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『Companion animal 』
海原・みなも1252)&(登場しない)


 ‥‥‥‥これは我々の知る物語なのか、それとも別の可能性が手繰り寄せられたのか‥‥‥‥
 土臭い香り。ここ数日間、土など踏んでいないにも関わらず、海原 みなもの鼻に届く土の臭い。それは泥のようでもあり、乾いた土の臭いにも思える。草のように青臭くはなく、生物として太古から記憶に刷り込まれているのか、嗅いでいるうちに不思議と安堵し、固く閉ざしていた目蓋の力を緩めてしまう。
 しかし頭は、未だに睡眠を欲している。昨日は子供達と遊び回っていたせいか、眠くて眠くて仕方がない。疲れは吹き飛んでいたが、それでも体を包んでいるタオルケットの感触が心地良く、ついついもう少しだけと目を瞑る。

「ねぇ、起きてよみなもお姉ちゃん」

 そんなみなもを、揺さぶる誰かの声がする。
 声だけではない。ゆさゆさとみなもの体を揺さぶり、あろう事か体の上にのし掛かってきた。

「うーん‥‥‥‥もう。もうちょっと寝かせてよぉ」

 目蓋を薄く開き、欠伸をしながらまとわりついてきた子供を振り払う。ゴロンと床に転げる子供。しかし泣きもしなければ痛がりもしない。「きゃっきゃっ」と喜び、もう一度転がしてくれと駄々をこねてくる。

「もう、この子達はぁ」

 みなもはゆっくりと体を起こし、顔を上げて一際大きな欠伸をもう一度すると、薄暗い小屋の中に転がっている子供達を捕まえる。子供達は笑いながら逃げようとするが、みなもはそれを許さない。子供達のうち何匹かを口にくわえ、“毛繕い”を開始する。
 子供達の毛は白く、短い。ふさふさと言うよりもさわさわとした感触が心地良い。短い手足をばたばたと動かし続け、くすぐったいのか笑いながらみなもの顔を蹴り付けてくる。
 しかし、みなもが痛みを感じることはない。子供達は爪でみなもを傷つけないようにと気を付けていたし、これは一種の愛情表現というか、ただじゃれついているだけなのである。
 舌で舐め上げられ、子供達は気持ちよさそうに目を細めて甘えてくる。
 自分の体を包んでいる毛並みは、眠っている間にだいぶ乱れてしまっていた。もしかしたら、子供達の玩具にされていたのかも知れない。子供達の毛繕いを終えてから、自慢の毛並みにハゲでも出来ていないかと入念にチェックし、整える。猫と違い体が固いため、思うように毛並みが整わない。後で友人の猫達に頼んで綺麗にして貰おう‥‥‥‥
 ガチャリ。ギィ。

「おお、もう起きてたのか!!」

 薄暗かった小屋の中に、男の声が響き渡る。狭い部屋だからか、それとも男の声が大きいからか‥‥‥‥みなもの大きい耳は、壁に反響してきた音さえも拾い、思わずグラリと体が揺れた。

「おっとっと! 大丈夫かいみなもちゃん!」
「大丈夫じゃないから‥‥‥‥もう少し静かにして下さい」

 男の言葉に応え、倒れ込んでしまった体を起こす。心配そうに顔を覗き込んでくる子供達。みなもの耳はここにいる誰よりも優秀で、些細な音でさえ拾ってしまう。遠くの音を聞き付ける時には便利なのだが、近くで大声を出されると頭が痛くなるのだ。
 男は笑いながら「すまんすまん」と口にし、小屋の中のみんなに声を掛けた。

「さぁ、飯の時間だ。まずは外に出ようか」

 ‥‥男の言葉など分かっていなくても、日常の決まり事は体で覚えている。子供達は男の足下をキャンキャンワンワンと駆け抜け、外の光の中へと出ていった。
 小屋の中が薄暗かったからか、その光を見ていると目が痛くなる。耳も目も、鼻も何もかもが誰よりも優れている。しかしそれは、日常生活に置いては、少しだけ不便なものだった。

