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『夢の国へようこそ〜哀色の音〜 』
ラテリカ・ラートベル(ea1641)

 『ドリームキツネーランド』。
 時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地は今、橙と黒に染め上げられている。
 そう、今の季節はハロウィン。
 従業員は全員仮装でお出迎え。清掃員も仮装済み。パレードだってショーだってハロウィン。この場所では、ハロウィン以外の催し物など存在しないかのように、それ一色である。


「おししょさまっ。おししょさまぁ〜。こっちなのですよっ」
 呼びかけると、後方を歩いていた男が微笑を返してきた。陽の光を受けると繊細な光を放つ、太陽のように明るい煌きよりも、月光を浴びて冴えるように輝く金の髪がさらりと揺れ、静寂な湖畔の水面のように揺れる事の無い青き双眸が、前方を‥‥即ち、ラテリカ・ラートベルを見つめている。こうやって、師匠であるアリスティド・メシアンと共に出かける事は、昔以上には多くない。でも時には、昔のように思う存分甘えたいし、甘やかして欲しいと思うのだ。既に、腕につかまってブンブンもやったし(おししょ様はちょっとツラそうだったけども)、背中にしがみ付いたりもしてみた。それから、仮装が出来るという事だから、
「おししょさま。ラテリカ、これがいいです。ふわっとした、かぼちゃさんがいいです〜」
 とおねだりして、カボチャ型スカートの魔女っ子仮装もしてみた。おししょさまには吸血鬼の格好をして貰った。普段とあまり変わらない気もしたが、マントの表に『ばんぱいあ』と可愛く書かれているのが気に入ったりもしている。おししょさまは苦笑していたけれども。
 だから今日は、思い切り2人で楽しむつもりで来たというのに‥‥。
「‥‥エリザ‥‥」
「アリス‥‥さん?」
 何かが出た。いや、何者かは知っている。2人を不思議そうに見上げながらも、その頭にぽんとおししょ様から手を置かれながらも、2人の『キラキラ雰囲気』を眺めながらも、ラテリカはむぅと眉を強く顰めた。
「エリザ。紹介するよ。この子は弟子のラテリカ。僕とは‥‥」
 2人だけの世界、を形成していた2人だったが、ややしてからアリスティドが口を開く。
「同じバード同士、になるね。ラテリカ。この人は、エリザベート。僕の‥‥大切な人だよ」
「ラテリカよりです?」
 思わずそう、口にしていた。
「ん〜‥‥」
 だがアリスティドはにっこり笑い、
「ラテリカだって、僕より大事な人が居るだろう?」
「それとこれとは別なのです!」
 だって今日は、2人で一日楽しもうと思っていたのだ。いっぱい甘えたかったのだ。
 だがだがしかし、そんな弟子の心を全く気にも留めていないのか、師匠はあっさりと娘へ向かって言った。
「大丈夫。気にしないで。ここで君と会えた時間を‥‥大切にしたいと思うから」
「ラテリカのことも、大切にするですよ〜」
 ぴょいんぴょいんとその背に向かって跳びあがり、一生懸命アピールしたのだが‥‥。
「おいで。一緒に楽しもう?」
 師匠はあっさり無視して、娘へと手を差し出していた。


