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『橙と黒の境界〜闇の間で〜 』
エルディン・アトワイト(ec0290)

 夢と現実の狭間は、どこにあるのだろうか。
 布団やシーツの温もりが恋しくなってきた季節に、まどろみながら柔らかな朝日を浴びつつ目覚めた時、夢の世界にまた戻って行きたいような‥‥そんな気持ちに満たされないだろうか。ゆめうつつ。或いは再び夢の世界へ戻って行く事もあるだろう。夢の世界は何時でも現実同様上手くはいかないし、時折残酷でもあるが、人は夢見る事を止める事など出来ないのだ。


 今日は‥‥そんな時の話をしましょうか。
 黄金の髪を揺らし、黒衣の神父は柔らかく微笑んだ。
 時として‥‥この世の全て。私達が生きている事そのものを、この世では『事件』と呼ぶのかもしれませんよ。

●起
「せーんせっ! あれ乗りたい。あれ乗りたいですー!」
 無邪気にはしゃぐ秋霜夜を見ながら、エルディン・アトワイトは細めの目を更に細めた。
 彼女とは何時から知り合いになったのか、定かではない。元々は互いに触れ合う事の無い場所に居たはずなのだが、いつの間にか自分の事を良く慕い、『先生』とついて回ってくれるようになった。時には自分の『本職』以外の仕事も手伝ってくれたりする。頼もしい限りだ。
「あれ‥‥か」
「どーしました? 先生」
「いえ、何でもありません。さぁ、乗っていらっしゃい」
「先生も一緒がいいです〜」
「いえ、私は聖職者ですからね‥‥。頭が逆さになるような乗物には乗ってはいけないと、定められているのです」
「え‥‥そうなんですか? 残念です‥‥」
「若い霜夜君にはああいった乗物がこの上なく楽しいと思えるでしょう。さぁ、私には遠慮せずに乗っていらっしゃい」
 まるで女性をナン‥‥いや、布教活動の一環として誘う時のごとく極上スマイルを浮かべたエルディンに、霜夜は首を傾げたが素直に頷く。実に良い、実に素晴らしい師弟関係である。
「いつも教会では息も詰まるだろうと連れて来ましたが‥‥楽しんでいるようですね」
 近くの黒色のベンチに座り、『きゃああああああえるでぃんせんせーー!きゃあああたのしーでーすーーーー』と叫んでいる愛弟子を見守っていると、前を、横を、仮装した人々が通っていく。彼の着る神父服はこういった場所では充分目立つが、ハロウィン色に彩られた会場内では全く人の視線を浴びる事が無かった。それはそれで寂しいものだ。神父という職業上、やはりここは目立って『信者獲得ゥ♪』を目指さなくては。
「は〜! 楽しかったです! 先生、次はコーヒーカップとかどうですか?!」
 高速回転している巨大なカップを眺め、先生は一瞬表情を隠した。
「‥‥今朝は‥‥何を食べたんだったか‥‥」
「先生〜?」
「吐‥‥いえ、実は教典で定められた事項に抵触した乗物なのですよ。残念ですが‥‥」
「分かりました! 先生のご苦労、私、よく分かってますから」
「いえいえ、ささ、乗っていらっしゃい」
『きゃあああああぐ〜るぐ〜るぐるですうううううひゃああああ』と叫んでいる度胸のある弟子を遠目から眺めつつ、先生は隣にある観覧車の係りをしている美女に視線をやった。
「‥‥お嬢さん‥‥あぁ、いえ、怪しい者ではございません。そう、これは仮装ではないのです。私は本物の神父でして‥‥宜しかったら、私の説法を聞きに教会に遊びに来ませんか?」
「せーんせーっ」
 だがしかし、背後から大きく手を振りながら霧夜が走ってくる。
「あ。次は観覧車ですか? 高いトコからの眺め、気持ちが良くて大好きです♪」
「‥‥お子さんに『先生』と呼ばせるなんて‥‥不健全ですわっ‥‥!」
「え‥‥何をおっしゃいます。この子は私の娘ではなく」
「はい。エルディン先生にはいつもお世話になっているんです。教会のある街での体験は目を見張るばっかりですし、先生は何でも知っているばかりじゃなく、とっても優しいんです!」
 さすが弟子。布教活動にもしっかり参加である。
「あ。あの‥‥今ならこの、『スペシャルがいどぶっく』もついてきますので、とってもお買い得だと思います!」
「まぁ、『お買い得』ですって?」
 女性は『バーゲン』とか『お買得』という言葉に弱い。懐からよいしょと取り出した冊子を受け取りつつ、係員は霜夜の姿を眺めた。
「あら、あなた‥‥仮装していないのね。宜しかったらどうぞ?」
 彼女が指差した先に、仮装用の移動屋台が見える。わぁいと霜夜はそこに走っていった。
「あらあら元気だ事‥‥」
「えぇ。彼女にはいつも助けられていますよ。貴女もいかがでしょう? 私の説法よりも、彼女の無邪気さのほうが尊いものかもしれません」
「尊いものは大好きですわ」
 係員はにこりと微笑み、艶っぽい魔女の姿で黒い傘を広げる。
「‥‥貴方、探偵さんですわよね‥‥? そんな貴方に相応しいショータイムが‥‥間もなく始まりますわ」
「え‥‥?」
 振り返った男の後方で、不意に大きな音が炸裂した。
「花火っ‥‥?!」
 空を仰ぐと、深い橙の夕焼けが広がる空の中に、煌きが溶けていくのが見える。
「まだ、花火の時間では‥‥」
 呟き振り返ったが。
 そこには既に、係員の姿は無かった。

