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『真偽の舞台へようこそ 』
レイジュ・ウィナード3370)&フガク(3573)&(登場しない)


 聖都は新年を迎えてこんなにもおめでたいというのに、蝙蝠の城はいつものように月明かりを浴びてひっそりとしている。
 城主のレイジュはふと、窓から遠くを眺めた。この日は、街で新年を祝うお祭りが、昼も夜もなく催されている。人々の陽気な声や歌、そして音楽がここまで響く。そんなエッセンスもあってか、いつも見ている街並みとはまた一味違う魅力を放っていた。レイジュの銀色の瞳には、鮮やかな色彩が映っている。
 そんなご陽気な祝祭への招待状を持って、友人のフガクがいつにも増して大きな笑い声を響かせながら、城へとやってきた。お互いに軽く挨拶を交わすと、お決まりのやり取りを始める。今回はフガクが先手を取って「あれ、もしかして外見てた?」と切り出すと、レイジュは「外がお前のように賑やかだったからな」と返す。フガクはそれなら話が早いと手を叩き、祝祭を見物に行こうぜと誘う。こんなイベントでもないと、レイジュは外出してくれない。フガクは「夜なんだしさー」とさらにプッシュすると、レイジュは「今日くらいはいいだろう」と漆黒のコートを手に持って出発の準備を始めた。賑やかなところに行けば、自然と気持ちも楽しくなる。フガクは友の英断に拍手し、気の変わらないうちにさっさと外へ連れ出した。

 この日の街は、夜店が軒を連ねている。珍しい農作物を焼いて売ったり、子ども向けのお面が飾ってあったりと、誰もが楽しめるお祭りだ。露店を覗いたレイジュが、自分の守護獣であるバットがないか探す……もちろん最初から買う気はないが、少し気になったらしい。フガクは「残念ながら、俺のもないんだわ」とレイジュの肩に手を置いて、何度か頷いた。どことなく寂しそうな表情をしているように見えたのは、レイジュの気のせいだろうか。
 ふたりはこんな調子で散策をしていると、薄暗い路地裏から若い男たちの声を耳にした。それはお祭りの華やかさとは違った、危険な雰囲気が漂う。フガクは自然と体が動いた。レイジュもそれに続く。彼らは高圧的な態度の悪党と地面にうずくまるふたりの男を発見した。

 「おーおー、悪党さん。もう、いいだろ。お小遣いがほしかったら、悪徳商人でも狙うんだな。そんな根性ないだろうけど。」
 「子どもたちも祭りを楽しんでいる。できれば、事を荒立てたくない……だが、まだやるというなら相手になろう。」

 フガクはショートソードを、レイジュは吸血剣を抜いて悪党どもを威圧する。相手はふたりの放つオーラを感じ取ったのか、この場は「覚えてろ!」とお決まりの捨てゼリフを吐いてさっさと逃げた。この悪党は、なかなか利口な部類に入ると言えるだろう。
 なんとか虎口を逃れた男たちは、フガクたちに何度も礼を述べた。ただ、腕や脚を切りつけられたらしく、ふたりが自力で立つのは難しい。ここまで来たら、乗りかかった船という奴だ。フガクは応急処置を手早く済ませると、そのうちのひとりに肩を貸す。レイジュがもうひとりに帰る場所を問うと、なんと劇団の楽屋だと答えた。これにはさすがに驚きを隠せず、相手に「演劇をしているのか」と聞いたほどだ。フガクは「もうちょっとお金のなさそうな演技ができればよかったのにな」と冗談を言って場を和ます。
 まもなくして目的地にたどり着いた。さすがに舞台の稽古をするだけあって、建物の中は広々としている。しかし中から飛び出してくる人数は、それほど多くないのが印象的だ。怪我をした仲間を心配する面々を代表し、ひげを蓄えた団長がふたりにお礼を述べる。そんな彼の顔色が思った以上に悪いので、フガクがその理由を尋ねた。

