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『悪意無き誘い 』
石神・アリス7348)&(登場しない)


 街を歩く人々は、冬の寒風に追われるように足早に歩き、窓の外を通り過ぎていく。
 過ぎ去っていく人々は、カップルや家族連れ、仕事に走り回るサラリーマンと様々だ。
 人の流れは眺めているだけでも飽きることがない。
 その顔立ち、表情、足取りや幸福そうな笑みは、見ている者を和ませる。

(あら、可愛らしい子ね)

 道行く少女を見つめ、石神 アリスはクスリと口を歪めた。
 こうして、行き付けの喫茶店から窓の外を眺めていると、偶にアリスの目を引く少女が通り掛かる。それは大人であったり、学生であったり、子供であったりとまちまちだ。喫茶店の立地が良いからか、この店の前を通り過ぎていく人々を眺めていても飽きることはなく、何時何時までも眺め続けることが出来る行き付けの場所だった。
 皆が皆違う人々。その中から自分好みの少女達を探し出すのは、アリスの“趣味”であり“仕事”でもある。ならば、目に叶う少女を見つけた時点で、アリスは喫茶店を出て見つけた少女に声を掛けるなり後をついていくなりをするべきだ。実際、もしも手が空いていたのならばそうしていただろう。
 しかし今は、その手が空いていない。既に目当ての少女は手中にあり、計画の最終段階をクリアするために、遊戯の最中である。

「アリスさん? あの、どうかしましたか?」
「あら、ごめんなさい。外を友人が通ったと思ったのですが、気のせいだったようです」

 アリスは、テーブルの向こうで不安そうに顔を伏せ始めている少女に視線を戻し、にこやかに微笑みを浮かべた。
 年の頃はアリスと同じぐらいか、僅かばかり年上だろう。茶色く染めた長い長髪は、アリスと並べば姉妹にも見える。顔立ちは大人びていて、二回りほど背も高い。これはアリスが小さいのか、少女が大きいのか‥‥‥‥両方だろう。別に悔しくもないが、スタイルもアリスより目を惹く物がある。別に悔しくなどないが。
 少女は安堵のためか、アリスにつられて笑みを浮かべている。それは天使の様とは言えないかもしれないが、思わず守りたくなる小動物的な可愛らしさを振りまいていた。
不安に染まっていた顔は、年下ではないかと錯覚させたが、今は打って変わって大人の顔だ。母親にも似た貫禄があり、見る者の目を惹き付ける。
 その笑顔を前に、アリスは紅茶の入ったカップを片手に‥‥‥‥

(本当に、可愛らしいお方)

 と、微笑みながらも少女を品定めするかのように見つめている。
 それは先程、窓の外へと向けていた目だ。他人から見れば慈愛を含んだ優しい目。しかしその裏には、誰にも悟られてはならない、闇にも似た猛毒が秘められている。
 しかしその猛毒を、店内を静かに流れるクラシックが周囲の音と共に掻き消し、アリスと少女を二人だけの世界へと誘っていく。端から見ていれば、二人の間には友情をも超えた関係に見えただろう。それほど、互いに交わしている視線は熱く、交わし合う微笑みには邪気の欠片も見えなかった。
 ‥‥‥‥しかしその二人の世界に渦巻いているのは、美しい友情の花だけではない。
 少女が笑い、アリスに親愛の情を示すたびに、花に掛かる糸が増えていく。それは透明で粘り着く蜘蛛の糸。絡み付かれれば解くことは叶わず、花自身には気付かれることもなく、その姿を覆い隠していく。

(もうすぐですわ。もうすぐ、あなたをわたくしの――――)

