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『■ 真夏の夜 泡沫の幻 』
フルーレ・フルフラット(eb1182)

 ● 一

 青い空、青い海、輝く太陽!
 窓辺に腰を下ろせば聴こえて来る、寄せては返す波の音はとても涼やかで真夏である事を忘れさせるような――。
「あづー‥‥」
 のんべんだらり。
 さすがに波の音色だけでは涼しくならないようだが、それでも都会の只中で狭い教室に四〇名もの生徒が集まって黙々とペンを動かしていた昨日までに比べれば天と地ほどの差があるはず。
 そうでなければ、わざわざ『海を合宿の地に選んだ』甲斐がない。 
「ほら、しゃんとしろ。その格好では生徒達に示しがつかない」
「‥‥つーか、おまえの髪が暑苦しい」
 半袖は肩まで捲り上げ、ジャージは膝上まで捲り上げ、片手に団扇、空いている片手で同僚の長い金髪を引っ張るのはアシュラ高校の社会科教師・滝日向(ez1155)。
 一方で髪を引っ張られた数学教師のリラ・レデューファン(ez1170)は眉を顰めたが。
「失礼ですが」
 不意に背後から声を掛けられて振り返れば、雰囲気がキツめの美人が立っている。その威圧感にはさすがの日向も立ち上がり、ジャージの裾を元に戻した。
「何か?」
 問うたのはリラ。
 答えたのは後にローラ・イングラム(hz0004)と名乗った彼女。
「ソルパ高校の保険医を勤めています。今日はこちらのホテルで他の高校も合宿中だと聞いたものですから、‥‥ご挨拶を、と」
 言い換えれば偵察というか事前調査というか。
 早い話、問題を起こしてくれるなと前以て釘を刺しに来た訳だ。
「そちらも来月の全国模試で結果を出すための大事な期間です。他にもダテンショウ高校や神聖都学園の生徒さん達もいらしているようですが、お互いに有意義な合宿にしましょう」
「ええ」
「ご心配なく、うちの生徒は皆イイ子ですよ」
 最後にさらりと反論した日向に、しかしローラは全く動じる事無く会釈して立ち去った。
「‥‥俺はああいうタイプは好かん」
「誰もおまえの趣味は聞いていない」
 あっさりと言い放ったリラは「しかし」と天井を仰ぐ。
「そんなにたくさんの高校が集まったのか」
「つーかだな。それだけの生徒が集まって何も起きないわけがあるかっつーの」
「‥‥おまえは教師のはずだが?」
「何を間違ったか、な」
 そうして日向が軽い溜息を吐いた頃、彼の予想は悲しいかな的中。
 ホテルを抜け出そうと計画する生徒達がいる事に彼らはまだ気付いていなかった――。




