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『月夜の逢瀬 』
ユリゼ・ファルアート(ea3502)&シェアト・レフロージュ(ea3869)


「11月、5日‥‥」
 控えめに響く鐘は、今日と明日の境界を示している。
 パリの雑貨店ブラン商会の娘、シャルロット・ブラン(ez1140)は、再び数日前に届いた手紙を手に取った。
 封筒を開けると、ほのかにハーブが香る。
 カサリ、と。便箋を開けば、見慣れた筆跡で、まるで、声が聞こえてきそうな一節が綴られている。

『11月5日、真夜中に迎えに行くわ。準備をして待っていてね』

「‥‥ユリゼ・ファルアート(ea3502)」
 呟いた差出人の名に、ばさり、と羽音が重なった。
「あ‥‥っ」
 窓の外、月光にきらめく羽を広げていたのは、今まで見たことの無い‥‥それこそ、絵本の中でしかお目に掛かれないような巨大な生き物。
 ムーンドラゴン、だった。
「こんばんは。お迎えに上がりました」
 しかし、その背に載った涼やかな声の主は、シャルロットにはとても馴染み深い、親しい人で。
 外套のフードを後ろに払うと、青と碧の瞳がこちらを見つめていた。
「こんばんは。お久しぶり、ユリゼさん。お待ちしてました」

 頬を撫でる風の冷たさに、シャルロットは思わず首をすくめた。
 それでも、決して下は見ない。あまりの高さに、すくみ上がってしまうからだ。
 その代わり、同乗者の背、青い外套に、きゅ、としがみ付いた。
「ごめんね、夜遅くに」
 月影色の翼が夜空に翻り、信じられないような速さで二人を運ぶ。
「でも、一月早くお誕生日おめでとう」
 お祝いは、アイボリーのコート。今まさに、シャルロットを夜風から守っている。
「ありがとう、ございます」
 襟元を飾る兎の毛が、少しくすぐったくて、とても温かい。
「でも‥‥どうして、急に?」
 会いに来てくれた事は、とても嬉しい。けれど、その理由が解らなかった。
「ほら、見えてきた」
 しかし、ユリゼは、問いには小さく笑みを返すばかり。
「おかえりなさい、シャルロットちゃん」
 高い城壁と、夜半にあってもなお絶えない灯り。それは、ノルマン王国随一の都市。
「‥‥パリ。ちょっと久しぶり、ですね」
 故郷の灯火に、シャルロットは目を細めた。
「驚く、かなぁ」


「んな‥‥ぁっ」
 夜着のまま、まろぶように飛び出して来た人影に、ユリゼは満足げな笑みを浮かべた。
「お、お嬢さん?」
 石畳に降り立ったムーンドラゴン、フロージュ。その背から降りようとしてバランスを崩したシャルロットを、迷いなく抱きとめた仕草に、その笑みはさらに深まる。
「こんばんは、リュック」
「‥‥‥」
 平然と放たれた挨拶に、青年はがくりとうな垂れた。
「何よ。久しぶりなのに。嬉しくないの? 私は嬉しいわ」
「いや、何か‥‥」
 色々言いたい事がありつつ、何から言ったものかと数拍迷った末に、青年‥‥ブラン商会店員リュック・ラトゥールは、まずはこれだけは、と言葉を搾り出した。
「俺も、嬉しいです。お帰りなさい」
「ただいま。少しの間だけ、だけどね」
「でもどうして。ていうか、これ」
 恐る恐る、ドラゴンを見上げると、やっと、その背に乗った女性を認めた。
「‥‥ねえ、リュックさん。一応、私も居るんだけど?」
 視界に入らなかったかしらね、と、にっこり。
 リュックが手にしたランタンの明かりを、胸元の淡いピンクの宝石が弾いた。
「‥っ、ユリゼさん。ども、お久しぶり、です」
 ユリゼの姿に、リュックは諸々悟ったようだ。昨今、ドラゴンの乗りの冒険者も、珍しくはないらしいから。
「これ、お祝い。今月なんでしょ? 誕生日」
 差出した包みは、シャルロットのコートと揃いのマフラー。
「手編みのは、何時か貰ってね」
 手編み、の言葉にシャルロットは微妙に目を逸らした。料理がそうであったように、いつか扱かれる日が来るかもしれない。
「あれ? 何で知って‥‥。ええと、ありがとうございます。‥‥お嬢さんの、事も」
「ふふ、どうしたしまして。二人への、ささやかな誕生日プレゼントよ」
 その言葉に、リュックとシャルロットの視線がぶつかり、弾かれたように、離れた。
 友人というには甘酸っぱく、さりとて、恋人というには何か足りない。
 相変わらずのようにも、少し変わったようにも見える2人に。
「さて、これ以上邪魔しちゃ悪いし、その辺り飛んで来るわね。暫くしたら、迎えに来るから。‥‥しばしの逢瀬を、お楽しみください」
 シャルロットに向けたウインクと同時に、ふわり、と風がまき上がった。


 屋根を飛越え、教会の尖塔をくるりと廻ってかわして。
 高く昇って、ゆっくりと旋回する。
 ここまで来ると、既に、風とフロージュの羽ばたきしか聞こえない。
 眼下には、住み慣れた町の、屋根が連なる。そして…
「‥‥ポラリス」
 呟きが、夜に溶けた。
 軽く騎龍の背を叩いて、旋回をとめる。
 視線の先、控えめに輝く北極星。
 ‥‥求めてみようと、思ったのだ。
「北の、果て‥‥」
 伝承や書物には、触れた事がある。
 だから、この目で。氷の地の不思議を探しに。
 極寒の雪の下密やかに眠る草花の息吹、海を覆う一面の氷、それから‥‥


