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『ホーリー・スノウ【Kaninchen】 』
リリー・エヴァルト(ha1286)


 街は静かに予感を孕み、行き交う人々は想いを抱く。
 今年もあの人と過ごせますように、今年はどうやって過ごそうか、その日はずっと仕事なんだ――街角で囁きあい、心躍らせる人々。
 特別な、特別な、クリスマスという聖なるひととき。
 舞い散る雪は、手の平ですぐに溶けてしまうけれど、クリスマスに見た夢は醒めることなく心に残る。
 窓の外には低く垂れ込めた空。
 工房の中は暖かいけれど、きっとこの窓の外は刺すような冷たさがあるのだろう。行き交う人々の息はとても白く、同じ色のものが空から舞い降りている。
「……雪……です、ね」
 目を細め、リリー・エヴァルト(hz1286)はマフラーを編む手を止めた。毛糸玉にじゃれついて遊んでいたパートナーのイスカリオテが、動かなくなった毛糸玉を見て少し不満そうに「ぶな」と喉を鳴らす。
「珍しいね。どうりで寒いと思った」
 リースに赤猫を飾り付けながら、アーク・ローラン(ha0721)も窓の外を見る。パートナーのセエレはその鼻先を窓に押しつけ、舞い散る白いものに見入っていた。
「マフラー、もうすぐ完成しそうだね」
「ええ、あとちょっと、です。……ここを、こうして。……終わりまし、た。アークさんは?」
 マフラーの仕上げを終え、微笑むリリー。
「あとは、動物の飾りを付けて終わり。……なんだけ、ど」
 アークはテーブルに置かれた動物飾りを見て、少しばかり思案の表情。今、リースに飾られているのは金色の鳥と、赤毛の猫。あとは白猫と熊を作っていく予定だが、もうひとつくらいあっても面白いかもしれない。
 そう思ったのは、窓から見えた影のせいだろう。
 金色の長い髪が揺れる。それは、雪の中、誰かと一緒に歩いているヴィスター・シアレント(hz0020)。隣にいるのはオールヴィル・トランヴァース(hz0008)だ。
「ヴィスターを動物にたとえるなら。とりあえず、可愛い動物じゃ済まないよなぁ……」
 ぽつり、思わず口を突いて出た言葉に、リリーは「どうして?」と小首を傾げる。
「どうしてっていうか……ヴィスターって……どえすきんぐだし」
「どえすきんぐ」
 アークの言葉をゆっくりと反芻するリリー。どえす、きんぐ。ちらりとヴィスターの横顔を見れば、そこにあるのは穏やかな笑み。決して「どえす」とは縁がなさそうな顔をしているが、まあ実際は相当な「どえす」であるのはもう周知の事実だ。
 リリーは「どえす」と繰り返しながら、リース飾りの動物を眺めた。
「ヴィルさんは熊。ヴィスターさんは……うさぎ、とか?」
 なぜ兎。どうして兎。きっと深い理由はなく、何となく……なのだろうが、リリーはテーブルの上で蜜柑と戯れていた茶色の子兎を抱き上げた。拾ってきた茶色の子兎。名前はまだなくて――リリーは「……この子の名前、『う゛ぃすたん』なんてどうでしょう」と、ちょっと恐ろしいことを口走る。
「う゛ぃすたん……。……どえすになっちゃうよ? こんな可愛らしい子が、どえすになっちゃうよ?」
 妙に真顔になるアーク。ヴィスターの顔と、目の前の愛兎を見比べ、ふるふると首を振る。
「意外と、可愛いかもしれませんよ?」
 かくり。
「可愛い……て、ヴィスター、が?」
「はい」
 こくこく。リリー、本気か。
「……想像つかないんだけ、ど」
 苦笑し、もう一度ヴィスターの顔を見た――瞬間。
