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『花咲ける庭で 〜藍と、緑と 』
オベル・カルクラフト(ez0204)

 かの常春の庭が最もまばゆい姿を顕すのは、南面のステンドグラスから柔らかな光注ぐ午後のひとときだという。
 花開いた薔薇がふわり薫る空間を、色とりどりの光と花弁が彩る光景は、誰しも感嘆のため息を禁じ得ない。
 貴重な硝子と淡い薔薇色の花崗岩で覆われた庭は、未だ寒風吹止まぬ外界とは別世界である。
 それこそ、春の女神が芽生えの季節を前に、小さな部屋で憩いの時を過ごしているかのような。
 但し、温室で待つのは麗しい貴婦人ではなく‥‥麗しい貴婦人達がこぞって熱い視線を捧ぐ貴公子。
 パリの社交界中で、一度は招待されてみたいもの、と噂される庭を有する屋敷の主人にして、若くしてブランシュ騎士団藍分隊長の任を預かる騎士の中の騎士。
 オベル・カルクラフト(ez0204)その人だった。

 オベルは本日の招待客、緑分隊長フェリクス・フォーレ(ez0205)の姿に、微かに目を見開いた。
 しかし、それも一瞬の事。
「ようこそ我が邸へ。心より歓迎申し上げる」
 優雅な所作を以って挨拶を述べ、自ら椅子を引いた主に、客人は軽く手を上げ、謝意を表するかのように微苦笑を浮かべた。
「お招き有難うございます。‥‥どうぞ、お構いなく」
 この『お構いなく』は、何に懸かるのだろうと、内心ひっそり息を吐きつつ、しかし、客人に対して完璧な態度を崩す事はない。
 オベルは礼を失しない程度に簡素な服装では在ったが、高潔にして精錬な空気は、常と如何ほども変わる事はなかった。
 フェリクスの方は、執事らしき初老の男性に、外套その他を手渡していた。常春の楽園では、ひとまず必要の無い物だ。
 身軽な服装で席に就いた彼を見て、オベルもようやく肩の力が抜けたようだ。手馴れた仕草で茶を淹れると、自らも卓を囲む。
「これは、お見事」
 ひとくち含むと、香草の香りが心身を和ませる。茶葉の質をさることながら、扱う者の腕前もまた、優れているのだろう。
 国王の親類であり、ランス公の地位にある者には異質な特技とも言える。
 しかし、一度国滅び、追われる身となったかつての彼らには、茶の一杯も、悠長に侍従に淹れさせている余裕は無かったのだ。
 そして、それは激動の時代を共に戦ったフェリクスには言われずとも知れた事である。
「先日も、見事なもの、とお見受けしましたが。また少し趣が変わりましたか」
「ああ、花の盛りが、あの一角へ移ったかと。これからの時期だと‥‥」
 常春にあっても花の命は巡るもの。
 彩を絶やす事無く、それで居て、少し時をずらせば違った風情も楽しめるようにと花卉を配した造りは実に目に楽しい。
 その移ろいを、庭の主はさらりと解説してみせた。此処で時を過ごす事が少なくは無いのだろう。
「茶菓子も用意がある。宜しければ」
「頂戴します」
 庭の説明や時候の話など、一通り無難な話題をこなし終わった頃。
「ところで‥‥」
 先とは違う茶葉に湯を注ぎ、しばし置く。
「この度の王妃内定について、如何思われる」
 年若い同輩の、婉曲も何も無い問いに、フェリクスは淡い笑みを浮かべた。何時だったか、腹芸や舌戦は苦手なのだと眉根を寄せていたのを思い出したのだ。
「嬉しく思っておりますよ。良き夫婦となられましょう」
 あっさりとした答えではあったが、君主や妃ではなく夫婦、とした所に彼の想いと願いがあるのだろうと察し、それでは‥‥、と続ける。
「マーシー1世の次の一手については?」
 口調はやはり率直であったが、微かに視線が揺れたのが見て取られた。
「さて。巷では、すぐさま何れかの公女を側室に送り込むのだろう、と噂されますが」
「‥‥‥」
「果たして、昨今の陛下のご様子を拝見した上でごり押しをしてくるというならば」
 一旦言葉を切ると、口の端を吊り上げた。
「何と空気の読めぬ御仁よと、公言も出来るのですがね」
 己に劣らぬ率直な、というか身も蓋もない言葉にひやりとしつつ、オベルは二杯目の茶を注ぐ。
「まあ、確かに‥‥睦まじいご様子でいらっしゃる、な」
「‥‥‥」
「どうされた?」
 緑眼を、正面から見返した。
「いえ」
 今や、人の集まる場でレンヌ公の名が出ない方が珍しい。その度オベルから向けられる視線の意味に気付かぬ程、緑分隊の長は鈍くは無かった。
「いつも、お気遣い頂き申し訳ない」
「‥‥‥」
 ノルマン王国における立身の経緯から、ブランシュ騎士団、殊に王国滅亡から復興までの苦楽を共にした古株達の中で、マーシー1世に思う所のある者は少なくない。
 そして、その筆頭とも言える者は‥‥
「何がともあれ、彼は有能な為政者ですよ」
 レンヌの繁栄がその証、と続ける。
「しかし、きな臭い噂もまた、絶えないのが事実だ」
 逸らされた視線と声音に滲んだ、やや気まずい色が、フェリクスの微苦笑を誘う。真っ直ぐな若さというものは、全く以って好ましく‥‥それをとうに失った者には、少々苦い。
「やっかみ半分の噂が殆どでしょう。しかし‥‥」
「‥‥ああ。それを見極めるが我らの役目」
「万が一の時は、王国に仇成す者は排除する、それだけです」
 さらりと告げて、ひとくち茶を含む。
「‥‥『緑分隊長』の意見としてお聞きしておこう。では、フェリクス・フォーレ個人として、かの者を如何に思われる」
 問われて、カップを持つ手が一瞬止まった。
「どこかに消え去って欲しい、かな」
 オベルは、茶器が手からこぼれそうになるのを、慌てて支えた。元より態度から明らかではあったものの、こうも断言されたのは初めてだ。
「ここまで嫌える相手というのも、そう居まいと思った位だから」
 少し慌てた招待主の姿に、くつくつと笑いを漏らす。
 語り尽せぬ因縁自体は、今は敢えて口には出さない。
「失礼。話が逸れました。マーシー1世の次の1手、でしたね」
「あ、ああ。そうだったな」
「思いつくとしたら、隣国‥‥」
「神聖ローマか」
 未だ冷たい仲の隣人は、次期王妃の祖国でもある。これを期に、あちらが何がしかの行動を起こす可能性は低くはないだろう。
 その際に、かの国と因縁浅からぬマーシー1世が、何の介入も成さぬと考える方が不自然だ。
「ええ。注意を払う必要がありましょう」
「地方の情報はこちらから随時届けよう。それが我が隊の本来の役目ゆえ」
 オベル率いる藍分隊は王都に一定以上留まる事は殆ど無い。
「お願い致します。中央の事は、私も目を光らせておきますので」
 緑分隊もまた、その任務は少々特殊。あまり表に立つ事は無く‥‥言い換えれば、何処にでも居り、それゆえ何処に居るのか掴み難い。
「言うまでも無いが‥‥陛下と妃殿下を、くれぐれも」
 力強い眼差しに、成程これを伝えたいが為の招待かと、フェリクスは大きく頷いた。
「勿論。お任せ下さい」