「納得行かないのです‥‥」
 そうして、人間で言うと14歳くらいの少女は1人、ジェットコースター『パンプキンワールド』の列に並んでいた。ここに1人並んでいるのは勿論、理由がある。というか、ラテリカとしてはとても迷惑で不本意な理由だ。
「ラテリカ、邪魔者みたいなのです」
 アリスティドとエリザベートが楽しそうにしているのを見ていると、自分がそこに居るのが居た堪れなくなる。勿論最初は、自分が先におししょ様と来てるのに! という強い嫉妬のようなものがあったのだが、2人があまりに嬉しそうなので、仲を割ろうという気持ちにはなれなかった。だがやっぱり見ているのは寂しくもあり‥‥。
「『みたい』?」
「‥‥違うもん。ラテリカ悪くないもんっ」
「別に邪魔というわけじゃない。でも、アレとかには僕は乗れないから」
 と師匠が指したのは、実に凄い勢いで6回転しているジェットコースターであった。
「ここで見てるから、楽しんでおいで」
 体よくアトラクションへと追い出され、ラテリカは1人、並んでいるわけなのである。
「おししょさま、酷いのです‥‥ラテリカの事も‥‥大切にして欲しいのです‥‥」
 呟きながらも、コースターの席に座り‥‥。
「きゃああああああめがまわるので〜す〜」
 と、おおはしゃぎして‥‥。
「‥‥目がぐるんぐるんなのです‥‥。ぐるん‥‥ぐるん‥‥」
 と、結局楽しんだ。
 その後も、回転木馬に追いやられ。
「かぼちゃの馬車素敵なのです‥‥。ここに、王子さまと乗るですね‥‥」
 と、目を輝かせながら乗り込もうとして。
「! 王子さまが、乗ってるです!」
 ちょうちんブルマ王子様の格好をして爽やかに笑っている茶髪青年が既に1人で乗っていたりした。何故に1人で乗っているのかは、聞いてはいけない。
「‥‥どこかで見た事があるような王子さまだったです‥‥」
 首を傾げながら1人で馬に乗ると、前に乗っていた子供が楽しそうに手を振ってきた。それへとにっこり笑い振り返すと、子供は更に嬉しそうな顔で何度も振ってくる。やがて馬がゆっくり上下しながら動き始め、子供は慌てて棒にしがみついた。それをほわんとした気持ちで見守りつつ、降りてからは『お姉ちゃん、一緒にあれ乗ろうよ!』と誘われて当然のように一緒に他のアトラクションへと向かう。
 お化け屋敷に二人乗り回転コースター、チューリップにレーシングカートまで乗り込んだ後、子供は親が来たらしく、『お姉ちゃん、ばいばーい』と楽しそうに手を振りながら去って行った。
「‥‥はっ。おししょさま、どこ行ったでしょか‥‥」
 ついつい楽しんでいるうちに、2人はどこかに行ってしまったらしい。慌ててラテリカは探し始めた。