 ヴィスターと、視線が絡み合った。
 アークの表情から何かを感じ取ったヴィスター、そりゃもう爽やかな笑みを浮かべて工房へと向かって来るではないか。
「やば……っ!」
 アーク、顔面蒼白。とりあえず兎を保護して、完成したばかりのマフラーを装着して、準備万端。いつでも逃走可能だ。
 こんこん。
 控え目に、ノックされる扉。
「どどど、どうしよう」
 わたわたと右往左往するアーク。続いていたノックの音はそのうちに止んでしまうが、ヴィスターが立ち去ったような気配はない。
「……あれ? どこに……」
 外の様子を窺うべく恐る恐る窓を開けて身を乗り出すと――。
 ガシッ!
 窓の下から伸びてきた白い手にターバンを掴まれた!」
「う、うわ……っ!?」
 そのまま引きずり下ろされるアーク。兎は咄嗟にリリーが抱き留めた。
 どさり、落ちた先はヴィスターの膝の上。どうやら窓の下に潜伏していたようだ。確かヴィスターはウォーリアー。隠密潜行は使えないはずだが、見事に気配を消していた。
「……私が、どうかしましたか?」
 にこー。アークを後ろから羽交い締めにする。
「ええと、あの、その」
「あ、ヴィスターさんこんにちは」
 ころころと笑い、窓から顔を出すリリー。
「こんにちは、突然すみません。……アークさんが何か……言っていたでしょう?」
「ええ、子兎に『う゛ぃすたん』って名前をつけたらどうかって提案したら、どえすになっちゃうよ、って拒絶されました」
「リリーっ!」
 ちょ、リリー。なんでそこで暴露するの。そう言いたげにアークは口をぱくぱくさせる。リリーはリリーで、こんな面白そうなこと、放っておけるはずがないでしょう? と目で語る。リリー、危険。
「どえす、ですか」
「はい、どえす、です」
 真顔で頷きあうヴィスターとリリー。
 ――まずい。
 アークはどうにかしてヴィスターの膝上から逃れようと抵抗を試みるが、一体この腹黒エルフのどこにそんな力があるのか、がっちりと羽交い締めにされて逃げられない!
「私のどこらへんがどえすなのか、お聞かせ願えますでしょうか」
 にっこり。
 いや、だからそういうところが――とは、口が裂けても言えない。口が裂けたらもっと言えない。
 だらだらだらだら。
 寒いはずなのに汗だくのアーク。そのとき、ひょっこりとヴィルが顔を出した。
「おい、ヴィスター、急にいなくなったと思ったら……こんなところで何をやってるんだ?」
 チャーンス!
「ヴィル! ヴィスターご乱心! 止めて! 止めて! ベアフンドーシあげるから犠牲になってくれ!」
 ばたばたばたばた。とにかく暴れてみるアーク。必死にヴィルに訴えた!
「お、おう……」
 ヴィルはなんだかよくわからないままに、アークの勢いに押されてヴィスターを引きはがしにかかる。犠牲という言葉が気になりつつ。
「私をベアフンドーシで取引するのですか、おふたりとも」
 きらーん。ヴィスターの目が輝いた!
「熊褌で、そうですか、そうですか」
 にこにこにこにこ。ヴィスターが手を緩めた。すぽーんとアークは解放される。
「お、俺……関係ないぞ?」
 何やら嫌な予感がしたヴィル、涙目でアークに訴える。
「ごめん……っ!」
 ずどーん!
 アークはヴィルの背中を力任せに蹴飛ばした! ヴィルは派手に倒れこみ、ヴィスターに絡まって大変な状態だ。
「……どけ、ヴィル。邪魔するなら君も容赦しないよ?」
 にっこり。ヴィスターもヴィルを蹴り上げる。
「あとはよろしくっ!」
 そしてアークは、文字通り脱兎の如く逃走した。


