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『それはまるで煙のように 』
花鳶・梅丸7492)&江口・藍蔵(7484)&梶浦・濱路(7483)&草間・武彦(NPCA001)


 それは煙突から吐き出され、煙草の先端から排出され、焚き火の中から生まれ出る、
 見えているのに見えなくなる、そこに在るのにまた消える、
 煙。

◇◆◇


 日常を保つ為に、人はまず家を造る。そりゃそうだ、野ざらしを住処にしたら雨にも負けて風にも負けて、そういう者に人は基本なりたくないのだから、屋根がある事を第一にする。
 しかし、それではまだ足りない。いくら籠を作ったって、それだけじゃハムスター死んでしまうから。必然的におがくずを敷き詰め、運動をさせる為回転車、生命の根源たる水を飲ます場、そして、ひまわりの種。
 茶の入ってない器は愛でる事しか出来ない、からっぽの心は寒々しい、だから満たす事が必要だ。人間にだってそれはすっかり不可欠になってしまっていて、ゆえに、この部屋は、
 1LDKの花鳶梅丸の部屋は、一切の虚無でなく、整然と日常を送る為の装置が並べたてられている訳で。
 必要最低限に、薄く趣味を纏わせたような、小綺麗でさっぱりとしたインテリア。彼の密かな楽しみからは余り想起しにくい、シンプルなカラーの家具が、空間をなるべくに活かすよう配置されている。見た目にもすっきりとしたデザインは、その侭機能性に繋がっており、どんな色を持つ《個人》であろうと、腰を下ろさせる事に神様は躊躇しない。オーソドックスな癖、無機質過ぎない、まさに日常を過ごす為の部屋。
 ……だがここまでしても、そう、ここまでそつなく、我が家、構築しても、
 彼は一向に、日常を取り戻す事が出来ないで居る。
 それは例の幼馴染みの事でもあるし、つい最近発生した同居人の事でもあるし、嗚呼、日常破滅のフラグは何時だって人間である、人間、この愚かで愛しい生物は、地球上に生まれてから安穏とした日々を求める一方で、刺激的な出来事すら享受しようとする。普通が一番と言いながら、世紀に一度と聞けばマジックショーのような奇跡すら楽しもうとして、全く、人って奴は、……あ、
(……まあ、江口はともかく)
 そういえば、そうである、
(梶浦君の場合は、人の範囲では無いだろうけど)
 今嬉々として、1LDKの1の部分つまりは梅丸の部屋で《トレジャーハント》日本語にすると《エロ本探し》にかかろうとしている江口藍蔵の横で、一線を越えてしまってる水着姿の少女になっている梶浦濱路は、人とは言い難き。
 とりあえず江口には、自分の忌み嫌う過去から仕方なく引っ張り出した体術、踵落としを食らわせる事にする。踵は硬いので結構な武器なので脳天に直撃すればあうおうと相手を唸らせる事は訳無いので忍者っぽい技では無いけれど。
 かくして、江口ことエロゾーの想像の力が弱まった事で、元の姿に戻る梶浦濱路。
