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『+ これも彼と彼女の日常の一つ + 』
和泉・大和5123)&御崎・綾香(5124)&(登場しない)



 それは忙しなく流れていく時間の中、彼と彼女が一緒に過ごしたある日のことだった。


 今年の興行日程はほぼ終わり、残すはクリスマスのワンナイト興行と大晦日の年越し興行だけとなった本日。
 部屋の主である和泉 大和(いずみ やまと)は道場からの練習から帰宅すると部屋の掃除をしていた婚約者である御崎 綾香(みさき あやか)に声を掛けた。
 まだ籍も入れていないし同棲すらしていないが、通い妻状態で何かと世話を焼いてくれる彼女は「どうした」と一言零すとすぐに掃除機のスイッチを止め大和の元に寄った。


「すまないけど、コスチュームの手直ししてくれるか?」
「それは構わないが……ん? これは見たことがないものだな」
「ああ、新品なんだ。今までのコスチュームは先輩覆面レスラーの弟分として同じ衣装を着てたんだけど、そろそろ個性を出せって言われちゃってさ。それで今までは白を着てたけどこれからは黒って渡された」


 綾香が袋に詰められていたコスチュームを出してみれば中から出てきたのは、マスクとワンショルダーボディタイツ、パンタロン。全て色は黒だ。
 彼女はまずボディタイツを宙に広げ、大和の輪郭と合わせみてみる。今彼はパーカーにジーンズという至ってシンプルな格好だ。だがリングの上でのレスラー姿の大和を思い出し、それに今持っているコスチュームのイメージを重ねれば思わず小さな笑みが零れた。


「ふふ、形だけならターザンみたいな上着だな」
「言うなよ。リング上であーああーなんて奇声は出さないからな」
「なんだ残念」
「期待したのか……」
「冗談だ。さて、手直しをするんだったな。じゃあとりあえず着てみてくれ」


 取り出したばかりのコスチュームを大和に手渡すと彼女は途中だった掃除を再開させる。
 掃除機が滑る音を聞きながら大和は脱衣所に引っ込み、手早く着替え始めた。


 数分後。
 マスク以外の全てを身に纏った大和は自分なりに可笑しい場所が無いか体を捻って確かめてみる。やがて脱衣所から姿を現せば、綾香は丁度掃除機を掛け終えたところだった。


「なあ、この場合覆面もか?」
「被ってくれて構わないぞ」
「マジで?」
「そうすれば私が一番初めに完全な装いを見たという事になるだろう。それはそれで……な」
「なるほど」


 納得はするも、この場でマスクを被るか迷う。
 綾香はと言えば自分の発言にほんのり熱を感じるも、一旦咳をし手早く相手の身体をチェックしていく。多少ならともかく異常なまでにたるんだ箇所、逆に布が突っ張ってしまっている箇所、あとは妥協出来る範囲などと逐一チェックし、時折安全ピンやチャコペンシルなどで裏地に印を付けた。


―― やっぱり学生時代よりも大きく、肉付きも良くなったな……。


 ほっそりとした綾香の手が彼の身体を撫で体格を確かめれば、その強靭な肉体にうっとりしそうになる。だがそれを表に出すわけにはいかない。
 彼女は微笑みそうになる自分を心の中で叱咤しながら作業を進めた。


「よし、では手直しをするから脱いでくれ」
「あ、その前に」
「ん?」
「ほら、一番最初の観客様へ」


 大和は今まで手の上で遊んでいたマスクをかぽっと頭に嵌めると綾香へと向き直る。
 一瞬何を言っているのか分からなかったが、それが先程の自分の発言へのものへと気付くと口元に指を揃えてあて、くすくす笑い出した。


「ふ、ふふふ……確かに私が一番最初に見たぞ」
「じゃ、着替えてくるな」


 彼女が笑う姿に自分も嬉しくなる。
 大和は再び脱衣所に姿を引っ込めると、マスクを脱ぐ。現れた髪をがしがしと掻きながら鏡の中の自分を見れば心の中からむず痒い感覚に襲われた。それはいわゆる照れのようなもので、日常を彩ってくれるもの。
 大和はそれに温かみを感じながら、綾香が付けてくれた安全ピンに気をつけてコスチュームを脱ぎ始めた。



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 大和は注いだばかりの茶に視線を下ろす。
 緑茶が入った湯飲みからは湯気が立っており、両手で包めば冷えた肌を温めてくれた。
 隣に座る綾香をちらっと見れば、彼女は糸と針を使い器用にコスチュームを手直ししている。何をやらせても上手にこなすところは裁縫でも変わらない。細い指が何度も布の上で往復する様子を大和は幸せと、そしてほんの僅か申し訳なさを感じた。


「何か、いつもすまないな。家も空けがちだし」


 その言葉に綾香が針を止める。
 それからゆっくり顔を持ち上げて大和を見た。その黒い瞳は不思議そうに相手を映し込み、だが大和が何を言いたいか彼の瞳と表情から読み取ると静かに首を左右に振った。


「最初は寂しかったが、今はそうでもない」
「綾香……」
「ご、誤解するなよ? 今は大和が今もどこかで頑張ってると思うと、それだけで大和が隣にいるような感じになれるんだ。そ、それに、こうやって帰ってきたら、目一杯埋め合わせてくれるしな」


 視線を合わせられなくなったのか、綾香はすっと視線を外す。
 その白い頬がほんのり赤く染まるのを見て取った大和は僅かに身体を浮かせ、彼女へと寄った。詰めたのは今まで針仕事の邪魔になると遠慮していた距離の分だ。
 針が二人に刺さらないように、彼女の手の上にそっと蓋をするように大和は手を重ねる。その意味が分かった綾香は針をピンクッションに刺した。


 ただ肩を触れ合わせるだけ。
 ただ柔らかな其れに触れるだけ――それが二人にとってとても心地良い接触で。


「綾香が俺の傍に居てくれて良かった」
「……馬鹿」


 それは当たり前のように訪れる日常の幸せの一コマだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5123 / 和泉・大和 (いずみ・やまと) / 男 / 17歳 / プロレスラー】
【5124 / 御崎・綾香 (みさき・あやか) / 女 / 17歳 / 主婦(?)・巫女】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、可愛らしい発注を有難う御座いました!
 ラブラブということで、でも二人らしさを出すスパイスもちょこっと仕込みつつ仕上げさせて頂きました。お二人の幸せの一つを描写出来ましたでしょうか。心がほんのり温かくなっていただければ幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2009年12月22日

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