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『夢の国へようこそ〜最後の悪魔〜 』
レオ・シュタイネル(ec5382)

●Full Moon
「‥‥今の、何だ?」
 レオ・シュタイネルは眉を顰め、男に声を掛けた。
 笑うカボチャが鈴なりになっている門の手前に巨大なカボチャ人形が立っている。それは、ゆらりゆらりと振り子のように揺れ、薄暗い中でランプの灯の中に浮かび上がっているかのようだ。だがその前に黒のシルクハット帽にタキシード姿、黒マントを羽織り、白手袋を嵌めて片手に黒ステッキ、もう片手に懐中時計を持った男が立っていて、何かを見送っていた。
「‥‥おや、これはこれは‥‥。ようこそ、旦那様。ここはテーマ・パーク『ドリームキツネーランド』」
 優雅に手を前に回してお辞儀し、男は口を開く。
「時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地でございます。只今の季節はハロウィン。蕪に南瓜に幽霊に悪魔に魔女。
橙と黒と紅の混ざり合うこの世界は、ただ一日だけを貴方に捧げる事でしょう‥‥」
「そんな事は聞いてねぇ。あの子に‥‥何かしただろ」
「いいえ? 何も」
「嘘つけ。背中押した時‥‥その時計に触ったろ。何しやがった」
「随分と目が宜しい方だ」
 男は声を出さずに笑うと、時計の蓋を開いた。
「彼女はもう、門の中に入ってしまいましたよ? 期間はただの一日。蕾から花開き、やがて萎れて枯れるまでの時間‥‥。ただそれだけの時間、彼女の心をこの世界に置いて行って貰う‥‥。ただそれだけの事に過ぎないのです」
「一秒だって、あの子の心をお前なんかにくれてやるか!」
「ならば、取り返しに行かれてはいかが? どちらにせよ‥‥貴方は最後の『お客様』。貴方の後にもう、誰も彼女を助ける者はおりませんよ‥‥?」
 男の笑みは、鈴なりのカボチャによく似ている。レオは男を睨み返し、身を翻した。
「勿論‥‥『最後のお客様』には、最上級のおもてなしをしなければ、なりませんね‥‥」
 その背に忍び寄るように投げかけられた声を振り切って、彼は門の中に踏み入る。
 そして、見つけた。
「ククノチーっ」
 声を掛けた後にとびきりの笑顔を作り、駆ける。
「‥‥っ‥‥レオ、殿‥‥?」
 はっと振り返ったその姿は、想像の中のどの姿よりも美しかった。鴉の羽のように深く光沢のある髪が揺れ、それよりも深く鮮やかな黒曜石のような双眸が、自分の姿をその目の中に捉えて大きく揺れる。そんなに表情が豊かな子ではない。どちらかと言えば、自分の感情を表情に出すのが苦手な娘だ。だがその目の動きだけで分かる。
「こんな所で会えるなんて、何か嬉しいよな。ククノチは何でここに来たんだ?」
「えぇと‥‥私は、気付いたらここに居て‥‥」
 そう答えながら、じっと真っ直ぐに彼女はレオを見つめた。
「レオ殿‥‥背が伸びている」
「ん? そうか?」
 そう言われるまで全く気付かなかったレオは、頬を指で掻く。
「そう言われりゃ目線高いか? ‥‥気のせい、だよなぁ。な、ククノチ」
「ここは、ひと時の夢の場所だ。何が起きても可笑しくないだろう。‥‥ただ、楽しむのみ。だろう? レオ殿」
 娘は、小さな花のような微笑を浮かべ、僅かに首を傾けた。
 本当に、本気で、この世界を楽しみたいと彼女は思っているのだ。
「そうだなっ」
 ククノチの手をしっかりと握りながら、レオは大きく頷く。
 彼女の心は、必ず自分が守る。笑顔を絶やしはしない。そう強く念じながら、レオは出入り口の門へと振り返った。だが、門の向こうに広がる闇の中には、もうなにものも見つける事は出来なかった。

