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『脱走トナカイ奪還作戦 』
千獣3087


「トナカイを連れ戻してくれ」
 重低音に振り返れば、筋骨逞しい男が立っていた。むきだしの上腕にはヒイラギとベルとリボンを組合わせた刺青があり、革のベスト、山刀をぶち込んだベルト、ぴったりした革のズボン、ごついブーツにも同様の焼印が入っている。
「あぁ? 薮から棒になんだい、どっから湧きやがった、このチョイ悪どころじゃなさそうなマッチョおやじは」
 負けじと睨みつけ、問い返す強面が売りのPMHC院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)も柄の悪さでは似たようなものだ。
「俺の相棒が戻って来ねえんだ。いつもクリスマス直前にプレッシャーに負けて脱走する阿呆だが、今回はちっと洒落になんねえ。たぶん、あんたの縄張りのどっかで捕まってんだ。探してくれ。このままだと今年の仕事がパアだ」
「……その風体からすると、お前さんブラックサンタってやつだね。屁理屈ばっかこねたくる躾のなってねえガキどもを袋に詰めてお似合いな場所に連れ去るってアレだろ? 結構だ、大いにやっとくれ。私ぁこれからホラーDVD72時間マラソン鑑賞会でね、忙しいんだ」
 ハイお帰りはあちら、と背を向ける院長を闖入者・ブラックサンタが慌てて呼び戻す。
「待て待て、いいのか? 俺がブラックのままだと年に一度のプレゼントを心待ちにしている世界中のよい子が泣くぞ!?」
「大丈夫、一回くらいサンタさんの来ない年があったって、よい子なら恨みゃしないさ。差し引きで考えりゃ悪い子が減る方がよっぽど世のため人のため地球のため──って、なんだよ、そのご面相でへこみなさんなよ鬱陶しい!……わかったよ、その逃げ癖のあるトナカイの特徴を言いな。座標を特定してバイトの招集かけてやっから」
 額の眼鏡を更にずり上げ、霊道の魔女こと怪人白衣ババアは面倒くさそうに唸った。

 ──そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、機転のきく方大募集!■
 やんちゃなトナカイをトロルから連れ戻していただくお仕事です☆
 勤務地;“けもののきもち”第十三診療室。どこぞの山岳地帯にリンク。
 トロル;身長3メートル、体重1トン、雑食、♀。剛力、知能低め。洞穴在住。可愛いもの好き。
 トナカイ;お調子者、人語を操る。♂。


++++++++++++

 “けもののきもち”の無駄に広い待合室では、ブラックサンタと千獣(せんじゅ)、随豪寺院長とジェイドック・ハーヴェイがそれぞれ話をしていた。
「今年も、逃げ、たんだね……」
 責めるでも呆れるでもない、淡々とした千獣(せんじゅ)の言葉に、ブラックサンタは面目ねえ、と角刈りの頭を掻く。
「でも、今年、は、と、ろ、る……? の、ところに、いるん、だ……? その、人……? の、ところに、行って、返して、もらって、くれば、いいん、だよね……?」
「まあ、平たく言やぁそうなんだ。よろしく頼むわ」
「うん。それで……ひとつ、お願い、が、あるんだ、けど……」


「さて、準備はいいかい?」
 薄暗い廊下を延々進んだ後、十三と記されたドアの前で院長が声を張った。一同が頷く。
「トロルの住処はこの先だ。口で説明するより、行けばいやでもわかるさ」
 そう言って開けた向こうは、本当に山岳地帯であった。
 切り立った崖と眼下はるかまで緑に覆われた斜面の間を、細く険しい上り坂がうねうねと伸びている。空は晴れ渡っていたが、風は切るように冷たい。
「それじゃあ、行って、きます……」
 千獣が一歩踏み出す。続いて、ジェイドック。
「おや、あんたも行くのかいブラックサンタ?」
「ああ。時が惜しいんでな」
 頑張んな、との院長の励ましの背に、三人の背後で扉が閉まった。


