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『エンジェル・トラブル』
広瀬・悠里0098



「ああ、どうしましょう。どうすれば良いんでしょう」
 聖なる日の前夜――クリスマス・イブ。往来を見れば幸せそうに笑う人々がおり、朝になれば目に出来るだろうプレゼントに思いを馳せる子供達が眠りにつこうとしている。
 そんな日に似つかわしくない、とても困った顔をした人物が上空を彷徨っていた。
 いや、『人物』というのは正しくないかもしれない。何故ならその人物の背には、ヒトの持ち得ない純白の羽根があるのだから。
 ――そう、上空を浮遊している彼…リアン・キャロルは、天使だった。美しい金の髪が風に煽られ、乱れるのも構わずにただひたすら地上を見る。両性でも無性でもあるリアンは、ある目的を持って地上へ来ていた。
「ティル・スー…どこに行っちゃったんですかぁ…」
 覇気のない、弱りきった声で呟くのは、彼が懇意にしていた天使の名。クリスマスを目前に控えた、天使が最も忙しい時期に突如姿を消してしまった天使――ティル・スーを探すのが、リアンに課せられた使命だった。
「うう、なんでわたし一人で探さないといけないんですか。無理ですよぅ、クリスマスの時期は他の天使も地上に来てるじゃないですか。気配とかごちゃまぜになっててさっぱりです…」
 ブツブツと愚痴らしき言葉を零しながら、当てもなく上空を彷徨う。
「そもそもティル・スーが羽根をしまって人間の中に紛れ込んでたら分からないし…やっぱりわたし一人で探すなんて無謀です、無理です、有り得ません。人手不足だからって酷いです神様…」
 と、そこまで呟いて、はたとリアンは気が付いた。
「そうです、別に他の天使に手伝いを頼めないからってわたしだけで探す必要はないはずです…人間とか動物とかに手伝ってもらえないでしょうか。地上のことは地上に住むものの方が詳しいでしょうし…」
 何故今まで気付かなかったんでしょう!わたしの馬鹿!…と自分の頭をポカポカ叩きながら、リアンは地上へ向けて急降下した。