「おししょーさまっ。酷いのですっ。ラテリカをほーちして2人でらぶらぶ楽しむなんて、酷いのです〜っ」
 ようやく見つけた時には、ラテリカは怒り悲しみ安堵などが混ざった感情で、涙が零れそうなくらいになっていた。三角とんがり帽子はコースターに乗る度に係員に預かってもらっていたら、何時の間にかカボチャの人形がくっついていた。片手に持つステッキの頭部も同じである。魔女というよりカボチャ娘になってしまっており、その愛らしさに通り行く人が振り返るくらいだったのだ。
 落ちそうになっている帽子をぎゅっと被り直して再度見上げると、アリスティドは少し困ったような、それでいて褒めてくれる時に昔見せてくれたような、優しい表情になっていた。だが。
「ごめんなさいね。貴女にとっても‥‥大切な人なのよね」
 突然、ラテリカの視界が着物の柄で埋まった後、茶色の髪が揺れるのが見えた。意外な事に、娘のほうが、彼女を抱きしめている。目をぱちくりしながら、ラテリカはその人の横顔を少し見つめる。半分くらいは隠れてしまって見えないけれども。
「‥‥大切な、人、ですけども‥‥」
 答えながら、自分もそっと回されている袖の端を掴んだ。
「でも‥‥」
「ごめんなさいね」
 謝罪の言葉は真摯な響きを伴っている。ラテリカは目を閉じ、その響きに篭められた想いを思った。
「ラテリカ、でも‥‥平気なのです。エリザベートさんがおししょさまの大切な人なの、分かってるです。邪魔するつもりは、無かったです‥‥」
「うぅん。私が同じ立場だったら、きっととても寂しいから。1人は嫌い」
『1人は、嫌い』。その言葉の部分から閉じ込めた想いが滲み出て、彼女自身を縛り付けてしまうかのようだ。
「だから、良かったら‥‥一緒に回りましょう?」
「はいですっ」
 ラテリカは嬉しそうに笑って、エリザベートの手をしっかり握った。彼女はきっと、とても寂しく思っているのだ。アリスティドと共に居ても、寂しく思っていたのだ。でもこんな楽しい場所に居て、そんな感情は勿体無い。楽しんでもらいたい。
 それは彼女が、人を喜ばせ楽しませ幸せにしたいと願うバードの一人であり、人の喜怒哀楽には敏感になってしまうからこそ気付けた事でもあった。せめて自分が一緒に居る間は、喜んで貰いたい。それは職業病とも言えるし、彼女達の優しさでもある。
「あ。ソフトクリーム屋さんがあるです! 『食べられるのは今だけ! カボチャとアンコのハロウィンソフト』があるですよっ」
 通りの角に、屋台のソフトクリーム屋があった。看板に書かれてあるメニューの字体は、どこかおどろおどろしい。
「『柿とイカスミのソフト』もあるわ。‥‥イカスミって何か知ってる?」
「こ〜んな大きいイカさんの中に、黒い墨が入ってるですよ。イカさんが、ぷしゅーって吐くです」
「ラテリカさんって物知りなのね」
「ラテリカ、冒険者なのです! 色んな物を見てきたですよ♪ それから、吟遊詩人は行った土地の色んな物を見たり聞いたりして、それを歌にしたりもするです。だから、何でも知ってるですよ」
 多少大袈裟に言ってみせたのは、彼女のように寂しがり屋な娘は、そういった事に憧れている事が多いような気がするからだ。でも自分ひとりでは決断が出来ない。選べない、進めないから誰かに後押しして欲しくて。でも、1人だけでは進みたくない。そんな人に『夢』を語る。そうする事で、高揚とした気持ちを持って貰いたくて。
「‥‥歌‥‥」
 だが、彼女が反応したのは別の部分だった。
「アリスさん‥‥も、ですよね。私‥‥貴方の歌‥‥聞いたこと、ありません‥‥」
「そうだったかな‥‥」
「楽器を奏でている姿なら稀に‥‥」
「でも、今日は‥‥」
 2人は今日、楽器を持ってきていないはずだった。だが、アリスティドが背負っていたリュートを下ろしたのを見て、ラテリカもソフトクリーム片手に背負っていたカボチャ型リュックを下ろす。中に入っているカボチャ型の竪琴に、ラテリカは嬉しくなった。が、アイス部分はぼとりと地面に落ちてしまっている。
「ラテリカ。少し、歌おうか?」
「う〜。ちょっと寒いのです‥‥あ。お歌、ですね。分かりましたです」
 コーン部分だけ食べ終えた後、ラテリカも中から竪琴を取り出した。
「おししょさまも歌うですか? ラテリカだけですか?」
「そうだね。一緒に歌おうか」
「はいです」
 今までに、『歌』でどれだけの人を勇気付け、励まし、慰め、喜ばせる事が出来てきただろう。アリスティドの目配せの後に、ラテリカは大きく息を吸い込んだ。
 ラテリカの高い澄んだ声が周囲に響き渡ると、通りかかった人々が足を止める。2人の前でじっと聞いているエリザベートよりやや後方を、虹を描くように人が弧を描いた。仮装をした人々ばかりでその光景は恐ろしくもあるはずなのに、奏でられる音と優しい歌が、まるで彼らを癒し天へと導く聖歌のように、辺りへと輪を描き広がっていく。彼らの後方でメリーゴーランドが白き光を放ちながら回り、周囲の木々では白い飾りが鈴の音を鳴らす。どこか遠くから何かが空を駆けてきて、人々の上に幸せを降らせるような‥‥そんな、瞬きの間に見る夢のような‥‥光景が、彼らを包み込んでいた。
『‥‥雪‥‥?』
 ふと気付けば、空から白い粉が降り注いでいる。歌いながら彼女は少し空を仰ぎ、そして視線を人々へと移して‥‥そして、見つけた。
「あ‥‥」
 それは歌い終わるのとほぼ同時だった。思わず駆け出し、ラテリカは1人の少年の前に立つ。
「お歌‥‥聴いてくれてたですね」
「うん」
 それは、ラテリカが1人で怒っていた頃に、一緒に遊園地内で遊びまわった子供だった。回転木馬で、最初に笑顔で手を振ってきた子だ。
「ありがとう、お姉ちゃん。すっごく‥‥嬉しかった」
「喜んでもらえたなら、ラテリカもすっごく嬉しいのです」
「ここは楽園だなって思ってたけど‥‥最後に歌が聴けたから‥‥みんなも、喜んでる。こんな幸せな事、無い、って」
「みんな‥‥?」
 ふと気付いて、ラテリカは周りを見回した。歌を聴いていた人々の姿が揺らぎ、白い光の玉となってゆらゆらと天へと昇っていく様を目の当たりにして、思わず両手を胸の前で組む。そんな彼女の周囲でふわふわと、それらはまるで雪が空へと落ちるように、昇って行った。
「‥‥あなた、も‥‥?」
「最高の贈り物だ。ありがとう」
 子供の姿が、一瞬背が高く耳の長い男の姿へと変わる。銀の髪が白い光に溶け、その玉はぐるりと彼女の周りを螺旋状に回った後、他の玉と同じように昇り始めた。呼び止める事も出来ず、彼女はただ、それを見つめる。それは幻想的な光景だった。幻想的で物悲しく、それでいて心までその光景の中に溶け込むような、どこか安堵するような、優しさの滲み出る光景だった。
「‥‥泣かないっ、です‥‥」
 涙が零れかけて、それを慌てて拭う。泣いてはいけない。彼らは天へと還ったのだ。最後の瞬間に歓びを噛み締めながら、地上から旅立ったのだから。その手助けを少しでも自分達が出来たならば。こんなに喜ばしい事は無いのだ。
「善い事を、しましたね」
 いつまでも空を見上げるラテリカに、女性の声が掛けられた。
「ラテリカが‥‥少しでもお役に立てたなら‥‥良かった、です‥‥」
 ぐすと目をこすり、ラテリカは女性のほうへと振り返る。
「可愛い娘さんだこと。私とお揃いの仮装ですね」
 言われて、ラテリカは女性の服装を見つめた。露出度の高い魔女の衣装に、漆黒のマントを羽織っている。帽子は三角で先の尖った所にはドクロの人形がついていた。
「彼らは今日一日をここで楽しんだ後、そのままここで働く予定だったのです。でも彼らにとっては、あのように空へと昇れる事は、限りない幸せだった事でしょう。善い事をした娘さんには、プレゼントを致しましょう」
「プレゼント、でしょか」
「どうぞ」
 女性は微笑み、その手にぐるんぐるん柄の巨大キャンディを持たせる。形は薄っぺらい巨大カボチャだ。
「貴女のような方が、いつかここを解いてしまうのかもしれませんね」
 腰を屈め、女性はその両肩にそっと両手を置いた。
「それを、待っている者が居るかもしれません」
「ラテリカには、よく分からないのです‥‥。でも善い事が出来たなら、喜んでくれているなら、嬉しいのです‥‥」
 別れはいつでも悲しい。
 けれども。


