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『希望の闇/絶望の光 』
海原・みなも1252)&(登場しない)


 ‥‥‥‥あなたにとって、怖い物は何ですか?
 何時だったか、友人の誰かにそう問われた。
 怖い物。恐怖の対象。一緒に談笑していた友人達は、みんな思い思いの物を口にした。
 親が怖い。教師が怖い。お金がなくなるのが怖い。怪我が怖い。彼氏に振られるのが怖い。病気が怖い。あの生物が怖い。幽霊が怖い。夜が怖い。テストが怖い。成績が怖い。あの男が怖い。夢が破れるのが怖い。友人が怖い。不況が怖い。死が怖い。
 みんな迷うことなく列挙していく中で、海原 みなもは静かに沈黙を保っていた。
 友人達が迷うことなく恐怖の対象を挙げる中、みなもは深く物思いに沈み、思考に没頭する。
 挙げられていく恐怖の対象は、確かに怖い。どれが身に降りかかっても、大なり小なり影響を及ぼし、あるいは絶望に染まるかも知れない。それだけの出来事。他人からすればほんの些細な出来事かも知れないが、それでも本人にとっては人生を大きく変えてしまうほどの力を持つだろう。
 しかし極論してしまえば、それら恐怖の先にある到達点はたった一つに絞られる。
 友人達が上げたあらゆる恐怖。金銭の喪失、身体の損壊、未知との遭遇、裏切り、恫喝、他人への不審、あらゆる恐怖は‥‥‥‥“死”に繋がっている。
 死。人生においての終着点であるそれは、避けられない事象である。友人達が上げた“死”に至る可能性。死への道程を如何にして向かえるか‥‥‥‥それが恐怖の中には見え隠れしている。

(みなもちゃんは?)
(そうですね‥‥‥‥)

 みなもは、答えずに考えていた。
 死は避けられない事象だ。恐怖するのは当然と言えば当然。しかし、それを“どうやって”向かえるか‥‥‥‥それこそが問題だ。その“過程”が惨憺たる有様になると言うのが、一番恐ろしいのではないだろうか?

『自分が自分でなくなること』

 友人の一人が、考えるみなもの答えを代弁するようにそう言った。
 みなもは、それに頷いた。
 そうだ。それが一番怖い。自分が何者で、どういった人生を歩んできたのか。それを思い出すことも出来なくなるのが怖い。自分が別の何かに変わってしまうことが怖い。それまでの人生で培ってきた物の尽くが崩れ、みなもの全てがリセットされる。
 それが、何よりも恐ろしい。

『ふーん‥‥‥‥でもさ、それって、どういう状況になるとそうなるの?』

 自分が自分でなくなるなど‥‥‥‥その恐怖を味わう道程など、みなもには最後まで想像することが出来なかった。
 首を振り、友人に「わからない」と正直に答える。
 少なくとも、この時には本当に分からなかったのだ。
 自らの運命の終着を。
理不尽にして横暴、あまりに現実離れした、その最期を‥‥‥‥‥‥‥‥


●●●●●


 ‥‥‥‥最初から、不思議だとは思っていた。
 日本では、“パンダ”という動物は本当に稀少であり、人気が高い。中国から送られるのも当然として、動物園で繁殖させた子供を送る時でも、ニュース番組で紹介されるほどだ。
 パンダを繁殖させる技術や知識は乏しく、頭数があまりにも少ない。稀少な動物と言うこともあり、新しいパンダを海外から連れてくることなど大変な労力を要するために考えられもしない。
 そんな動物が注目されるのは当然なのに、何故それまで注目されなかった?
 檻の中のパンダを眺めながら、俺は考えていた。
 この動物園に、パンダは居たのか? 誰もがそう思っているはずなのに、それを追求しようとはしない。ただ園を訪れてはパンダに向かって「可愛い」「可愛い!」とお決まりの台詞を何の工夫もなしに言い続けるばかりで、鬱陶しい。見たところパンダはまだ幼いようだが、それでも生後一年は経過しているだろう。動物園の古参飼育員に話を聞いても、「最近来たらしいが、よく分からん。パンダの担当に訊いてくれ」としか言ってくれなかった。
 そのパンダの飼育員に話が訊けないから訊いているんだがな‥‥‥‥
 園長にも話を聞いてみたが、結果は芳しくない。もしかして違法な手段を用いたのかとも思ったが、そう思い至った時点で、調べるのを断念した。好奇心は、猫だけではなく人をも殺す。やばい話には、付き合わないのが一番だ。

