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『ホーリー・スノウ【Kaninchen】 』
アーク・ローラン(ha0721)


 街は静かに予感を孕み、行き交う人々は想いを抱く。
 今年もあの人と過ごせますように、今年はどうやって過ごそうか、その日はずっと仕事なんだ――街角で囁きあい、心躍らせる人々。
 特別な、特別な、クリスマスという聖なるひととき。
 舞い散る雪は、手の平ですぐに溶けてしまうけれど、クリスマスに見た夢は醒めることなく心に残る。
 窓の外には低く垂れ込めた空。
 工房の中は暖かいけれど、きっとこの窓の外は刺すような冷たさがあるのだろう。行き交う人々の息はとても白く、同じ色のものが空から舞い降りている。
「……雪……です、ね」
 目を細め、リリー・エヴァルト(hz1286)はマフラーを編む手を止めた。毛糸玉にじゃれついて遊んでいたパートナーのイスカリオテが、動かなくなった毛糸玉を見て少し不満そうに「ぶな」と喉を鳴らす。
「珍しいね。どうりで寒いと思った」
 リースに赤猫を飾り付けながら、アーク・ローラン(ha0721)も窓の外を見る。パートナーのセエレはその鼻先を窓に押しつけ、舞い散る白いものに見入っていた。
「マフラー、もうすぐ完成しそうだね」
「ええ、あとちょっと、です。……ここを、こうして。……終わりまし、た。アークさんは?」
 マフラーの仕上げを終え、微笑むリリー。
「あとは、動物の飾りを付けて終わり。……なんだけ、ど」
 アークはテーブルに置かれた動物飾りを見て、少しばかり思案の表情。今、リースに飾られているのは金色の鳥と、赤毛の猫。あとは白猫と熊を作っていく予定だが、もうひとつくらいあっても面白いかもしれない。
 そう思ったのは、窓から見えた影のせいだろう。
 金色の長い髪が揺れる。それは、雪の中、誰かと一緒に歩いているヴィスター・シアレント(hz0020)。隣にいるのはオールヴィル・トランヴァース(hz0008)だ。
「ヴィスターを動物にたとえるなら。とりあえず、可愛い動物じゃ済まないよなぁ……」
 ぽつり、思わず口を突いて出た言葉に、リリーは「どうして?」と小首を傾げる。
「どうしてっていうか……ヴィスターって……どえすきんぐだし」
「どえすきんぐ」
 アークの言葉をゆっくりと反芻するリリー。どえす、きんぐ。ちらりとヴィスターの横顔を見れば、そこにあるのは穏やかな笑み。決して「どえす」とは縁がなさそうな顔をしているが、まあ実際は相当な「どえす」であるのはもう周知の事実だ。
 リリーは「どえす」と繰り返しながら、リース飾りの動物を眺めた。
「ヴィルさんは熊。ヴィスターさんは……うさぎ、とか?」
 なぜ兎。どうして兎。きっと深い理由はなく、何となく……なのだろうが、リリーはテーブルの上で蜜柑と戯れていた茶色の子兎を抱き上げた。拾ってきた茶色の子兎。名前はまだなくて――リリーは「……この子の名前、『う゛ぃすたん』なんてどうでしょう」と、ちょっと恐ろしいことを口走る。
「う゛ぃすたん……。……どえすになっちゃうよ? こんな可愛らしい子が、どえすになっちゃうよ?」
 妙に真顔になるアーク。ヴィスターの顔と、目の前の愛兎を見比べ、ふるふると首を振る。
「意外と、可愛いかもしれませんよ?」
 かくり。
「可愛い……て、ヴィスター、が?」
「はい」
 こくこく。リリー、本気か。
「……想像つかないんだけ、ど」
 苦笑し、もう一度ヴィスターの顔を見た――瞬間。