 少女との談話を楽しみながら、アリスはうっとりと少女の顔を、指先を見つめている。その目に宿すのは暗い物欲。人が人に向ける眼差しでは決してない。
 ‥‥‥‥数週間前、アリスは母親が経営している美術館でこの少女と偶然出会い、一目で恋にも似た衝動を覚えていた。
 少女はいつも、聖母のような笑顔と子供のような不安の表情を見せていた。
 友人に囲まれ、人を想う時には優しい笑みを。一人となり、不安な時には悲しそうに顔を伏せる。友人と交わし合う視線、その笑顔。友人の悲劇に涙を流す時も、演技ではなく本気でその行為に及べる純真さ‥‥‥‥それがアリスを惹き付け、魅了した。
 その笑顔を、涙を自分に向けるために、アリスは奔走した。少女の帰宅時間や通学路、立ち寄る店舗を調べ、幾度となく声を掛けて親しくなった。共に歩く友人達を催眠による暗示で遠ざけ、自分の傍にいる時こそが最も満たされる時なのだと思いこませた。
 二人でいる時こそが至福。そう疑わせないために様々な手を打った。途中で気付かれるのではないかと危惧した時もあったが、少女は疑うことを知らず、いまでは唯一の友人となったアリスに必死になって自分の存在をアピールする。
 自分と友人を引き離した者が一体誰なのか‥‥‥‥それすら知らぬが故に、アリスと共に在り続ける。
 見ていて目が眩むほどの純粋さに、アリスは心の底からこう思う。

(あなたを、わたくしの物にしてしまいたい)

 その一念を叶えるために、奔走して罠を張り巡らせた。この少女はもう、アリスから逃れることは出来ないだろう。
 今日は少女と過ごす最期の日。
 アリスは静かに、少女の笑みに魅入っていた‥‥‥‥


●●●●●


 静かな音楽が流れる喫茶店。窓際の席でお茶を飲んでいた私は、不意にカップから目を離し、向かいに座っているアリスさんに目を向ける。
 アリスさんは、ずっと私に向けていた目を背け、窓の外に視線を移していた。それは、時折私に向けてくれる優しい目。私の友人だった人達が、私に向けてくれていた目をしている。
 もしかしたら、お店の外にお友達が来ているのかな‥‥‥‥数秒後にアリスさんが私に顔を向け、「ごめんなさい。休養が出来てしまいました」と言ってお店の外に出て行く。そして外にいた友達と、楽しそうにどこかへ行ってしまうんだ。
 想像は悪い方へと傾いていく。自身を包む闇にも似た悪意の気配。ただそこにあるだけで不安が広がり、寂しさが湧き上がる。顔を俯かせ、少女は不安に目尻に涙を湛え始めていた。
 何故か‥‥‥‥ここ最近、彼女は友人から声を掛けられなくなっていた。
 つい先日までは楽しげに談笑していた友人達が、自分を知らない人のように扱っている。自分から声を掛けても上の空で、誰も少女の相手をしてくれない。
 寂しかった。悲しかった。自分の何がいけなかったのかが分からずに、焦燥を覚えて泣きそうにすらなった。アリスさんが相談に乗ってくれなかったら‥‥‥‥こうして笑う事なんて出来なかった。
 だから、アリスさんには感謝している。私を一人にしないでいてくれた。こうしてお茶を飲んで、一緒に笑っていてくれる。それが堪らなく嬉しくて、私はアリスさんと引き合わせてくれた神様に、本当に感謝している。

「ああ、もうこんな時間ね‥‥もうそろそろ行きましょうか?」

 はい。そうですよね。
 私はアリスさんと一緒に席を立って、お会計を済ませて喫茶店を後にする。
 この後、私はアリスさんの家に御邪魔させて頂くことになっています。何でも、ご両親が集めている美術品のコレクションを、特別に見せて頂けるそうです。アリスさんのご両親は美術館を経営しているので、そのコレクションも凄い物が集まっているそうで‥‥‥‥好奇心に負けて、御邪魔させて頂くことになりました。
 あ、ケーキでも買っていった方が良いでしょうか?

「良いのよ。家には誰も居ないんだから。わたくし達、お茶を飲んだばかりでしょう?」

 アリスさんは私の言葉に、苦笑しながら答えてくれました。
 手ぶらで人様の家に上がるのも気が引けたのですが、アリスさんがそう言うのでしたら、是非もありません。

「ここがわたくしの家です。ささ、どうぞ上がって下さい」

 アリスさんに手招きされて、私はアリスさんの後をついて、大きな家に入っていきます。自分の家よりも一回りも二回りも大きい‥‥‥‥流石に美術品をコレクションするような家は違いますね。
 多少気後れしてしまいましたが、アリスさんは「早く早く♪」と私を手招きして待っています。慌てて靴を脱ぎ、アリスさんに招かれるままに地下室へ‥‥‥‥見える場所に飾っておくと、劣化したり盗まれてしまうために大切に保管しているそうです。私は期待に胸を膨らませて、アリスさんの後を――――――――――――

