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『夢の欠片 』
エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)


 ハロウィンは死者の霊が家族を訪ねてくると言われている日。
 精霊や魔女が嬉々として空を飛び交い、どこか異世界と通じるような気配が街を覆い尽くす。
 ふわり、空から舞い降りた女性が手を伸ばす。

 ――異世界の扉、開けませんか?
 そこは願いが叶う世界。
 ただ一日だけの、夢の世界。
 いつもは言えないわがままも、伝えられない想いも、幼い頃に抱いていた大きな夢も、たった一日だけ叶う世界。
 目が覚めてしまえば、それは全て夢になってしまうけれど――

 そして、手を取るのは、エヴァーグリーン・シーウィンド(ha0170)――。
「――お父さんとお母さんに逢いたいですの!」


「ちょっとだけ寝坊しちゃったですの!」
 ぱたぱたと室内履きの足音を響かせて、エリは階段を駆け上がる。二階にある従業員食卓の扉を開ければ、「おはよう」と幾つもの笑顔が出迎えてくれた。
 ここはエカリスにある宿屋『止り木』。エリの両親の仲間が経営している暖かい場所だ。
 食卓は窓から差し込む朝の光がとても眩しく、エリは自分が使った部屋のカーテンと窓を開け忘れてきたことに気付く。いつもなら起きてすぐ開けるのに――エリは開けに戻るべきか迷い、足を止めた。
「あとで、一緒に開けに行きましょう」
 そう言ったのはエリの母親だ。手には焼きたてのパンが入った籠を抱え、くすくすと笑っている。
「‥‥お母さん、どうしてわかったの?」
 エリは目をぱちくりさせ、母の顔をじっと見た。
「エリのことなら、なんだってわかるの」
 だって窓が開く音がしなかったんですもの、と母は仲間にこっそりと種明かしをするが、聞こえなかったエリは「すごいですの!」と目を輝かせるばかりだ。
「さ、座って。みんな待っていたのよ。また少しの間、エリに会えなくなってしまうから」
 母は籠をテーブルに置くと、エリの椅子を引いて手招きした。
 エリが座ると、ほわんとスープの湯気が顔にかかる。スープボウルの中にはトマトスープが入っていて、その少し酸味のある香りがつんと鼻腔をついた。
「良い匂いですの。いただきます」
 エリはスプーンを手に、スープを最初に口に含む。その様子を大人達がじっと見ていて、エリは少し気恥ずかしかった。
 ソーサラーの父と、ハーモナーの母。そして、両親の仲間であるウォーリアーとプリーストの男性ふたり、武人と魔石連師の夫婦、ウォーリアーの弟の狙撃手とその恋人のハーモナー。沢山の優しい眼差しが、エリを包み込む。
 今日、この食事のあと父と共に何人かが依頼に赴くことになっており、だからなのだろう、皆がこの小さなハーモナーの姿を目に焼き付けようとしているのだ。
 本来ならば、エカリスにエリの小さな家があるのだが、エリの父は独占欲が強い。そのため、母を置いて依頼に出る時はこの『止まり木』に必ず妻子を泊まらせるようにしているのだ。幼い頃から続く、一種の「日常風景」。エリにとってこの『止まり木』は我が家同然の場所で、そして自分を見つめる大人達は皆、家族同然とも言えた。
「‥‥そんなに見つめられたら、恥ずかしくて食べられないですの」
 ほんの少し口をとがらせ、頬を染め。エリは上目遣いで大人達の顔を順に見る。その様が少し幼くて可愛くて――大人達は頬を綻ばせ、またエリから目が離せなくなった。


「じゃあ、行ってくるよ。必ず帰るから、二人とも――待っていてくれ」
 父が母を抱き締め、エリの頭を大きな手で包み込むように撫でる。
「行ってらっしゃい」
 エリと母が声を揃え手を振れば、背を向けて歩き始めた父は何度も振り返り、心配そうに手を振り返す。その後ろ姿がどれほど遠くなってしまっても、顔も見えないほどに小さくなってしまっても、大きく振られる手だけはいつまでも確認することができた。
「――さあ、お仕事しましょうか。まず最初はエリのお部屋のカーテンと窓を開けることからね」
 完全に父の姿が消えてしまうと、母は大きく背伸びをして空を仰ぎ見る。「いいお天気」と目を細めて嬉しそうに笑った。
「‥‥嬉しそうですの。どうして?」
 母の笑顔が、エリの不安をかき立てる。依頼に赴いた父を見送ったばかりだというのに、どうして母はこんなに嬉しそうな顔をしているのだろう。心配ではないのだろうか。それとも母は――いや、そんなはずはない。エリは一瞬だけ心に生まれた考えをすぐに打ち消した。
「だって、お父さんもお母さんも、本当に仲が良くて素敵な夫婦ですの」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでもないですの! お部屋、行こう?」
 エリは母の腕に絡みつく。頬に当たる優しい布地の奥に、母の温もりを確かめた。