 ヴィスターと、視線が絡み合った。
 アークの表情から何かを感じ取ったヴィスター、そりゃもう爽やかな笑みを浮かべて工房へと向かって来るではないか。
「やば……っ!」
 アーク、顔面蒼白。とりあえず兎を保護して、完成したばかりのマフラーを装着して、準備万端。いつでも逃走可能だ。
 こんこん。
 控え目に、ノックされる扉。
「どどど、どうしよう」
 わたわたと右往左往するアーク。続いていたノックの音はそのうちに止んでしまうが、ヴィスターが立ち去ったような気配はない。
「……あれ? どこに……」
 外の様子を窺うべく恐る恐る窓を開けて身を乗り出すと――。
 ガシッ!
 窓の下から伸びてきた白い手にターバンを掴まれた!」
「う、うわ……っ!?」
 そのまま引きずり下ろされるアーク。兎は咄嗟にリリーが抱き留めた。
 どさり、落ちた先はヴィスターの膝の上。どうやら窓の下に潜伏していたようだ。確かヴィスターはウォーリアー。隠密潜行は使えないはずだが、見事に気配を消していた。
「……私が、どうかしましたか?」
 にこー。アークを後ろから羽交い締めにする。
「ええと、あの、その」
「あ、ヴィスターさんこんにちは」
 ころころと笑い、窓から顔を出すリリー。
「こんにちは、突然すみません。……アークさんが何か……言っていたでしょう?」
「ええ、子兎に『う゛ぃすたん』って名前をつけたらどうかって提案したら、どえすになっちゃうよ、って拒絶されました」
「リリーっ!」
 ちょ、リリー。なんでそこで暴露するの。そう言いたげにアークは口をぱくぱくさせる。リリーはリリーで、こんな面白そうなこと、放っておけるはずがないでしょう? と目で語る。リリー、危険。
「どえす、ですか」
「はい、どえす、です」
 真顔で頷きあうヴィスターとリリー。
 ――まずい。
 アークはどうにかしてヴィスターの膝上から逃れようと抵抗を試みるが、一体この腹黒エルフのどこにそんな力があるのか、がっちりと羽交い締めにされて逃げられない!
「私のどこらへんがどえすなのか、お聞かせ願えますでしょうか」
 にっこり。
 いや、だからそういうところが――とは、口が裂けても言えない。口が裂けたらもっと言えない。
 だらだらだらだら。
 寒いはずなのに汗だくのアーク。そのとき、ひょっこりとヴィルが顔を出した。
「おい、ヴィスター、急にいなくなったと思ったら……こんなところで何をやってるんだ?」
 チャーンス!
「ヴィル! ヴィスターご乱心! 止めて! 止めて! ベアフンドーシあげるから犠牲になってくれ!」
 ばたばたばたばた。とにかく暴れてみるアーク。必死にヴィルに訴えた!
「お、おう……」
 ヴィルはなんだかよくわからないままに、アークの勢いに押されてヴィスターを引きはがしにかかる。犠牲という言葉が気になりつつ。
「私をベアフンドーシで取引するのですか、おふたりとも」
 きらーん。ヴィスターの目が輝いた!
「熊褌で、そうですか、そうですか」
 にこにこにこにこ。ヴィスターが手を緩めた。すぽーんとアークは解放される。
「お、俺……関係ないぞ?」
 何やら嫌な予感がしたヴィル、涙目でアークに訴える。
「ごめん……っ!」
 ずどーん!
 アークはヴィルの背中を力任せに蹴飛ばした! ヴィルは派手に倒れこみ、ヴィスターに絡まって大変な状態だ。
「……どけ、ヴィル。邪魔するなら君も容赦しないよ?」
 にっこり。ヴィスターもヴィルを蹴り上げる。
「あとはよろしくっ!」
 そしてアークは、文字通り脱兎の如く逃走した。


