れてた」
「……! いや、ちゃんと他も手入れを」
 言いながら、ヒースクリフは自分に問う。
 本当にちゃんとしていただろうか。
 面倒をみてはいた。
 けれど、以前と同じように手が行き渡っていただろうか。
 この花のことを気にするあまり、おざなりになっては……
「おまえらしくないよ……この花だって」
 ギリアンは顔を背けるように、花壇に視線をやる。
「おまえは、この花が本当に好きなのか? 咲かないから、意地になってるだけじゃないのか?」
 ギリアンの言葉に揺らいで、ヒースクリフは呆然とした。
 民のためだと、邦のためだと、ギリアンには言っていないのに。それでも純粋な気持ちからではないと察することができたのだろうかと。
 それは、そのように見えたのか。
 愛情がないと。
 どれだけ手をかけていても。
 ……手をかけることと、気持ちは別だと。
 ギリアンを捕らえていた手の力を弱めると、ギリアンはそれを振り払って距離をとる。
 むしった苗をヒースクリフに投げつけるようにして――それはやっぱり枯れていた。
 もう、苗をむしりには行かなかったが。
 まだ泣いていて。
「……忘れられたら、花だって泣く。本当に自分を見ていないなら、花だってわかるさ!」
 ギリアンは足元に転がっていた如雨露を拾って、そのまま庭園の奥の方へと走り去った。


 しばらくヒースクリフは、その場で呆然としていた。
 ギリアンに言われた言葉を咀嚼するように口の中で繰り返しながら。
 自分らしいということがどういうことなのかわからないなどと、青臭いことを言うつもりはなかった。
 やっぱり緑と枯色でまだらの花壇を見て。それからヒースクリフは周りの低木を眺めながら、歩き出した。すべてではないが、いくらか虫がついたり、葉が枯れている。ぱっとすぐには見えないところが多かった。低木の根元を飾るように寄せ植えた花も、陰になるところから痛んで。
 以前には、こんな風にはしなかった……と、ヒースクリフは思う。
 植物は生物なので、永遠に緑ではない。どんなに手を尽くしても、いつかは枯れる。それが半年か、数年か、何十年かという違いはあれども。
 だが庭というものは、生のままの植物を集めたものではない。枯れる時期が来たなら刈り、葉を剪定し、次の花を植える。
 庭園は舞台だ。舞台に乗る花々は役者で、その演出をするのが庭師。最も役者たちが美しくなるように。
 演出家として良い仕事を出来ていたかということであれば、ここのところのヒースクリフは一人の役者に入れ込み過ぎて全体が見えていなかったようだ。
 ギリアンの言った通りだと思った。
 おざなりにされた花々は枯れもするだろう。
 本当に花を想わぬなら、花も咲くのは嫌がるかもしれぬ――あの花も。ヒースクリフは花にも心はあると思うから、そうだとしても何も不思議はないと思った。
 そう、気付いて。
 反省して。
 如雨露を誘拐して走り去ってしまったギリアンの姿を探した。
 謝らなくては、と。
 もう城の方へ戻ってしまっただろうかと思いながらも、奥へと歩を進めて。
 やがて庭園の端まで来て、木陰に見慣れた上着の裾が覗いているのを見つけた。
 他の者ではないだろうとは思いつつも、まだ声はかけずに、その顔の見えるところまで回り込む。
 樹にもたれて座っている金の髪の女性は如雨露を胸に抱いて、石像のように生気なく俯いて、昏い樹の陰に半ば溶けたようにも見えた。
「……ギリアン」
 その前に片膝をついて、そっと呼びかける。
 近づくまではまだ泣いているのかとも思ったが、呼びかけてもぴくりとも動かないので別の意味で心配になる。
「ギル」
 もう一度呼ぶと……ようやく、そっと顔をあげた。
 影になっているせいか、その顔は蒼褪めて見える。
 もしかしたら本当に蒼いのかもしれない。
 侍女が言っていたように、自分が本当にやつれているのなら……と思えば。ギリアンにどれだけ心労をかけただろうかと、今更に思う。
 やっぱり緑の瞳は今にも雫を溢しそうに潤んでいた。
「すまない、心配をかけて。俺が悪かった」
「ヒース……私も、言いすぎた。やりすぎた。ごめん。でも……」
「もう無理はしない」
「約束してくれるか?」
「ああ」
 そう答えることに躊躇いはもうなかったが、それでもギリアンは何か言いたげに見上げてきて。
 けれど黙り込んで俯く。
「如雨露、返してくれるかい」
「ごめん」
 ギリアンは抱いていた如雨露を差し出して、やっぱり何か言いたそうだった。
 そこで話を終わらせてはいけないような気がして、ギリアンにかけるべき言葉を捜す。
「ギリアン」
「……なんだ?」
「君には、ずっと助けられてきた」
「それは……どう、なんだ。私がおまえに助けられたことは何度もあるけど」
「たくさん助けられてきたよ。今もだ。そして、これからも俺を助けてほしい」
 その瞬間、ぱっとギリアンの顔色が明るくなったように、ヒースクリフには思えた。
「もちろん……! なんでもする。おまえのためなら、なんでも。なんでも言ってほしい。だから、その……私に、手伝えることは……ないのかな……」
 ああ、と思う。ギリアンがずっと何を言いたかったのか、何を言われたかったのか、ヒースクリフはやっとわかったような気がした。
 とても簡単なことだったのに、今まで思いもしなかったのは、やはり周りが見えていなかったのかもしれないと改めて思う。
「あるよ。手伝ってくれ……立てるか?」
「ああ」
 ギリアンの手を引いて立たせて、そして一緒に花壇へと戻る。
「ギリアン、あれには、この国の空のような蒼色の可憐な花が咲くんだ。君に一番に見せてやりたいな――」




 それから数日後、その蒼い花は初めてニュアーゼルの地に咲いた。
 代を重ね、この地に順応して、蒼い花が群れ咲くまでには時が必要だったが……
 初めの花が咲いた喜びと笑顔が、そこに繋がる最初の一歩だった。

                               〜Fin〜
PCシチュエーションノベル(シングル) -
黒金かるかん クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2009年10月22日

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