●承
「わぁ‥‥いっぱいあるんですね」
 きらんきらんした目で、霜夜は衣装を選んでいた。
「お嬢ちゃん可愛いから、どれだってお似合いだよ」
「えへ‥‥ありがとうございます! あ、先生。‥‥えーと‥‥あの、これが着てみたいんですけど‥‥」
「あぁ、構いませんよ」
 許可を得て、霜夜は『狐耳付き魔女のトンガリ帽子』と『魔法の杖型のキャンディ』を手に取る。それに屋台店員がつけてくれた橙と黒のチェックになったマントを羽織り、霜夜はくるりんと一回転してからエルディンを見上げた。
「どうですか? 先生」
「よく似合っています」
「‥‥先生。どうかしましたか?」
 弟子が目ざとく師匠の異変に気付く。エルディンは小さく息を吐き、その場を離れながら囁いた。
「いえ、まだ‥‥確証は無いのですが、既に何かが起こっているような‥‥そんな気配を感じます」
「事件ですねっ!」
 大声で弟子が叫んだので、エルディンは即座にその口を手で塞いだ。
「一般の方を怯えさせてはいけません。とにかく何かが起こっているならこの目で確かめなくては‥‥」
「はい。分かりました。あ、先生。だったら、観覧車から見るのはどーでしょうか?」
「それは良い考えです」
 観覧車の係員はミイラ男になっている。案内されて乗り込むと、速め走行の観覧車はあっという間に地上が見渡せる所までのぼった。
「う〜ん‥‥暗くなってきたから‥‥見えなくなってきましたね‥‥」
「いえ、大丈夫です。‥‥回転木馬の近くではケンカ‥‥スリラー屋敷の裏では何かの取引現場‥‥のようですね。降りたら行ってみましょう」
「はい!」
 やけに綺麗な夕焼けだった。観覧車から見れば、思わず見入ってしまうほどに。
 だが2人は『事件』の2文字を求めて、お化け屋敷へと向かう。裏に回ってそっと覗き込んだが、そこにはもう誰もいなかった。
「一足遅かったみたいです‥‥」
「いえ。聞き込みをすれば必ず何らかの片鱗は浮かび上がってくるはず。‥‥ですが‥‥」
「どうしました?」
「『事件』はまだ何も起こっていない。いえ、既に起こっているのかもしれませんが、私達にはまだ見えていません。ですが‥‥どうしても気になる事が」
「何でしょうか?」
「花火です」
「花火? あ、さっき上がってましたね。でも夜にならないとよく見えないと思うんですけど‥‥」
「そこです。開場時と閉場時に上がると、この遊園地のパンフレットに書かれてありました。なのに何故、先ほど上がったのか。しかも一発だけです」
「えっと‥‥間違った、とか‥‥暴発、とかでしょうか」
「何かの合図‥‥或いは‥‥。花火が上がる現場に行ってみましょう」
 2人は『怪しげな二人組み』が居なかったか、取引現場についての聞き込みをしながら花火打ち上げ現場へと向かった。
 そして、2人はそこで見る事になる。
「これはっ‥‥!」
「エルディン先生っ! これは事件ですよ!」


