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『 天への階、天上の青 』
リディエール・アンティロープ(eb5977)


 彼の上に広がる冬の空は、重い濃灰や鉛色した雲が厚く垂れ込め。常に葉を茂らす木々の色すら、鈍色の陰に染め上げられた様に、辺りは白と黒の陰影で描かれて見える。温かな色合いが見つけられないのは、訪れた場所柄ゆえのものなのかもしれないけれど。
 まるで自分が住む世界との境界線のように敷かれている白い木柵から続く白木のアーチをくぐり、リディエール・アンティロープ(eb5977)は一人、十字に組まれた柱が並び立つ場所を訪れていた。



 国を守るため、あるいは取り戻すため、文字通りその身を賭して戦ってきた騎士達が眠る場所――それは、ノルマン王国の都・パリの街並みが一望できる場所にあった。
 リディエールは、ここに在る墓所の事も、その一角に、王国の騎士として名を馳せるブランシュ騎士団の墓標が立っている事も初めて知った。
 ノルマン王国は、国としての歴史はまだ浅く若い‥‥復興を遂げてはいるが、1度は滅んだ国。
 墓所には、リディエールの知らない分隊の名が印された墓標が幾つもあり、それらに刻まれている名は少なくなかった。
 まるで一国の戦史を垣間見るような気持ちになりながら、ようやく探していたものを見つけ、足を止める。リディエールが真向かった墓標が記す分隊の名は、藍。そこに新しく刻まれた名を見つけ、瞳が揺れる。
 名前の主との面識は本当に数えるほど、行動を共にした事は1度きり。
 ‥‥たった1度だけだった。



 白い石で作られた藍分隊の墓碑に一輪、花が手向けられていた。
 花の少ない時期に、それでも供えられている花に、手向けた人の想いが垣間見えるような気がして、リディエールの瞳が少しだけ緩む。彼が手向けの品に選んだのは酒だった。顔見知りの藍分隊員であるエドモンに、かの人の好む銘柄を聞いて、持参したものだった。
「ああ見えて寂しがりやなんです、貴方のお気持ちはとても喜ぶと思いますよ」
 本人は認めないだろうし、目の前では言えませんけどねと笑顔で教えてくれたエドモン。エドモンの中でも、彼らの事が『過去』になっていない事を、リディエールは言葉尻で知ってしまった。
 胸に苦い想いを抱えたまま、敷石の上に落ちた花弁を拾い上げ、土埃を払い、墓標の周囲を掃除してから、持参した酒を供える。供えた酒は、ジャパンの米酒。ジャパンで過ごしていた時分にその味を覚え、好きになったらしく、ノルマンでは中々飲む事が出来ない事が悲しいと言っていたそうだ。
 世界各地を飛び回り、また各地を巡ってきた仲間とも多く出会う事が出来る冒険者であるリディエールだからこそ手に入れられた品は、ノルマン王国を巡り暮らす騎士には中々得られなかった物なのかもしれない。
 知っていればあるいは‥‥そう思い、思うことで知らなかった事を知る。かの人が何を好み、何を想い、いかに過ごしているのかすら知る前に別れなくてはいけなかった事を。



 墓標の前で膝を折り、刻まれた名前を確める。
 藍分隊の墓碑に刻まれた名。
 その彫り跡の新しさに、つきんと胸が痛み。今尚癒えきれぬ想いがある事を突きつけられる。
 結局、彼らの遺体は見つからなかった。
 リディエールの友人が拾い上げた、身分証たる飾り留が彼らの遺品。魔法によって『本物』である事が確かめられたが、彼らの最後は『視えなかった』。その為、墓標にその名が刻まれたのは最近の話らしい。彼らがブランシュ騎士団で過ごした中で残した品々は家族の元に返され、それらが墓に収められているのだろう。個人の墓は、それぞれの故郷にあるのだという。
 ヴァレリー、カミーユと刻まれた名は、地獄伯と呼ばれた男を巡る因縁の中で出会い、別れた名前だった。
 手を組み、祈って。
 ‥‥祈るならば、天上にある魂が安らかであるよう願うべきだと思うのに。
「あの時、扉の向こうにお二人を残してしまった事‥‥今でも、時折思い出します」
 ぽつりと、零れてしまった呟き。外へと想いを吐き出してしまえば、少しだけ恨み言に似た響きが混ざる。あれから短くは無い時間が流れたが、今でもはっきりと思い出せる光景。
 ヴァレリーは笑って剣を振るい、依頼を果たせとリディエールらに告げ。
 そして数多の敵の中へと残った。
 彼らの行動を無駄にする訳にはいかないから、魔法を使ったのはリディエール自身。敵を追わせないために閉ざした道は、彼らの道も閉ざした。
「たとえ騎士であったとしても‥‥身を挺して、なんてしてほしくなかった。私の魔法は仲間を誰一人欠くことなく、活路を見出すために使いたかった」
 同じ状況なら自分も同じ事をしただろうし、理解はできる。‥‥けれど。
「貴方がたも、『仲間』の一人だったのですよ‥‥?」
 仲間を活かす為にこそ、得た力を使いたかった。
 使うべきだと思い、願って、日々の研鑽を重ねてきた。
「貴方がたのした事と同じ種類の偽善かもしれませんけれど‥‥それでも、生きていて欲しかった」
 10を生かすために、1を切る。そんな使い方をしたくはなかった。
 それは偽り無いリディエールの想い。
 閉じた瞳に過ぎるのは、デビルと悪意に満ちた魔城での光景。
 だからこそ、『次』があったならば、今度は同じ事はしない。
 どこかで納得が出来ない、迷いを残した気持ちに整理をつけるため。未練とは違う、もどかしい想いを断ち切るように、誓いの言葉を墓標へと告げる。
「だから、ここで誓います。二度と大切な仲間を失わぬように‥‥」
 そして、仲間に自分と同じ想いをさせないように‥‥同じ事は決して繰り返さない。常であれば、やわらかな雰囲気を纏うリディエールが、強い想いを湛えて墓標を見据える。
 返る言葉は無く、けれどリディの頬を照らすように届いた光に顔を上げれば、強い風に吹かれて厚く重い雲が垂れ込めた冬空の合間に青い空が見えた。雲の切れ間に覗いた空の色は、天上の青‥‥ヘヴンリー・ブルーの鮮やかな色を映す様に、リディエールの瞳も深い色から柔らかな青へ染まる。そして、雲と雲の合間から降り注ぐ淡い金の光は、まるで‥‥。
「‥‥天使の梯子、あるいは――天への階と呼ばれているのでしたっけ」
 目の前に広がったうつくしい光景を呼び現す名が、リディエールの口からこぼれ出た。
 この場所には他の誰もいないけれど、自分の誓いはきっと誰かに届いたのかもしれない。
 口元に、ふわりとやわらかな笑みが浮かぶ。
 空より降る薄紗のような淡い光の筋。
 眼前に広がる壮麗な光景を証に、誓いを破る事なくこの先も進もう、そう思った。
WTアナザーストーリーノベル -
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Asura Fantasy Online
2010年02月08日

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