 ● 二

 教師達がそんな話をしていた頃、滞在中のホテルから徒歩で二十分程歩いた砂浜の一角に建つ海の家からは、合宿の合間の短い休憩を楽しむ生徒達の声がしていた。
「はいよ、焼きそば上がりー!」
「お待たせしました」
 海の家のアルバイトをしている兄妹が運んできてくれた料理に、真っ先に手を伸ばして預かろうとするのはリィム・タイランツ(eb4856)。
「いいよいいよ、テーブルにはボクが並べるから行って。他のお客さんが待ってるんでしょ?」
「ぁ‥‥ありがとう」
「何だよリィム、気が利くじゃん。それとも学校の友達の前だからって猫被りか?」
「そんなんじゃないよっ」
 ムキになって言い返せば兄の方が声を立てて笑う。
「ははっ、まぁ助かるのはホントだしな。さすが生徒会長ってか。――じゃ、頼んだぜ」
「もう!」
 調子の良い青年に眉を吊り上げながらもしっかりと料理を預かるリィムへ、今度はレイン・ヴォルフルーラ(ec4112)がくすくすと微笑いながら手を伸ばす。
「テーブルの上、空けましたから此方に下さい」
「わ‥‥さすがレイン! ありがとね」
「いえっ、私は紅子先輩に習っただけで‥‥っ」
 褒められるのは慣れていないのか、頬をほんのりと朱に染めて首を振る少女に「可愛いな‥‥」とぽつり小さく呟いたのは良き先輩であり友人のリール・アルシャス(eb4402)と、恋人アルジャン・クロウリィ(eb5814)である。思いがけず重なった互いの言葉に二人が剣呑な目線をぶつけ合うと、華岡紅子(eb4412)が失笑。
「何だか皆といると、普段とは違う場所にいるんだって事を忘れてしまいそうね」
「そう、だろうか」
「‥‥それは喜んで良いこと、かな」
「勿論よ。一緒にいて楽しいっていう意味だもの」
 紅子に微笑まれるとアルジャンにもリールにも反論する理由はなく、ですよねとレインが同意を示せば「そうか」という気になってくる。
「私は学年も違うし、先輩達と会えなくなる夏休みなんて短くなっちゃったら良いのにって思っていたんですけど‥‥こうして、名目は合宿でも、先輩達と海に来られるなんて嬉しくて」
「あら、私もレインちゃんと海に来られて嬉しいわ」
「もちろんボクもね♪」
 紅子、リィムが笑い返す。
「僕は言わずもがなだ」
 アルジャンの大きな掌が、レインの長く滑らかな黒髪を耳上からサラリと撫でた。すると、先刻までとは違う理由で真っ赤に染まる少女の頬。
「あ、あの‥‥っ」
「ん?」
「その‥‥人前では‥‥えっと‥‥」
 恥ずかしがる少女の黒髪を指先に絡めて悪戯っ子のような笑みを浮かべるアルジャンに対し、リールが卓を小突く。
「レインが困っているのが判らないのか?」
「ん?」
 聞いたのはリールなのに、アルジャンはレインに聞く。
「ぇ‥‥っと‥‥」
 ますます顔を赤くする少女にアルジャンは微笑、リールはこめかみを引き攣らせた。
「僕はレインを困らせているつもりはないよ。むしろ困っているのは君だろうリール。僕達にはスキンシップでも君には目の毒だったかな」
「! どうしてそういう物の言い方をするんだっ、厭味も甚だしいぞ」
「厭味とは心外だ。これでも気遣ったつもりだが」
「どこがっ!」
 言い合う二人から、紅子とリィムは料理を取り分けた小皿を持って一歩後退。レインは二人の間に割って入ろうとするがタイミングが掴めない。
「リール、君はもう少し思考を柔軟にした方が良い。でなければ貴重な好機も逃げて行く」
「余計なお世話だ!」
「いーーー加減にして下さい!!」
 バンッ、と。
 両手で卓を叩いたのは――レイン。
 アルジャンとリールは目を丸くして彼女を見遣り。
「どうしてお二人はいっつもいーーっつもそうなんですかっ」
 全体的にはアルジャンの言い様の方が問題を多分に含んでいそうだが、そこは恋故。多少の贔屓目は仕方が無い。
「お二人がちゃんと仲直りしてくれるまで、もう絶対にっ、二度とっ、口利かないんですから!!」
 ふいっと横を向いたきり固く口を閉ざしてしまったレインに二人は顔を見合わせる。
「いや、これは‥‥そう、コミュニケーションだよ、レイン! な? アルジャン」
「む、無論!」
「ぷんっ」
 そんな言い訳は聞き飽きたとばかりに無言を貫く少女に、慌てる二人。こちらもいい加減に見飽きた三人の光景に、紅子とリィムが隠れて苦笑い、騒ぎに気付いて近付いてくる先程のアルバイトの兄妹。
「ケンカ‥‥かと思ったんだが、そうでもないのか?」
「‥‥大丈夫なの‥‥かしら」
「うん、平気、平気。いつものことだよ♪」
 リィムが片手をひらひらと振る。そんな三人の遣り取りに紅子はもしかしてと口を切る。
「三人って昔からの知り合いなの?」
「ん? そう、昔ホームスティさせてもらっていた家の人達で、偶然、此処で再会したんだよ」
「あら、素敵な偶然ね」
「でしょー♪」
「なぁにが素敵な偶然だ」
 ポンと兄の手がリィムの頭を撫で回す。
「そう言うんだったら、もっとイー女になってろっての」
「あ、ひどーい!」
「‥‥お兄さん‥‥オヤジ臭いわ‥‥」
「――」
 リィムの反論は笑って流したが、妹のキツいツッコミには胸が痛む。
「さ、さて‥‥仕事に戻るか‥‥」
 よろよろと厨房に向かう彼と、リィムに軽く頭を下げてから彼を追いかける彼女。そんな二人をリィムは僅かに切なそうな瞳で見送り。
(「あら‥‥」)
 敏く気付いた紅子は、けれどあえて口を噤んだ。と、その時。
「‥‥素敵な偶然、ッスか‥‥」
 ぽつりと呟いたのはそれまで何故か黙り込んでいたフルーレ・フルフラット(eb1182)だ。
「‥‥どうしたの、フルーレちゃん」
 紅子が訪ねても彼女は「ほぅ‥‥」と溜息を吐くばかり。
「素敵な偶然‥‥って、二度も続くものでしょうか‥‥」
「??」
 理由が判らずに小首を傾げた紅子とリィム。
 アルジャンとリールは変わらずレインの機嫌を直そうと頑張っていた。


