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『解放の夕方 』
海原・みなも1252)&(登場しない)


 これまで、無茶な要求を突き付けられたことは多かった。
 海原 みなもは誰もが納得出来る“お人好し”であり、厄介事を引き付ける体質を持っている。
 それも他人から押し付けられるような厄介事ではなく、自分の方から飛び込んでいってしまうタイプだ。
 最初からそうだと知っているわけではない。ないのだが‥‥‥‥困っている友人知人は積極的にみなもに手伝いや代理を頼み、または困っている友人知人を見つけては、積極的に手伝いを買って出る。
 もはや性分というか、癖のような物だった。穏和で優しいみなもは、困った末に助けを求めてくる人々を見捨ててはいられない。それに付け込み、厄介事を押し付けてくる物も後を絶たない。友人や身内からは、せめて仕事の内容を詳しく聞いてからにしろとよく言われる。みなも自身、そうしておけば良かったと思う時も多かった。
 ‥‥‥‥ちなみに、今現在、もう少し仕事を選ぶべきだったと思っている最中である。
 二泊三日、虎型衣装を着てのコンパニオンのアルバイト。お客離れを引き起こしている動物園の救済のために駆り出されたみなもは、初日から盛大なトラブルに見舞われて虎型の衣装を脱ぐことが出来なくなった。
 その理由も、なんと虎柄の全身タイツの下に接着剤を塗りたくられるという、何ともあり得ないトラブルである。こんな事態に遭遇するなど想像もしていなかったみなもは、呆れ果てながらも仕事を律儀に続行した。接着剤を溶かす中和剤は、三日目の夕方には到着する予定である。
 二日目。スタッフ達の悪ノリにより、虎柄の全身タイツに毛皮(偽物だった)が貼り付けられ、尻尾もふさふさの物に取り替えられた。毛皮とみなもの柔らかい感触にメロメロになった飼育員達は、次々にみなもに抱き付き、挙げ句に、みなもに懐いてきた子供達に揉みくちゃにされ、二日目は延々と子供達を相手に走り回る事態となった。
 そして三日目の朝‥‥‥‥
 ここが今の状況である。
 かいつまんで言うと‥‥‥‥
 二日目から更に増し、現在全身タイツを改造中。

「いやぁ、ここまで人気が出るとさ、もっと改造したくなるでしょう?」
「これ以上揉みくちゃにされたくもないんですけど‥‥」

 疲れ切った声で、みなもは全身タイツを改造しているスタッフに抗議する。
 見ている分には楽しいのだろうが、実際に子供の玩具にされているみなもにとっては、疲れるばかりで楽しむ余裕など与えられていなかった。

「またまたぁ♪ そんなこと言って、可愛い子供と遊べて良いじゃないですか♪」

 改造を施しているスタッフは、満面の笑みで言う。
 自分の力作である衣装を着たみなもが、子供達の人気者になったことが嬉しくて堪らないのである。
 出来る限り本物に近付くためにリアルに、しかしお客を怖がらせないように可愛らしく‥‥‥‥
 元々のみなも自身が可愛らしく、人を引き付ける魅力を持っている。それも相まって、スタッフはみなもを弄り回すことに、ある種の快感を覚えつつあった。

「はぁ‥‥あの、所で、いつまでこの体勢なんでしょうか?」
「うん? もうちょっとだけ。もうちょっとだけ我慢して」

 スタッフはそう言い、慎重に針を動かし、タイツの改造を続けている。
 薄い生地の裏に、僅かな冷たい感触。元々薄い布に針を通し、更にみなもの体に傷を付けないようにと細心の注意を払う。そんな作業を、会話混じりに行っているのだ。スタッフの技量はなかなかの物である。惜しむらくは、ここは動物園だと言うことだ。裁縫の腕前が如何に上手くとも、それが生かされる場面はまずないだろう。
 それだけに、スタッフは久々の縫い仕事に熱を入れていた。全身を毛皮に覆われたみなもの衣装を、更に“虎”に近付けるための小細工を労していく。