 ……いや、この姿だって、本当に元の姿だという保証がある訳でもないのだが。ないので、あるが、
「ん、どうしたの梅ちゃん先輩? 俺の顔何かついてる、よう想像した?」
「いや、そういう訳じゃないよ」
 人じゃない癖に、こうして見る分には、人である。
 もしかしたら中身の方にこそたいした意味が無くて、見た目の方にこそ意味があるんじゃなかろうか、と、馬鹿みたいな事を考えたが、
 そこで例の被写体を思い浮かべそうになって、そうすると梶浦濱路はその影響を受けてしまうので、頭を振るだなんて原始的な動作で心理的に思考を振り払い、能力を使って色々お見通ししそうな江口の首を引っ張り、自分の部屋から1LDKのLの部分に移動して、テーブルの席に座らせた。
「さて、いきなり僕の家に入ってきて、そのままガサ入れへと直行した不届きへの罰は、済ませたからいいとしてだ」
「ひでーよ梅ちゃん先輩! 俺の貴重な脳細胞がどれだけ潰れたんスか!」
「元々残念だから問題無い」「ひでー!?」
 こうなったら泣くっスよ! 今から泣いてやる! と訳のわからん脅迫をされる梅丸、確かに割とガタイのいい彼がそれをやると非常にうざいが、こういう場合はそのうざさそのものスルーをする、
「で、何の目的で来たんだ二人とも、また草間さんからの厄介事か?」
「いやいや、そんな迷惑な話じゃないッスよ、ね、濱路さん」
「俺はえろぞーに着いてきただけだけど」
「そうそう、俺達がここに来たのは」
 暇だから遊びに来たと、キッパリ言った。
「それは僕にとっては十分厄介事なんだが」
「ひでぇ! ……あ、いや待てよもしや梅ちゃん先輩はツンデレ? 確かAVにそんなジャンルがあったような」
「……僕は江口の所為で、近い将来刑務所に入るかもしれないな」
 刑法204条的な意味で、と目を細めて告げると、ぱたりと空気が張り詰めるのだが、
「……ツンデレ?」
 当たり前のように緩むのだから、酷く疲労する梅丸、
「というかなんなんだ、そのツンデレっていうのは」
「こういう物あ痛ぁ!」
「だから無闇に梶浦クンを使うんじゃない!」
 なんか目つきの悪いメイドに変化したので、思いっきり頭をしばいとく梅丸、だったが、
「はっはっは! 甘いッスね梅ちゃん先輩、俺の煩悩はこれしきで消えない、なので濱路さん早速俺に向かって“べ、別にあんたの為に”と言へぼっ!」
 二回三回四回五回六回、「ちょ、た、叩きすぎ!? 何故!?」「108回叩けば煩悩も消えるだろ、除夜の鐘的に」
「いやその前に意識が消えるッスおおお痛いいてぇストストップィ!?」
 スパパパンと高速連射される掌、時々手首の付け根など、無駄に硬い部分すら用いてくる、それでいて相手を立たせないように相手の肩を押して重心を操り床に縛ってあれ何この拷問彼が何をしたというのかいや様々してるが。
「た、助けて濱路さん――」
「別にあんたの為にやってる訳じゃないんだからいいんじゃないのー?」
「使い方が違うッス!?」