「アークさん、どこに行ってしまったんでしょう」
 かくり。リリーは腕の中の兎に問うが、兎はぴくぴくと耳を動かすばかりだ。
 逃げ出したアーク、少し遅れて逃げたヴィル。暫く窓の外で何やら考え込み、そして微笑を浮かべてゆっくりと追いかけ始めたヴィスター。
 時々聞こえてくる、謎の破壊音。
「何が起こってるんでしょう」
 かくり。リリーはイスカリオテとコンバートソウルしてサウンドワードを使ってみる。
「……。……アークさん……っ」
 そんな、そんな、アークさんが、そんな! ヴィルさんが、そんな!
 信じられない、そんなことがあるなんて。
 ヴィスターさん……あなたという人は、何て恐ろしい人なの、どうしてアークさん達を……!
「……う……ううっ……ぐすっ……」
 リリーは目に涙を一杯ため――ひたすら笑っていた。
「もっとやっちゃってください、う゛ぃすたーさん」
 にやり。
 リリー、誰も見ていないのをいいことに、どえすな微笑を浮かべる。
 その直後、ギルドの方角で凄まじい悲鳴が上がった。

 ゆるりと流れる時間。まだ、アーク達は戻らない。
 リリーは窓に息を吹きかけ、そこに字を書いていく。
 アークの名前、自分の名前。ヴィルやヴィスターの名前。大切な人達の、名前。
「楽しい時間はあっというまに過ぎちゃいます、ね」
 くすりと笑み、そして小さく溜息を漏らす。
 いつまでも、いつまでもどうかこのままで――そう願うことは、許されるのだろうか。
 このままではいられないこともわかっているけれど、それでも。
 楽しく皆で笑い合って、手を取り合って踊って。
 哀しいことも辛いことも分かち合って。
 そうやって……時が過ぎていけばいいのに。
 逃げるアークやヴィル、それを追うヴィスター。彼等はとても楽しそうで。
 きっと、それを見ていた自分も、とても楽しそうにしていたのだろう。
 そんな幸せな、穏やかな景色のひとつに、自分もいて。
 沢山の出逢いと別れも、それもまたこの景色の中にあって。
 ――しあわせということばのいみは、どこに。
 リリーはふと、考える。
 左手の指輪に、窓の外の雪が映り込む。
 足元で、余った毛糸玉を追いかけるイスカリオテ。主の帰りをぼんやりと待つセエレ。
 未だ名前はないけれど、可愛くて大切な、子兎。
 みんな、みんな……ずっと一緒に、いられたらいいのに。
 そう願うのはわがままだろうかと、でもきっと、誰もが願うことなのだと。
「……あら?」
 ふと、近付いてくる人影に気付いた。ヴィスターだ。彼は手を振りながら窓へと歩いてくる。
「ヴィスター、さん?」
 リリーが窓を開けるとヴィスターはケーキの入った箱を差し出した。
「彼等はまだ帰れませんから……一緒にケーキでも食べませんか」
「……はい、喜んで。ココアでも入れましょう」
 何故帰れないのか、それは訊かない。あとできっと教えてもらえるだろうから。
 リリーはケーキを受け取ると、ヴィスターを中に招き入れた。