「俺の仕事も、臨時だしな」

 ぼやきながら、俺は早々に昼食休憩を切り上げた。
 俺は、この動物園に雇われたパンダの飼育員だ。と言っても、正式に雇われているわけではない。このパンダの飼育員が昨日、インフルエンザにかかりリタイアしてしまったらしい。他の動物のことも考えれば、まず一週間は出てこられない。そこで急遽、他の飼育員を余所の動物園から呼ぶことになったのだ。
 俺が本当に勤めている動物園は別にあるのだが、パンダ厩舎で働いていた俺は昨日の夜に園長に呼び出され、ここの臨時飼育員として派遣されることになったのだ。あまりに急な話に驚きもしたが、出張ごときでいちいち文句を言っていられない。近場と言うこともあって、俺は一も二もなく了承した。
 そして、どこから来たのかも胡散臭いパンダの世話をすることになったのだが‥‥‥‥まぁ、出生だのなんだのを気にする必要はない。パンダはパンダだ。丁重に世話をすることにしよう。
 まずは檻の中を掃除する。本来なら、こうして檻の中を清掃する時には中の動物を別の小屋なり檻なりに追い出してから清掃するのだが‥‥‥‥この檻は他の動物達の檻とはまた別の、離れた場所に建てられていて動物の移動を困難にしていた。その為、清掃作業を行っている今現在に置いても、パンダはゴロゴロと床に転がってお客達をきゃーきゃーと騒がせている。
 ‥‥‥‥頼むから、お客達はもう少し静かにして貰えないだろうか?
 もしもパンダに鬱憤が溜まるようなことがあったら、真っ先に襲われるのは俺なのだ。子供のパンダに殺されるようなことはないだろうが、仮にも熊を相手に格闘をするつもりはない。

(それにしても、この小屋の作りは何だ。本当にパンダを飼う気があるのか?)

 床を磨きながら呆れ、肩を竦める。
 このパンダの檻は、もはや“檻”ではなく“見せ物小屋”と言っても通用するような作りだった。まず、お客は鉄格子越しにこちらを見てくるのではなく、分厚い硝子を通してのショウウィンドウを通してパンダを見る。不思議と外からの声は聞こえるが、中から外への声は聞こえないらしい。まぁ、パンダの鳴き声なんてあってないようなものだから別に構わないだろうが、奇妙と言えば奇妙な作りだ。パンダにストレスを与えないためにそう作っているのならば評価出来る。
 しかし、パンダを移動させるための予備の檻がないのはどうしたことだ?
 パンダ小屋の清掃だけではない。病気や怪我の治療、身体測定、監視業務などのために、一つの檻に二つ、三つは予備の檻が裏に用意されるのが通例だ。それは慣例とかそう言うのではなく、動物の衛生状態や脱走対策、飼育員の安全管理のためにも必要なことなのだ。
 実際、この動物園にもそうした檻がしっかりと用意されている。だと言うのに、何故かこの檻だけにはそれがない。園長に尋ねてみても、「ここのパンダには必要ないんだよ」と返ってくる。阿呆かここの連中は。稀少動物を、こんなぞんざいに扱っていいわけないだろ!
 むーむーむーむーむーむーむーむー
 パンダが歩み寄ってくる。
 子供のパンダは、実に人懐っこい動物だ。まぁ、大抵の動物はそうなのだが、ここのパンダは特に変わっている。俺がこれまで見てきたパンダは、騒ぎ立てるお客からは逃げ回って寝転んでいた。パンダは日に十数時間もの睡眠を取り、あとは餌を食べて遊んで転がっているばかりである。いくら人懐っこいと言っても、それは遊んで欲しいのであって騒ぎが好きなわけではない。自分からその騒ぎの元凶であるお客に近付いていくなど稀だ。むしろ、黙々と仕事をしている飼育員にこそくっついてくる。仕事中でなければ嬉しいのだが、こうして清掃中に足下に来られると鬱陶しい。