 「なんか……表情から察するに、ずいぶんと景気悪そうだね。なんかあったの?」
 「実は彼らはね、数日後に祝祭で行われる芝居で主演をする役者なんだよ。ここでふたり抜けると、ちょっと厳しくってね……」

 団長の言葉を聞いたレイジュは『どおりで金のない役がうまくないはずだ』と妙に納得した。フガクも「そりゃ大変だねぇ」と心配そうに救出したふたりを見守る。
 すると、そのふたりが口を揃えて「この方々なら代役をお願いできます」と言うではないか。フガクにとっては寝耳に水。レイジュに至ってはしばらく不思議そうな顔で立ち尽くすばかり。どうやら悪党を追い返した時の気迫が、彼らには正しく読み取られていたらしい。さすがにこの提案には戸惑ったが、団長はおろか全員に頭を下げられてはどうしようもない。困ったフガクはレイジュに目配せをするが、相手はすでに何かを諦めたらしく目を合わせてもくれない。フガクが「どうやらえらく大きな船に乗りかかってしまったらしい」と観念し、その申し出をレイジュとともに引き受けた。


 翌日から本番まで、ふたりは一通りの稽古などを体験する。まずは衣装合わせ。フガクはカッコいい勇者様の衣装に身を包んでご満悦だったが、レイジュはいつも着ている服と変わらない感じの貴族服……しかも役柄は、敵役の吸血鬼。あまり恨み言を口にしないレイジュだが、さすがにこの待遇の差には不満を感じたらしく、勇者様に文句を垂れたようだ。
 ふたりに残された時間は、あまりにも少ない。とにかく芝居の流れを体でつかんでもらおうと、団長は無理を承知で『通し稽古』を敢行。役柄への入り込みはその時につかんでもらう。そして難しいことは抜きにして、あくまで舞台の基本に絞って指導する方針を固めた。お客さんに背を向けない、他の役者とかぶらない……それはレイジュやフガクが得意とするものとは、あまりにも違う。お気楽に構えていたフガクも、これには大苦戦。だが、みんなで作るのが舞台というもの。そういった癖は団員がちゃんと見切り、自分たちの立ち振る舞いで改善できるように工夫してくれる。フガクは何度か同じシーンを練習するうちに、「こりゃ、なんとかはなるな」と思うようになった。
 一方、敵役のレイジュは「役者なんて向いていない」と悩んでいた。見た目こそはまり役だが、本人はそんな性格じゃない。感情移入しようにも、吸血鬼じゃ仕方ない。その辺はフガクが「まーまー」といつもの調子で慰めた。何もこれで吸血鬼デビューするわけでもない。お客さんもお前をそんな目で見るわけじゃないと勇者様に励まされ、仕方なくまた稽古に励む。ふたりの悪戦苦闘は当日まで続いた。


 本番直前の芝居小屋には、たくさんの見物客が訪れた。内容は勇者が吸血鬼を倒し、姫君を救うという勧善懲悪かつ単純明快な物語である。そのせいか、子ども連れの家族も多くいた。
 芝居はクライマックスへ向けて進む。団員の皆さんは巧みな言い回しで次のセリフを思い出させたり、代役の立ち位置が違うと誘導してくれたりと大活躍。ふたりは今まで『なぜ主役に代役を立てたのか』とずっと疑問に思っていたが、ここに来てようやくその意味を知ることになる。縁の下の力持ちに助けられ、ようやく勇者と吸血鬼が対峙し、姫君を救出せんとする場面を迎えた。
 ここまでくれば大丈夫。フガクとレイジュは城でもこっそり殺陣の練習をしていた。負傷した役者たちが見切ったのは、まさにこの場面で輝くもの。軽く手合わせをする程度では、団員はおろか観客にも見破られてしまう。だから本業こそマジメにやろうと、ふたりは気合を入れて練習したのだ。レイジュにしてみれば、セリフを発する必要がないというだけで安心できる。