 二時間ほどで戻ってきたアークとヴィルは、憔悴しきっていた。
 サンタ風コートに身を包んで、そのフードで顔をすっぽりと隠してしまっているアークとヴィルに、ヴィスターが「脱ぎなさい」と顎をしゃくる。二人は涙目でコートを脱ぎ始めた。
「……あら、まあ、まあ、まあ」
 目を見開き、頬を緩めるリリー。
 コートを脱いだ二人は――サンタバニーコス&フルメイクだったのだ。
 そりゃもう、そりゃもう、そりゃーもう。
 首からは『クリスマスパーティーやるから遊びに来てね☆あたしとジュリエッタ』と書かれたプラカードを提げていた。
 一体何があったのか、まあ、大体予想はつく。
「ヴィスターさん、すっきりしました?」
「ええ、それはもう……。ああ、そうでしたね、あなたはハーモナーですから……何があったのかご存じだ」
「ばっちりと、音を聞かせていただきました」
 くすくすと笑い合うヴィスターとリリーは、アークとヴィルの姿を上から下までじっくりと眺めていく。
「俺、とばっちりなんだけど……」
 未だに何が起こったのかわからないヴィルは、茫然と立ち尽くす。
「ごめん、ヴィル。でも、うん、ベアフンドーシあげるから許して」
 アークはヴィルと決して目を合わせないようにして、ベアフンドーシを差し出した。赤白猫と小熊の刺繍付きだ。
「……さすがにこれは……使いづらいんだが」
 色んな意味で、ちょっと。これを娘に洗濯させたらどんな顔をされるだろうか。しかしこれだけ自分で洗濯するのもおかしいし、第一どこに干せと。
「似合うと思いますよ」
 さらりと言ってのけるヴィスター。リリーはその顔をまじまじと見る。
 ――ヴィスターさんは……使ってるのかしら。
 何をって、そりゃ……。
「使っていません」
「そ、そうですか、て、あれ?」
 口には出さなかったはずだが。困惑気味のリリーを見て、ヴィスターはくすりと笑う。
「顔に出てますよ」
「……っ!」
 リリーは途端に頬を染め、「今度はコーヒー淹れてきますっ! まだケーキも沢山ありますから、食べましょうねっ!」と逃げ出した。ヴィスター、相手が誰であろうと容赦がない。
「ああ、びっくりした……」
 まったくもう、恥ずかしいったら。リリーは頬が熱くなるのを手で仰いで必死に冷ます。
「……でも、そっか、使っていないんです、ね」
 ちょっとだけ、いや、かなり貴重な情報を得てしまった気がする。でも使っている姿は想像できないし、似合わないような気もするから……まあ、使っていなくてホッとしたというのも実際のところだ。
「……だから、もう、私ったら何を……。恥ずかしいったら」
 また火照ってきた頬に風を送りながら、コーヒーの缶を開けた。コーヒーの粉の香りがキッチンに充満して、少しだけホッとする。
「それにしても……」
 先ほどの音と、そして帰ってきたアーク達の姿。
「……おっかしぃ……」
 くすくすくすくす、お湯が沸く音にリズムを合わせるように、リリーの笑い声がキッチンに響く。
 ――ギルドの倉庫に逃げ込んだら扉を派手にこじ開けられて、エリザベスさんのお店に連れて行かれて……あんな格好、させられちゃうなん、て。
「……もー……可愛い」
 くすくす。
 あとで何があったのか詳しく訊かなきゃ。教えてくれるかなあ、教えてくれる、よね。
「教えてくれなかったら、お仕置きですから、ね」
 リリーは悪戯っぽく笑うと、コーヒーカップをトレイに載せた。
 こんなに笑ったのは、久しぶりかもしれない。少し痛いお腹と頬。笑いすぎて痛いのは、とても幸せな痛み。
 窓の外は、未だ降りしきる雪。
 コーヒーの湯気が、静かに揺れた――。

 ――メリークリスマス
 ひとときの、夢を。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha1286 / リリー・エヴァルト / 女性 / 21歳 / ハーモナー】
【ha0721 / アーク・ローラン / 男性 / 19歳(実年齢38歳) / 狙撃手】
【hz0008 / オールヴィル・トランヴァース / 男性 / 32歳 / ウォーリアー】
【hz0020 / ヴィスター・シアレント / 男性 / 34歳(実年齢102歳) / ウォーリアー】
【ゲスト / エリザベス】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■リリー・エヴァルト様
いつもソルパにてお世話になっております、佐伯ますみです。
「WS・クリスマスドリームノベル」、お届けいたします。
今回、アーク・ローラン様とご一緒ということで、鬼ごっこ開始後からはリリー様視点の展開をしております。
ちょっとどえすなリリー様は妙にヴィスターと気が合うようです。
カオスにしようとしていたら、不思議とどこかほのぼのとしてしまいました。でも沢山笑って、楽しく過ごせたのだろうなと、書きながら頬が弛みました。
ソルパでは色んなことがありましたが、こちらでは明るく、楽しく。きっと彼はヴィスターの帰りを待っているんだろうなあ、など、色んなことを考えておりました。
思い出のひとつとなりましたら、幸いです。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
お体くれぐれもお気を付けて、良いお年をお迎え下さいませ。

2009年 12月某日 佐伯ますみ
WS・クリスマスドリームノベル -
佐伯ますみ クリエイターズルームへ
The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜
2009年12月28日

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