「ああ、あとで遊んでやるから向こうに行ってろ」

 パンダを抱き抱え、離れた場所に運搬する。子供とはいえ、既に人並みの体格にはなっているため重い。凄く、重い。思わずそれを口にしたら、パンダは“しゅん”と項垂れて大人しくなった。パンダを置いてから清掃作業に戻ろうとすると、不意に妙な声が聞こえて振り返る。
 ‥‥‥‥そこに居たのは、パンダだけだった。少しだけ悲しそうな顔をしている。珍しい表情だ。パンダみたいな動物は、おおよそ表情らしい表情とは無縁なのだが‥‥‥‥ああ、でも悲しんでいるとか、怒っているなんて事は表情以外でもよく分かるぞ。鳴き声とか歩き方とか、色々だ。でも表情なんてのは‥‥‥‥ちょっと変わったパンダだな。

(気のせいだろう)

 パンダが人の声を発するわけがない。おおかた、外のお客達の声が辺に反響しただけだろう。
 馬鹿馬鹿しい事は忘れて、さっさと仕事を済ませてしまおう。
 背中に言い表せぬ違和感を覚えながら、俺は仕事に集中することにした。


●●●●●


 それが違和感ではないと確信したのは、つい先程のことだ。
 この動物園に俺が来てから、二日目の夕刻‥‥‥‥
 無事に閉園し、夕食(と言っても笹の葉と果物だが)を持って小屋の中に入った俺が目にしたのは、扉が開くのを待ち構えていたパンダだった。

「おわっ!」

 あまりの出来事に、俺は声を上げて転んでしまった。パンダにやるはずだった餌が床にぶちまけられる。畜生、人の仕事を増やしやがって! 原因のパンダが本当に畜生なのが腹立たしい。殴ることも叱ることも出来やしない。
 だが理解させることは出来なくとも、言い聞かせることはした方がいい。犬を躾る時でも、言葉で諭す。相手は理解することはなくとも、雰囲気で自分が怒られているのだと察して反省はしてくれる。たぶん。人様のパンダを叱り付けるのは気が引けるんだがな。
 声を上げようと口を開くが、それよりも早くパンダが声を上げた。

