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『Confession 』
クレア・フィルネロス(ga1769)


 人は、幸せな時間ほど短く感じ、深く心に刻み込む。
 過ぎる時間はどんな時でも常に同じであるのに、そう感じてしまうのは幸福というものが何よりの喜びとなるからなのだろう。幸福は大きな感情であるが故に、味わったときの快感は一瞬だ。
 幸福な時間は短く、なのに不幸な時間は長く。
 懺悔を捧げる彼女にとって、それは不文律だった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「クレア」
 彼の呼ぶ声は、呼ばれた彼女にとってこれ以上ない熱を帯びていた。
 その声に振り向けば、彼女のトレードマークでもある長い金髪がふわりと揺れる。たったそれだけで世界が華やいで見えるのだから不思議なものだ。
「お帰りなさい」
 彼に向けた声は僅かに上ずっていた。それもそのはずだろう。彼女と彼が再会したのは実に1ヶ月ぶりのことだったから。

 婚約者である二人に、しかし世界の情勢が二人きりの時間を中々作らせてはくれない。
 それでも彼女達にとって問題はなかった。あまり会えない分、一緒にいられる時間を濃厚にするという楽しみも出来たのだから。
 それはクレア・フィルネロスにとって、間違いなくもっとも幸せな時間だった。



 バグアという宇宙からの来訪者は、人類にとってよき友人と呼べるものでは到底なかった。
 宇宙人の侵略。映画や漫画でよくある光景が人々の前で実際に起き、そして世界中が大きな混乱へと陥った。
 人類もただ黙ってやられているわけではなく、能力者とバグア側の機動兵器に対抗するためナイトフォーゲルを作り上げそれに対抗していた。
 能力者になるためにはエミタという装置を人体に埋め込まなければならないのだが、多くの人間がエミタに拒否反応を示すとされている。一説では千人に一人能力者になれればよいほうだという話があるくらいだ。
 そして、クレアの婚約者はその能力者である。
 今となっては能力者として多忙に飛び回る彼も、まだただの人間であった頃が確かにあった。
 多くの人間が能力者になりたいと望み、そしてほとんどの人間に適正がないと諦めてく。そんな中で彼もやはりそれを望み、能力者の適正があったと知ったとき大いに喜んでいたことをクレアはよく覚えている。
『君や皆を守れるのが嬉しいよ』
 まるで子供のような笑顔で彼はそう言っていた。能力者とて無敵ではなく、数多くの能力者が夢半ばにして力尽きているのは事実だ。しかしその現実を知っていて尚、彼は喜んだのだ。

 そんな彼がまた戦場へ赴いている間、クレアはなんとなしに能力者の適正試験を受けていた。
 彼女もただ守られるだけではなく、出来ることならば彼の助けになりたいと考えていたのだ。
 結果として通知されたのは、『適正あり』の言葉。
 クレアはただ喜んだ。自分は彼と文字通りの対等の立場になれるのだと。彼の背中を自分が守れるのだと。
 彼に恋する彼女が、それがどういう意味かも分からずただ喜んだとして誰が責められただろうか。

「あの……私、能力者の適正があるって」
 彼が帰ってきたその夜。二人は何時もきているレストランの席についていた。滅多に帰ってこれない彼のため、せめて美味しいものでも食べて欲しいと何時からかクレアが予約するようになった席だ。その席で、クレアは嬉しげにそのことを打ち明けた。
「それで、私も……能力者になろうと思って」
 嬉しさが満面に溢れている今、笑顔を見せるのが恥ずかしいのかクレアは少し俯く。
 そんな彼女の手を、そっと暖かい感触が包み込む。
「そっか。だけどそれは駄目だ」
 しかし彼の口から出た言葉は彼女の期待したそれとは違っていて、クレアは思わず顔を上げた。そこにあるのは何時もと変わらない笑顔だった。
「君の気持ちは本当に嬉しい。けど、俺は君が傷つくのを見ていられないんだ。そんなのは辛すぎる」
「でも! 私はただ、あなたと一緒に戦って、あなたを守ってあげたくて……」
「分かってる。それくらい」
 小さく頭を振る彼の言葉はあくまで優しく。
「けど、クレアには俺の帰る場所であって欲しいんだ。俺が何時でも帰れるように、どんなに辛くてもまた頑張れるように。
 大丈夫、守るべき女の子がいる男の子は何にも負けないから」
「……ずるい」
 そんなことを、子供のような笑顔で言われたら何も言えなくなる。クレアはただ首を縦に振ることしか出来なかった。
(だけど、そんなところが……)
 そう、そんな彼だからこそクレアは愛したのだから。



