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『夢の欠片 』
ソアラ・E・スパンカー(ha4818)


 ハロウィンは死者の霊が家族を訪ねてくると言われている日。
 精霊や魔女が嬉々として空を飛び交い、どこか異世界と通じるような気配が街を覆い尽くす。
 ふわり、空から舞い降りた女性が手を伸ばす。

 ――異世界の扉、開けませんか?
 そこは願いが叶う世界。
 ただ一日だけの、夢の世界。
 いつもは言えないわがままも、伝えられない想いも、幼い頃に抱いていた大きな夢も、たった一日だけ叶う世界。
 目が覚めてしまえば、それは全て夢になってしまうけれど――

 そして、手を取ったのはソアラ・E・スパンカー(ha4818)――。
「はぅ、参考書が‥‥遠ざかって‥‥」


「起きなさい、お嬢さん」
 肩を軽く揺さぶる振動が却って心地よく、ソアラは瞼を開くのが億劫だった。それでもなお、誰かが肩を揺さぶり続け、少し低くてよく通る声が呼び続けている。
「‥‥起き‥‥ます‥‥」
 大きな欠伸と共に、ソアラはゆるりと瞼を開く。自分を揺り起こすのは父だろうか。それにしては声が違う気がするのだが、他に心当たりがなかった。ぼやける目を擦り、景色がはっきりするのを待つ。徐々に机の上の参考書の文字がはっきりとしてきて、自分は勉強中にうたた寝をしてしまったのだと気が付いた。
 では、やはり自分を起こしたのは父なのだろう。そう思い、振り返ると――。
「だ、誰‥‥?」
 そこにいたのは、初老のハーフエルフだった。穏やかな笑みを浮かべ、ソアラをじっと見つめている。
「さあ、誰だろうね‥‥?」
 彼は少しだけ意味深に笑うと、床に敷かれたラグの上にゆったりと腰を下ろした。ソアラは少し躊躇いながらも椅子から降り、彼の正面に座る。
 もしかして、この人は――。
 ふいに懐かしさがこみ上げてくる。何か、何かとても大切な――そんな感情さえ抱く。
 会ったこともない人に、どうしてこんなに懐かしさを感じるのだろう。優しくて、大きくて、父に似た強さを持つ人。
 ソアラは彼から目が離せず、そして何も言えないままに口をぱくぱくとさせるだけだ。もしかして、この人は父からいつも聞かされていた人ではないだろうか? ソアラの中に、どこか確信めいた思いが膨れあがる。
 父からいつも聞かされていた、ひとりのブリーダーの話。
 父の武術の師匠であり、両親のいた孤児院を運営していたとても優しい人。
 ソアラの生まれる前に、その孤児院を護るべく数十匹の暴走エレメントとたった一人で戦ったという存在。
 彼は全ての暴走エレメントを倒し、孤児院を護り抜き――その命を懸けた戦いの後、笑いながら息を引き取った武人だと聞いている。
 いつも、父は彼の話を聞かせてくれた。物心つく前から、ずっと、ずっと。
 護るために戦う父の背中や、その大きな両腕から感じるものと同じものを、目の前にいるこの人は持っている。投写絵や肖像画などは残っていないから顔は知らないけれど、多分この人が父の話に出てくる人に違いない。
 生きていたら――家族になっていたであろう存在。
 きっと、彼を「おじいちゃん」と呼んで、その膝に座って、沢山の話を聞いて微睡んだりしたのだろう。
 そう思うと、ソアラは胸がいっぱいになった。
 どうしよう、何か話さなければ。
 でも、何から話せばいい?
 これが現実なのか夢なのか、ソアラにはわからなかった。でも、きっとこうして彼に会えるのはほんの僅かの時間であることは間違いなく――だからこそ、沢山のことを話しておきたいのに、震えて言葉が出ない。
 どうすればいいのかわからないまま、唇を噛んで俯くソアラ。ふいに、大きな手で頭を優しく撫でられた。
「お嬢さんは、彼の娘だね? 面影がある」
 その声が耳の奥に響く。ソアラは顔を上げた。
「は、はい。ソアラ・E・スパンカーっていいます」
 慌てて自己紹介をするソアラを見て、彼は目を細めて笑う。
「今、幸せかい?」
「はい。とても幸せです!」
 ふわり、急に気持ちが軽くなった。彼の笑顔と優しい声には、相手を安心させる何かがあるのかもしれない。
 ソアラは緊張のあまり膝の上でずっと握っていた両の拳を、ゆっくりとゆっくりと開いていった。