「‥‥ラテリカ」
 門を出る前に、花火は上がり始めた。門を出た所で後ろから声を掛けられる。
「楽しかったでしょか?」
 師匠は既に1人になっていた。その顔を見て、ラテリカは尋ねる。
「‥‥そうだね。色々思う所はあったけれども‥‥でも、楽しかった、かな」
「良かったです。ラテリカも‥‥楽しかった、ですよ」
 複雑な笑みを浮かべるアリスティドに頭をぽんと軽く叩かれ、ラテリカは空を見上げた。
「‥‥花火、綺麗なのです。‥‥本当に、綺麗なのです」
 吸い込まれそうなほど澄んだ闇色の空の中に浮かぶ星と花火の中に白い光を見つけながら、ラテリカは涙で滲む目を大きく見開き、いつまでもそれを見つめていた。


 そうして、彼らの為の遊園地は、ただ一日の夢を彼らの心に残し、その扉を閉ざした。
 だがその心に残るは、彼らが残したひと時の歌‥‥。世界を一瞬変えるほどの、優しく切ない歌。

 そして、その場所は再び誰かの為に、その門を開く。
 誰かの心を宿し、ただひと時の夢を、与える為に。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ea1641/ラテリカ・ラートベル/女/14歳/バード
eb3084/アリスティド・メシアン/男/26歳/バード

エリザベート・ラティーユ/NPC

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注頂き、ありがとうございました。
お邪魔なコブ扱いされてしまったお弟子さんですが、1人だったからこそ見えたものも沢山あったと思います。こちら側は軽くネタバレしておりますので、先にお師匠様のほうから見て頂いているとタイトルが一文字違う意味もあったかな、と勝手にこちらで思っております。お弟子さんはいつも愛らしい方なのですが、少しでもそれを書けていたでしょうか。書けていたなら良いのですが。
又、機会が御座いましたら、宜しくお願い致します。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2009年12月01日

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