「大丈夫か? 何なら、飯はここで食べるか?」
「‥‥‥‥大丈夫です。すいません。ご心配を掛けて」

 ぺこりと頭を下げてから、みなもは小屋の外へと歩を進める。
 たったったったったったっ‥‥‥‥
 四本の脚は淀みなく動き、スルリと扉の隙間を通って外の世界へと歩み出た。扉の先に広がっていたのは、壁に囲まれた箱庭だった。しかしかなり広大な土地を庭として使っているらしく、壁はずっと先にまで続いていて、壁が曲がる頃にはすっかり小さくなっていた。
 そんな庭の中に、大きな建物が建っている。研究者の人達が寝泊まりしている寄宿舎らしく、そこには先に駆けだしていた子供達が集まり、今か今かと食事が出されるのを待っている。

「あの子達ったら‥‥寒くはないのかしらね」

 みなもは呟きながら、踵を返して振り返る。
 日が昇ってからまださほど時間が経っていないのか、まだまだ気温が肌寒く、毛皮に覆われていない鼻っ柱が酷く冷える。思わず小屋の中に引き返そうとしてしまったが、目の前でばたんと扉が閉じることで、その道は塞がれてしまった。
ニヤリと笑う男。
 その足下で四つん這いになりながら、抗議の視線を送りつける。

「さぁ、朝食だ。子供達の面倒を見てやってくれや」
「はい。そうしますね」

 男を見上げ、みなもは溜息混じりに子供達の元へと駆け寄っていった。
 仕方ない。これも人間の皆さんから頂いた仕事ですから。あの子達の母親役を務めないと‥‥‥‥
 人間達から食事を差し出され、我先にと口を開ける子犬達。
 もう、ちゃんと「食べて良い」って言われるまで食べちゃダメだって言ってるのに‥‥‥‥!

「こら! あなた達、ダメでしょう?」
「むわぁ。みなもは厳しいよぉ」

 子供達が不平不満を漏らすものの、皆してみなもの到着を待ち、ちゃんと言いつけを守ろうと我慢している。
 ‥‥‥‥みなもの仕事が、子犬達の子守に変わってから一週間。
 その成果は、子供達の行動によって証明されていた‥‥‥‥


●●●●●


 みなもが首輪を着けてから、ずいぶんと時が流れていた。
 人間の体から、獣の体へ‥‥‥‥首輪の呪いは凄まじく、みなもは抗うことすら出来ずに翻弄され、変わり果てた。最初の一週間で変異は止まり、それから数日の拒絶反応を経て、今の形に定着した。
 人間だったものが、今では狐とも犬とも似付かない奇妙な動物に変わっている。耳は伸び、全身は茶色い毛皮に覆われ、尻尾はファサッと毛の固まりとなって揺れている。鼻も少し伸び、顔立ちはそれまでよりも細くなったような気もする。
 そんな姿へと変貌したみなもは、人間だった時の記憶をすっかり無くしてしまっていた。
 あれは何と言う道具だったか、あの人は誰だったかなどは、今でも認識し、記憶する事が出来る。しかし昔のことを思い出そうとしても、それがまるで幻影のように薄れ、不鮮明なものだった。まるで他人の夢を見ているように自分の記憶なのだと信じることが出来ずにいる。
 ‥‥‥‥尤も、それを思い出せたとしても、それは悲劇の入り口でしかない。辿り着けないのなら、その方が良いだろう。
 幸いにも、研究者達は首輪の呪いの解明と量産化に成功し、みなもを丁重に扱うようになっていた。全てはみなものデータのお陰なのだと、わざわざ実験用の家畜を飼うために用意していた小屋を改装し、居心地の良い空間を作って住まわせてくれた程だ。食事も出し惜しみなしで美味しい物を作ってくれるし、毎日あちらこちらを走り回らせてくれる。
 ただ、子犬や人間の人達と暮らしていると、不意に悲しくなる時がある。
 こうして‥‥‥‥昔、大切な人達と暮らしていたような気がする。
 それが思い出せずに、ただ、無性に寂しかった。

