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『夢の国へようこそ〜甘色の音〜 』
アリスティド・メシアン(eb3084)

 『ドリームキツネーランド』。
 時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地は今、橙と黒に染め上げられている。
 そう、今の季節はハロウィン。
 従業員は全員仮装でお出迎え。清掃員も仮装済み。パレードだってショーだってハロウィン。この場所では、ハロウィン以外の催し物など存在しないかのように、それ一色である。

 
「おししょさまっ。おししょさまぁ〜。こっちなのですよっ」
 無邪気な笑顔で、少女がふんわりと跳ねた。青みがかったような銀の髪が明るい陽光を受けてきらきらと輝く。そのサファイアのように澄んだ青色の双眸が宝石のように、髪が放つ輝き以上にきらきらしているのを眺めながら、アリスティド・メシアンは自然笑みを零した。こうやって弟子と出かける事は、昔以上には多くない。楽しい、良い時間を過ごせればと言う事、それから息抜きと思って、こうして彼女と2人、遊園地へとやって来たのだ。
 どうやってこの場所に来たのか。そんな事は、ここに来る誰もが知らない。ただここで一日楽しく過ごす為に門をくぐった人々の表情は皆明るくて、彼の心を和ませた。人が心から楽しみ喜んでいる様は、吟遊詩人である彼にとって安堵出来る姿だ。
 そうだ、この場所に‥‥彼女も居ればなと、思わず心の中に落とした言葉に僅かに苦笑を自らへ返してみせて、そして顔を上げた。
「‥‥エリザ‥‥」
「アリス‥‥さん?」
 こんな偶然は、長い時を生きるエルフにとってもそうは無い。目の前で茶色の瞳をまん丸に見開いている娘を見つめたまま、アリスティドは5秒ほど停止した。
「おししょさま‥‥? どうかしたですか?」
 カボチャスカート姿でぱたぱた走ってきたラテリカ・ラートベルが、2人を不思議そうに見上げる。その声でようやく自分を取り戻したアリスティドは、その頭にぽんと軽く手を置いて首を振った。
「何でもない。‥‥エリザ。紹介するよ。この子は弟子のラテリカ。僕とは‥‥」
 幼い頃から同居して‥‥と言い掛けて、彼は微笑んだ。
「同じバード同士、になるね。ラテリカ。この人は、エリザベート。僕の‥‥」
 ふと娘の顔へと目を移す。いつも不安げな茶色の双眸。それが今も揺れている。付き合っているわけではない。けれども、互いに意識していないわけではない事は分かっている。
「大切な人だよ」
「ラテリカよりです?」
 心無しか、弟子は頬を膨らましていた。
「ん〜‥‥」
 揺れる視線をざっくざっくと体に受け止めつつ、アリスティドはにっこり笑う。
「ラテリカだって、僕より大事な人が居るだろう?」
「それとこれとは別なのです」
 言いながら、息を詰めるようにして見ている娘へと視線を遣った。
「大丈夫。気にしないで。ここで君と会えた時間を‥‥大切にしたいと思うから」
「ラテリカのことも、大切にするですよ〜」
 ぴょいんぴょいんと後方で跳んでいる弟子の事はとりあえず無視して、アリスティドは娘へと手を伸ばす。
「おいで。一緒に楽しもう?」
「はい」
 その言葉に、エリザベートは嬉しそうに頷いた。