「てめぇ、アーク、なんで俺を生贄にしやがるんだ!」
 猛スピードでアークを追いかけてくる熊。
「ちょ、ヴィル、なんでそんなに足早いの!」
 遅れて逃げ出したはずなのにあっというまに隣に並んだヴィルに、アークは絶句する。
「うるせぇ! 捕まったら殺されちまうだろーが!」
 必死の形相で後ろを振り返るヴィル。アークも恐る恐る振り返ると――。
 すっげぇ爽やかな顔で追いかけてくるヴィスターの姿があった。
「速っ! う゛ぃすたん速っ! ちょ、なにあれ!」
 速い。速すぎる。ヴィスターはウォーリアーだったはずだ。武人ではない。
 だというのに、どんどんその距離は詰められていく。
 エカリスの街を全力疾走する野郎三人に人々は怪訝そうな視線を向けるが、そんなこと気にしちゃいられない。
 とにかく逃げなければ。今はまだ死ぬわけにはいかない。こんなところで、どえすに殺られるわけにはいかない――!
 そして二人は、ブリーダーギルドの倉庫に転がり込んだ。
 中にある適当な物品をバリケードにし、どうかヴィスターに見つかりませんようにと二人は息を潜めて祈り続ける。
 だが――。
「隠れても無駄ですよ。どこにいるのか、ちゃーんとわかりますよ……?」
 ばり。ばりばりばりばり。
 そりゃーもう、壮絶な音を立てて倉庫の扉が破壊されていく。破壊されれば次はバリケード。かなり重い物品もあるはずなのに、ヴィスターは軽々とそれらを押しのけていく。
「ちょ、ヴィスたん、なんでここがわかったの!」
「私はブリーダーですから、索敵はお手の物です」
 いや、だからウォーリアーだろうがっ!
 しかし恐ろしくてそんなツッコミはできなかった。
「うぱるぱのぬいぐるみ作ってあげるから見逃して!」
「それは嬉しいですね。楽しみにしています。でも、それとこれとは別ですから」
 しゃきーん。
 ヴィスターが大剣を一閃させる音が鳴り響き、最後のバリケードが断ち切られた。