 そこには、打ち上げ花火用の筒が13本備え付けられていた。
 だがその中の1本、左から4番目の1本が空洞になっており、そして、9番目の筒の中に‥‥。
「人です! 大丈夫ですか?!」
「むごむごむがー」
「はっ! フランケンシュタインだから喋れないのです!」
「仮装を脱がせるのです」
 人が入っていた。
「! 先生! これ、導火線に火がっ‥‥!」
「まさか‥‥人間大砲ならぬ人間花火っ‥‥!?」
 えいやと2人で筒を倒し、急いで男を中から引きずり出す。そして出来る限り遠くへと逃げる途中で、物凄い音が背後の地面をこすって行った。
「‥‥」
「‥‥」
 そして3人の目の前で、建物に激突する。火花が散り、もうもうと白い煙が上がった。
「‥‥人命には替えられません」
 砂埃を払いながらエルディンが立ち上がり、仮装が剥がされ呆然と座り込んでいる男へと向き直る。
「何故あのような事になっていたのか、話を聞かせて頂けませんか」
「わ‥‥分からないんだ‥‥。気付いたら、あの中に居て‥‥」
「詳しいそれまでの経緯を話して頂きたいのですが」
 男は一人で遊園地に来ていた。昼食をとレストランに入り、食べていたはずなのに何時の間にか意識がなくなっていたのだと言う。
「じゃあ‥‥あの、4番目の筒の中に、誰かいた、とか‥‥分からないです?」
 霜夜の言葉に、男は少し考えた。
「あぁ‥‥そういえば、誰か居たような‥‥」
「先生っ‥‥! もしかして、その人もう‥‥打ち上げられちゃったんでしょうかっ‥‥!」
「‥‥」
 エルディンはフランケンシュタインのマスクなどをじっくり裏表見つめた後、空筒の中も丹念に調べた。
「‥‥私の灰色の脳細胞が活動を始めました」
「脳細胞ってピンクとかじゃないんでしょうか‥‥」
「例え話です」
 だがそんなエルディンを、きらりんと霜夜は見つめている。尊敬する先生の推理の冴えを期待してわくわくしているのだ。
「とりあえず‥‥貴方は医務室へ行かれたほうがいいでしょう。私達は先ほどの‥‥怪しい人影を追ってみましょう」
「あ、はい! 取引現場の人たちですね?!」
「えぇ」
 微笑む探偵。
 そして2人はその場を離れたのだが。