 弟子を楽しげなアトラクションへと追いやって、アリスティドはエリザベートの手を引く。
 夢の世界だからなのか、それともこれが、自分の見るひと時の夢だからなのか。彼女は会った時とは違う柔らかな笑顔で男に寄り添った。園内はハロウィン一色だと言うのに、花や光が舞うように世界は輝いて見える。彼女の、心底楽しそうな笑顔は初めて見たと、男は思う。自分は吸血鬼。彼女は幽霊屋敷のお姫様。そんな出で立ちなのに、ここに2人で居る事が、何よりも。
「綺麗だね」
 ゆっくりと静かに回るコーヒーカップの中で、アリスティドは正面に座るエリザベートを見つめた。
「はい。アリスさん‥‥とてもお似合いですね、その格好。凄く、綺麗で格好良いです」
「君は少し重そうだ」
 くすりと笑うと彼女はひらひらの袖を上げてみせる。
「ほんと、着物って重いんですね‥‥。何枚も重ねてて少し暑くて‥‥あ、でも柄はとても綺麗ですけど」
「首元、苦しい?」
「あ、はい‥‥少し‥‥」
「遠慮しないで」
 中央部分の台に片手を置いてすいと座ったまま娘の隣に移動すると、娘は少し驚いたように彼を見上げた。
「こうやって緩めるといいよ。せっかく楽しみに来たのに、苦しいなんて勿体無い‥‥どうしたの?」
「い、いえっ」
 娘は頬を赤く染めて下を向いてしまう。その光景に思わず笑みを零しながら、彼は帯へと手を伸ばした。
「ここも締めすぎかも。帯の下に紐があるから、それを少し緩めて‥‥」
「あ、あ、あのっ。自分でっ‥‥やりますから‥‥」
「そうだね」
 肩が触れるくらいの位置で座る。エリザベートは必死に直しているようだったが、敢えてそれは見ずに風景を眺めた。
 幸せというのは、こういうものなのかもしれない。
 くるりくるりと回るコーヒーカップは、全ての方位に居る歩く人々を見つめる事が出来る場所でもある。子供と手を繋ぐ両親。風船を持った孫を背負って歩くお婆さん。しっかりと寄り添う男女。駆けっこをして走っていく子供たち‥‥。誰も彼もが輝いて、幸せそうで、楽しそうで‥‥。
「‥‥アリスさん‥‥?」
 問いかけてきた娘に微笑を返し、静かに止まった乗物からゆっくり降りる。その後で手を差し伸べ、その手に自分の手を重ねた娘の体に不意に手を回して抱き降ろした。
「あ‥‥ありがとう、ございます‥‥」
 突然の事で呆然としているような娘にそっと身を寄せる。
「これは‥‥僕の夢、なんだろうか」
「‥‥え‥‥?」
「それとも、こんなに輝いているから‥‥君の夢、なのかな」
 囁き声は、次に乗ってきた人々の声でかき消された。さらりと揺れる金の髪を、娘はぼんやりと見つめている。
「‥‥さぁ、次、行こうか? 何がいい?」


