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『春風駘蕩 』
犬神・彼方(ia0218)& 鈴 (ia2835)&相川・勝一(ia0675)&北條 黯羽(ia0072)&雪ノ下 真沙羅(ia0224)


 一月や二月といえば新年の空気がまだまだ濃く、同時に春の気配を目の前に感じながらも寒さは一層増す時期である。
 それはこの天儀においても例外ではなく、冬特有の季節が世界を支配していた。

「おー……これはまぁた綺麗に積もったぁもんだねぇ」
 窓辺から見える景色はこれ以上ないほどの銀世界だった。たった一晩でこれだけのことを成し遂げる世界の神秘に、家主の犬神彼方が煙管を燻らせながら愉快そうに笑う。
「……寒い……」
 その後ろで身を震わせたのは一糸纏わぬ美しい女性。肌を刺す寒さに、一度はあげた布団を被りなおす。
「黯羽ぁそろそろ起きろよぉ?」
「もう少し寝る……」
「そぉろそろ起きないと娘が鬼にぃなるぞー」
 その瞬間、北條黯羽の体が跳ね上がる。彼女はよく知っている、少しでも朝からだらけようものなら鬼のような娘が朝食抜きにしてしまうことを。
「寒い日はもう少し寝ていたいのに……」
 ぶちぶち呟きながら、しかし着物を纏う動作は実に素早い。隣に彼方がいないから余計に寒いのもあるのだろう。さっさと羽織ると、その寒さを紛らわせるために黯羽は彼方に腕を絡ませた。
「嫁も飯の前には形無しだぁねぇ」
「そういう旦那もこの間一日飯抜きにされたくせに」
「あ、あれはだなぁ、少々夜遊びが過ぎたぁというかぁ……」
「俺という嫁がありながらねぇ」
 隣に寄り添いながら、先ほどのお返しとばかりに黯羽の言葉が一々鋭い。原因は彼方にあるのだから文句の言いようもないのが痛いところだった。

 しかし、旦那と嫁というには少しおかしい。何故なら黯羽は当然として、彼方の胸にも大きく主張する双丘があるのだ。もっとも彼方の場合は顔つきやその言動もあってやはり男らしい、という言葉がにあっているのだが。
 それはつまり女同士であるということであって、しかしその特殊な関係もこの家にとってはただの名物であり当然のものでしかない。
 犬神一家といえば随分と古くからこの地にある有名な一家だ。どういう意味でかは色々な意味で、としか言いようがないが。
「いい天気に景色だぁねぇ」
「けど寒い」
「それは仕方なぁいってもんだ」
 朝からかんらからからと晴れ渡った空に響き渡る豪快そのものの笑い声に、雪の中を歩いていた近くの老人が空を見上げ今朝も元気がよいと笑うのだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 彼方には癖がある。身寄りのない者達を拾っては家へ招き入れるのだ。
 そろそろ何人家に入れたかも分からなくなる数だが、しかしその全てが彼方にとっては大切な「子」たちである。
 当然といえば当然だが、片っ端から拾ってくるのだから家にいる者たちの素性や年齢は様々だ。それこそ彼方より年上の者から、赤ん坊とそう変わらない者まで。

「……うん」
 中庭に繋がる縁側、そこに正座しながら一人の少年が手に刀を持ち手入れをしていた。
 目釘を抜き、柄、続いてはばきや切羽、鐔を外し刀身をさっと拭い紙で拭う。峰へ向かって打粉をはたき、裏返したら今度ははばきへ打粉をはたいていく。打粉を再び拭い紙で拭い、油塗紙で丁寧に刀身へと油を塗っていく。
 再びはばきや柄を組み立てていく動作には一切の無駄がなく、それは彼が今まで何度となくそれを繰り返していることを証明していた。その小柄にはまだまだ大きな刀であったが、すっかり手になじんでいるのかその重さは全く感じさせない。
 刀身を一度立ててみれば、そこに写るのは美しい白銀と自身の顔。
「よし」
 続いて何時も持ち歩く仮面を取り出し、その手入れも始める。それが相沢勝一にとっての一日の始まりだった。

