▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夢の国へようこそ〜天使の見た夢〜 』
ククノチ(ec0828)

●Full Moon
「ようこそ、お嬢さん。ここはテーマ・パーク『ドリームキツネーランド』」
 門の前に巨大なカボチャ人形が立っていた。それは、ゆらりゆらりと振り子のように揺れている。薄暗い中でそれだけがランプの灯の中に浮かび上がっているかのようだ。
「時節のイベント毎に、がらりと雰囲気を変える遊園地でございます。只今の季節はハロウィン。蕪に南瓜に幽霊に悪魔に魔女。
橙と黒の混ざり合うこの世界は、ただ一日だけを貴女に捧げる事でしょう‥‥」
「‥‥あ‥‥私は‥‥」
 その声は、カボチャ頭の上から聞こえていた。声を掛けられ、ククノチはぎゅっと手に持っていた物を握り締める。
「あぁ、ここではそのような無粋な物は‥‥持ち込んではいけませんよ?」
 ふわりと降りてきた人は、そっとそれを取り上げた。一瞬の後にそれは泡のように消えうせる。
「それを‥‥返してくれ」
「えぇ、お嬢さん。もうすぐ花火が上がる。そして次の花火が上がったら‥‥返しましょう。貴女はこの一日、この世界で過ごす。門を抜ければ、貴女は望む姿を得る事が出来るでしょう。そう‥‥どのような出来事も、全ては『夢』‥‥」
 シルクハット帽の下で、男は薄く笑ったようだった。背の低い彼女が覗き込むように見上げたとしても、口元以外に見える表情は無かっただろう。黒いタキシードに黒いマントを羽織ったその男は、白い手袋をして黒いステッキと懐中時計を持っていた。
「さぁお嬢さん。お行きなさい。不思議な国へようこそ、お嬢さん。皆‥‥貴女を待っていましたよ‥‥」
 そっとその背を押され、ククノチは一歩前に出た。目の前に、遊園地の光景が広がる。笑うカボチャが幾つも飾られた門をゆっくりとくぐると、目線が不意に変わった。
「何だ‥‥?」
 彼女の肩に乗っていた金色の熊も、同時に姿を変えていた。先ほどの男がしていた仮装に似ている。だが顔は熊のままだ。
「イワンケ殿‥‥。顔も人にならねば、多少困った事になると思うのだが‥‥」
 こくりと頷く金熊が、ふと気付いたように手を上げる。
「ククノチーっ!」
「‥‥っ‥‥レオ、殿‥‥?」
 はっと振り返ったククノチの目に、眩いばかりの笑顔が飛び込んできた。少し癖のある銀の髪がバンダナの下で跳ねている。少年のように輝きを放つ碧色の双眸が、楽しそうに瞬いた。その姿に、ククノチの心臓は大きく跳ねる。傍に駆け寄った男は、笑顔のまま挨拶した。
「こんな所で会えるなんて、何か嬉しいよな。ククノチは何でここに来たんだ?」
「えぇと‥‥私は、気付いたらここに居て‥‥」
 近付いてきた男とは、いつもと視線の向きはさほど変わらない。だがどう見ても‥‥。
「レオ殿‥‥背が伸びている」
「ん? そうか?」
 近くを通る人々と比較しても、レオ・シュタイネルの背丈は頭半分大きかった。彼ら2人はパラだ。彼らの世界では、人間よりも背の低い種族である。それがいきなり人間並み、或いはそれ以上の背丈にでもなれば、自然気付くはずだが‥‥。
「そう言われりゃ目線高いか? ‥‥気のせい、だよなぁ。な、ククノチ」
「ここは、ひと時の夢の場所だ。何が起きても可笑しくないだろう。‥‥ただ、楽しむのみ。だろう? レオ殿」
「そうだなっ」
 こちらが思わずつられて笑ってしまうような笑みを浮かべるレオに手を引かれ、ククノチも微笑んだ。

●start
 門を通り抜けた先の広場からはアーケードが1本、真っ直ぐ伸びていた。橙と黒に飾り付けられた店が左右に並び、笑うカボチャやカブがカランカランと音を立てて風に揺れている。店員も通る人々も皆、仮装をしていた。洋装の人々の間に混ざって、ククノチの傍を音も無く黒髪が通り過ぎる。その下で揺れる白い袖に、ククノチは彼女が来た方へと目をやった。
「レオ殿。私達も仮装をしないか」
「だよな。どんなのがいいんだ?」