「うぅ、ちょっと背中が痛いです」

 みなもはそう言い、四つん這いになった体勢で静止していた。
 まるで猫の置物のようだ。
 スタッフからの要望により、そんな体勢で既に一時間ほどが経過している。一流のモデルは何時間でも静止していられるそうだが、みなもはそこまで体も精神も鍛えていない。
 体はプルプルと震えていたが、迂闊に動くと針が刺さってしまうと言う状況に置かれているため、大人しく従う以外に選択肢は残されてはいなかった。

「はい。完了よ」
「はふぅ。やっと終わっ‥‥た?」

 朝早くから拘束されていたみなもは、疲労した体をグタリと寝転ばせる。それまで四つん這いでいた体勢はみなもから気力と体力を奪い取っていたのだ。
 しかし、寝転んだ理由はそれだけではない。
 みなもは、本当は床に寝転ぶつもりなどなかった。
立ち上がろうとした瞬間、膝が思うように曲がらずに転がってしまったのだ。
 ‥‥‥‥嫌な予感が脳裏を過ぎる。
 みなもは再び四つん這いの状態に戻り、スタッフの顔を見上げた。

「あの、立ち上がれないんですけど‥‥‥‥どんな改造を?」
「ふふふ‥‥より虎らしく! 四足歩行を可能にしてみました!!」

 胸を張るスタッフ。
 どんな改造をしているのか‥‥‥‥鏡を見せられていたわけではないため、改造中に察することは出来なかった。が、鏡を見てみるとよく分かる。全体的に、少しだけふっくらとしている。恐らく、間接部や地面に触れる部分を痛めないよう、緩衝材のような物が仕込まれているのだろう。見るからにフワフワモコモコとしている様は、それまでが“虎”だったのに対して“虎のぬいぐるみ”が動いているようにしか見えない。
 ‥‥‥‥何が虎らしく、だ。
 どう見たところで、遊園地のマスコットキャラと変わらない。違う点を上げるとすれば、人型にデフォルメされているかいないかの違い程度だ。
 手足を動かし、人間のように立ち上がろうとすると衣装が引っ張られて転んでしまう。獣のような四足歩行。それ以外の行動は一切取れないようになっていた。

「どうですか! やっぱり子猫も虎も、四足歩行が基本ですよ! 遊園地のマスコットキャラじゃあるまいし、動物園なら動物らしくしていないと!!」
「あ、あたしにどこまで求めているんですか!?」
「ほら、ここに虎のお面も用意しておいたわ。これで顔を隠せば完全に虎になり切れる‥‥‥‥もう、自分が人間だなんて忘れちゃって!」
「そこまでするんですか!?」
「餌は生肉! 勿論お箸も何も使わずに食らい付いちゃって!」
「いやですよぉ!」

 叫び、抗議するみなも。
 ‥‥‥‥まぁ、なんだかんだ言って、そこまで無茶をすることはない。
 衣装を改造したスタッフは園長その他飼育員達に拘束、連行されていき、みなもには手足を使わずに食べられる流動食が用意された。

「こんな物しかないけど、夕方には衣装も脱げるから。それまでは我慢してね」

 接着剤の中和剤の到着は夕刻。早ければ昼過ぎには到着するらしい。
 それまでの辛抱なのではあるが‥‥‥‥みなもが危惧しているのは、連日みなもを追いかけ回してくれている子供達だ。まさか三日連続で同じ子供達が来るとは思えないが、しかし子供というのは、楽しい思いをした場所には何度でも生きたがるものである。
 果たして今日、みなもは無事にアルバイトを終えることは出来るのであろうか?
 ‥‥‥‥無事でいられる自身はない。
 みなも自身、こんなに可愛らしいぬいぐるみが部屋に置かれていたら、きっと抱き締めてベッドに転がってしまうだろうから‥‥‥‥


●●●●●


 結果として、やはり悪い予想というものは当たるらしい。
 みなもは友人を呼び集めた団体客の的となり、子供達は笑いながらみなもを追いかけ回して蹂躙する。

「がぉぉ!!!」

 吼え猛り追い払おうとしても、子供達は「きゃーきゃー!」と騒ぎながら逃げ回るだけで、身を翻すとすぐに追い縋ってきた。

(うわーん! 散歩どころじゃないですよ!)