 彼の説得を受け入れ、クレアは能力者になることもなくただ日々を平凡と過ごしていた。
 偶には手料理で彼を出迎えようとその腕を振るう。丁度鮮度のいい魚や野菜が手に入ったのだ。
 子供らしいところがある彼は、その味覚もやはりそれに引っ張られていた。そんな彼のことを思い出し、クレアは小さく笑って包丁を手に取った。

「……」
 ふと時計を見上げる。既に21時を過ぎていた。
 何時もならとうの昔に帰ってきている時間だ。どれだけ大変であろうと、こういうことだけはきっちりしている彼にしては随分と珍しい。
 そしてクレアの料理が時間と共に冷めていく。流石に何かがおかしかった。
 彼は確かに今日帰ってくると今朝電話を入れてきたのだ。いてもたってもいられなくなり、クレアは走り出した。
 何か、嫌な予感がした。



「う、そ……」
 何故、予感は嫌なものばかり当たるのだろうか。
 いい予感ばかりが当たればどれほど良かったか。
 彼は確かに帰ってきていた。
 ただもう二度と笑うこともないし、彼女に優しい言葉もかけてくれなかったが。



 それからどれだけ物言わぬ屍の前で彼女が立ち尽くしていたか、彼女自身全く分からない。
 ただ、時間にすればたったの数時間であったのは事実だ。深すぎる絶望と直視しがたい現実を一気に突きつけられた彼女には、それが無限のように感じられただけだ。

 それからの時間は、ただ彼女にとって後悔の時間となった。
 何故無理を言ってでも能力者にならなかったのか。
 何故彼の後ろに立って彼を守ってやらなかったのか。
 何故彼が死ななければならなかったのか。
 その自問自答全てに答えなどでるはずがなかったが。

 果てのない自問自答と後悔は、ただただ彼女を苛む。
 彼のいない時間がこんなにも寒いとは思わなかった。こんなに辛いとは思わなかった。
「教えて下さい……私はどうしたらいいのですか……」
 懺悔に答えてくれる神など存在しなかった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……」
 手術が終わり、見上げた空はあの日と同じようにただ青かった。
 彼が好きだと言ってくれた自慢の長い髪も短く纏めたクレアは、そっとその右腕を見る。優しく握ってくれる力強い手は、もうそこにない。
 そして次に左手を空に掲げる。薬指に嵌めていた指輪はそこにない。
 幸せだった時間は一瞬で過ぎ、絶望はただただ深く彼女の心を締め上げる。その象徴だった指輪は、見ているだけでどうにかなってしまいそうだったから外したのだ。

 元々彼女は聡明でクールだなどと言われていたが、その中にははっきりと人間らしい感情があった。
 しかし今の彼女は違う。クールというより怜悧で、ただ冷ややかに自分を見つめている。
(彼を殺したのは私……)
 その想いが彼女を変えてしまった。
 きっと誰にも責任などなかっただろう。
 言葉にすれば残酷だが、不幸が積み重なっただけなのだ。
 しかし彼女にとっては違う。

 能力者となった彼女は、UPCの本部へその足を向ける。
 手術後そうは経っていないが、今の彼女には止まる足などついていない。
「依頼を」
 言葉は短く、冷たい。



 彼を奪ったバグアが許せなかった。
 彼を殺した自分が許せなかった。
 髪を切ったのも、右腕にエミタを埋め込んだのも、能力者になったのも、全てはその両方を滅ぼすため。

 答えが出ない懺悔に疲れた彼女には、最早自分を滅ぼす行為に身を委ねる事しか出来なかった。





<END>
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CATCH THE SKY 地球SOS
2010年02月08日

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