●start
 門を通り抜けた先の広場からはアーケードが1本、真っ直ぐ伸びていた。左右に並ぶ橙と黒の店の向こう。アーケードの向こうは、やはり闇の中だ。
「レオ殿。私達も仮装をしないか」
 ククノチは少し離れた場所の店を見ている。頷くと、彼女は『仮装屋』の看板を指差した。
 3軒ほどが隣り合わせになった店の前には籠が沢山置かれている。ククノチはハンガーに掛けられた着物をじっくり手に取っているようだった。自分も籠から引っ張り出していると、悪魔風な仮装が出てくる。ククノチが着替えに行った後に自分も着替えると、最初に選んだ触角のついた帽子が非常に似合わなかった。これじゃ芸人だろうと別のを選んでつけていると、
「‥‥レオ殿」
 声を掛けられ振り返る。
「お。お〜。可愛い!」
 思わず感嘆の声を上げるほど、その出来は見事だった。黒地の着物は赤糸で縫われている他に模様は無いが、赤と黒で彩られた帯には風車が差してあってくるくる回っている。黒い漆塗りの下駄も含めて、そのほっそりした体つきを更に細く見せたが、レオの目は即座に狐耳と狐尻尾に向かっていた。
「‥‥その‥‥」
 男の目線に恥ずかしくなったのか、視線をどこへやろうかと思案するような彼女の表情が、実に可愛い。
『これは破壊的な魅力だな』という感想は口に出さないでおくことにして、うんうんと見ていると、ふと彼女の視線が自分の少し後方を見ている事に気付いた。
「あぁ。これ、よく出来た偽物だよな」
 マントから出ている黒い翼は、本物のように結構重かった。特にアーケード内は風の吹きも強かったから、ばさばさと音を立てて揺れるのは何とかして欲しかったが、どうせなら本物志向である。
「で、ククノチの格好は、狐?」
「妖狐‥‥のつもり」
「着物着てる奴ってあんま居ないみたいだから、目立つなぁ」
 頬を掻きつつ、レオはうーんと腕組みした。
「うん。色んな仮装してみよう。その格好で他の男にナンパされたら困るし。うん」
 これはかなり本音だ。とっても本音だ。
 その後、ククノチはアーケードを抜けた先の店で薄化粧も施して貰、更に可愛さが増してしまっていた。
「可愛い。なんか凄くいい」
 凄くいいのだが、やはり他の男の視線は引きたくないなぁと思いつつ、レオは周囲を見回す。
 まだ、昼間のはずだった。だが空は茜色に染まり、園内の色と静かに同化しようとしている。まるで、終末を迎えようとする世界のように。
「よーし。じゃ、何か乗ろう。何がいい?」
 だがどんな事があっても、この手は離さない。そう呟いて、歩き出す。
 遠くに見える時計塔の針は、10時10分を指していた。