「タ‥‥スケ‥‥‥‥テ!」

 ‥‥‥‥過去、これほどまでに耳を疑ったことはあっただろうか?
 自分の動物愛が限界レベルを超えて妄想を生み出したのではないかと本気で疑い、思わずパンダの頬をパンパンと叩いてみた。パンダは涙目になって「痛い痛い」と繰り返す。そうか痛いか。どうやら夢じゃないらしい。
 パンダは涙を流しながら抗議してきた。罰として自分の話を聞いて欲しいという。時間がない時間がないと繰り返し、俺は仕方なく話を聞くことにした。
 ‥‥‥‥‥‥
 ‥‥‥‥
 ‥‥
 説明を聞き終えたのは、おおよそ二分後のことだった。
 荒唐無稽にして馬鹿らしい作り話。自分が元々は人間で、ここで着ぐるみを着ている間にパンダになってしまっただのと‥‥‥‥今時、映画でも見ない設定だ。あり得ない。馬鹿らしい。しかし現実、目の前には人間の言葉を話すパンダがいる。これもまたあり得ない。夢か? パンダの頬を抓ってみる。痛いらしい。夢ではないのか。自分の頬を抓れと抗議してくるパンダを転がしてやる。コロコロコロコロとパンダやよく転がって目を回す。虐め? いいえ、遊んであげているだけです。パンダは目を回しながらも「タスケテ」と助けを請うてくる。
 ちなみに、これは転がさないでくれとか、目を回したことで助けを請うているのではない。このパンダ‥‥‥‥みなもとか言う女の子は、人間に戻れるように手を貸してくれと助けを求めているのだ。
 ‥‥‥‥面倒だが、ここで見捨ててしまうのも後味が悪い。
 この妖怪パンダの言葉が本当かどうかは分からないが、協力する分には問題になるようなことはないだろう。ただ、他の人の目がある時には勘弁して貰いたい。俺もパンダに話しかける奇人の称号なんて欲しくないからな。
 俺はパンダの頼みを受けることにした。万が一にでもパンダが人間に戻った場合には大騒ぎになるだろうが、何、出所不明のパンダが行方不明になるだけだ。園長達も、火消しに奔走してくれることだろう。
 パンダは一人で喜び、咽び泣いている。そんなにパンダになるのが嫌だったのだろうか? 食っては寝て食っては寝ての悠々自適な生活が嫌だったのだろうか? 何となく羨ましくて、頬をもう一度抓ってやる。
 パンダが暴れている。痛い痛いと抗議し、ぺしぺしと俺の腕を叩いてくる。
 パンダを虐めるなって? 何言っているんだ。自称人間のパンダに遠慮することはないだろう?
 俺は遠慮なくパンダを弄り回し、これからどうしようかと頭を回転させていた。