◇◆◇


 人参一つを右手に構える濱路の姿は、何か酷く奇異に感じられた。まあ理由速攻解した、これは本来あり得ない物であるから。
 存在の全権が他者によってしか成り立たない、まるで一片のツール如き彼は、
 明日の糧として食物を胃袋に放り込む、だなんて、そう実体を思われない限り、過去から未来まで必要ないのだから。……まあそれはいいとして、
「とんがって赤いと、かっこいいなエロゾー」
「そうッスね、童心を刺激するカラーとフォルムっすね。だがしかし濱路さん! 実はこれ、子供向けとは言えない大人のおも」
「店を出て死んでこい江口」
「何故!?」
 今度からこのスーパー来れなくなるからと、183cmの後頭部にアイアンクローで仕置きする梅丸、痛いギリギリ痛い、虐めてくれるならお姉様が良い。
 そんな事してる間も、濱路君がつむじに鬼の角と見立てている場所、最寄りのスーパー、火曜日にはたまご1パックが68円(ただし500円以上お買い上げのお客様に限る)となる、生活の生命線となる場所だ。
 ショッピング、が遊行の目的では無い服じゃないんだし。これは手段、もともと久しぶりの休日だったから、ちょっとお金をかけて料理で時間を潰そうとしていたのである。外に出るよりは安上がり、費用も外食よりかは抑えられるし、交通費もかからなく、何より、明日のためには必ず経る夕食がそのまま娯楽になるのだから言うことないのだ、が、
「うおお!? た、大変ッス梅ちゃん先輩!? 牛が!?」
「お前また想像しただろ!? あ、ち、違うんですこれキャンペーンですから!」
 突如肉屋の前に現れた四足獣の出現を、通りがかって目を丸くした主婦に言い訳したあと、彼女の見えない角度で、親指で背中の筋にある急所を突き刺し慌てて掻き消す。ああもういっそ、江口もこのまま消えてくれたらいいのに。なんとか誤魔化した後、じと目で江口を見れば、
「だって牛っていったら松阪牛じゃないッスか! 頭で思い浮かべて何が悪いんスか!」
「TPOって奴を考えてくれよ、というか松阪牛にはあんな立派な角生えてないから」
「え、旨いイコール強いじゃないんスか?」
「なんだその小学生の発想は」
「いやぁ」「誉めてない」
 17歳といえばまだ子供かもしれないが、そろそろ落ち着きを携えて欲しい頃なのに、一向そんな気配を持たない相手への溜息の量は、一体どれだけになっただろうか。半ば彼の保護者みたくなっている梅丸の境遇、
 ……その自覚が多少あるからこそ、料理でも作って食べるか、と誘ったのだが。
 孤児院の一件、様々な理由で家族という者から縁遠い自分達が赴けば、その事がまた良く際だった。だから少しだけ優しくしてやってもいい、と、この二人に。
 まぁぶっちゃけ江口はどうでもいいのだが濱路の場合となると、そういう、人との間で育まれる時間がとことん欠落しているのだから、
「梅ちゃん先輩材料持ってきた−!」
「……いやこれ、牛乳石鹸だから」
「え、食べれないの?」
 一般常識が無い事を、責める事も出来ない。居酒屋の席で笑いのネタにするには、余りにその経緯が切ないから、
「牛乳は飲めるけど、石鹸は食べれないだろ?」
「へぇ、ふぅん、……んぅ?」
「ああいや納得してくれないかな、頼むから」
 ポンポンと頭を叩きながら、もう少しこの子に、そういう感性が育つことを願って頭を撫でていたらなんだか急に体がぼんきゅっぼんと変化してうわーすげー梅ちゃん先輩みてみてー「え、なんで俺には見せてくれなんぎゃあああああ!」
 余り人の訪れない乾物コーナーに引き込んでから制裁、
「だから想像するなって言っただろ! ていうか、どうしてああなった!」
「石鹸は! 英語で! ソープなんですよ!」
 殴って気絶させて店先のベンチに座らせてから買い物に戻った。(彼の手によりカゴの下に敷き詰められていたチョコスルメとねるねるグミとドンパチ飴等は全て返却した)


◇◆◇

 卵1パック 68円
 もやし一袋×2 56円
 ブロッコリー見切り品 50円
 牛蒡見切り品 30円
 大根 150円
 太ネギ 72円
 とろけるスライスチーズ 228円
 カレー鍋の基徳用 400円 
 パスタ1kg 208円
 キャベツ1玉×2 360円
 生サンマ三尾パック 270円
 鳥胸肉グラム38円 221円
 しゃぶしゃぶ用スライス豚肉×3 1680円 