●coffin
 とにかく園内の乗物はどれもこれも、不気味さが漂っていた。
 カボチャ型のコーヒーカップからはカタカタと笑うような声が聞こえていたし、お化け屋敷など言うも論外。観覧車から見る風景の中に浮かび上がった太陽は、やけに赤い色をしていた。
 だが、どれに乗ってもククノチはそれなりに楽しそうにしている。彼女が楽しんでいるなら、それでいい。後のほうはレオもやけくそになって、不気味な乗物に大笑いしながら楽しんでいた。
 その途中で、何度かククノチは衣装を変えた。まぁ主にレオがククノチに色んな衣装を薦めてみたのだが、どれもこれもよく似合っている。特にチャイナ服に猫耳猫尻尾の破壊力と来たら‥‥細い脚がすらりと見える、スリットが深く入った衣装は金輪際、外で着せてはいけないと堅く誓った一瞬だった。
 結局最終的に彼女が選び着た衣装は、美しい絹のような白さが際立つ、天使の格好だった。腰から太腿まで絞り込み、その下から足元までふわりと広がるスカートは、大人の女性の気品漂う逸品で、彼女の体の線に合わせて綺麗に螺旋を描く金糸が、時折光を浴びて煌めく。又、胸元から腰に掛けて綺麗に体つきを見せるように出来ており、ほっそりとしているがきちんと女性の形をしている姿は、人の目を引くに充分だった。だが、パットを入れているのかと聞いてはいけない。そんな事を女性に聞いてはいけない。
「‥‥うん。これ、着よう」
 上から銀色のショールを着せて、レオは少し離れて彼女の全身を眺めた。飛び切りの笑顔を見せる彼女が眩しい。眩しすぎる。
「そーいや腹減ってねぇ? 何か食べよっか」
 ヒールを履いて少しだけ背の高くなった彼女と共に、茶屋に入った。
 ククノチは『パンプキンプリン』が大層気に入ったらしく、店員に野菜の種を入手できないか聞いていたが、残念ながら出来なかったようだ。
 食べ終えて外に出ると、緋色の太陽は西へ大きく傾いていた。風がやけに‥‥生温い。
 土産物を買う為にアーケードのある通りへ戻ろうかと広場へと歩いていると、黒い時計塔から定期的な秒針を動かす音が聞こえてきた。白い時計盤の中で動く針は、5時。だがその下辺りに赤い文字で何か書いてある。
「『棺』‥‥?」
 そうだ、とふと気付く。この巨大な時計塔は、遠くから見ると棺が立っているようにも見えるのだ。形も、色も、時計盤のある辺りが丁度、左右に開ける事が出来る顔の部分になる。
「ククノチ、ここは止めて違‥‥」
 違う道を通ろうと言い掛けて、レオは傍に誰も居ない事に気付いた。
「ククノっ‥‥って、ここ何処だよ?!」
 誰も居ないどころではなかった。眼下には闇の中に浮かぶ無数の光が見える。空は漆黒に染まり、見えるは満月。地面は石畳のようで、狭い空間を囲むようにして石造りの柵がしてあった。
「‥‥寒っ‥‥!」
 ばさばさと黒い翼が風に煽られる音がする。だが不意に、下方で荘厳な鐘の音が鳴り始めた。と同時に、確かに秒針を動かす音が聞こえ始める。
「時計塔の上か‥‥」
「ご明察」
 逆側の柵の上に、男が立っていた。黒いマントがなびいているが、落ちそうな気配は無い。
「何のつもりだ。‥‥そうか、ククノチっ‥‥!」
 身を返して下方を覗き込んだが、地上には人の姿ひとつ見えなかった。舌打ちして男へと向き直る。
「ククノチは絶対に渡さないからな!」
「彼女はまだ地上に居ますよ。尤も‥‥この孤独に何時まで耐えられるかどうか」
「目的は何だ」
「この時節も最後。貴方は最後の『お客様』ですから‥‥。何かを急に変える為には、大きな労力を必要とします。もうすぐクリスマスの時節。変えるには、変えるだけの力が」
「何言ってるか分からねぇ。って言うか、ホスト側が客にこういう扱いって可笑しいだろ。客を楽しませてきちんと帰らせるのがホストの役割だろ」
「勿論。貴方の望むように」
 レオは背に手を回した。そこにしっかりと手ごたえがある。弓を取って矢を引き絞っても男の笑みは変わらなかった。
「彼女を帰して貰う」
「地上に居ますよ。貴方は彼女の為に、身を犠牲にするつもりがおありですか?」
「帰る時は、2人一緒だ。絶対に」
 矢は真っ直ぐ男へと飛んでいく。それが当たるかどうか見る事無く、レオは足から飛び降りた。予想以上の強い風が彼の体を下から叩きつける中、ハッキリと見える。噴水と踊る人々。そして‥‥。
「ククノチーっ!」
 大きく風を吸い込んで、思うようには声が出なかった。だがこのまま落ちれば命の保証が無い事は分かっている。レオは手を伸ばして念じた。両手に掴んだロープを放ると、時計盤の針に引っかかる。針は、相当な重力が掛かっても折れる事無く動いていた。しばらく振り子のように揺れていたレオだったが、体勢を立て直して針にしがみつくと、下方から声が聞こえてきた。
「レオ殿!‥‥受け止めるから‥‥!」
 見ると、純白の天使が大きく手を広げている。
「天使に助けられる悪魔かぁ‥‥」
 呟いて、先ほどから黒い翼が羽ばたこうと揺れている事に気付いた。このまま飛び込めば、確実に彼女のほうが危ない。レオは敢えてククノチの少し手前に落ちるよう計算して、飛び降りた。
「ククノチーっ」
 誰よりも輝いて見えるその人の、不安げでけれども強い色をした黒い双眸が、レオを見つめている。自然、体はその中へと飛び込んでいた。思うよりもずっと遅く降りた男と待っていた女を包み込むように、黒い翼が後から覆いかぶさる。
「‥‥はーっ‥‥あぶねぇ‥‥」
 ぐらりと揺れた彼女の体を背から支え、レオは深く息をついた。
「って言うか、俺、格好悪ぃよなぁ‥‥」
 どういう作用だったのか、黒い翼が飛ぼうとしたのは確かだった。ククノチの体をそっと抱きしめながらぼやくと、その腕の中でククノチは小さく頭を振る。
「ごめん。ククノチは何とも無かった?」
「何とも‥‥ない」
「ごめんな」
 不可抗力とは言え、彼女を1人にして不安にさせてしまったであろう事は充分に想像がついた。
「心配掛けた」
「レオ殿が居ないと、私はここで何も出来なくなってしまう」
 ククノチの綺麗な瞳が、レオを見上げる。
「‥‥私を、連れて行ってくれ。一緒に」
「うん」
 連れて行く。どこまでも。強く手を握ると、彼女も握り返してくる。
「‥‥傍に‥‥ずっと」
「ずっと、一緒な。一緒に居ような」