 エリの部屋のカーテンと窓を開ければ、いよいよ宿の営業開始だ。
 宿の仕事は早朝から晩まで、時には深夜まで、息つく暇もないほどに忙しく、あっという間に時間が過ぎていく。
 食堂を開いたあと、エリは客室で母親と共に、糊のよく効いたシーツをベッドに広げていた。宿泊客がチェックアウトした部屋の掃除の最終段階だ。テーブルを拭き、窓を拭き、床に落ちたゴミや、ゴミ箱の確認、掃除、ベッドのシーツを全部剥がし。
 そして、この糊の効いたシーツを新たにかけ直す。
 皺にならないように手でのばし、しゃっ、という手がシーツを滑る心地よい音と、少しひんやりした感触を楽しむ。この部屋は午後になればまた新しい客を迎え入れ、ひとときの休息と「家」を提供するのだ。このシーツの感触と糊の匂いは、きっと心地よい眠りを誘うことだろう。
「次はお洗濯。今日はいいお天気だから、きっとよく渇くですの! それから、買い出しやお料理の下ごしらえ、帳簿の整理に‥‥忙しいけれど、忙しいのはいいことだよね? お母さん」
 エリはちらりと母を見る。母は窓から外を眺め、微かな風に目を細めていた。
「そうね、とてもいいことよ。ここが繁盛している証拠ですもの」
「ずっとずっと、繁盛し続けて欲しいですの」
 シーツを替えたばかりのベッド、掃除をしたばかりの部屋、入れ替えられた空気。明日も明後日も、ずっとずっと、この景色を見ることができればと、エリも目を細めた。


 今日は満室だったものの、それぞれの宿泊人数が少なかったためか、仕事が少し早く終わった。いつもなら母が遅くまで仕事をしてエリだけが先にベッドに入るのだが、今日は一緒に眠ることができそうだ。
 客室同様、エリのベッドもシーツなどは全て替えられている。ひんやりしたシーツと、糊の匂いにエリは頬を緩めた。「寝ましょうか」と母が隣に滑り込んでくる。
「お母さん、子守唄聞きたいですの」
 エリは少しだけおねだりしたくなり、母に子守唄をリクエストした。小さな子供を寝かしつける時に母親が歌うのが子守唄だ。もう自分は子守唄を必要とする歳ではないけれど――大好きな母の子守唄に揺られて眠りたいという気持ちは、いつまでも持っている。
「‥‥そうね、久しぶりに歌いましょうか」
 くすりと笑い、母はエリの髪を撫でた。
「その前に、教えて欲しいですの。お父さんを見送ったあと、どうして嬉しそうな顔を‥‥?」
 やっぱり少しだけ心に引っ掛かっていて、このままではなかなか寝付けそうになかい。エリは恐る恐る母に訊ねる。
「今日、あの人が向かった先は森なの。森って‥‥薄暗いでしょう? お天気が悪かったらとても暗い世界になってしまう。少しでも明るい方が、安全だから。だから、お天気が良くなって‥‥安心してたのよ」
 優しい声はエリを安心させた。
「よかったですの」
 ぽつり、呟く。
 よかった、そして、お母さんはお父さんのこと本当に大好きなんだ――言いかけて、その言葉は胸の奥にそっとしまいこむ。なぜならば、それはとっくにわかっていたことで、そして自分はそんな二人の間に産まれた娘なのだから。
「お母さん、子守唄」
 エリは母に抱きつき、頬をすり寄せた。
 静かに響く、優しい歌声。
 ハーモナーの母は、子守唄という技で幾度となく敵を眠らせてきただろう。エリ自身も、ハーモナーとして敵を眠らせたことがある。
 だけれど、この子守唄はエリだけの子守唄だ。強制的に眠らせるものでもなければ、ハーモナーの技でもない。
 エリの母親が、エリのためだけに歌う、優しい優しい魔法の歌――。
 母親の温もりと共に全身を包み込む揺り籠のようなその歌に、いつしかエリは自分の全てを委ね、深い深い眠りに落ちていく。
 そして扉を開ける、夢の世界。
「おやすみ、エリ――いい夢を」
 ――遠く、母の声が聞こえた気がした。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0170 / エヴァーグリーン・シーウィンド / 女性 / 10歳(実年齢20歳) / プリースト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■エヴァーグリーン・シーウィンド様
いつもソルパにてお世話になっております、佐伯ますみです。
「パンパレ・ハロウィンドリームノベル」、お届けいたします。
ご両親が亡くなっていない場合の一日ということで、色々と想像を膨らませて書かせていただきました。
ご両親の絆をさりげなく表現したく、また、宿の仕事の中でラストの就寝に繋がる何かをと思い、このような内容になりました。少しでもお気に召したものになっているといいのですが……。
※PC様のクラスはお任せとのことでしたので、お母様と一緒のハーモナーとして書かせていただいてます。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
これから本格的な冬がやって参ります。また、年の瀬の慌ただしさに体調を崩しやすくなりますので、お体くれぐれもご自愛下さいませ。

2009年 11月某日 佐伯ますみ
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年11月24日

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