「あの……勝一さん……」
「はい?」
 仮面の手入れも終わり、漸く一息ついていた勝一が声に振り向くと、そこには頭一つ分ほど彼より大きな少年が立っていた。
 勝一も十分可愛らしい部類に入るが、その少年もまた随分と可愛らしい顔つきをしている。妙におどおどした態度が余計にそれを際立たせているのかもしれない。
「鈴さんじゃないですか。どうかしましたか?」
「ぇと……剣の稽古に付き合って欲しいのですが……」
 鈴と呼ばれた少年が、上目遣いで勝一を見つめる。背格好からして彼のほうが勝一より年上であるのに、変に遠慮した態度のせいで全くそう見えないのが困ったものだ。
「問題ないですよ。道場でやりましょうか?」
「はい、お願いします……」
 実に嬉しそうに頭を下げる鈴に、勝一もにこにこしながら答える。
 しかしこれだけ可愛い二人となると、色々と変な噂が立ったりするかもしれないし立たないかもしれない。世が世ならばきっと半ズボンを履かされる事だろう。どうでもいいことだが。

「寒いですねぇ……」
「結構積もってますよね……」
 道場へ続く庭も当然ではあるが一面銀景色で、滅多に見れない光景に二人は内心喜びながら進んでいく。
「おや?」
 そこで勝一は違和感に気付く。一面の銀景色の先に道場が見えるが、その道に一人分の足跡がついているのだ。
「誰か道場に……?」
 鈴もそれに気付く。しかしこんな朝早くから道場に入る物好きなど家族の中にいただろうか?
 中からは特に物音もせず、益々誰がいるか分かったものではない。物音を立てないように、勝一と鈴はそっと道場の中を覗き込んだ。

 道場の中はまるで空気の流れが止まっているかのように静まり返っている。その中に正座で佇む女性が一人。
 二人にはそれが誰か顔を見ずともすぐに分かった。髪の色が特徴的だったし、何よりも背後からでもすぐに分かるその体型。
 具体的に言えば、後ろからでも分かるほど『大きい』。背は寧ろ低い部類に入るからそれが余計に強調されている。
「……真沙羅さん、ですね」
「そう、みたいですね……」
 何故か二人の頬が赤い。色んな意味で少年達にとっては毒なのだ、その姿が。天然フェロモン発生装置雪ノ下真沙羅、恐るべし。
 しかし、顔は赤くても肌は寒い。このまま覗いているのも中々あれなので、二人はそのまま道場へと入っていくのだった。

「んー? 稽古かぁねぇ」
 それを目敏く見つけていたのは彼方だった。先ほど真沙羅が道場へ入っていくのもしっかりと見ていたりする。
「あの三人なぁら面白いことになりそうだぁねぇ……」
「旦那、何が?」
 丁度席を外し朝から酒を用意していた黯羽は見ておらず、戻ってきたらくっくと笑っていた自分の夫へ怪訝な顔を向ける。
「なぁに、稽古がぁね」



 彼方が上から見ていたことなど露知らず、本来の目的を果たそうと勝一と鈴は道場へ足を踏み入れる。人の気配に気付いたのか真沙羅が立ち上がり、
「きゃぅ!?」
 こけた。どうやら足が痺れていたらしい。
「「……!」」
 思わず二人が目を背ける。そんなに酷い惨状なのか。
 いや違う。揺れるのだ。こけたからには揺れるのだ。何処がと言われたら、その中心で愛を叫ぶケモノとでも表現すべきものが揺れるのだ。
 13歳と12歳。まだまだ小さく、しかし男子とあらばいい加減異性を意識する年齢でもある。一方の真沙羅は18歳だ。色々な意味で大人だ。

 揺れる。吐息が漏れる。
 思わず少年達の頬が赤らむ。
 また揺れる。ぷるるんと。
 少年達は見てられない。色んな意味で。
 またまた揺れる。これでもかというくらい。
 そろそろ少年二人のパトスが溢れそうです。

 とまぁそんなやり取りは兎も角、鈴と勝一は事情を説明する。
 元々人見知りの鈴や真沙羅ではあるが、既に同じ屋根の下に住んで幾星霜。そこに男女としての遠慮はあれど、家族としての隔たりは全くない。
「私で、よければ……」
 おずおずと、しかし笑顔の真沙羅に勝一と鈴も小さく頷き笑いあった。
「若いってのはぁいいねぇ」
「父様……母様……」
 何時の間にきていたのか、声に三人が振り向けばそこには彼方と黯羽の姿があった。三人の仲良さげな雰囲気に満足しているのか、彼方には笑顔が溢れている。
「しっかり励めぇよー」
 さすが父様、子供たちの努力をしっかりと応援している。あぁ、なんと美しきかな家族愛。
 ただ、その手にある酒瓶を除けば、だが。いいシーンなのに、たった一つの要素で全てがぶち壊しである。
「旦那、酒を片手に言ってもしょうがないと思う」
 嫁のツッコミは一々的確だ。