●keep to
 土産物屋で、ククノチは何を買って帰ろうかと悩んでいたようだった。レオは少しだけ離れて、こっそり彼女が喜びそうな物を幾つか選ぶ。勿論、『お土産用ぱんぷきんぷりん』は箱で手に入れた。同じ味ではないだろうが、彼女の幸せそうな顔がもう一度見れれば良い。
「そういや‥‥金、持ってきてないよな」
「お金なら、ここに入る時に貰った」
「え?! 俺、貰ってないけど‥‥」
「タダ食いをしてしまったのだな」
 そう言ってククノチは笑った。本当は笑い事では無いが、『夢』の中ならそういう事もあるのだろうという表情だ。
「イワンケ殿も貰っていた。多分、鮭や蜂蜜を漁っているだろう」
「‥‥何と交換なのかは考えないほうがいいんだろうなぁ‥‥」
 思わずぼやくと、ククノチは微笑を返す。
 そのまま2人は手を繋ぎ門の外へと出た。花火が次々と空へ上がっている。
「これ」
『お土産用ぱんぷきんぷりん』を渡すと、彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「有難う。夢が醒めても持っていけるといいな」
「だな。‥‥今日一日、楽しかったか?」
「とても、楽しかった」
 彼女の微笑みには、寸分の暗さも含んでいない。その事に胸を撫で下ろしつつ、レオも頷いた。
「これからも、色んな所一緒に行こう。ずっと、一緒なんだからさ」
 こくりと頷き返す娘に、男はそっと顔を近づけた。その唇に触れると、後方で花火が上がる爆音がし光が彼女の顔に色を映す。
 自分は、彼女の心を守れただろうか。そう、男は自分に問う。むしろ、彼女の心が‥‥自分を守ってくれたのかもしれない。
「‥‥お疲れ様」
 ふと後方から声を掛けられた。振り返ると、魔女姿の女が立っている。その身長差から自分達に掛けられた魔法が解けてしまった事を知り、レオは頬を掻いた。
「ククノチは無事、帰ったかな」
「えぇ、勿論。大切な『お客様』ですからね」
「ここは、『何』なんだ?」
 ククノチの姿はおろか、カタカタと笑うカボチャの門さえ、もう見えなかった。暗闇の中に浮かび上がる女に、レオは尋ねる。
「『夢』ですよ。一日限りの『夢』。それ以上留まらなければ、の話ですが」
「一日以上居たら‥‥?」
「勿論‥‥」
 女の声は、不意に吹いた風に途切れた。一瞬風のほうを見たレオが視線を戻した時にはもう、そこに女の姿は無い。
 レオはふと、女と会ってからずっと握っていた手の平を開いた。そこには茶色の何の変哲もない種が一つ、乗っている。
「‥‥持って、行けるのかなぁ‥‥」
 夜空を見上げ、レオは先ほど別れたばかりの娘の事を思う。


 目覚めたら。会いに行こう。そう念じる。
 夢の世界でも、現実の世界でも、どこでも一緒に。
 ずっと、一緒に。居たいから。
 君を、守りたいから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ec5382/レオ・シュタイネル/男/19/レンジャー
ec0828/ククノチ/女/23/チュプオンカミクル

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼頂き、ありがとうございました。
ほんわからぶらぶにはならず、このような形になってしまいました。レオさんが少し熱血になってしまったかもしれないなと思いつつ、強い結びつきで結ばれているお2人をきちんと描けたかどうか・・・。少しでもお2人の姿に近づけていると良いのですが。
彼女さん側を先にお読み頂けると、色々分かる点があると思います。
又、機会がございましたら、宜しくお願い致します。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
呉羽 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2009年12月08日

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