「いやでもわかる、か。引っ掛かる言い回しだな」
 倒木を踏み越え、ジェイドックが眉間にしわを刻む。
「すぐわかる、って、こと、だよね……?」
 滑りやすい泥を避け、千獣が首をかしげた。
「ふん。勿体ぶりやがって」
 寒風に胸を張り、ブラックサンタが鼻を鳴らす。三人ともに健脚ゆえ、悪路をものともしない。ほどなく登りきった先には、樅の木立が鬱蒼と広がっていた。山頂から吹き降ろす風が梢を揺らすのか、森全体がざわめいているようだ。
「ん?」
 ジェイドックのまるい耳がぴくりと動いた。
「今、悲鳴がしなかったか?」
 千獣も耳をすます。彼女が聞き分けたのは、また別のものだ。機嫌のよさそうな、唸り声──
「……歌?」
 顔を見合わせる二人に、ブラックサンタがせかせかと言い募った。
「ここで考えてたって仕方ねえ。ともあれ方角はわかった。行くぞ!」
 密生した木々をすり抜け進むと、やがて開けた場所に出た。木の陰から窺うと、二十メートルほど先、ぽかりと開いた洞穴の前に、地べたに座った巨大な後姿があった。広い背と更に広い臀部を覆うもじゃもじゃの髪は緑色で、とんでもなく太い両腕と投げ出された足は黄緑色、しかも毛深い。
「あの人が、とろる……」
 千獣の呟きに答えるように、調子っぱずれな歌声が響く。

