▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ホーリー・スノウ【Portrait】 』
アルフレッド・スパンカー(ha1996)


 街は静かに予感を孕み、行き交う人々は想いを抱く。
 今年もあの人と過ごせますように、今年はどうやって過ごそうか、その日はずっと仕事なんだ――街角で囁きあい、心躍らせる人々。
 特別な、特別な、クリスマスという聖なるひととき。
 舞い散る雪は、手の平ですぐに溶けてしまうけれど、クリスマスに見た夢は醒めることなく心に残る。
 アルフレッド・スパンカー(ha1996)は、公園のベンチでぼんやりと行き交う人々を眺め、小さな溜息を漏らす。これでもう何度目の溜息だろう。妻と娘へのクリスマスプレゼントを買いに出たのはいいが、何を選んでいいのかわからずに途方に暮れていたのだ。
 ――実際は、家で妻子が料理を作っているので、手伝えない親父は体よく追い出されただけでもあるのだが、きっかけはなんであれ、今はこうしてプレゼントで頭を悩ませていることに違いはない。
 新しい調理用具? ぬいぐるみ? テーブルクロスがいいだろうか、本がいいだろうか。それともアクセサリーや新しい服――。
 どこか店を覗いて決めようと思っても、いざ店に入ると目移りして余計にわからなくなる。さあ、どうしたものか。こうして途方に暮れていても時間は過ぎてしまう。クリスマスは待ってはくれない。時間と共に、去ってしまうのだ。
 そのとき、公園脇の街道を仲の良い家族だと思われる三人連れが歩いていった。自分と同じ年頃の父親と母親、娘は二十歳くらいだろうか。
「家族か……」
 彼等の姿を目で追い、そしてアルフレッドは笑みを零す。
 ――決まった。
 プレゼントが、決まった。
 そのためには捜さなければならない人物がいる。
 どうしても、どうしても。
 もうこんなところで途方に暮れている必要はない。少しでも早く、プレゼントを手に入れなければ――。
 アルフレッドは立ち上がると、「その人物」を捜すために駆け出した。

「人物画を描いてくれる人を教えてくれないか?」
 そう言って駆け込んだのはブリーダーギルドだ。
「人物画、ですか」
 受付職員が小首を傾げる。彼はギルド古参の受付職員で、名を――名を、なんと言ったか。舌を噛みそうなほどにやたらと長い名だということは覚えているが、覚えているのはその印象だけで、名前そのものは一向に思い出せない。アルフレッドは眉を寄せ、腕を組んで考える。
 彼の、彼の名は一体何だっただろう――。
「人物画でしたら、ここのアトリエがいいと思いますよ。ここの絵描きは筆が速くて有名ですし」
 アルフレッドが唸っていると、受付職員がエカリスの地図を広げてアトリエの場所を指差した。
「え? あ、ああ、そうだった、そうだった」
 ハッと我に返り、地図を頭に叩き込むアルフレッド。どうやらそのアトリエはここからそれほど離れていないようで、道もすぐに覚えることができた。アトリエは画材を扱っている店でもあるようだ。
「ありがとう、早速行ってみるよ」
 結局、受付職員の名前が思い出せないまま、彼はギルドを後にした。
「……次に来るときまでに、思い出しておこう」


「おじさん、絵を描いて欲しいの?」
 アトリエでアルフレッドを出迎えたのは、外見が十歳くらいのエルフの少女だった。にこにこと人懐こい笑みを浮かべ、アルフレッドを見上げている。
「ああ、今はもういない人なんだけどな。どうしても描いてもらいたいんだ。ああ、特徴はちゃんと説明するし……。……絵描きは留守かな?」
 事情を説明しながらきょろきょろと中を見渡すが、少女以外は誰もいなかった。
 アトリエの中には沢山の、それはもう見事としか言いようのない絵が飾られ、画材や書籍などが陳列棚に整然と並んでいた。中にはインテリアにもなりそうな画材もあり、時折、若い女の子達が覗いては、可愛い可愛いと歓声を上げて小さな画材を買っていく。その際に接客をするのはやはりこの少女だ。店番でもさせられているのだろうか。
「わたし、わたし」
 少女はにっこりと笑み、自身を指差している。
「――え?」
「おじさん、わたしが絵描きよ」
「――ええ?」
 アルフレッドは目を丸くした。
 この少女が?
 この少女が、このアトリエの主?
「もういない人を描くのね。難しそう。でも、一度もそういう経験がないから……やってみたい、な。おじさん、その人の特徴とか教えてくれる? できるだけ沢山」
 少女は驚くアルフレッドを気に留めることなく、がたがたとイーゼルを用意し、新たなカンバスをそこにセットした。コンテを手に、「早く特徴を教えて」と言わんばかりにアルフレッドの顔をじっと見つめている。
「そ、そうだな……彼は……」
 アルフレッドはぽつりぽつりと、少女に師匠の特徴を語り始めた。