 前口上もそこそこに、いよいよ戦闘シーンへ……と思っていたら、そこに禍々しい衣装に身を包んだ男どもが入ってくる。さすがのフガクも固まった。今まで自分たちを救うために団員がアドリブをすることは何度もあったが、ここまで露骨なてこ入れは聞いていない。レイジュはもっと正直で、顔が素に戻ってしまった。もうこんなサプライズはいらない……ふたりの顔が青ざめる。

 「ふははは! 我は魔王! 我が下僕たる吸血鬼よ、ご苦労だった! 姫を手に入れた以上、もうお前に用はない。我が眷属の刃にかかって死ぬがよい!」

 フガクは『眷族』を名乗る男たちの剣を見て、気を引き締めた。いや、引き締めざるを得ない。あれは本物の刃がついている……本来、演劇で使用されるものは加工してあり、無駄に光ったり斬れないようにしてあるのだ。それを無視しているということは、少なくとも団員が仕組んだサプライズではない。レイジュは別の『あること』に気づき、フガクに目配せをした。それは『魔王を名乗る男をよく見ろ』とのことだったが、フガクはそれでやっと全容を知る。魔王を名乗る役者は、実は路上で団員を負傷させた悪党の片割れだった。ふたりがここで芝居をしていることを知り、慌てて準備を整え、公衆の面前で仕返ししてやろうと勇んでやってきたらしい。

 「野郎ども、たたんじまえ!」

 悪党どもは本物の獲物を振り回して襲ってきた。連中の狙いは団員でも姫君でもなく、フガクとレイジュだけ……それが幸いした。団員と姫君は殺陣が始まると、邪魔にならないように舞台の脇へと下がる。それはお互いにとって好都合だった。
 しかし勇者と吸血鬼のふたりに隙はない。レイジュは舞台を明るく照らすろうそくに目をやると、フガクは聖獣装具のビームでそれを消した。音もなく闇が訪れ、観客からも戸惑いの声が漏れる。
 光と闇の境目を見極めたふたりは、役者ではなく戦士として舞台を駆けた。舞台用の剣がどんな性能なのかは、殺陣の練習を重ねたので体が覚えている。それに突然の闇に動じることもない。レイジュは超音波で敵の場所がわかるし、フガクは明かりを消す前に片目を閉じていた。こうなれば負ける要素なし。あとは面白いように敵を倒していくだけ。ただ悪党の悲鳴は本物なので、それに負けない声を発するように心がけた。

 レイジュの魔法で再び舞台に光が戻ると、魔王と眷属がピクリとも動かずに倒れていた。フガクは勇ましさ漂う動作で剣を収めて観客の喝采を浴びる。そして問題のレイジュは地面に剣を置くと、姫君の前で膝を折ってうやうやしく一礼して喋りだした。

 「この度のご無礼、誠に申し訳ありません。私は魔王の幻術で操られ、悪の手先にさせられておりました。」
 「お、おお……それはなんと不憫な。しかし彼らの撃破は、私への忠誠を示すもの。さぁ、頭をお上げなさい。そしてともに戦った勇者と友情を分かち合うのです。」

 姫君に促される形で、物語はエンディングへ。フガクが手を出すと、レイジュもまんざらでもない顔で握手に応じる。観客はこの劇のラストを見て、いつまでも大きな拍手を送り続けた。そう、彼らの気持ちは、あの時の団員と同じ。真に迫った芝居を見て興奮し、心から満足したのだろう。こうしてこの奇妙な劇は、無事に幕を閉じた。


 せっかく成功したというのに、役から離れたレイジュに元気がない。どうやら一連の騒動で参ってしまったらしい。彼にしてみれば賑やかなことが多すぎて、余計に気を遣ったのかもしれない。フガクはもらった謝礼を数えながら、いつものようにお気楽節を響かせた。

 「ままま! こんだけありゃいい飯が食えるね〜!」
 「どこでもいいから、早く行くぞ。場所が決まったら、そこまでまっすぐ行くぞ。寄り道もしないぞ。」

 またトラブルに巻き込まれてはたまらない……レイジュの魂の叫びを聞いたフガクは豪快に笑った。
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聖獣界ソーン
2010年02月08日

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