「か〜わ〜いい〜トナちゃん〜とろるの〜トナちゃん〜」

 きゃあ、とか、ひい、とか情けない合いの手の主は、トナカイらしい。
「あの野郎、こんなところで油を売ってやがったのか」
「ふむ、とりあえず無事なようだな。ここは下手に刺激しないように……千獣、おい!?」
 対策を練る仲間をよそに、千獣はすたすたとトロルに近づいていった。
「こんにち、は……」
 静かに声をかけると、トロルは座ったままぐるりと向きを変えた。巨体に似ず素早い動きだ。
「こんちわぁ!」
 陽気な胴間声が返ってきた。平べったい大きな顔、殆ど白目のない真っ黒な丸い瞳、案外ちんまりとした鼻に耳まで裂けた大きな口。些か臭うのは丸々とした体か、何かの皮でこしらえた貫頭衣か。
 千獣の視線に気づいたトロルは、両手両足で押さえているものを得意げに示した。
「この子、トナちゃん、かわいいでしょ!?」
「うん。可愛い、ね……」
 後方で吹き出したのはブラックサンタだろうか。
 二対の枝角にどんぐりや松ぼっくりを通した蔓草を巻かれ、枯葉と苔と木の皮で体を包まれたトナカイはもごもごと不満そうだが、トロルなりの感性で一生懸命飾った気持ちは見て取れた。好意的な反応に気をよくし、トロルは上機嫌に言葉を継ぐ。
「でしょ? かわいいトナちゃんは、とろるのおうちに遊びにきたんだよ。だからもっとかわいくしてあげたの」
「あの、ね……その、トナカイ──トナちゃんを、迎えに、来たん、だ。トナちゃんが、帰らないと、子供達が、大変なことに、なっちゃう、から……」
 千獣は順を追って事情を説明した。言葉を選んでゆっくりと話し、“トナちゃん”がこれから大切な仕事を控えていることは伝わったようだ。それでも、トロルはトナカイを放そうとはしなかった。
「だって、とろるのトナちゃんだもん。こんなにかわいくしたんだもん」
「どう、しても、駄目……?」
「だって、とろるのだもん」
 ふう、と千獣は溜息をついた。こうなっては仕方がない。
「だったら……腕相撲、で、勝負、しよう。私が、勝ったら、トナちゃん、返してもらう、よ……」
「いいよ。とろる、強いし大きいもん、ぜったい負けな──」
 不意に言葉を途切らせたトロルに、千獣は眉をひそめた。トロルの目線の先には、交渉決裂を知って木立から現れたブラックサンタとジェイドックがいた。
「三対一だぜ緑の嬢ちゃん、諦めてうちの枝角野郎を返したほうが身のためだ」
「手荒な真似はしたくない。俺達の頼みを聞いてくれないか?」
 悪役めいた口調のブラックサンタを、ジェイドックがフォローする。
 しかし、トロルの返答は明後日の方角であった。
「か〜わ〜い〜い〜!!」
 黄色い声も、トロルが出すと凄まじいものになる。ここが雪山でないことを心底感謝する千獣の鼻先に、いきなりトナカイが押しやられた。
「トナちゃん、あげる。トラちゃんと取っ替えっこ!」
「……とら、ちゃん?」
 話が見えない。
 一方トロルは膝立ちで身を乗り出し腕を振り回して、興奮状態だ。半泣きで相棒の元に駆け去るトナカイなどもはや眼中にない。
「トラちゃん、ちょぉかわいい! まじやばい!」
「落ち着け、俺は非売品だ! いや、その前に誰がトラちゃんだ!」
 そこで初めて、虎頭の獣人を指していると気がついた。
「しょうぶ、しょうぶ! とろる勝ったら、トラちゃんちょうだい!」
 トナカイと違ってそう簡単には捕まらないと悟るや、トロルは千獣に力こぶを見せつけ、鼻息も荒く提案してきた。
「うん、いいよ……」
 あっさり承諾され、慌てたのはジェイドックだ。
「勘弁してくれ、千獣。俺は蔓で巻かれるのは御免だ」
「大丈夫、負けない、から……」
 トナカイを取り戻すという依頼は果たした。隙をついて扉まで逃げるという手もある。自分達ならできる。
 でも、それではトロルの気持ちが宙ぶらりんになってしまうだろう。
 千獣はすう、と深く息を吸った。身の内の縛めをごく僅かだけ緩め、噴出する力を即座に支配下に置く。荒々しい感情が五体を巡った。骨が軋み筋肉が張り詰める。人の意識を保ったまま獣化の度合いを深めた姿は、底知れぬ紅い双眸とあいまって、未だ上背のあるトロルを怯ませるほどの迫力があった。
「勝負……!」
 がつっと鈍い音をたて、掌が組合う。
 体格では、それでもまだトロルが有利だった。けれども千獣の勢いに飲まれたか、あるいは“トラちゃん”が気になって集中を欠いたか、攻防の後に土が付いたのは、トロルの丸太の如き腕であった。
「とろる、まけちゃった……」
 うなだれるトロルをその場に残し、元の姿に戻った千獣は行方を見守っていた依頼人のところへ走った。
 柄の悪いブラックサンタは、太鼓腹も福福しい白髭のサンタクロースに変わっていた。白い毛皮にふちどられた赤い服に、先端に玉房の付いた赤い帽子。見覚えのある金色の橇と大きな袋もいつの間にか出現している。きりりとした表情のトナカイに鈴やリボンがやけに過剰なのは、どんぐりや蔓草の名残かもしれない。
「おかげさまで助かったわい。では、これを」
 ブラックのままでは出せなんだからの、とサンタクロースは大きな箱を千獣に渡した。
「わしらはこのまま出発するでな。“トラちゃん”とトロルの嬢ちゃんによろしく。それでは、メリークリスマス!」
 トナカイが角を振りたて、橇がふわりと宙に浮く。
「ありがとう……メリー、クリスマス!」
 ちょうど朗らかな笑い声と鈴の音が響いたせいで、トロルも、距離を置きつつ近くに立っていたジェイドックも空を見上げ、次いで重そうな箱を担いでやって来た千獣に目を丸くした。
「はい、これ。あの人……サンタさん、から、プレゼント……とろる、が、トナちゃん、返してくれた、から、ブラックじゃ、なくなって、お仕事、できるから……」
「プレゼント? とろるに? くれるの? ありがと!」
「よかったじゃないか。何が入っているんだ?」
 リボンをむしり包装紙を破き、壊さんばかりに箱を開け、トロルが本日二度目の黄色い悲鳴を上げた。
「トラちゃんだあぁ!!」
 等身大のジェイドック人形を抱きしめるトロルの横で、本物のジェイドックが頭を抱えた。
 千獣が出発前にブラックサンタに頼んだのは、どんな方法にせよ、トナカイを返してもらったら贈り物をしたい、というものであった。中身は「そのとき一番欲しい物になる」と聞いていたので、特に心配はしていなかったのだが──
「そうくるか……」
 何やら複雑な表情のジェイドックを、千獣は不思議そうに見やった。
「ジェイドック?」
「む、いや、まあ、一件落着したんだから、よしとしよう……」
 言葉を濁し苦笑する虎頭の獣人とともに、千獣は大喜びのトロルに別れを告げて帰途につく。

「か〜わいいよう〜とろるのトラちゃん〜かわいい〜よう〜!」
 
 あいかわらず調子っぱずれな歌声は、森を出てからもしばらく聞こえていた。
 



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男/25歳/賞金稼ぎ】

NPC
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
ご発注ありがとう存じます。
この度は大変お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。
今回もブラックサンタがお世話になりました。そしてトロルへの贈り物、ありがとうございます。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願い致します。
WS・クリスマスドリームノベル -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2010年01月19日

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