「それにしても、どうだい? あの子達は」
「みんな良い子達ですよ。可愛いですよね」

 草むらを走り回る子供達を眺め、研究員の足下に寝転びながら、みなもは微笑みを浮かべていた。その顔は穏やかで、まるで本当に自分の子供達を見守っているかのように慈愛に溢れている。
 対して話しかけてきた研究員は、「ふむふむ」と頷きながら、手にした手帳に、何かを書き込んでいる。
 研究員にとっては、どう取り繕ったところで、みなもは研究対象なのだろう。
 特に‥‥‥‥“人間”とも“動物”とも会話を成立させてしまう特殊な“声”が興味深いらしく、みなもの声を聞きたいがために、研究員達は積極的に話しかけてきていた。
 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ‥‥‥‥‥‥

「きゃっ!」
「ふふふ、ここがええのんか? ここかぁ?」
「や、やめ‥‥‥‥わふん♪」

 みなもの声を聞くために‥‥‥‥みなもの体を撫で回す研究員。背中や顎の下だけでは飽きたらず、お腹にまで手を回して遠慮容赦なくみなもの肌の感触を堪能する。
 みなもの体が獣に変わり、“研究”のためという名目がなければ、セクハラ行為以外の何ものでもない。しかし獣に変わったことで敏感になったのか‥‥‥‥精神的にも何かが変わってしまったのか、撫で付けられていても不快感は訪れず、むしろむず痒いようなくすぐったさが気持ちいい。
 わふんわふんと声を上げるみなもに、離れて遊んでいた子犬達が駆け寄り、飛び掛かってきた。

「こらー! お姉ちゃんに何をするー!」
「僕にもしてー!」
「むしろ僕がするー!」

 ある者は研究員に、ある者はみなもに甘えにかかる。
 研究員と子犬達の間には、言葉は通じていない。互いの言葉を理解することは出来ず、心を読むことも出来ない。しかしみなもには両方の言葉が、感情が分かっている。子犬に襲いかかられて焦っている研究員に子犬達の言葉を訳し、伝えると、研究員は子犬達を抱き締めて転がった。

「ああもう、可愛すぎだろ」

 元々動物好きだったのか‥‥‥‥子犬達とじゃれ合う研究員。見れば端から見ていた者達も、思い思いに飼育されている動物達と遊んでいる。

「仕事は良いんですか?」
「キミのお陰で、だいぶ研究が進んだからね。しばらくの間は遊べるかな?」

 みなもの言葉にも動じず、研究員は子犬達とじゃれついている。しかし、みなもを撫で回していた感触が名残惜しいのか、隙を見てはみなもに向けて手を伸ばし、その体を堪能しようと迫ってくる。
 その魔手から逃れようと、みなもは踵を返して飼育小屋に走り始める。
 目指すは自分達の小屋ではなく、猫達が飼われている猫部屋である。目覚めてから、まだ毛繕いをして貰っていない。これ以上飼い主である研究員に乱される前に、早く綺麗に整えなければ‥‥‥‥

「みなもちゃんゲット♪」
「しまっ!?」

 と、走っていたみなもの体が、女性の研究員に捕まった。まるでタックルするかのように飛び付いてきた研究員を躱すことが出来ず、そのまま地面に押し倒される。
 もふもふもふもふ‥‥‥‥
 みなもの体に顔を埋め、毛深くも柔らかいみなもの体を味わう女性研究員。先程から地面に倒されてばかりいるため、みなもの体はすっかり土臭くなってしまっている。しかしそれがまた気に入ったのか、研究員はやはり遠慮することもなく、子供のようにみなもの全身を撫で回し、とんでもない場所にまで手を回す。