「おじさん、これくださいな」
「あたしはこれ!」
 若い女性達がきゃいきゃい言いながら、商品を持ってアルフレッドに駆け寄ってくる。
 人物画の料金代わりに、ダンディな白髭サンタに扮してバイトしていたアルフレッド、女性客の多いこのアトリエで大人気だ。近所の奥様方も、特に用はないのに店を覗いたり、差し入れを持ってきたり。
「……大人気ね、おじさん。すごーい」
 カンバスから顔を上げ、少女は感嘆の声を上げた。
 少女の両親はブリーダーで、いつも依頼で留守なのだそうだ。その寂しさを紛らわせるために始めた絵が、気付けばアトリエを開いてしまえるほどにまでなったらしい。
 まだ十歳――とは言え、エルフだ。外見が十歳と言うだけで実年齢は三十歳。絵画の経験は長いに違いない。
「いつもよりお客さん多いみたい。ありがとう……!」
「待っている時間……暇だろ? だからいくらでもサンタで働くよ」
「じゃあ、お待たせした分、とびっきりの絵を渡せるように頑張るから。待っててね」
 少女は絵の具のついた頬を緩め、再びカンバスに意識を集中させた。


 すっかり陽も暮れて、アトリエの中にも明かりが灯る。
 少女は満足げにカンバスをアルフレッドに渡し、「お待たせしました!」と笑った。
 受け取ったカンバスには胸から上の肖像が描かれ、半日で描いたとは思えないほど完成度が高かった。
 そこで笑っている人物は確かに自分が捜していた――大切な、家族。
 アルフレッドは家族の、師匠の絵をじっと見つめ、胸が熱くなる。
「どう、かなあ? おじさんの希望通りに描けた……と、思うんだけど」
 少し緊張した面持ちで覗き込む少女。アルフレッドは強く頷き、カンバスを抱き締めた。
「ありがとう。まるで……生きているみたいだ。今にも、声が聞こえてきそうだ」
「本当? よかった! ……これ、おまけ」
 嬉しそうに少女はスケッチブックから一枚の紙をちぎって渡す。そこには、アルフレッドと、妻子の顔が描かれていた。
「……どうして、妻子の顔を?」
「わたし、お休みの日には街に出て色んな人の顔、スケッチしてるの。おじさん達のこともスケッチしたことがあったのね。これが、そのスケッチ。……よかったら、もらってくれる?」
 少女はスケッチブックを開いて、沢山の顔を見せた。その中にはアルフレッドも知っている顔がいくつかある。破った跡のある箇所に、アルフレッド達のスケッチがあったようだ。
「ありがとう、この絵と一緒に飾って大切にするよ」
 アルフレッドはそう言って笑むと、少女の頭をその大きな手で優しく包み込んだ。


「雪か……珍しい」
 帰り道、アルフレッドは頬に当たる冷たいものに気付いて空を見上げた。
 ちらちらと、白いものが降ってきている。エカリスでは雪が降るのは珍しい。ましてや今日はクリスマス――不思議と幸せな気持ちになってしまう。
 両腕で抱いた「家族」が雪で冷えてしまわないよう、家路を急ぐ。
 自宅に着くと、いい匂いが鼻腔をついた。楽しげにはしゃぐ娘の声、それに呼応する妻の笑い声。
「あれが、俺の家族です」
 アルフレッドは腕の中のカンバスに語りかける。そのとき扉がゆっくりと開き、妻が顔を出した。
「窓から、見えたから」
 微笑みを浮かべる妻に、アルフレッドは駆け寄っていく。
「ただいま」
「おかえり」
 アルフレッドの冷えた体を包み込む、妻の優しい声。「あら?」と、妻はカンバスに目を留める。
「……見たら驚くと、思う」
 アルフレッドは意味深に笑い、そして妻と共に温かい家の中に入っていく。前を歩く妻の肩に落ちた雪もすぐに溶け、小さな水滴となって服に染みを作る。
 腕の中のカンバス、大切な師匠、大切な家族。
 今夜は沢山のことを話そう。
 アルフレッドは幸せそうに目を細め――。
「メリークリスマス」
 静かに、静かに、その言葉を「家族」達に向けて紡いだ。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ha1996 / アルフレッド・スパンカー / 男性 / 50歳 / プリースト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
■アルフレッド・スパンカー様
いつもソルパにてお世話になっております、佐伯ますみです。
「WS・クリスマスドリームノベル」、お届けいたします。
パンパレの「お嬢様編」(?)に引き続き、今回は「親父編」、とても楽しく書かせていただきました。
「その人物」を探す、というプレイングを、ふたつの意味で捉えて双方を盛り込んでみましたが、いかがでしたでしょうか。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが少し遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
お体くれぐれもお気を付けて、良いお年をお迎え下さいませ。

2009年 12月某日 佐伯ますみ
WS・クリスマスドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年12月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.