「こ、これは‥‥‥‥」

 そこに並んでいたのは、私と同じ年頃の女の子達。中には大人のお姉さん達もいるけど、みんな若くて、綺麗な人達ばかりだった。
 薄暗がりの中、動かずに静止している女の子達を前に、私は足が竦んでいた。
 ああ、これは本当に‥‥‥‥美術品なんですか?
 私が問いかけると、アリスさんはクスクスと笑いながら、地下室の電気をつけました。そして目に映ったのは、女の子達の石像。私が目にして驚いていた女の子達は、みんな石像だったのです。薄暗がりで分かりづらかったけど、近付いて触ってみると、本当に冷たい石で出来ていました。
 その事実に、私は不思議と安堵し、息をつきました。
 だって――――
 暗がりの中、あの石像が本当に生きているように見えたんですから。

「ふふっ、可愛らしいでしょう」
「綺麗な方達ですよね‥‥でも、珍しいですね」
「あら、そうかしら」
「ええ。だって‥‥‥‥」

 石像のポーズは、どれもこれもちぐはぐで、まるで本当に人間を固めて石にしたように見えました。

 助けを求めて手を伸ばす人。
 疲れ果てたように座っている人。
 涙を流して許しを請う人。
 眠るように目を閉じ、壁に頭を預けている人。
 唖然として口を開いている人。
 子供を抱えて守っている人。
 助けを求めて叫んでいる人。
 満面の笑みを浮かべている人。
 笑えない冗談を聞いたという風に苦笑している人。
 反応に困って頬を掻く人。
 恐怖に駆られて暴れている人――――――――

 ガタガタガタガタと、私の足は自然を震えていました。何故震えているのか、私にも分かりません。だってほら、これは石像なんですよ? どんなポーズで石を彫ろうと、それは作者さんの勝手ですし、これが好きだって言うアリスさんも、ちょっと変わった趣味の女の子なだけなんですよ。だから怖がる必要なんてないんです。石像の半分ぐらいは助けを求めているように見えたり、石に変わる自分に耐えきれずに暴れているように見えたりするのも、作者さんがそうデザインしたに過ぎないんですよ。凄い作品ですよね。薄暗がりで見た時には、本当に生きていると思いましたから。でも何故でしょう。こうして石像を見ていても、まだ皆さんかが生きているように見えるんです。足に続いて手が震えました。身体を抱き締め、この震えを止めないと。だって、アリスさんが笑っています。私が震えて、笑っているんですよ。ダメですよ。アリスさんが笑ったのなら、私も笑わないと。あ、それとも、これは私を見て笑っているのでしょうか? アリスさん、もしかして人を困らせたり怖がらせたりするのが好きなんでしょうか。あはは。そうなんですかぁ、だとしたら一本取られちゃいましたね。だって、私はアリスさんが近付いただけで震えて立っているのもやっとの状態になってしまいましたから。ここまで震えたのは、子供の頃に遊園地のお化け屋敷に行った時以来ですよ。でも、こんなネタだと二回目は怖がれませんよ? 一回怖がらせるためだけにこんなに美術品を集めるなんて、アリスさんて凄いですね。それとも、やっぱり色んな人に試しているんですか? じゃあ、その話を聞かせて下さい。だからほら、この場所から出ましょう。上の部屋で、またお茶を飲みましょう。ねぇ。アリスさん。お願いだから‥‥‥‥‥‥‥‥手を、離して下さいよぉ!

「嬉しいわ。わたくしのコレクションを、一目で“生きている”と分かって下さるなんて‥‥‥‥ええ、本当に嬉しいです。やっぱり、あなたをここに招いて正解でした。ふふっ、さぁ、わたくしの“物”になって下さいませ」