 それからしばらくして、何とか機嫌を直したレインと共に皆でホテルへの帰路についた一同は、その途中で奇妙な噂を耳にした。
 曰く、この海の南側には鬼泣塚と呼ばれる石碑が建っており、かつて鬼女と呼ばれた女が海に身を投げたとされる。手厚く弔った事もあって以後、恐ろしい話はほとんど聞かないのだが、彼女が身を投げたこの季節になると、石碑の傍に佇み、海を見ながら涙する女の幽霊が現れると言うのだ。中には、そこを肝試しの折り返し地点に定める若者達も多く、石碑の周りには到達した事を証明すべく参加者が持っていくために用意されたのだろう紙片などのゴミが散乱しているらしい。
「今夜、行くか」
「いいねー。夜になったらホテル抜け出してさ‥‥」
 擦れ違う、同じ学校の生徒達がそんな言葉を掛け合う。

 だから、彼女達は――。




 ● 三

「先輩感謝っ」
「恩に着るぜ」
 闇夜で放たれる言葉は次第に遠ざかり消失する。慌しい足音と器用な指先から発せられるタイプ音が重なり、最後には鳴り掛けた警告音が一瞬で絶たれる。
「此処のセキュリティは甘過ぎだね♪」
 パタンと自前のパソコンを閉じ、接続していたUSBケーブルを抜いたリィムはご満悦の表情で隣に立つ同志を見上げた。
「さて、と。ボクもこれから夜の街に繰り出すけど、キミは?」
「無論」
 短く応じるアルジャンも、リィムも、生徒会役員という立場上は規律を守る側でなければいけないはずだが、本人達曰く「それは学校の中でなら」だ。
 遅れる分の勉強は後で必ず埋め合わせを行なうという約束のもと、生徒会が生徒達の夜の脱走を手伝っているのだから、これを知ったら教師達も二の句が継げないに違いない。が、それはつまり、怒られるべきは自分達生徒会であるという立派な言い訳になる。他の生徒にはお咎め無しの方向へ持っていくための必要悪だ。
 高校生の夏、夜の海。
 此処で思い出を作らずしては、ずっと後悔するに違いなく、逆に良い思い出が出来ればこの夜の記憶が今後の糧になるだろうというのが彼女達の持論。
 生徒達のやる気は、結果的には学校のためになるという事らしい。
「じゃ、ボク達もここで解散だね」
「ああ」
「はい‥‥」
 最後にぽつり、小さく応じたのはやはり生徒会役員の一人、フルーレ。メカ技術に長けたリィムがホテルのセキュリティ解除、アルジャンが生徒達の誘導を担当したなら、教師受けの良いフルーレは見回りの時間等、教師側の情報を得てくるのが任務だったのだ、が。
「しかし、珍しいな。フルーレがこういった事に説教無しで手を貸してくれるのは」
「そ、そう‥‥ッスか?」
 微かに高くなる彼女の声。だが、闇夜に紛れてその表情までは読み取る事が出来ず。
「まぁまぁ。たまにはそういう気分になることだってあるよね」
 リィムは陽気に言って、立ち上がった。
「じゃ、また後でね」
 それを最後に遠ざかる彼女の背に、軽い息を吐いたアルジャンも、それきり。
「まぁいいさ。――健闘を祈るよ」
 ぽん、と肩を叩かれたフルーレの鼓動が高鳴る。
(「健闘って‥‥どこまで気付かれてるんでしょうか‥‥!?」)
 思わず動揺しそうになる自分を必死になって宥めるフルーレだった。