●●●●●

 むーむーむーむーむーむー
 昨日までの出来事は夢だったのだろうかと、俺は本気で悩んでいた。
 三日目の朝からパンダの世話に戻った俺だったが、二人きりの状況でもパンダは人間の言葉を話すようなことはなかった。そのまま昼を過ぎ、夕方を迎えてようやく言葉を話したことで安堵する。夢ではなかったらしい。このまま何も話さなかったら、俺は約束など忘れて立ち去っていただろう。
 妖怪パンダ‥‥‥‥こと、みなもと戻る方法について相談する。
 どうやら、みなもが人間としての意識を取り戻すことが出来るのは、一日に一回あれば多い方らしい。それもほんの数秒から数分間の間だけ。なんだそれは。俺がここにいない時に意識を取り戻していたらアウトじゃないか。
 ‥‥まぁ、それはある意味、みなもが嫌がるようなことでも、パンダになっている時ならやりたい放題だと好意的に解釈しておこう。例えば‥‥‥‥そうだな。着ぐるみを着てパンダになったのなら、案外その着ぐるみを脱がしてしまえばいいのかも知れない。一体化しているのなら、毛皮ごと剥いでみようか? 邪悪な思考を本能で察したのか、みなもは小屋の隅まで待避して震えだした。案外、我が儘な子だ。人間に戻れるのならば手段は選ぶべきではないと思うが‥‥‥‥毛皮を剥いで人間に戻れなかった場合を考えると震えもするか。これは最後の手段に取っておこう。
 しかし、となるとどうするか。とりあえず、食生活からして人間に戻してみよう。他の飼育員から不審を買うと問題になるので、こっそりと不自然でない程度に。みなもがパンダを演じている(本当にパンダになっているだけなんだろうが)間に、果物パンや牛乳、隙を見つけておにぎりなども与えてみる。効果はなさそうだが、まぁ、嬉しそうに食べているし問題はないだろう。犬猫に与えたら毒物とされている玉葱でも与えてみようかとも思ったが、お腹を壊されてはクビになりかねないので止めておく。
 四日目。さて、どうしたことだろう。みなもを人間に戻す手段が思いつかない。
 食事の他には‥‥‥‥衣服か?
 パンダでも着られる人間の服を用意し、人気のない夜中にこっそりと着せてみる。寝入っているパンダに人間の服を着せる俺の姿はどう見ても不審者だったが、俺自身しか知らないことなので気にしない。もそもそと服を着せる。パンダの体は重くて、思ったよりも手間が掛かった。
 ‥‥‥‥ダメだ。サイズ的に合う服が見付からなかったので、倉庫に眠っていた着ぐるみなど着せたところで意味はない。パンダがトラになっただけだ。これはこれで可愛らしいのだが‥‥‥‥ちょうどみなもが意識を取り戻して抗議してきた。ええい文句を言うな。可愛いんだからいいじゃないか。そう告げると照れくさそうに顔を隠すトラパンダ。ごめん。可愛いけど、太ったトラにしか見えないな。
 五日目。ちょっと困った事態が発生した。
 四日目に着せたトラの衣装が脱げなくなった。まさかこの衣装まで一体化し、新たな生物を生み出してしまったのかと後悔したが、何のことはない。衣装を着たままで動き回ったため、毛皮に着ぐるみが絡まっていただけだった。着ぐるみの中にホースを突っ込み、水を流し込んでやる。みなもは冷水に悲鳴を上げていたが、本物のパンダならまだしも自称人間パンダに容赦はしない。毛皮は冷水に流され、肌にピッタリと張り付き着ぐるみから離れていく。その隙に着ぐるみを無理矢理脱がし、早々に裏に運び去った。むぅ、お客にとんでもない場面を見られてしまった。園長からは不思議とお咎めはなく、むしろ「面白いから良し!」と笑われた。こんなノリの園長だからこそみなもはパンダにされてしまったのかも知れない。
 とりあえず、みなもにはお詫びにサイコロステーキをご馳走してやった。みなもは美味しい美味しいと喜んでいたが、元に戻った時に太るんじゃないかと言うと大人しくなった。可愛い奴め。
 しかし、あまり可愛がっている場合でもない。俺がこの動物園に来てから五日も経ってしまった。前任の飼育員の復帰まであと二日しかない。遊んでいる場合でもなさそうだ。
 とりあえずこの日は、半日以上をみなもと共に過ごしてみる。人間と触れ合い、話し続ければ案外人間に近付けるかも知れない。これは割と効果があったようで、この日は、みなもは十分以上も人間の意識を保っていた。人間と会話をすることで記憶を呼び覚ますことが出来るのか。明日もこの方法を試してみよう。
 ‥‥‥‥六日目。
 予想外の事態が発生した。前任の飼育員が、明日の朝には戻ってくるらしい。予定が一日早まった。実質、今日が俺がここにいられる最終日だ。やばい。遊んでいる場合ではなかった。昨日発見した、みなもを人間に近付ける方法を試してみる。清掃しながら、餌をあげながら、園の作業をこなしながら、みなもに話しかける。みなもは相変わらず「むーむーむーむー」とパンダらしい鳴き声を上げるばかりだが、それでも構わない。お客の目も気にせずに話しかけてみる。くそっ、絶対俺は変人扱いだって。まぁ、どうせ最終日だ。旅の恥は掻き捨てとも言うし、俺は気にせずにみなもに話しかけた。
 ‥‥‥‥なるほど、確かに効果があった。
 夕刻、動物園が閉園してから間もなく、みなもは人間の意識を取り戻した。それからは作業そっちのけで会話をし続けた。とりとめもない、意味のない会話。内容などどうでもいいのだ。とにかくみなもと話を続ける。それが、みなもを人間に戻すことが出来る方法なのだと信じて、俺たちは話し続けた。

「あなたにとって、怖い物は何ですか?」

 それまで途切れ途切れだった言葉も、深夜を通り過ぎ間もなく朝日が昇ろうという時にはハッキリとした口調になっていた。それに手応えを覚えながら、俺はみなもの問いを考える。
 怖い物‥‥‥‥みなもが求めている答えかどうかは知らないが、俺は何も考えずに答えていた。