 さて、歳では真沙羅が二人より上で、その分経験も一応豊富である。というわけで、鈴と勝一対真沙羅の構図が出来上がった。
 手には木刀。今の対戦は真沙羅の背後に鈴がつける。隙を見せまいと振り向けば、鈴は素早く位置取りを変えていく。
「鈴さん、それじゃ勝てませんよ……!」
「分かっています、それくらい……!」
 しかし中々隙を見せない真沙羅に、鈴は中々打ち込むことが出来ない。普段からぽややんとしていても志体持ち同士である、少しの油断は命取りだ。
 暫く打ち合うこともせず、ただ様子見が続く。道場内はただすり足の音だけが支配していた。
「どうしたぁそこだ打ち込ぉめー」
「旦那、うるさい」
「ぐへっ……!?」
 余計な騒音が混じったようだが、黯羽が肘を入れて黙らせていた。みぞおちに入ったらしい。効果は絶大だ!

 一方の三人。そんなやり取りもなんのその、集中力は全く切れていなかった。この程度で心を乱すは武士の名折れとでも言うのだろうか。
(真沙羅さん! 胸が、胸が!!)
 全然そんなことはなかった。すり足で動くたびにたゆんたゆん。前の前でそれを見るしかない勝一心の叫びだった。
 そんな勝一はさておき、遂に局面が動いた。
「ぁっ……!」
 忙しなく位置取りを変える鈴に痺れを切らしたのか、真沙羅が遂に大きく動いた。しかし天然の真沙羅である、そんな彼女がいきなり激しく動けば大体予想はつく。
 早い話がバランスを崩した。袴の裾を踏んでしまい思わず前かがみになってしまったのだ。
 当然揺れた。激しく揺れた。それはもうこれ以上なく揺れた。それも勝一の目の前で。
 必死にバランスを立て直そうとする真沙羅は全く気付いていないが、その正面で観戦している勝一にとってはこれ以上ないほど眼福…いや、毒だった。
「っ!?」
 思わず前屈み。だって、男の子だもん。12歳だって立派に成長はしてるのだ。、何処がとは言わないが。
 しかし、これは鈴にとってまたとないチャンスであることも確かだ。何時もはおどおどした視線を鋭くして、バランスを崩して動けない無抵抗な女子へと襲い掛かる鈴。文字にすると随分と変態的だが気にしない。
「はーーーーぁッ!?」
 だが忘れないで欲しい。鈴だって普段からおどおどした小動物系男子だ。草食系よりもさらに大人しい、言うなればプランクトン系かもしれない。
 そんな彼が真剣になればどうなるか。当然真沙羅と同じ運命が待っていた。
 真沙羅はそのあまりに立派な双丘にばかり視線がいきがちであるが、実は丸いお尻も結構なものである。勿論本人は恥ずかしいと思っているが、そんなことは世の男性にとってどうでもいい。寧ろもっと恥じろと言わんばかりだ。
 常に位置取りを変え、真沙羅の背後を取るように動いていた鈴が突っ込み躓くとどうなるか。
 桃によく形容されるそれに、まだまだ柔らかい少年の頬が当たる。仄かに暖かく、そして確かに桃と形容されるのも分かる丸みが頬を包み込んだ。
「よ、避けてくださぁぁい……!!」
「……ぇ? ちょっ、二人とも危な」
 勢い+勢い=?
 鈴に押される形で、真沙羅の巨大な双丘が勝一の顔へと迫る。前屈みの勝一に、避けることなどは不可能だった。
 何かがぶつかりあう派手な音が、それまで静かだった道場を包み込む。しかし、その音は同時に何故か柔らかい音でもあった。

 人は生まれ出でたとき、母親の胸に抱かれるという。
 それは母乳を飲むという本能的な行為と、母親の愛情を一身に受ける両方の意味がある。
 が、今はどうでもいい話。

 むに。むにむに。
「ぶはっ!」
 何かに押され、勝一は息が全く出来なかった。少し動こうとしても、それは柔らかく常に勝一の顔を包み込んでいる。
「ひゃぅん」
 必死にどかそうとするがどいてくれない。息が出来ない勝一は必死にもがくが、もがけばもがくほど謎の桃色吐息だけが響く。
(苦しいけど、この感触懐かしい……)
 きっと彼が思い出せないほど昔、確かにそれを体験したのだろう。記憶というものはそんなことをはっきりと脳に刻み込んでいるものだ。
 苦しいのに懐かしい。その変な感覚に勝一が目を開けば。そこは一面肌色だった。
「し、勝一様……あの、あまり動かないで…ぅん……!」
 勿論、それが何かなど言うまでもなかった。