 今日は様子がおかしいと皆に言われるフルーレは、自分自身ですらおかしいと感じていた。
 それもこれも朝方の海で出逢った男の姿が脳裏にちらつくせい。
(「‥‥お恥ずかしながら‥‥一目惚れ、でした」)
 自覚と共に頬の熱は増し、何処の誰とも知れない彼の事が気になって仕方がなかった。
 それからというもの勉強になど身が入らず、生徒会役員としては止めるべきだと思いながらも生徒達の脱走を止められない。いまこの瞬間にも外へ飛び出せば、もしかしたら彼に会えるかもしれないという根拠のない期待が胸を占めるからだ。
(「外に出られたからと言って‥‥住んでいる場所どころか、名前も知らないのではどうしようもないんスけど‥‥」)
 判っていて、切ない吐息を零しても。
 願わずにはいられない、再会。
(「バカみたいですね‥‥」)
 視線を落としたフルーレは歩みを止める。
 そうだ、あまりにもバカらしい。
 会えるはずもないのに。
 ‥‥なのに。
「っ‥‥」
 込み上げてくる感情が目頭を熱くする。
 もう一度会いたい、あの人。
 太陽の光りを反射する海の青を見つめる瞳がとても遠く感じられて気になった。その瞳を真正面から見つめてみたいと、そう思ったのだ。
「せめて‥‥名前だけでもお伺いするべきでした、ね‥‥」
 力無く肩を落とした姿は、涙を零さずとも泣いているように見えて、だからこそ。
「‥‥女一人、そんなところで立っていたら悪い男に捕まるぞ?」
 不意に声を掛けられたフルーレは慌てて腕で顔を拭う。
「ぁっ、すみません、すぐに帰りますから‥‥っ」
 だから構わないで欲しいと踵を返す。今は誰かと冷静に言葉を交わす余裕なんて、まるでない。
「お気遣いありがとうございました、失礼しますっ」
「おい」
 慌しい彼女に、男の更なる声。
 トン、と肩に手を置かれたフルーレは腕を振り上げた。
「気安く‥‥!」
 触らないで下さい、と。
 言い掛けた口はそれきり固まる。
「――ぁ‥‥」
 そうしてようやく仰ぎ見た姿は、あの時の。
「泣いていたのか?」
「‥‥っ」
 昼の海で見かけた、あの人。

 彼の問い掛けにフルーレは答えられない。突如として目の前に現れた男の姿に状況を把握しようとするだけで精一杯だ。
 どうして、この人が此処にいるのだろう。
 もう会えない。
 期待するだけバカみたいだと諦めようとしていた自分の前に、どうしてこのタイミングで。
「‥‥っ」
「おい‥‥?」
 黙っているフルーレに、彼は怪訝な顔をしてみせる。
「大丈夫か?」
「は、はい‥‥っ、大丈夫‥‥デス‥‥っ」
 重ねられる問い掛けに、ようやくそれだけは答えられたフルーレ。同時に、またこのまま別々の道を行く事になってはと、先ほどまでの後悔が彼女に言葉を押し出させた。
「‥‥貴方は、どうして此処に‥‥?」
「俺か?」
 彼は意外そうな顔をした後で、ふっと目元を和らげた。
「何だ、俺に興味でもあるのか?」
「‥‥っ」
 からかうような言葉で、真っ直ぐな視線と共にフルーレの心を騒がせる。正面から見たいと願った、この瞳。
「今日の、昼に‥‥海で、貴方を見かけました‥‥」
 その時の姿があまりにも印象的で。
 遠くを見つめる瞳に、何が映っているのかを知りたくて。
「興味が、ない‥‥と、言えば、嘘になります‥‥」
「――」
 フルーレの答えに彼は目を瞠り、しかし、微笑う。
「素直だな」
 くすくすと楽しげな笑いを零す彼は、手を差し出す。
「その素直さに敬意を表そう。これも何かの縁なら、月夜の散歩でもどうだ?」
「は、はい‥‥!」
 思い掛けない彼からの誘いに、フルーレに否は無かった。


 月明かりに照らされた砂浜を、二人で歩いた。
 互いに名を尋ね、此処に居る理由を話し、夏が終われば二人共が海とは離れる事を知る。彼の名はアベル・クトシュナスと言った。
「そんな二人で海を歩くというのも、なかなか面白いものだな」
「ええ‥‥」
「どうした、妙に静かだが、散歩はお気に召さなかったか」
「ぃ、いえっ、そんな事は決してありません!」
 思わず声を大きくするフルーレに、彼は笑った。
 からかわれたと気付くも、嫌な気持ちがするどころか、鼓動は更に早まるばかり。
「‥‥緊張、しているんですよ‥‥まさか、もう一度お会い出来るとは、思わなかったので‥‥」
「なるほど」
 アベルは足を止める。
「ただ一度見掛けただけの自分にそこまで焦がれられると、悪い気はしないな」
「っ」
 足を止めた彼と、傍まで歩み寄ったフルーレ。不意に伸ばされた指先に頬を撫でられ、フルーレは硬直した。
 抵抗しないならと近付く影は吐息を重ねさせ。
「待っ‥‥アベルさんっ!」
 唇が触れ合おうかという間際で間一髪、我に返ったフルーレが「それはいけません!」と両腕を伸ばし突き放せば、そんな反応が、アベルにはむしろ楽しかったらしい。
「‥‥君と会うなら、月下よりも太陽の下の方が良さそうだ」
「え‥‥」
「会いにおいで、今度は君から」
 意味深な笑みと共に胸ポケットに差し込まれたのは、‥‥彼の名刺だろうか。
「さすがに女子高生に手を出してリスクを負うつもりはない。――だが、君が俺を本気にさせてくれるというなら、相手になるよ。月影を寄り添わせるのはそれからだ」
「‥‥っ」
 耳朶に囁かれる言葉は甘い誘惑。
「勝負に乗るも降りるも、君次第」
 重なる楽しげな笑い声はフルーレの胸中を騒がせ、熱を灯す。
「そ、そんな言い方‥‥っ、後悔しても、知りませんから‥‥!」
 宣戦布告。
 彼は、微笑った。