 3軒ほどが隣り合わせになった『仮装屋』が同じ並びにある。ククノチは、かすりの黒い着物を手に取った。ちらとレオのほうを見やると、彼は触覚がついている帽子とおもちゃのような羽がついているマントを籠の中から掘り出している所だった。
「‥‥着替えてくる」
 着衣所に入り、そっと黒い着物の袖に手を通す。その目の前で自分を映し出す鏡を、彼女は見つめる。そこには、すらりとした人間の女性が立っていた。自分とは思えない。可愛いと言われた事はあっても、美女という言葉とは無縁な事が多い種族だ。指だけで鏡に触れると、その中の自分が優しく微笑む。着物をきちんと着て頭に狐耳、腰の辺りに狐の尾を付けると、ふと鏡に映る自分の顔色に気付いた。化粧ひとつしていない自分が、その格好に余りにそぐわないように見えたのだ。
「お。お〜。可愛い!」
 そろりと出ると、どう見ても普段なら『小悪魔』にしか見えないだろうという『悪魔』の格好で、レオが立っていた。
「‥‥その‥‥」
 嬉しそうな男の姿に、ククノチは思わず目線を揺らせる。自分が『可愛い』と言われた事よりも、目の前の男の格好良い姿に照れてしまったのだ。触覚がついた帽子は似合わなかったのか、黒い巻角のついたバンダナを頭につけ、黒のタキシードに立襟のマントを羽織っている。マントは腰辺りまでの短いものだが、その背からは黒い翼が広がっていた。一瞬本物のようにも見えたので見つめていると、レオはその視線に気付いて翼をつんつん触ってみせる。
「よく出来た偽物だよな。で、ククノチの格好は、狐?」
「妖狐‥‥のつもり」
「着物着てる奴ってあんま居ないみたいだから、目立つなぁ」
 頬を掻きつつ、レオはうーんと腕組みした。
「うん。色んな仮装してみよう。その格好で他の男にナンパされたら困るし。うん」
「何度も変えられるのか‥‥?」
「何度でもいいってさ」
 言われて、ククノチは幾つものハンガーに掛けられた衣装を見つめる。不思議だ。人の姿になったからだろうか。普段は気に留める事も無かっただろうものが気になる。
 例えば‥‥。
「これを‥‥」
「あら、お嬢さん。お化粧ですか?」
「‥‥私でも、似合うだろうか」
 アーケードを抜けた所にあった店先に、化粧品が置かれていた。魔女の仮装をした店員が、ククノチが手にしている淡い紅色の口紅を受け取る。ハロウィンに合わせて濃色ばかりが並ぶ中で、それは一際鮮やかに彼女の目を引いたのだ。
「勿論ですわ。お嬢さんは肌が白くていらっしゃるから、ファンデーションは最低限にしておきましょう。ハロウィンの仮装には黒系のチークを使う事もあるのですけれど、お嬢さんには橙のほうが良いかしら。それとも桃色にしておきましょうか?」
「‥‥紅だけでも私は」
「あら勿体無い。将来をお約束された方とのデートでしょう? 可愛く仕上げて差し上げますね」
 指摘されて、ククノチは薬指に嵌めた指輪にそっと触れる。
 嬉しかった。素直な気持ちで隣に立てる事が。
「‥‥」
 どちらかと言えば薄化粧を施して貰ってレオの前に立つと、彼はしばし時を止めた。2秒後に目を瞬かせて、大きく頷く。
「‥‥可愛い。なんか凄くいい」
「有難う‥‥」
 気恥ずかしさが先に立つような空気が漂ったが、すぐにレオが彼女の手を引いた。
「よーし。じゃ、何か乗ろう。何がいい?」

●tower
 幾つかの乗物に乗った後、ククノチは何度か衣装を変えた。
「次は何着る?」
 レオが嬉しそうに籠の中を漁り。
「あ、コレとかいんじゃね?」
 何故かあるメイド服(但し真っ黒)を取り出して渡してみたり。
「こっちの耳もつけてみる?」
 頭にかぽと猫耳を付けてみたりした。
「‥‥あ、こっちのほうがいいかな。これ、着てみて」
 言われるがままに着替えると、着衣所の前にレオが陣取っている。カーテンを引いて出てきたククノチをじっと見‥‥。
「‥‥うん、良い。すごく良い」
 大きく頷いた。
「けど、それで外は駄目だ。っていうか、その脚は他の男に見せないでお願い」
「‥‥」
 チャイナ服だった。太腿の線に沿って綺麗に分かれているスリットから、細い脚が見えている。
「レオ殿。この衣を次は着てみようと思うのだが‥‥」