 ハロウィン限定お笑いショーなるものを見た後で、2人は怒り心頭のラテリカと遭遇した。
「おししょーさまっ。酷いのですっ。ラテリカをほーちして2人でらぶらぶ楽しむなんて、酷いのです〜っ」
 零れ落ちそうなうるうる瞳で、カボチャスカート姿の魔女は2人を見上げる。三角とんがり帽子にはカボチャの人形が乗っており、片手に持つステッキの頭部にもカボチャが乗って居る。魔女というよりカボチャ娘。今にも大粒の涙を零しそうな勢いのラテリカに、アリスティドは優しい声を掛けようとして‥‥。
「ごめんなさいね。貴女にとっても‥‥大切な人なのよね」
 その脇で、エリザベートがラテリカに腕を回して抱きしめていた。
「‥‥大切な、人、ですけども‥‥でも‥‥」
「ごめんなさいね」
 きゅぅんと耳の垂れた子犬のように、ラテリカはうるうると目尻を下げる。
「ラテリカ、でも‥‥平気なのです。エリザベートさんがおししょさまの大切な人なの、分かってるです。邪魔するつもりは、無かったです‥‥」
「うぅん。私が同じ立場だったら、きっととても寂しいから。1人は嫌い。だから、良かったら‥‥一緒に回りましょう?」
「はいですっ」
 ラテリカの表情がぱぁっと明るくなるのを、アリスティドは黙って見つめていた。どこか複雑な思いが過ぎるが、2人が手を繋いで歩き始めるのを見、ふと微笑が浮かぶ。
「あ。ソフトクリーム屋さんがあるです! 『食べられるのは今だけ! カボチャとアンコのハロウィンソフト』があるですよっ」
 ぱたぱたと無邪気な笑顔でラテリカが走っていった。
「『柿とイカスミのソフト』もあるわ。‥‥イカスミって何か知ってる?」
「こ〜んな大きいイカさんの中に、黒い墨が入ってるですよ。イカさんが、ぷしゅーって吐くです」
「ラテリカさんって物知りなのね」
「ラテリカ、冒険者なのです! 色んな物を見てきたですよ♪ それから、吟遊詩人は行った土地の色んな物を見たり聞いたりして、それを歌にしたりもするです」
 2人の遣り取りに時折吹き出しそうになるのを抑えつつ、アリスティドは後方でそれを眺めている。
「‥‥歌‥‥」
 ソフトクリームを片手に、ふとエリザベートは振り返った。
「アリスさん‥‥も、ですよね。私‥‥貴方の歌‥‥聞いたこと、ありません‥‥」
「そうだったかな‥‥」
「楽器を奏でている姿なら稀に‥‥」
「でも、今日は‥‥」
 楽器は持ってきていないと言い掛けて、彼は思わず苦笑する。その背にリュートを背負っていた事を思い出したからだ。だがさっきまで所持していなかったはずだから、やはり夢の国という事なのだろう。
「ラテリカ。少し、歌おうか?」
「う〜。ちょっと寒いのです‥‥あ。お歌、ですね。分かりましたです」
 橙と黒のマーブル模様ソフトクリームを食べ終えた後、ラテリカも自分の楽器を取り出した。
「おししょさまも歌うですか? ラテリカだけですか?」
「そうだね。一緒に歌おうか」
 陽は何時の間にか傾き、園内のあちこちで灯が点けられ始めている。噴水の見える場所で椅子に座り、陽光と人が作り出した光を浴びながら、2人は一瞬の合図の後に歌い始めた。
 ラテリカの高い澄んだ声が周囲に響き渡ると、通りかかった人々が足を止める。2人の前でじっと聞いているエリザベートよりやや後方を、虹を描くように人が弧を描いた。仮装をした人々ばかりでその光景は恐ろしくもあるはずなのに、奏でられる音と優しい歌が、まるで彼らを癒し天へと導く聖歌のように、辺りへと輪を描き広がっていく。彼らの後方でメリーゴーランドが白き光を放ちながら回り、周囲の木々では白い飾りが鈴の音を鳴らす。どこか遠くから何かが空を駆けてきて、人々の上に幸せを降らせるような‥‥そんな、瞬きの間に見る夢のような‥‥光景が、彼らを包み込んでいた。
「‥‥雪‥‥?」
 気付けば、歌い終わった頃には空から白い粉が降っていた。手で触れると溶けるように消えるが、冷たくは無い。
「ハロウィンなのに雪なん‥‥」
 エリザ。そう呼びかけようとして、アリスティドは違和感を感じた。確かさっきまで彼らの前には沢山の人々が居て、じっと歌を聴いていたと思ったのに、今は彼女1人しか立っていない。白い光や飾りも見たと思ったのに、周囲の景色はハロウィン一色のままだ。誰かが見せた幻影なのかと思った時には、もう、空は雲ひとつなく星が輝くだけだった。
「‥‥エリザ」
 呼びかけると、娘は頷く。
「とても、素敵な歌でした‥‥。嬉しかったです、アリスさん」
「‥‥」
 彼女が本当に嬉しそうに微笑むから、アリスティドも微笑を返す。
「でも‥‥夢、なんですよね? 夢から醒めたら‥‥その、お弟子さんとの歌も素敵でしたけど、お1人で‥‥歌って貰いたいなって‥‥。我が儘、ですよね。貴方は歌ったり奏でたりしてお金を貰って‥‥それで生活しているのに」
「大丈夫。我が儘じゃないよ。望んでくれるのは、嬉しい」
 そうだ、これは夢。アリスティドは瞑目する。
「夢から醒めても‥‥君の事を、想ってるから」
「アリスさん」
 そっと、彼女のほうから男の腕にしがみ付き、それからゆっくりその胸に体を預けた。
「前も‥‥言った事、思い出しました。私‥‥貴方の事が、好きです。祝福はされない。そんな恋です。でも、貴方とずっと一緒に居たくて‥‥。私はきっと、領主なんてならなくてもいい。貴方を追って行ける。分かってる。知ってるんです。でも‥‥貴方が、戦ってくれているから。私達の為に、ずっと動いてくれているから。だから‥‥私も、私だけの我が儘なんてもう‥‥言いません。夢から醒めたら言いません」
「君はもう、充分に頑張ってるよ。大丈夫‥‥」
 娘の体に腕を回し、男は囁く。その声は、歌う者だからこそと思わせるような魅力に満ちている。
「‥‥だから、忘れないで。忘れないで下さい。私は以前、貴方に『祝福の歌』を教えましたよね‥‥? もうひとつ、貴方に渡したい物があるんです。夢から醒めても、それだけは忘れないで‥‥」
「忘れないよ。君の言った言葉は、全て」
 抱きしめられて、娘は涙を零した。気丈な事を言ってもずっと不安だったのだろうと、男は思う。自分も、不安を感じなかったわけでは無かったけれども。
 不意に、空から爆音が降ってきた。驚いて仰ぐと、星空に花火がいくつも打ち上がっている。
 もうすぐ、この夢も終わるのだ。そう気付いて、アリスティドはエリザベートの手をしっかりと握った。
「残念だけど、もう時間みたいだ。‥‥門まで一緒に行こう」
 しっかりと頷く娘の手を引き、男は花火の光が欠片のように瞬く中を、歩いていく。