 彼はソアラの母の名を聞いた瞬間、息を呑んだ。
「驚いたな‥‥。私が死んだあと‥‥二人に何があったんだ?」
 信じられないと、首を振る。それほどまでに、両親が一緒になったことは彼にとって驚くべきことなのだろうか。
「訊いても教えてくれないの‥‥」
 少し困ったように眉を下げるソアラ。
「そうか‥‥。きっと私には思いも及ばない何かが、二人にあったのだろう。だが、ソアラを見ていればわかることがある。二人は一緒になるべくしてなったのだろうと」
 彼はそう言うと、「二人のことを沢山教えてくれるか?」と笑った。
 ソアラは頷き、世間話や両親に対しての愚痴を沢山話す。
 主に父のことが多いかもしれない。父がよく危険な依頼に赴くこと、護るために常に前を見て進んでいること、時には酷い怪我を負って帰ってくること、最前線の戦地にさえ赴くこと。それでも――いつも笑っていること。それから、髭が命で何があっても剃らないことも、こっそりと教えた。
「髭、剃らんのか‥‥! 頑固なのか、意志が固いのか」
 肩を震わせて笑いを堪える彼は、しかしとても嬉しそうだ。
「どっちなのかな。どっちも正しい気がするし、違うような気もします」
 くすり、ソアラも笑う。そして、今の彼の言葉をメモに取る。
「ん? メモ? そう言えばさっきから色々と書き込んでいるな」
「はい。少しでも、このひとときを書き留めて――記憶と、目に見える文字という形で残しておきたいんです」
「良い子だ」
 くしゃくしゃと、ソアラの髪を撫でる。
「ありがとうございます♪」
 ソアラは頬を染めて笑い、今度は自分のことを彼に語り始める。
 魔石連師になったこと、将来は植物学者になるのが夢で、自主的に理系を中心に勉強をしていること。先ほどまで開いていた参考書は、植物に関するものだ。
 それから、女学院に入るまでは家族と共に様々な場所を巡り、色々なことを学んだこと。それらの経験が今に生きて、そして今も沢山の経験をしていること。
 彼はソアラの話にじっと耳を傾け、相槌を打つ。ソアラが沢山話してくれることが嬉しくてたまらないようで、時にはソアラの真似をしてメモを取ったりもしていた。
「そうだ! カレーの作り方も学んだんです」
「依頼で?」
「はい!」
 ソアラはカレーの作り方を書いたメモを彼に見せる。彼はそれを覗き込むと、「ふむ」と頷いた。
「そうだな、暴走エレメントと戦うばかりがブリーダーじゃない。そういう経験も、必ず生きてくるだろう。私も若い頃は‥‥と、昔話は‥‥つまらないか?」
「いいえ、聞きたいです♪」
 新しいメモ帳を用意して、ソアラは姿勢を正す。彼は「それでは、何から話そうか」と暫し天井を仰ぎ――。
「ソアラの両親の、子供の頃のことからでも話そうか」
 と、少し悪戯っぽく笑った。


 頬に当たる暖かい何かに気付き、ソアラは目を覚ました。
 カーテンの隙間から細く入る朝陽が、頬に当たっていた。ゆるりと顔を上げ、暫しぼんやりと目の前の筆記具や参考書を眺める。
 昨夜、勉強しながらうたた寝して、そのまま朝まで眠ってしまったようだ。机に突っ伏したままだったので、少しだけ首筋や腕が痛い。
 夢を、見た気がする。
 ソアラは瞳を閉じ、記憶を辿る。夢の記憶、遠い記憶。夢はそのほとんどを忘れてしまうというけれど、昨夜の夢は少しずつ少しずつ鮮明に蘇ってきた。
「やっぱり、夢だったんだ」
 誰もいない自分の部屋を見渡して、肩を竦める。
 頭を撫でられたこと、肩を揺さぶられたこと、沢山のことを話して笑って泣いて、嬉しくて楽しくて、吃驚して、また笑って。そんな濃厚な時間は全て夢だったのだ。彼の手の温もりがまだ残っているような気がするのに、それも全てが夢だったなんて――。
 ソアラは少し残念な気もしつつ、それでも夢の中でも彼に会えたことが嬉しくて仕方がなかった。そのとき、ふわりと頭を撫でる感触があり、ソアラは慌てて振り返る。
 しかし、誰もいない。いるはずがない。だがソアラは笑みを浮かべ――。
「夢でもお話が出来て良かった。ありがと、おじいちゃん♪」
 そして、どこかへと手を振った。
 またいつか会えるといいね――その言葉を空へと送り、ソアラは朝食を取るために着替えて部屋を出た。
 主が出て行ったあとの部屋、ソアラの机の上には沢山のメモ帳が置かれている。
 その中で、一番上に置かれたメモ帳の表紙には、力強い文字が書かれていた。
「ありがとう、ソアラ」と――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha4818 / ソアラ・E・スパンカー / 女性 / 10歳 / 魔石連師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■ソアラ・E・スパンカー様
いつもソルパにてお世話になっております、佐伯ますみです。
「パンパレ・ハロウィンドリームノベル」、お届けいたします。
PC様のお父様のお師匠様との出会いということで、非常に緊張すると共に、「こんなにも素敵なお師匠様がいらっしゃったのか」と、感動さえいたしました。
大切な「お師匠様・おじいちゃん」を書く機会を与えて下さり、とても嬉しく思っております。少しでもイメージに近いものになっているといいのですが……。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
これから本格的な冬がやって参ります。また、年の瀬の慌ただしさに体調を崩しやすくなりますので、お体くれぐれもご自愛下さいませ。

2009年 11月某日 佐伯ますみ
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年11月25日

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