 足を動かす。逃げないと。ダメ。逃げないとダメ。理屈なんて知らない。友達なんて入らない。お願いだから、ここから出して。出して出して出して! 何で足が動かないの? 手も動かないの? アリスさんの目を見てから、身体が石になったように動かない。でも、まだ私の身体は石になんてなってない。
 ‥‥‥‥“まだ”?
 顔を動かす。良かった。首は動いてくれた。自分の身体を見る。手は元のままだったけど、足下が灰色に染まっていた。足首を通り過ぎて膝に、そして太腿に広がっていく。灰色に染まった場所は、確かに石になっているみたい。でも、私の足であるという感覚は残っている。動かしたい。動かしたいのに動かせない。そこにあるのに、私の足が私の物じゃないみたいに動かない。灰色は腰を包んでいく。どうするつもりなの!? 私は叫んで、涙を流す。

「どうするも何も、言ったままですわ。あなたを、私の“物”という証に、石像に変えていますの。まぁ、すぐに売り払うんですけど」

 あっけらかんと言ってのけるアリスの顔は、恍惚とした表情に歪んでいた。頬は興奮に紅潮し、石像へと変わっていく少女をうっとりと見つめている。
 ‥‥‥‥これまで、アリスが自分に向けてきた視線の意味を悟り、少女は愕然とする。
 ああ、本当に、アリスさんは、最初から、私を、石にするつもりで仲良くしてくれたんだ。

「ああ、それともう一つ‥‥‥‥大切なことを忘れていましたわ」

 アリスさんはそう言って、奥の暗がりに走っていったかと思うと、ガラガラと大きな台車を押してきました。

「今日のオークションに出品するんですけど、あなたの評価を頂きたいの。御覧になって頂ける?」

 胸元まで灰色に染まった私に、拒否する事なんて出来ない。その石像から、目を逸らす事も出来ない。
 私に出来ることは、声を上げることだけだった。
 肺に残った酸素を全部使って、泣きながら悲鳴を上げる。自分が石像に変わることも怖い。でも、アリスさんが見せてきた石像はもっと怖かった。数日前まで仲の良かったみんな。友人達が、私の前に立っている。

「あなたのついでですけど、石像に変えておきましたわ。どうです? ご感想、頂けるかしら」

 ‥‥‥‥何も言えない。
 首が、口が動かない。目は見えるけど動かせない。たぶん、私の身体は全部石に変わっている。石像になっている。石になっても、目は機能をそのままに外の世界を映している。クスクスと笑うアリスさん。ああ、耳も聞こえているんだ。なんで? 何で殺してくれないの? 石になってるんですよ? 生きていられるわけがないでしょう? 何で‥‥‥‥このまま、石像になったまま、私は生き続けるんですか? ずっと? ずっとこのまま‥‥死ぬことも出来ずに?

「これで、あなたも私のコレクションの一つですわ‥‥‥‥短い付き合いになると思いますけど‥‥‥‥ふふふ、本当に‥‥‥‥可愛らしいお方。では、わたくしはオークションの準備がございますので、これで失礼させて頂きます」

 悪魔の笑みを浮かべ、アリスさんは地下室から出て行きました。
 また、暗闇に包まれる地下室。その暗闇の中で、私は本当に理解した。





 ああ、これが‥‥‥‥
 絶望って言うんだ、と‥‥‥‥




Fin




●●あけましておめでとうございまする!●●

 初めまして、メビオス零です。
 この度のご発注、誠にありがとうございます。シナリオにはご満足頂けたでしょうか? 出来る限り暗めに、ダーク的に書かせて頂きました。
 突然友人から拒絶された少女の心の隙に入り込んだアリスさん。それを受け入れてしまったために、石像へと変えられ、挙げ句の果てに売り飛ばされるという悲劇。でも一番かわいそうなのは、“ついで”で石像に変えられてしまったご友人ですかね? とばっちりも良いところ。特に愛着もないため、真っ先に売り飛ばされるか捨てられてしまうのでした。
 友人を石に変えた理由? 友人の石像を見て、少女の表情が良い感じに歪んでいたんでしょう。絶望的に。この瞬間のために石化した友人はどこまでも救われない。
皆さんも、甘い言葉で言い寄ってくる人にはご注意を!!


 では、この辺で。
 改めまして、今回のご発注、誠にありがとうございます。
 次があるかどうかは分かりませんが、作品に対してのご感想、ご指摘、ご叱責などがございましたら、遠慮容赦なくファンレター機能を使って送って下さいませ。今後もより良い作品を書くための参考にさせて頂きます。
 それでは‥‥‥よろしければ、これからもよろしくお願いいたします。(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年01月04日

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