「あらー! 叔父様、どうしたの急に! ……え、なになに、アークちゃんとヴィル、バイトしてくれるの!? 助かっちゃう! ちょうど女の子が二人、風邪引いて倒れちゃったの!」
 ヴィスターに引きずられて、アークとヴィルはギルド近くの『あたしとジュリエッタ』という店に連れ込まれていた。
 そこはヴィスターの甥――体は男、心は女のエリザベスが経営する、まあ、そういうお店。
「ちょ、な、何をさせよう、と……!」
「お仕置きです。存分にここで働きなさい」
 ヴィスターはアークとヴィルを後ろ手に縛り、エリザベスに差し出した。
「さーあ、二人とも、これに着替えて客引きしてもらうわよ!」
 満面の笑みで、エリザベスはサンタバニーの衣装と化粧道具を取り出す。
 その直後、エカリスの街に悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。


 工房に戻ったアークとヴィルを出迎えたリリーは、彼等の姿を見て楽しそうに笑う。
 ヴィスターは先に戻っていたようで、工房にココアの香りが充満していた。テーブルにはケーキ。二人で楽しくお茶でもしていたらしい。
「ヴィスターさん、すっきりしました?」
「ええ、それはもう……。ああ、そうでしたね、あなたはハーモナーですから……何があったのかご存じだ」
「ばっちりと、音を聞かせていただきました」
 くすくすと笑い合うヴィスターとリリーは、アークとヴィルの姿を上から下までじっくりと眺めていく。二人のやりとりに、アークとヴィルの目から水が出そうになる。
「俺、とばっちりなんだけど……」
 未だに何が起こったのかわからないヴィルは、茫然と立ち尽くす。
「ごめん、ヴィル。でも、うん、ベアフンドーシあげるから許して」
 アークはヴィルと決して目を合わせないようにして、ベアフンドーシを差し出した。赤白猫と小熊の刺繍付きだ。
「……さすがにこれは……使いづらいんだが」
 色んな意味で、ちょっと。これを娘に洗濯させたらどんな顔をされるだろうか。しかしこれだけ自分で洗濯するのもおかしいし、第一どこに干せと。
「似合うと思いますよ」
 さらりと言ってのけるヴィスター。リリーはその顔をまじまじと見る。
「使っていません」
「そ、そうですか、て、あれ?」
 困惑気味のリリーを見て、ヴィスターはくすりと笑う。
「顔に出てますよ」
「……っ!」
 リリーは途端に頬を染め、「今度はコーヒー淹れてきますっ! まだケーキも沢山ありますから、食べましょうねっ!」と逃げ出した。
「リリー……? まさか」
 まさか、ね。アークは苦笑する。まさか、リリーに限ってそんな、ヴィスターが褌をしているかどうかを気にかけるなんて、そんな。
 アークとヴィルが元の服に着替えていると、ふいに、キッチンの奥からリリーの笑い声が聞こえてきた。きっと、腹を抱えて笑っているのだろう。
「リリー……ひどいよ」
 アークはがっくりと項垂れる。しかしすぐに気を取り直して――。
「あ、そうだ、ヴィスター。ヴィスターにはこれあげる、よ」
 工房の棚からニットのうぱるぱ手袋を取り出した。ヴィスターがそれを使うかどうかは別として。
 だが、受け取ったヴィスターは嬉しそうにそれを眺めている。意外な反応に、アークもヴィルも珍しいものを見たような気分になった。
「……欲しがりそうだな」
 くすりと笑いながら、呟くヴィスター。誰のことを考えているのだろうか。
「ありがとう、アークさん。……では、お礼に兎の名前でもプレゼントしましょうか。さすがに『う゛ぃすたん』では……ちょっと、ね」
 うぱるぱ手袋を大切そうにしまいこみ、ヴィスターは椅子にちょこんと座っている子兎の頭を撫でる。
「……そうですね……。うみょん。うみょん……なんて、どうでしょう」
「――は?」
「うみょん」
「うみょん?」
「うみょん。おかしいでしょうか」
 真顔のヴィスター、真っ直ぐにアークの目を覗き込んだ。
 うみょん。
 なぜにうみょん。
「この名前を使うか使わないかは、あなたのお好きになさってください。一案として受け取っていただければ」
「りょ、了解。ありがとう、ヴィスター。それにしても――意外と可愛い名前、だね」
「いけませんか?」
 きょとんと首を傾げるヴィスターの真似をして、子兎も首を傾げる。
 ――なるほど、ヴィスターは兎……だね。
 アークは妙に納得し、笑みを零した。
 かちゃかちゃとコーヒーカップの音がする。もうすぐリリーが扉を開けて入ってくるのだろう。
 入ってきたら、真っ先に兎の名前を教えよう。
 きっと彼女はまた、楽しそうに笑うだろう。
 その笑顔が見たいから、扉が開くのが待ち遠しい。
 彼女が笑ってくれるのが、何よりのプレゼントかもしれないから。
 アークは目を細め、扉を待ち遠しげに見つめる。
「お待たせしました――!」
 リリーの笑顔と共に、扉がゆっくりと開けられた。
 窓の外は未だ雪。
 だけど、部屋の中はとても暖かかった。

 ――メリークリスマス
 ひとときの、夢を。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【hz0008 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳 / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【ゲスト / エリザベス】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■アーク・ローラン様
いつもソルパにてお世話になっております、佐伯ますみです。
「WS・クリスマスドリームノベル」、お届けいたします。
今回、リリー・エヴァルト様とご一緒ということで、鬼ごっこ開始後からはアーク様視点の展開をしております。
ヴィスターからのお仕置きということで、ゲストとしてエリザベスを引っ張ってきました。
兎の名前は、実際にご使用いただいても却下していただいても構いません(笑
ヴィスターにしては可愛らしい名前をつけたと思います。
ソルパでは色んなことがありましたが、こちらでは明るく、楽しく。きっと彼はヴィスターの帰りを待っているんだろうなあ、など、色んなことを考えながら書かせていただきました。
思い出のひとつとなりましたら、幸いです。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
お体くれぐれもお気を付けて、良いお年をお迎え下さいませ。

2009年 12月某日 佐伯ますみ
WS・クリスマスドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年12月28日

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