 合計 3793円 三倍キャンペーンで111pt進呈

◇◆◇


「ああああ! コアラの行進すら無い!? あれ中に耳毛コアラがあったんスよ!?」
「能力を不正に使うなよ……、小腹が減ってるんだったら簡単なもの作ってやるから」
「はあ、解りましたよ、……にしても、」
 備え付けのコンロが二つの簡易な調理場、ただ二人並んで調理するとなるとちと狭いので、下ごしらえなどはリビングのテーブルの上で……というのは解るのだが。
「……なんすか梅ちゃん先輩? このボールの山」
「料理を作る前に、先に調味料を用意しておくんだよ、常識だろ?」
 ガラス製の小さなボウルに、酒や砂糖がきっちり量られて入れられている。それはさながら、料理番組のようである。確かに、初心者にはこのやり方がお勧めだ、現在進行形で作るとなると組み立て方がおかしくなり、味付け自体も取り違えてしまう事が多い。が、
「いやでも、もっとこう醤油もドバーっと直接かけていいんじゃないんスか?」
 江口藍蔵には理解しにくい概念、一応彼も一人暮らしだから料理はするが、もっと適当なものである。まぁそもそも、茹でたパスタにふりかけをかけるだけとか、炊いたご飯に玉葱と肉を炒めたものを乗せて丼と言い張る事が、料理といえるかどうかは別なのだが。
 にしても正直、めんどくさいという印象を受ける。スプーンの大さじと小さじをきっちり使い回す人間を初めて見た。そしてエプロンをエロくない意味で着用する姿も。彼の横では指示通りに、濱路が包丁を二本持って寸分違いなく野菜を切ってと。
 自分なんか熱したフライパンの上、調理用ハサミを使ってボトボト落とす事もあるし、ほら、まな板も洗わないで済むから楽だしラーメンも鍋で作って直接食べればねぇねぇ梅ちゃん先輩、
「だ」何故か、「ま」酷く、「れ」ゆっくりと、
 黙れ――という一言が、殺意と共に届けられたそれがゆっくり聞こえて、ヘタレな江口は涙目になって窓際まで後ずさりした。
「なななななんスか!? なんでそんなキレるんスか!?」
「いいか、料理は少し狂えば全部が狂うんだ、手元が狂えば怪我をして、一さじ間違えばカオスに墜ちる、それを解った上でそのセリフをまた言うのか?」
「いやいやいやおかしい! そこまでやるもんじゃないですって! もっと楽しくおかしく!」
 ノーモア暴力! ラブアンドピースと言う江口に、全く、と言いながら濱路が切りそろえたネギと鳥胸肉を、きっちり分量をはかったポン酢が入ったボウルをもってコンロへ向かう、とてとてと着いていく濱路に、余り覗き込まないようにと言いながらガスコンロに火をかけて、サラダ油を熱して薄くスライスした鶏胸肉を炒め、それからの脂がにじみ出てからネギを転がす、
 ただそれだけなフライパンの様子だが、濱路、おお、と余りにも目を輝かせるものだから、やってみるかいと言って、彼にフライパンの柄を持たせると煽り始めたが、これはいけない。
 調理用のキッチンと家庭用のキッチンの火力の差は大きく、フライパンを離せば単純に火の強さが弱まる事になる。チャーハンやパスタ等絡めるという工程、あるいは皮が底にこげつかないよう揺らすような場合をのぞき、無闇、フライパンを振る行為は無駄に近い。
 とその事を伝えてもあんまり理解されなかったので、長い箸で、時々肉を引っ繰り返しネギをころがすだけでいいからと伝えた。
 青いネギが鉄鍋の中で、くるくる回る。炒められたそれの香りに、鼻がひくつくように現在の濱路は成っている。となれば笑みも零すから、それなり、得難い体験なんだろう。
カレーを作るのにも劣る、余りにも地味な調理工程だが、ポン酢を焦げ目のついた鳥と葱にまわしかけさせれば、ジャアという心地よい音と立ち上る匂いに、笑顔がまた弾んだ。このまま炒め続けるとポン酢が鍋底にひっついてしまうから、早めに火を止めた。
そいつを皿にもって、七味をかける。たったそれだけのシンプルなもの。どちらかといえば酒のあてだが、
「ほら江口、これと一緒にごはんでも……」
 と、肉は勿体ないからこれで旺盛な食欲を満たさせようと、リビングに戻った、ら、
「……江口?」
「梅ちゃん先輩! サラダできたっすよ!」
「……僕には大根が皿の上にのって、その上にサンマが搭載されてるようにしか見えないんだが」
「女体のふとももの部分盛り!」
 大根おろしと秋刀魚の相性に匹敵するは、すだちかかぼすくらいからだが、もしこの二つに心があれば、この状況にこう言うだろう。
 こんな形で出会うなんて、と。