「うん。待ってる」
 再び鏡の前に立ち、白の生地の中を螺旋を描くように舞っている金糸の入った衣装に体を入れた。この季節には少し薄いくらいの衣は、細いが女性の美しい線を描く体を鏡の中に浮かび上がらせる。
 体が変わって、心まで跳んでいるのだろうか。ククノチはその姿に、微笑を返した。
「もうここに来て何度も言ったけど、ほんと可愛い。っていうか美人。あ〜‥‥他の男に見せたくないな」
 朗らかに笑う男の隣に立ち、ククノチはその男に飛び切りの微笑を向ける。あぁ本当に。幸せとはこういう事を言うのだろう。
「そーいや腹減ってねぇ? 何か食べよっか」
「そこの茶店はどうだろうか」
 黒い悪魔と白い天使は、『かぼちゃぷりん』と大きく書かれた看板を見つめた。赤い敷布の広がる長椅子に座り、ハロウィン限定『ぱんぷきんぷりん』を注文する。間もなく皿に乗って橙色のソースを掛けてやってきたそれは、ククノチの前でぷるるんと美味しそうに揺れた。それへとスプーンを差し入れ口へ運ぶと、芳醇なソースの香りと濃厚なカボチャの味、滑らかな舌触りが一瞬で口の中に広がった。
「‥‥世の中にこのような食物があるとは‥‥」
「旨いな、これ!」
 隣でレオも満足そうにしている。2口目でより柔らかい甘みとほろ苦い蜜の融合を感じながら、ククノチは『パンプキンプリン』の説明文を見つめた。
「この野菜、家庭菜園で育てられないだろうか」
「店員に聞いてみる?」
 手招きされてやってきた店員は、ククノチの問いに軽く手を振る。
「ごめんね。それはちょっと無理なの。ここから種の持ち運びは出来ないのよ」
 青と緑の目を持った店員が申し訳なさそうにしながら去って行くのを見送り、ククノチは肩を落とした。
「ど、どこかの土産屋にあるかもしれないから探すか?」
 落胆ようにレオが慌てて声を掛けるが、その言葉自体が嬉しくて、ククノチは顔を上げ微笑んだ。
「いや、きっとここには無いのだろう。‥‥それにしても、美味しかった」
「だな」
 店を出た足で、土産物が並ぶアーケードへと向かう。
 陽は翳り、園内には幾つもの影が落ちていた。その中を歩くとやがて広場に出る。広場から四方に道が伸び、中央部分には噴水と大きな時計塔があった。その針は、ぴったり5時を指している。そこから噴水へと目をやると、虹色の水が光を放ちながら飛んでいる所だった。
「‥‥魔法みたいだ‥‥」
 思わずククノチはその光景に見とれる。だが不意に時計塔から鐘の音が鳴り始めた。針は5時5分。時計盤の下辺りで柱の一部が開き、中から人形が4体出て来てくるくる踊っている。それに伴い、音楽が流れてきた。
『さぁ、踊れ、踊れ、この一夜。このひと時、さぁ踊れ』
 高い声が歌を囁く。
 踊りはククノチの一部でもある。尤も、円舞曲を踊る機会などは無かっただろう。その声と音に導かれ時計台の下まで歩み寄ったククノチは、ふと気付いて振り返った。
「レオ殿‥‥?」
 確かに先ほどまで居たはずの人が、傍に居ない。落ち始めた暗闇の中で踊り始める人々の輪の中にも姿を探す事は出来なかった。
「レオ殿‥‥!」
 広場内を一周しても、あの笑顔が見つからない。虹色の光を斜に浴びながら、ククノチは呆然と噴水の傍に立ち尽くした。どれだけそうしていただろうか。園内でゆっくりと広がっていく外灯も、噴水の輝きも、それらが映し出す人々の笑顔も、全ての輝きは‥‥あの人一人に叶うはずもないのに。失ってしまったら。
「‥‥レオ殿!」
 再び彼女は動き始めた。探すのだ。あの光を。
 時計塔を見上げると、まだ人形はくるくる回っていた。針が指すのは‥‥6時6分。
「‥‥っ‥‥!」
 だが針の辺りに黒い影がある。黒い翼が大きく揺れ、その影を地上まで落としていた。
「レオ殿!!」
 これ以上出ないという精一杯の声で叫ぶ。そして両手を大きく広げた。何故、こんな状況になっているのか考える暇などない。
「受け止めるから‥‥!」
「ククノチーっ」