「‥‥ラテリカ」
 門を出てもまだ、花火は上がっていた。門を出た所で、弟子が立っているのを見つける。
「楽しかったでしょか?」
 弟子に問われ、彼は複雑な笑みを浮かべた。
「‥‥そうだね。色々思う所はあったけれども‥‥でも、楽しかった、かな」
「良かったです。ラテリカも‥‥楽しかった、ですよ」
 同じような笑みを見せるラテリカの頭をぽんと軽く叩き、アリスティドは頷く。
「‥‥花火、綺麗なのです。‥‥本当に、綺麗なのです」
 呟くように言いながら空を見上げる彼女と共に、彼も空を仰いだ。


 そうして、彼らの為の遊園地は、ただ一日の夢を彼らの心に残し、その扉を閉ざした。
 だがその心に残るは、彼らが残したひと時の歌‥‥。世界を一瞬変えるほどの、優しく切ない歌。

 そして、その場所は再び誰かの為に、その門を開く。
 誰かの心を宿し、ただひと時の夢を、与える為に。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

eb3084/アリスティド・メシアン/男/26歳/バード
ea1641/ラテリカ・ラートベル/女/14歳/バード

エリザベート・ラティーユ/NPC

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注頂き、ありがとうございました。
思えばお2人を、同時にこれだけ長く書かせて頂いたのは初めてでございます。兄と妹‥‥よりも密な関係なのでしょうか。
夢の世界だからと、エリザベートも積極的に行動しようと心がけておりましたが、やはり兄妹のようにも見えるお2人の事は、気になっていたのではないでしょうか。尚、今回は、お師匠様のほうが表の話。お弟子さんのほうが裏の話となっております。
楽しんで頂ければ幸いでございます。
又、機会が御座いましたら、宜しくお願い致します。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
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Asura Fantasy Online
2009年12月01日

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