 ● 四

 夏の海辺に火の花が咲く。
 長くは保たない、咲けばあっというまに散ってしまう姿は生花と変わらず、命の短さの分だけ灯る熱と輝きは、寄せては返す波の音と共に人々の心にいつまでも今日という思い出を残すだろう。

「そぉーれ!」
 四本の花火に同時に点火し、片手に持ってぐるぐる回すリィムから慌てて距離を取ろうとする同級生達は、けれどとても楽しげな声を上げながら砂浜を駆けた。
 そんな彼女を見ながら、日向は苦笑う。
「まるで子供だな」
「あら。子供だと思っていたらある日突然‥‥なんて事もあるんですよ、セ・ン・セ?」
 意味深な眼差しと共に言ってくる紅子には、身に覚えが有り過ぎて思わず絶句してしまう社会科教師。そんな同僚に軽い息を吐く数学教師も、今日ばかりは皮肉ることが出来なくて。
「‥‥この年頃の少女というのは、怖いな」
「怖いっておまえ」
 あんまりな表現に日向が笑えば「そうよ?」なんて紅子が脅す。
 十代の後半、多感な年頃。
 いまだからこそ出来る事、訪れる変化の有る事を、忘れないで。
「せ、先生」
 そこにリールが持って来たのは花火。
「‥‥一緒にどうです、か」
「ああ」
 先に日向が受け取って紅子に手渡し、リラに顎で促す。
「その手で花を咲かせましょうってな」
「‥‥ふっ」
 おまえらしくもない言葉だとリラは苦笑い、それを受け取った。

 花火の輝きはあまりにも儚いけれど、だからこそ美しく。
 繰り返し見つめたくなるのは、人々の憧憬がそこにあるから。

「フルーレ先輩?」
「わっ、あ、お‥‥っ」
 レインに声を掛けられて驚いたフルーレは、手に持っていた紙片を風に攫われそうになって慌てる。
「待っ‥‥」
 砂浜に落ちたそれを二メートル先で拾い上げたのは、アルジャン。
「良かった!」
 自分のせいでフルーレの大切なものを失くさせてしまうところだったと慌てるレインは、紙片の飛んだ先に恋人が居た事を喜んだが、フルーレは逆だ。
「アルジャン先輩っ、それを見てはいけませんっ!」
 慌てて取り返そうとして、かえって相手に興味を持たせてしまい。
「どれ」
 ひらりと裏返した先に書かれていたのは、男の名前とメールアドレス。
「‥‥へぇ?」
「――‥‥っ!!」
 意味深に微笑まれればフルーレの顔が火を吹き、レインは目を瞬かせて戸惑う。
「どうかしたんですか?」
「何でもないッス! えぇ何でもないですからそれを返してください!」
 海に響く、若人の声。

 夏は過ぎても、君達の時間はこれからだから――。




 ―了―

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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● eb1182/フルーレ・フルフラット/女性/23歳/ナイト
● eb4402/リール・アルシャス/女性/38歳/鎧騎士
● eb4412/華岡紅子/女性/25歳/天界人
● eb4856/リィム・タイランツ/女性/29歳/鎧騎士
● eb5814/アルジャン・クロウリィ/男性/28歳/鎧騎士
● ec4112/レイン・ヴォルフルーラ/女性/19歳/ウィザード

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 フルーレ・フルフラット様

 この度は当方への「なつきたっ!ノベル」のご注文、誠にありがとうございました。
 毎度の事ながら、かなり自由に書かせて頂いてしまいましたが…だ、大丈夫でしょうかっ(滝汗)。
 お待たせした分だけ楽しんでいただけるノベルに仕上がっている事を心より願っています。

 またAFOの世界でもお会い出来ますように。
 季節はこれからだんだんと寒くなって参りますがくれぐれも体調を崩されたりなさらないよう、お体ご自愛くださいませね。



 月原みなみ 拝 

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なつきたっ・サマードリームノベル -
月原みなみ クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2009年10月29日

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