 ぬいぐるみと化したみなもは、子供達に追われながら叫んでいた。
 園内を歩き回るみなもには、お客の相手をしながらも隙に散歩して回る権利が与えられていた。今日は虎になりきり、自由に闊歩しても良いと言われたのだ。
 しかし可愛らしく装飾されてしまった衣装は、子供心をくすぐり、忙しなくその足を動かしていく。犬猫を追いかけ回す行動と何ら変わらない。まして、実物よりも大きく、穏和で、大人しく、自分達を傷付けないぬいぐるみの虎となれば、それこそ絶好の玩具でしかなかったのだ。
 子供達は遠慮することもなく、みなもに向かって抱き付いてくる。
 本来ならばそんな行動を止めるべき保護者達も、思い思いにベンチで休み、その光景を傍観している。

(あたしは保母さんじゃないですよ? 虎なんですよぉ?)

 心の中で保護者達に呼びかけるみなもだが、そんな言葉が届くわけもない。
 正月休みを利用してあっちこっちへと連れ回されている保護者達にとっては、自分達の代わりに子供の面倒を見てくれるみなもの存在がありがたいのだろう。しかしありがたがるだけで、誰もみなもを助けようとはしない。中には、子供と一緒になってみなもに抱き付こうとする者までいるぐらいだ。
 そんな保護者にだけ、みなもは本物の虎のように振る舞った。

「がーるー!!」

 園長から「人間の言葉は喋らないように」と言い含められてしまったため、みなもは懸命に吼えて威嚇する。しかし、そんな威嚇でさえ、可愛らしい少女の声では迫力に大きく欠けていた。恐れを知らない子供達を追い散らすほどの力はなく、結果としてみなもは子供達に抱き付かれ、追い掛けられ続ける。

(いやぁー!)

 心の中で涙を流しながら、みなもは子供達の遊び相手で居続けた。
 懸命に子供達から逃げ続けていたみなもだったが、改造された衣装は、四足歩行以外の歩法を不可能にしている。関節も緩衝材を詰め込むことで動かしにくく、普段歩いている速度で逃げ回るのが精一杯だ。走り回れる子供達を相手にして勝ち目はない。
 幸い、このフワフワもこもこの衣装は体のあちこちに緩衝材を仕込んでいる。その為、子供達が全力で体当たりを繰り出してきても、それほど痛みを感じることはなかった。

(あうぅ。可愛いのに、全然可愛いと思えない)

 基本的に子供は好きなのだが、それでも限度と言う物がある。体中に子供が抱き付いてくる感覚というのは‥‥‥‥母親として子供に懐かれているというのならば歓迎するが、愛玩動物としては堪ったものではない。
 子供に揉みくちゃにされる動物達の気持ちがよく分かる。セクハラという概念もない無邪気な子供は、自分の欲求には実にストレートだ。可愛い動物がいたら抱き締めたい。檻の中の動物達を眺めているより、可愛らしいぬいぐるみに直に抱き付いた方が楽しいのも確かなのだろう。
 ‥‥‥‥檻の中から伝わる動物達の視線が痛い。
 自分達の人気をあっと言う間に攫っていったみなもに嫉妬しているのだろうか。

(いつでも交代しますよ?)

 あり得ない事ながら、いっそ誰かに交代して欲しかった。
 みなもは全身にまとわりついてくる子供達にモコモコベタベタと体中を撫で回され、溜息混じりに観念した。
 ‥‥‥‥抵抗しても無駄なら、ただ体力を消耗するだけだ。
 ここは一つ、大人しく従順に、動物としての役割に準じよう。

「みなもちゃーん! 仕事を放り出して会いに来たよ♪」

 みなもの体に接着剤を塗りたくった張本人が、子供達を掻き分けて飛び掛かってきた。本当に仕事を放り出してきたのか、作業服のままである。ただ、手に嵌めているはずの軍手だけは、柔らかなみなもの体を堪能するために外されていた。