「ところで、‥‥その格好は?」
 冬の陽がやや陰り、色硝子から注ぐ光が違った趣を見せ始めた頃。フェリクスは預けた外套その他を再び纏い、薔薇の楽園を後にした。
「本日『緑分隊長』は業務に忙殺され、執務室に詰めているのですよ」
 聞けば、それを本日の見合い‥‥もとい、明らかに仕組まれた『出会いの場』たる茶会を断る理由としたのだとか。
 赤分隊長は言うに及ばず、近頃は国王、さらにはその妃となる人からも、言及が厳しいのだという。
 主君の『独身男に養女にやるのは癪』という言掛かりは適当にかわすとしても、義娘の『お義母さんが欲しいです』にはどうにも参って、とほろ苦い笑みを浮かべる辺り、子煩悩の素質は十二分に在りそうだ。
 当初、後見はともかくとして、勝手に決まった養父の役には渋い顔をしていたというが‥‥今の展開を読んでいたのだとしたら‥‥いや、おそらく読んでいたのだろう。この件を仕組んだ、某色んな意味で灰色の同輩は恐ろしいと、改めて思うオベルだった。
 そして、彼と長年の腐れ縁、もとい友誼を結んでいる彼もまた、一筋縄ではいかぬ人物なのだろう、とも。
「今度は酒の席でも設けよう。折角同じ職にある者同士、また顔を揃えても良いだろう」
「それは楽しみ。私も、何がしか持参致します。酒ならば多少はお教え出来ることもありましょう」
 それでは、良き時間を有難うございました、と軽く膝を折る同輩に頷き返し、本日の催しは閉会となった。

 その、数日後。
 いかなる道筋を辿ったかは不明だが、王宮にある噂が届いた。
 曰く、浮いた話ひとつ無い藍分隊長が、噂の薔薇園に妙齢の女性を招き持成した、という。
 しかし、噂を聞きつけた赤分隊長が彼を尋ねる頃には時既に遅し。展開を予測していたかのように、藍分隊は足早に地方巡察へ発った後であったという。

 故に、事の真相は未だ不明である。
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2010年02月05日

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