 ぐらりと黒い体が傾いた。その人は、黒い影の中に光を背負って真っ直ぐ落ちてくる。そしてククノチの目の前で、ふわりとその体に飛び込んだ。大した衝動は無かったが踵の高い靴で支える事に慣れておらず後ろへそのまま倒れそうになったククノチの背に、両手が回される。
「‥‥はーっ‥‥あぶねぇ‥‥って言うか、俺、格好悪ぃよなぁ‥‥」
「‥‥」
 そんな事無い。その声は言葉に出来なかった。思わず涙ぐんで、ククノチは目を閉じる。
「ごめん。ククノチは何とも無かった?」
「何とも‥‥無い」
「ごめんな。心配掛けた」
「レオ殿が居ないと、私はここで何も出来なくなってしまう。‥‥私を、連れて行ってくれ。一緒に」
「うん」
 握ってきた手をしっかり握り返し、ククノチは真っ直ぐにレオを見上げた。
 魂まで持っていってしまうと言う悪魔の格好をしているこの男に、自分の心はとうに手に取られ、魅入られてしまっている。これ以上奪われてしまう心など無いと思っても、いつも敵わない。笑顔に、その輝きに、いつも魅入られる。
「‥‥傍に‥‥ずっと」
「ずっと、一緒な。一緒に居ような」
 男の言葉に心満たされ、彼女は頷いた。

●keep to
 土産物も買い、2人は園の外へ出た。
 空に花火が舞い上がり、音と光で周囲を包み込んでいる。2人の傍には何時の間にか仮装の解けた金熊が居て、お土産の蜂蜜を持っていた。
「楽しかったか?」
「とても、楽しかった」
「そっか。‥‥これからも、色んな所一緒に行こう。ずっと、一緒なんだからさ」
 何度同じ言葉を聞いても、嬉しい。小さく頷き返すと、黒い悪魔の顔つきがふと真剣なものになり、近付いてきた。
 彼の背後で、一際大きな花火が上がる音がする。けれどももう、ククノチにはその光は見えていない。どれだけそうしていたのか。ふと気付くと、もう愛しい男の姿はそこに無かった。
「‥‥イワンケ殿。帰ろうか」
 呟くと、金熊が手を挙げると同時に、前に誰かが立つ気配がした。
「ご満足頂けましたか? お嬢さん」
「‥‥」
 園に入る前に出会った男だ。ククノチは自分が元の姿に戻っている事を確認してから、顔を上げる。
「クドネシリカを返してくれ」
「勿論」
「レオ殿の事も」
「はい。はい、確かに‥‥」
 男は笑ったようだった。
「まさか、ご存知だったとは気付きませず」
「彷徨う霊達が見えた。この場所は『夢』だが、それは生きる人にとってである事。命失いし魂達は、ここにずっと縛り付けられるのか」
「もうハロウィンは終わり。又、新たな時節がやって参ります。貴方がたのように『夢』を見る『お客様』の手によって、この場所もゆっくり変わって行くのでしょう。『夢』に囚われてはなりませんよ‥‥。囚われれば‥‥」
 そうして、男は霧のように消えうせた。
 残されたククノチは、黙って夜空を見上げる。
 満天の星空。彼と見る景色が何もかも今までと変わって見えるのは、もう、この心まで塗り替えられてしまったからだろうか。
「目覚めたら‥‥」
 会いに行こう。そう念じる。


 もっと、もっと、沢山の事を‥‥。
 あの人の傍で、見て生きたいから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
ec0828/ククノチ/女/23/チュプオンカミクル
ec5382/レオ・シュタイネル/男/19/レンジャー


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼頂きありがとうございました。
ククノチさんはお姉さん目線の時しか存じませず、このようにかわいらしい娘さんとして書かせて頂いたのは初めてな気が致します。
彼氏さん側とは多少内容が異なっておりますので、後からお読み頂けると、少し分かる部分もあるかなと思います。
又、機会がございましたら、宜しくお願い致します。
パンパレ・ハロウィンドリームノベル -
呉羽 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2009年12月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.