「がるるるるっっ!!!!」
「キャーーー♪」

 そんな飼育員を、みなもは全力を持って迎え撃つ。
 少なくとも、飼育員を押し倒す数秒間は、みなもは本当の虎のようだった‥‥‥‥


●●●●●


 そうして、ついに日が落ちる時が訪れた。
 中和剤がみなもの全身を巡り、ゆっくりと凝り固まっていた接着剤を溶かしていく。
 まるで全身をスライムが這いずり回るような感覚。
 普通ならば怖気が走るような感覚なのだろうが、この数日間、体内の魔法生物を過労死するのではないかとばかりに働かせていたみなもにとって、気にするほどのことではなかった。

「ふぅ、やっと脱げますね」

 動物園スタッフのための更衣室で、みなもは数日間着続けた衣装を脱いでいった。
 最初は全身タイツだったというのに、今では虎の着ぐるみに変貌してしまった衣装を手で広げる。可愛らしい装飾。しかしこんな改造を施すぐらいなら、最初から体に張り付いたタイツを強引に引き剥がし、新しい衣装を作り上げた方が早かったのではないだろうか?

「いやぁ、ゴメンねみなもちゃん。あの場かは、今頃本物の虎と仲良く寝てるはずだからさ。許してあげてよ」
「いえ‥‥‥‥良いですけど。大丈夫なんですか?」

 飼育されていた肉食動物が飼育員に襲いかかるなど、珍しいことではない。

「大丈夫。仲良くやってるわよ。さっき見たら、一緒にステーキを食べてたし」
「‥‥‥‥仲が良いんですか?」
「不思議と動物に好かれる子なのよねぇ。トラブルばかりだけど」

 スタッフは首を傾げて苦笑する。
 本物の虎の隣で寝食を共にする。人間慣れしている動物だと言っても、いつ自分に襲いかかってくるかも分からない相手と共に居続けるのだ。並大抵の神経ではない。

「そんな人だから、懲りないんですよ」

 初日から最終日まで‥‥‥‥みなもをトラブルに巻き込んだ張本人は、最後までその態度を変えなかった。明るく、楽しげに、虎のぬいぐるみを着込んだみなもで遊ぼうとまでしていたのだ。

「悪い子じゃないのよ」
「分かっています。今度はお客として遊びに来ますね」

 みなもは数日ぶりに“人間の服”に袖を通し、それまで着ていた虎のぬいぐるみに目を向ける。

「気に入ったのなら、持って帰る?」
「遠慮します。もう懲り懲りですよ」

 スタッフの言葉に、みなもは苦笑で返すしかなかった‥‥‥‥


Fin




●●あとがき●●

 今回は短く纏めてみたメビオス零です。
 納品が遅くなってしまい、申し訳ございません。なんか色々ありました。この一週間、思い出したくもないことで一杯です。
 そんなことはさておき、今回の作品はいかがでしたでしょうか?
 最初から最後まで、結局子供達を相手に悪戦苦闘していたみなもさん。日を追う毎に虎に変えられていく衣装‥‥‥‥最初から作り直せばいいのに。まぁ、子供達に追い掛けられることには変わりませんけど。
 等身大の虎のぬいぐるみなんてあったら、是非とも欲しい。それが可愛らしく動くとなったら‥‥‥‥悶絶して死にそうです。そんな願望が、この作品には籠められています。だって可愛いんだもん。虎だし。猫科だし。もうちょっと甘えん坊だったら最高なのに。
 でも子供達に追い掛けられる動物達には同情。ベタベタ触られて、鬱陶しいと思われても仕方ないよね。私も触りたいけど、我慢します。

 では、この辺で‥‥‥‥
 毎度のように納品が遅れ、申し訳ございません。しばらく新しい依頼は取れないかも知れませんが、また窓口が開いていたら気軽にご依頼ください。次も頑張らせて頂きます。
 作品に対するご感想、ご指摘、ご叱責、苦情等々が御座いましたら、是非ともファンレターに混じってお送りくださいませ。毎回戦々恐々と読ませて頂いております。封を開けるまでドキドキするのは、いつまで経っても治りませんね。こう、試験の合否を確かめる気分。何に落ちるのか、私は。
 今回のご発注、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年01月29日

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