●転
「それで‥‥どうだ。上手くやったか?」
『ビックリハウス』の裏に、男が2人立っていた。何故、怪しい人たちは建物の裏が大好きなのかとは聞いてはならない。何故ならそれはおやくそ
「勿論でさぁ。奴ら、架空の取引現場の調査に行きやしたぜ」
「それは上出来だ。今の隙に現場に戻って‥‥」
 2人はこそこそと花火打ち上げ現場へと向かった。
 既に太陽は沈み、彼らの不審な行動は全く気付かれる事がない。
「‥‥確か、右から3番目の筒だったな」
「へい。‥‥兄貴。ありやしたぜ」
「よし。中身を確認して‥‥」
「お待ちなさい!」
 突如、少女の声が辺りに響き渡った。
「なっ‥‥何奴!」
「こちらにおわすは、名探偵、エルディン先生! この事件は、『エルディン先生の事件簿』として、末永く人々に読んでもらえる小説にしちゃいます!」
「何だとー!」
 慌てる男達の前に、金髪の神父と黒髪の拳士。一見ひ弱そうに見えるが舐めてはならない。
「もうすぐ管轄の警備の人たちもやってくる事でしょう‥‥。観念するのですね」
「観念するわけないだろーが!」
 男達は脱兎の如く逃げ出そうとしたが、下っ端のほうへと霜夜が軽やかに近付き、鮮やかな飛び蹴りを食らわした。更にもう2、3発打ち込んでやろうと構えたが、下っ端はその場に倒れ伏している。
「‥‥あれ? もう伸びちゃいました?」
 その男の顔をよく眺め、霜夜は頷いた。
「さっきのフランケンシュタインさんで間違いないです」
「そちらの人。これ、何か分かります?」
 下っ端が倒れた事など気にせず逃げようとしている兄貴のほうへ、エルディンが手を上げて振って見せた。その手にある白い袋を見て、兄貴の顔色が変わる。
「そ、それはっ‥‥! まさか、こっちが‥‥」
「はい、偽物です。これは何かの薬のようですが‥‥」
「その『永遠の愛』を返すんだ!」
「貴方と永遠の愛を誓うつもりは微塵もありません」
 一息おき、エルディンは口を開いた。
「これを隠す場所として、貴方達は花火の筒を選んだ。恐らく何か事情があって‥‥他の場所に隠す事が出来なかったのでしょう。だがその時、誤って花火をひとつ打ち上げてしまった」
「どうやって誤っちゃうのか気になる所ですよね」
「この粉が、僅かではありますが空筒に付着していました。焦った貴方がたは、とっさにこれは事件であると見せかけようとした。その為、このフランケンシュタインを筒に入れ‥‥人が近付いてきた時に導火線に火を点け、危機感を演出した‥‥」
「一歩間違ったら自爆ですよね」
「原因を作ったのが、そちらの倒れている人だったのかもしれませんね。貴方としては彼が自爆しても良かったのでしょう。一方で、事件が起こる前兆のように、敢えて『怪しい男達と取引現場』も作っておいた。他に協力者が居るようですね。最もその相手の人は‥‥こちらで先ほど確保しておきましたが」
「演出しすぎて、沢山の人に目撃されすぎちゃってたんです。もう少しその辺りの加減を上手くやらないとですね」
「だっ‥‥だが、そんなものは状況証拠だろう! ちゃんとした証拠を出せ!」
「今さっき、目の前で漁ってたじゃないですか‥‥これを」
 呆れたようにエルディンは言ったが、気を取り直して僅かに笑う。
「フランケンシュタインの、あのマスク‥‥。きちんと被ってみたことはありましたか? あれ、実は目の部分に穴がちゃんと開いていなかったんですよ」
「なに‥‥?」
「不良品だったんですよね? たまにそう言うこと、あるらしいですー」
「そういう事です。彼は私達が救出した時、空筒の中に誰かいたようだと言いました。最もそれ以前に、意識を失ったのがレストランの中だと。そんな所で意識を失い攫われたなら、多くの目撃者が居るはずです。況してや彼は『昼食を取る為に』と言っていました。勿論、遊園地内はハロウィン中。怪しげな仮装の一団が、仮装者を取り囲んで白昼堂々攫って行ったとしても、皆、イベント中だと思ったかもしれません。しかし、そんな事があれば、一度でも目にすれば忘れる事も無いでしょう。ですがそんな話は全く聞く事が出来ませんでした。では‥‥どうやって攫ったのか?」
「意識を失った人って、運ぶの大変だと思うんです。それにフランケンシュタインさんは随分大柄な人ですし」
「そう‥‥答えは一つ。『自分の足で歩いていった』です。詳細を聞いていれば、矛盾点を山のように彼は喋った事でしょうが‥‥敢えて、彼を疑っていると気付かれない為に、私達はあの時にこの場を離れたのです。時間も無かったのかもしれませんが、貴方がたは‥‥あまりに頭の回転が鈍すぎましたね。もう少し、考えて行動してもらわないと」
「先生の相手ではなかったという事ですね!」
「その通り。さぁ、観念して頂きましょうか」

●結
「はぁ〜。すっごく楽しかったですね! エルディン先生」
 満面の笑みで、少女はキツネーランドの門をくぐろうとしていた。
「楽しんで貰えたなら、それは良かったです」
「はい! お土産も貰えましたし」
 お土産の『魔女っ子キャンディ型ステッキ』を手に持ちながら、霜夜はエルディンへと手を差し出す。笑ってその手を握るエルディン。
「さて、明日からは又、慎ましやかな生活に戻りますよ」
「はい。がんばります」
「えぇ。頑張りましょう」
 穏やかな顔で2人、門をくぐり道を歩いていく。その後方で、大きく花火が上がった。
「‥‥ただ‥‥一つ、気になる事はありますが‥‥」
『きれい〜』と喜ぶ弟子を見ながら、エルディンは小さく呟く。
「‥‥彼女は一体‥‥何者だったのか‥‥」
 それは、一度では解けない謎だろう。
 だがいつか解いてみせる。そう決意しながら、彼は踵を返した。


 そして、彼らは夢の世界から帰っていった。
 次にここで何が起こるのか‥‥。
 それは、誰にも分からない。
 


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ec0290/エルディン・アトワイト/男/32/神聖騎士
ia0979/秋霜夜/女/13/泰拳士


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注いただきありがとうございました。
いつもAFOではお世話になっておりますが、お弟子さんがいる姿というのは新鮮でございました。出来る限り格好良く、書かせていただきましたので、ネタ度は少々控えめでございます。
それでは、又、機会がございましたら宜しくお願い致します。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2009年11月11日

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