◇◆◇


「おお、梅ちゃん先輩−、エロゾー、草間さん来たぞー」
「……心臓に悪いから、天井に立って待たないで欲しかったんだが」
「ああ草間さんお待ちしてました、いや本当心から」
「なんか酷く疲れてるようだが……。ほら、発泡酒。俺とお前なら6本で足りるだろう、……江口はどうした?」
「あああいつなら」
「梅ちゃんせんぱーい、濱路さーん、あけでぇー」
「……なんであいつはベランダに締め出されてるんだ?」
「エロゾーさっきから梅ちゃん先輩の邪魔ばっかしてっから、オシオキ、だってぇの?」
「いやいくらそうでも、あんな所にずっと放置するのは」
「げげぇ!? 草間は草間でも零ちゃんじゃない!? おかしい、紅一点がいなかったら、一体俺のリビドーはどこへぶつければ!」
「ん? これはカレー鍋? 初めて食べるな」
「安いキャベツを有効活用するとなるとこれが一番ですから」
「いれてー!」


◇◆◇


 カレー鍋の嬉しい所は、野菜がたっぷり食べられる事だ。
 ザクザク大振りに濱路に切ってもらったキャベツを、電気鍋のカレースープの中に敷き詰める。蓋をしてある程度煮ればカサは減り、緑色が黄金を纏った頃合いに器にとってざくりと噛む。
 肉厚なキャベツがカレーのスープをたっぷり吸って、ジューシーな味わいになって口中を満たし、それが喉を通った時の快感は目を細める。また、豚肉との相性も良い。あらかじめ肉を煮込むよりも、このカレーで熱を通した方が、肉の甘い旨味がしっかり残って、普通にカレーで煮込んだ肉とは違った嬉しさ。
 その二つをいっぺんに口にほうりこんだならば、野菜の爽やかさ肉の強さ、ジャクリとした食感ギュッと詰まってる味、それを引き立てるスパイスの辛さが一体となって、嗚呼、嗚呼、と。
 ――そう力説しているのにこの二人と来たら
「んー、とりあえず肉がうまいんだよね? よし肉」
「って濱路さん! それ俺がいれてた肉!?」
「んー、じゃあこっち食う?」
「え、ああじゃあ遠慮無くいただき……口で消えた!? これ濱路さんが想像で作った奴!?」
「肉はうまいよねー」
「偽装は駄目っスよ!」
 こんな感じで、二人、肉食系。
「……ああ草間さん、しめじも美味しいですよ」
「いや、まあ、お前が俺を呼んだのは良く解ったよ」
 そう言いながらサンマのピザ風チーズ焼きに箸を伸ばす草間武彦、万年金穴の彼が、草間零が別の依頼で出掛けている時に呼ばれたのは幸いといえば幸いだったのだが、
「ああ俺のウィンナー! 何するんッスか!」
「ん? 肉がうまいって言ったのはエロゾーじゃん」
「うう、こんな事だったら空気が美味いって言っておくんだった! ッスよね梅ちゃん先輩!」
 ……この二人に付き合うのは、発泡酒の酔いだけでも確かに大変だなと、しみじみ思う。
 秋刀魚は喉を唸らせる程脂が滴る、それにトマトの濃厚かつ爽やかなソースは良く辛み、香ばしいチーズの味ととろりとした食感は実によくあって、発泡酒三本目への突入を促した。
 ベーコンの茎とブロッコリーの炒め物に箸を伸ばして、「……濱路、お前ベーコンだけ食ったのか?」と草間が言ったら、「だって肉はうまい系? だよなー」と言うから、「確かに肉はうまいっすよね性的な意味で」と江口が言うから、「あ、そうだ餅いれますね、カレー鍋に餅かなりあいますから」と梅丸が無視したから、江口はいじけた。
 普通のどろりとしたカレーを餅にかけるだけでは、餅の淡泊さと少々釣り合いが取れないが、煮込むとその味が染みこむのだから問題は解決、注意するとすれば、鍋底に焦げ付かないよう注意する事だけか。
 そんな餅を、歯でがぶりと噛みしめている幸せの中で、草間は聞かれた。
「ところで草間さん」
 無論、誰にも聞こえないように、