「そ、そこはダメですよぉ!」

 羞恥心に駆られ、抵抗するみなも。
 普通の動物ならば、心地良ければそれを存分に堪能し、抵抗するようなことはあるまい。
 しかしみなもには、未だに人間としての感情が残っている。昔の記憶を思い起こすことは出来ないが、それでも未だに人としての感情、知識が残っているのだ。
 体を触られ、撫で回されることにより得られる快楽は、みなもの人間としての羞恥心を呼び起こし、辱めていた。

「わふーん♪」

 ‥‥‥‥だが同時に、獣としての喜びも感じている。
 なるほど。人の手で撫でられると言うことは、ここまで気持ちの良いものなのか‥‥‥‥
 みなもは羞恥に震えながらも「わふんわふん」と転がり、研究員に良いように遊ばれている。動物側に転がり落ちることが出来れば悩むことなどないのだろうが、首輪の特性なのか、人間としての感情はみなもから消えようとはしなかった。恐らくは動物と人間の間の意思の疎通、その部分に必要だからこそ失われないのだろう。

「うふふふふ‥‥‥‥今日は有休を取ったからね。離さないわよ♪」
「にゃーー!」

 もはや自分でも、どんな叫びを上げればいいのか分からない。
 みなもは懸命に抗うことで研究員の腕から抜け出し、脱兎の如く、庭の中を逃げ回る。女性研究員は諦めず、追いつけないと分かっていても追い掛けてきた。
 やがて子犬達も追い駆けっこに加わり、みなもが気付いた時には、子犬と研究員の連合軍に追いかけ回されている。

「なーんーでー!」

 そこまでしてあたしを捕まえたいんですか、と叫びながら、みなもは庭の中を走り回った。捕まったら、どれほど揉みくちゃにされるか分かったものではない。たとえ無駄でも逃げよう。誰かが助けてくれるまで!
 ‥‥‥‥しかしそんなみなもを、騒ぎに加わらなかった者達は微笑みながら見守っている。
 研究員も、子犬達も、この研究所で飼われている全ての動物達も‥‥‥‥みなもは、全員を家族として認識している。全ての動物達と意志を分かり合えるがために、あらゆる動物と親しくなったみなもは、ここからは逃げ出さない。離れない。
 そう信じているから、皆してみなもと遊んでいられるのだ。

「捕まえたー!」
「キャーーーーー!!」

 みなもの悲鳴が上がり、子犬と研究員達が殺到する。
白衣と毛皮の入り交じって行われた“みなも大争奪戦”は、実に苛烈で激しいものだった。

「みんなー! もうやめてーーー!」

 みなもの声が響き渡る。
 しかし誰も、その声を聞き止める者はいなかった‥‥‥‥
 



Fin




●●あとがきみたいなもの●●

 お待たせいたしました、メビオス零です。
 今回の作品はいかがでしたでしょうか? ほんわかした雰囲気の作品を目指したのですが、そう感じて頂けたでしょうか?
 みなもさんが獣に変わってしまってから、更に数週間後‥‥‥‥自我を崩壊するのではなく、順応してしまったみなもさんのお話です。昔のことは思い出せないけど、まぁいいや♪ と深く考える事もなくなり、今では子犬達の躾とお世話、そして研究員の人達と遊び回ることを楽しんでおります。
 平和だ‥‥‥‥平和です。研究員の人達が羨ましい。別にみなもさんにセクハラしたいとは思いませんけど(思っていません。やましいことはありませんよ!)、大型犬の体にもふわふと顔を埋めてみたい‥‥‥‥動物らしい動物には懐かれたことがないから、なおさら羨ましいですよ。もう‥‥‥

 さて、では恒例の‥‥‥‥
 改めまして、今回のご発注、誠にありがとうございます。
 今回の作品はどうでしたでしょうか? 作品へのご感想、ご指摘、ご叱責などがございましたら、是非ともお送り下さいませ。少しでも内容にご満足頂けるよう、今後の参考にし、これからも頑張らせて頂きます。
 では、次回もありましたら精一杯頑張らせて頂きます。今回のご発注、誠にありがとうございました。(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年12月18日

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