「そうだな、俺は、俺が俺でなくなることが怖い。せめて死ぬ時ぐらいは、他の誰でもない、俺自身の意思で死んでいたい」

 まぁ、あとは死に際に「良い人生だった」と言うことさえ出来れば満足だ。そう言うと、みなもは嬉しそうに、しかし泣きそうな顔でこう答えた。

「私もそうですよ‥‥‥‥でも、このままじゃ」

 それすらも覚束無い。みなもはこのまま、パンダのままで生を終えることになるかも知れないのだ。
 それは‥‥‥‥一体どれほどの恐怖を、この少女に与えているのだろうか。
 朝日が昇る。飼育員の朝は早い。もう間もなく、ここには本来の飼育員が来ることになるだろう。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 タイムアップだ。俺は静かに、何も言わずに腰を上げる。

「お願い‥‥‥‥助けて」

 みなもが懇願する。
 しかし聞けない。これ以上は、俺が危ない。もしもこのパンダが、海原 みなもという人間なのだと知っていると気付かれれば、俺はどうなるか分からない。パンダになるなんてごめんだ。俺は俺のままでいたい。
 みなもは、静かに泣いていた。朝日が昇っていく。それを身ながら、俺はみなもの涙を無視して側に立つ。俺は何も、聖人君子の如く自分を善人だなどとは思っていない。自分の身に危険が降りかかるのならば、それは可能な限り避けて通るのが人間だと思っている。
 掛けられる言葉などない。
 俺はみなもを見捨てた。
このままここに残ればみなもを戻せるのかも知れないのに、俺はそれをせずに去るのだ。おkと場を掛けるなど許されることじゃないだろう。
 ただ‥‥‥‥
 再びみなもがパンダに戻るまでは、せめてこうして傍にいよう。
 俺は自分の身勝手さを呪いながら、みなもの涙を心に刻み込んだ‥‥‥‥




Bad end



●●Game Over●●

うーん、残念でした。何故みなもさんは元に戻れなかったのか。食事や会話は、人間であった時の記憶を呼び戻すためには効果的だったでしょうが、衣服は必要ありませんでしたね。つまり、決定的な失敗は四日目! 衣服を着せるではなく、この時点で一緒に遊んであげるなり話しかけるなりしてみよう! さぁ、セーブポイントに戻って再チャレンジだ!
 ‥‥‥‥なんてゲームではないのですね。インフルエンザを呪うメビオス零です。
 今回は珍しいことに、主人公がみなもさんではなく飼育員です。助けられるのならば助けたい、でも自分にとばっちりが来るのは御免という実に普通な飼育員です。彼は悪くありません。自分の命を賭けて他人を助けるというのは、確かに美談でしょうが“助けなかった”からと言って責めるのは筋違いです。自分の命は自分で守る。これは生物としては当然のことですから、自分の命を省みずに突っ込んでいくのはそう言う職業の人達だけで十分です。一般人に自己犠牲なんてものは求めてはいけません。
 ‥‥‥‥どうでもいいことでしたね。閑話休題休題っと‥‥‥‥
 では、今回のシナリオはいかがでしたでしょうか?
 最近は恒例になりつつあるバッドエンド。もうちょっと悲惨なラストにしてしまっても良かったような気がしますが、あまり虐めても可哀想なので、このレベルに押さえました。飼育員に見捨てられたみなもさんは、この後パンダに戻り、飼育員も言い知れぬ罪悪感を抱えて日常に戻っていくことでしょう。
 作品に対するご感想、ご指摘、ご叱責などがございましたら、遠慮容赦なく送って下さいませ。
 前回の“虎っ子”では体力的な都合で後書きを書けずにすいませんでした。今回はちょっと長めです。まぁ、意味らしい意味はないんですけどね。たぶん。
 では、改めまして、今回のご発注、誠にありがとうございました。(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年01月08日

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