「はっ……」
 一方の鈴は、袴の上からでも分かる丸みに顔を突っ込んだままだった。どうやら突っ込んだ際に一瞬意識が飛んだらしい。
 丸みはとても柔らかく、そして暖かい。出来ればこのまま顔を埋めていたいくらいだ、と鈴が本当に思ったかどうか定かではない。
 それは兎も角、視界はすぐに開けた。勝一のように一面肌色などということはなかったから。
 しかしその分、今自分が何に顔を埋めているのかもすぐに理解できてしまった。
「ふぁ……ぁ、あの、すみません……!」
 男としては役得だ。しかし鈴はあくまでまだまだ少年であり、それはあまりに刺激が強すぎる。
 未だ胸元に勝一を埋めたままの真沙羅を前に、鈴はただ顔を赤くして黙り込むことしか出来なかった。

 恐らくこの状況を楽しめたのは、当の本人達ではなくそれを眺めていた彼方と黯羽だろう。
「ぉー……羨ましい」
 彼方からぼそっと本音が漏れる。犬神彼方、体は女でも精神のほうはかなり立派な親父である。
 しかしそれを聞いて嫁が嬉しいかと言われれば、そうでないと答えるのが普通だろう。
「ふぅん……まぁ確かに真沙羅のほうが俺より胸大きいけど。そんなに羨ましいなら今度真沙羅に頼めば?」
「あぁいや、そういうことぉじゃなくてぇ」
 黯羽は何時も飄々としているが、結構なやきもち焼きであることを彼方は知っている。幾ら娘だろうと、流石に今のは冗談が過ぎたかとその手を取った。
「ほぉら、機嫌直してぇ」
「やだ」
 そっとその細い腰を抱き寄せる。しかしそれくらいでは黯羽の機嫌は直ってくれない。
「大体旦那は何時も俺の前でそんなこと言うし……」
 内心では勿論彼方を嫌ったわけではない。しかしたまにはこうやって文句の一つも言わないと黯羽だってやっていられない。
 そんな黯羽が可愛いのは彼方も同じ。だから今はただ謝り倒す。
「お願いだぁって、今度温泉連れていってぇやるから」
「どうせ家族が一緒だし」
「こっそり二人きりでぇさ。それに俺の嫁ぇはお前だけだぁよ」
「むぅ……」
 耳元で囁く甘い声に、黯羽の文句も少しずつ小さくなっていく。その様子はどう見てもただの熱々夫婦だった。寧ろ子供たちの前でやるような光景ではない。

 が、当の子供たちはそれどころではなかった。
「や、柔らか……い……」
「し、勝一様……?」
「勝一さん……そんな……!」
 勝一の腕から力が抜ける。脱出できない勝一がそろそろ違う世界へと旅立つところだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その後は大変だった。
 昇天しかけた勝一を必死でこっちの世界に繋ぎとめたり、勝一がそうなってしまったのは自分のせいだと塞ぎ込んでしまった鈴を慰めたり、色んな意味でダメージの大きかった真沙羅を慰めたり。
 どれもこれも大変ではあったが、一家の父たる彼方の手にかかればなんとかなるのだから不思議なものだ。
 そうこうしている間にすっかり陽は落ち、楽しかった夕餉の時間も過ぎ、子供たちはまた稽古に勤しんでいるのか道場から賑やかな声が漏れてきていた。どうやら他の家族たちとも稽古をしているらしく、黯羽も彼らを見守るべくそちらへ行っている。
 彼方は一人書斎に入り、山のように積みあがった書類を眺めていた。これだけ大きな一家の長である、何かと仕事が回ってくるのだ。

 蝋燭の灯がちりちりと揺れ、少し疲れたのか彼方は眼鏡を外し書類を机の上に置いた。
 夜の帳が降り、窓にはただ月に照らされた世界がある。彼方は慣れた手つきで煙管に火を入れ燻らせる。
 流れてくる風は、朝と打って変わって暖かい。雪も朝にはすっかり解けて、また見慣れた景色に戻るだろう。
 道場から漏れてくる賑やかな声は益々大きくなっている。喧々囂々としたそれは、彼方の耳を楽しげに揺らす。
「春風駘蕩ってやつだぁねぇ……」
 言葉とともに浮かんだ煙が、そっと暗闇へと消えていった。



 そんななんでもない犬神家の一日が、今日も緩やかに過ぎていく。
 きっと明日もまたそれが自分を、そして家族を楽しませてくれるだろうと彼方は一人笑うのだった。





<END>
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2010年02月08日

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