「梶浦君は、どうやって生まれたんですか」

 遮りが、遮った。
 日常を遮断する唐突な石。
 ……その質問への返答は二人にも聞こえる音量、ただし確信はまだだ、「煙草を吸いに、ベランダへ出ていいか」と言うから、「ええ」と梅丸も席をたつ、
「あれどうしたんすか二人とも? ハッ、まさかうわ気持ち悪いせめて女体化して」
 とりあえず梅丸が殴った後、二人しべベランダへ出る。
 ポケットの中から煙草を取り出し、一本咥えて、夜の風の中火を点す。自分を蛍という名の族に参加させながら、肺の中に支援を纏わせて、ふうと大気へそれを混ぜた。
「酒を飲むと、無性に吸いたくなってな」
「だったらお酒も止めたらどうですか?」
「恋人同士を引き裂くのは趣味じゃないさ」
 発泡酒で何をかっこつけてるんですかと梅丸が苦笑すると、ハードボイルドは貧乏人が格好付ける為の言い訳さと草間も返す。
 もう一度だけ、煙草を吸って、そしてその副流煙混じりに、
「解らないさ、誰にも」
 と、答えながら、目の前の煙をみつめる。
「まるで煙のよう、現れて、消えてしまう」
 梶浦濱路となる存在は――
「姿形を誰かに頼り、喜怒哀楽すら他人に教えてもらって」
 ――全く酷く弱々しい
「生まれたての赤子のように、寄る辺を探して」
 けれどその能力は特殊だから――
「奇跡という偶然か、偶然という奇跡か、俺達に流れ着き」
 そして――
「利用される」
 梶浦濱路はとても便利だ。
 必要な時に呼び寄せられて、そして、
 要らない時、側に居ない。
「悪人ですね、草間さんも」
「それはお前もじゃないか? 花鳶梅丸」
 返す言葉が無いから、彼は黙って、ベランダから見える中途半端な景色に目をやった。
 返す言葉は無いけれど、それでも、
 梅丸の表情は、暖かく緩む。
「……誰かを利用する事が、悪人というならば、それでいいでしょう。そうやって互いに利用しあって、関係を作るから」
 、
「人間、って言うんでしょう?」
 アレを人間と言うのか? と、草間が笑うから、
 それこそ酷いと、また梅丸も笑った。


◇◆◇

 そこに在るのに、そこに無い、
 意志は継げても、そのものではない、
 一瞬の連続、始まりと果ての狭間、
 それはまるで煙と同じで――

◇◆◇


「……で、何をしてるんだ江口、梶浦君?」
「ち、違うんスよ! やっぱり鍋の締めは麺系だから、そうしただけで!」
「茹でてないパスタを直接かさも少ない鍋の中にいれたらこうなるだろ! ああもう、ほとんど糊みたいに固まってるじゃないか!」
「とりあえず俺はもう肉食べたからいいけどさー」
「僕の分まで!?」
「ええ!? い、いやだって肉がうまいってエロゾーが言うから……」
「人のものまで食べちゃいけないんだよ!」
「いやしかし梅ちゃん先輩! 寝取りっていうのもオツぎゃあ!」
「鍋、パスタ整理してくるから、梶浦君はその間江口をこらしめてやってくれ」
「ええ? 濱路さんが俺をこらしめるって」
 マッチョ。
「なんてものを想像して!? いやちょっと濱路先輩!? ポージング嫌ぁ!」


◇◆◇


 懲りたか江口といいながら、パスタを取り除いた鍋をもう一度テーブルの真ん中に置いて、あらかじめボウルによけておいた白ご飯を、室温に戻しておいた卵と一緒に江口に差し出す。あとスライスチーズを数枚。
 ペナルティ、と言って、この鍋の締めの定番、焼きチーズカレードリアを作る任務を負わすと、すいませんと言いながら彼の指図通り順序よくこなして、
 できあがったものの香りは煙草に負ける事はなく、草間武彦に別腹を作り出して、そして、
 肉が無くても美味しくて、その事にびっくりでもしたか、感嘆でもしたか、
 うめぇじゃんコレ、と、笑う顔は、

 全く、人に良く似てた。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年10月26日

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