「それから‥‥天に横たわる光の帯」
「光の、帯?」
 シェアト・レフロージュ(ea3869)が視線を向けると、こくり、と金髪の頭が傾いた。
「うん。僕は、見てないんだけど」
 屋根の上、並んで腰掛け、二人で流れる星を数える。
「僕達が歩いたところより、ずっと北の、もっと寒いところでは‥‥七色の光の帯が夜空を飾るって、聞いた」
 見に行きたいと思ったんだけど、と。遥か北の大地。その旅を終えた少年は、呟いた。
「まだ無理だ、って言われた。でも‥‥」
「いつか見たい、と?」
「うん。世界は、広いんだね。知らないもの、知らない人、知らない言葉‥‥沢山知るたび、もっともっと、知らない事が増えてく気がした」
 水晶のようだった瞳には光が宿り、背丈も顔つきも、随分大人びた。
「よい旅を、されたんですね。リュシアンさんは」
「そうかな。‥‥うん‥‥そうだと思う」
 微かに浮かべた笑みも、以前とは少し違う。ただただ無垢だったそれは、今では、やや深い色を帯びるようになった。
「あの子‥‥リゼにとっては、どんな旅になるのでしょうか」
 小さなため息のあと、呟く。
「本当に、言い出したら聞かないのね‥‥」

 夜中の訪いに、また何かあったのかと扉を開くと、旅姿。
 そして、少し首をかしげて、言ったのだ。
 あのね、姉さん。何かね‥‥
 

「何かね‥‥北の地が呼んでる気がするの」
 帰り道。
「気にかかる事は沢山あるけど、一度パリを離れようかなって」
 再びムーンドラゴンの背に揺られ、空の中。
「‥‥でも何かあれば、連絡を貰えばすぐ帰ってくるから」
「あの‥‥」
 言葉を捜している気配に、ユリゼが沈黙で応えると、シャルロットはゆっくりと言葉を紡いだ。
「離れてみるのも、良い‥‥と思うんです。たまには、ですけど」
 背中から、ほんのり、熱と振動が伝わる。
「えっと‥‥離れてみないと、解らない事も、あったから」
 人も、土地も、そして境遇も。
「うん‥‥」
 離れてやっと周りが見えたり、ますます愛おしさが募ったり。
「どうか、お気をつけて‥‥」


 気をつけて行ってらっしゃい。
 少しの呆れと諦めが混ざった、包み込むような笑み。
 シェアトに連絡役を頼んだ時の、彼女の表情。『心配』の割合はそう高く無かった、と思う。
 ちゃんと何処に居るのかこまめに連絡を寄越してね、と言っていた。
 旅を職分とするバードの、彼女に見送られるのは、少し不思議な気分で。
 ああ‥‥この人は、己の在る場所、帰る場所を定めた人なのだ。
 そう思った。

 それでは、とユリゼは問う。私、は‥‥


「‥‥本当は、見つかるまで帰らないつもりだったけど‥‥参るわ。でも、待ってるだけも嫌だしね」
 呟きは風に紛れ、シャルロットには届かなかった。
 それでも、気配を感じたのだろう。問い掛けるように首を傾げた仕草に、なんでもないの、と笑みを返した。

 行方不明の連れは、探しに行ったらあっさり見つかった。
 旅への覚悟と、身支度は見事に空回り。嬉しくないと言ったら嘘だけれど、すっかり旅路に就いてしまった心の整理を、どうつけたものかと思ったのだ。

「さあ、着いたわ」
 手を取って、ドラゴンから降りるシャルロットを支える。
「ありがとうございます。‥‥北へは、このまま?」
「ええ。旅の前の我侭に、付き合ってくれてありがとう」
 ふるり、と首を振って、シャルロットはユリゼを見上げた。
「ユリゼさんの『我侭』はいつも、誰かの為だもの。もし、誰かの嬉しい顔が、ユリゼさんにとっての、自己満足や我侭なんだったら‥‥」
 にこ、と。花が開くように、笑った。
「それは、とってもとっても、素敵な我侭です」
「シャルロットちゃん‥‥」
 冷気でやや紅潮した少女の頬を、ユリゼは両手でそっと包んだ。
「3年も、経ったのよね。初めて会った時から、可愛らしかったけど。‥‥本当に、綺麗になったわ」
 こつ、と額を合わせる。
「ユリゼさんには、適いません。全っ然」
 2人、間近で視線を合わせ微笑みを交わす。
「それじゃ‥‥」
 名残を惜しむように、ユリゼがシャルロットの肩に腕を回した。
 一瞬、両腕に力を込めると、ひらりと身を翻してドラゴンの背へ。
「行って来ます。12月5日には必ず帰るわお姫様」
「行ってらっしゃい。良い旅に、なりますように」
 
 小さくなってゆく竜の影が、月の形に重なった。

「あっ‥‥。忘れてた」
 大切な事を、伝えるのを。
「私、聖夜祭の前には、パリに帰る事になったんです」
 北へ向かって、呟いた。
「また、お店が忙しくなると思うから‥‥手伝って貰えたら、嬉しいな」


 頼りは、星の瞬きと相棒の羽。
 大地には時折灯火が、大空には幾多の星が。
 その間を渡る私たちはちっぽけで、しかし、その全てをこの目に焼きつけ、眼裏に描く事が出来る。
 夜が明けたら、また違う景色が見えるだろう。

 どこまで、行けるかな。

 風の音に耳を澄ませ、時折、懐かしい歌を口ずさみ。
 空を、駆ける。

 北へ。
 真っ直ぐに、北へ。
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2009年12月07日

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