     ★  ★  ★

 リアンが上空でブツブツ独り言を零しているころ、ある路地裏で。
「……ふう」
 今まさに自身が通り抜けたばかりの鏡に背を預け、広瀬悠里は溜息をついた。
 彼女は神聖都学園の生徒であるが、自由に行動できる時間には『世界』に起こる様々な異変を調査している。もちろんつい先ほどもある異変を探っていたのだが、予想外に危機的状況に陥ってしまい、咄嗟に近くにあった鏡へと飛び込んだのだった。
 悠里の持つ能力――鏡、もしくはそれに準ずるものを媒介として、空間を移動できる能力。それによって移動することは珍しいことではない。だが、今回出た場所は少々――いやかなり様子がおかしかった。
 悠里は鏡の中に入ったはずだった。鏡の中は常として全てが反対になっているはずだが、それがない。さらに――。
「黒い根が、ない……?」
 困惑を瞳に滲ませ、辺りを見回す。明らかに、彼女が日常的に目にしていた黒い根の数が少ない。黒い根の蔓延る世界に慣れた悠里からすれば、ないに等しいほどだった。
「鏡の中じゃないみたい……あら?」
 視線をめぐらせた先に人影を認める。どうやら壁に背を預けて溜息を吐いているようだった。
「ああ、どうしよう。誰か探しに来てるかなぁ。リアン・キャロルじゃないといいんだけど」
 困っている、というのが如実に表れた声音だった。声だけでは女性か男性かは判ずることは出来ない。
「…すごい……」
 悠里は彼の者が放つ輝きに感嘆の声を漏らす。悠里の視界でまばゆく輝くその人物は、それでやっと悠里の存在に気付いたようだった。驚きを露わにした顔で悠里を見る。
(――この見え方、天使かな? さっきの様子からすると、多分この人困ってるのよね。とりあえず話だけでも聞いてみようかしら…ここのこともわかるかもしれないし)
 思いながら、悠里はその人物に向かって足を踏み出した。ゆっくりと近づき、会話するのに不自由ない距離になったところで尋ねた。
「こんばんは。何か困ったことでもあるんですか…天使さん?」
 悠里の言葉に一瞬目を見開いたその人物は、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「こんばんは、お嬢さん。どうして僕を天使だと?」
「とても強く輝いていたからよ。…間違ってたかしら?」
「いやいや。大当たりだよー。そういうお嬢さんは何者?」
 にこにこと笑いながらも天使はどこか警戒しているようだった。巧妙に隠されたそれに気付いた悠里は口の端を歪める。
「何を警戒してるのかは知らないけれど、私はただ手伝えることがあれば手伝おうかと思っただけよ?」
 天使はそれを聞き、眉根を寄せて視線をうろうろと彷徨わせた後、へらりと笑った。どうやら悠里の言葉が信用に足るものだと感じとったらしい。
「…そっかぁ。好意で言ってくれたのに警戒してごめんね?――僕はティル・スー。一応、職業『天使』かな?」
「私は広瀬・悠里。肩書きは『神聖都学園高校生』ね。――ただし、この世界ではどうかわからないけど」
「この世界?」
 ティル・スーと名乗った天使が首を傾げた。悠里は掻い摘んで事の経緯を話す。
「…私のいた世界は恐らくここではないわ。確証はないけれど――そう感じる」
「違う世界、か…。うーん、もしかしたらクリスマス・イブだからかなー。クリスマスとかって神様がちょっと奇跡を起こりやすくしてくれるんだよ。その影響を受けたのかも…。多分もう一度鏡を通れば元の世界に戻れるんじゃないかなぁ?」
 奇跡の起こりやすい日――天使が言うのだから間違いないのだろう。それゆえに別世界へと来てしまったというわけか。
 とりあえず納得し、恐らくの解決法もわかった悠里は再びリアンに尋ねた。
「それで――あなたは何に困っているの?私でよければ力になるけれど」
「う、どうしようかなぁ、話してもいいけどちょっと厄介なことに巻き込まれちゃうよ?」
「構わないわ」
 きっぱりと言い切る悠里。そのまっすぐな瞳に、天使は照れたように相好を崩した。
「じゃあ、手伝ってもらっちゃおうかなぁ。ちょっと入りづらいかなって思ってたし」
 ちょっとついてきてー、と促すティルに、悠里は躊躇無く従った。
(入りづらいって…一体どこに?)
 疑問は、やはりあったけれど。

     ★  ★  ★

 ティルの案内するまま雑踏の中を歩くこと数分。
「もうすぐ着くからー」
 僕のことはティルって呼んでー、じゃあ私のことも名前で。というお約束な会話を交わし、ティルが事情から悠里の学校生活のことまで思いついた事柄を互いに話していたところ、ティルが目的地が近いことを告げる。
 そしてまたてくてくと二人並んで歩き、ティルが立ち止まったのに合わせて悠里も足を止める。そんな二人の目の前には。
「っきゃ―――っっ!!かわいいですぅ!」
「ああよかった、まだあったー」
 ディスプレイに飾られた、大きなテディベアがいた。高さ一メートルはあるだろう。ティルの目的地はどうやらそのテディベア専門店だったようだ。
 『ふわふわもこもこしたかわいいもの』が大好きであるが故にそれを見ると冷静さを失ってしまう悠里は、案の定きらきらとした目で巨大テディベアを見つめている。
「かわいいかわいいかわいいかわいい――――っっ!!なんですかこれすっごくかわいいですっ!もしかしてティルさんあれ買うんですか!?」
「悠里なんだか話し方変わって…」
「そんなことどうでもいいからあれ買うんですか!!?」
 当然の疑問を口に出そうとしたティルだったが、あっさりと悠里に遮られた。悠里の気迫に気圧されてこくこくと首振り人形のように何度も頷く。
「ちょっと前に一目惚れして絶対買おうと思って。こつこつ地上で仕事してお金貯めてたんだよー。で、やっと目標金額まで貯まったからはやく買いに行かなきゃ、と思って。でもクリスマス前って天使忙しいし、他の天使にサボってるのばれたら強制送還されて買いに行けないだろうし、一人で入るのもちょっと恥ずかしいかなぁって」
 巨大テディベアのために天使が人間にまぎれてお仕事。なんともいえない気分になる話だ。
 悠里の変わりっぷりに早くも順応したらしいティルが、子供のような笑みを顔いっぱいに浮かべて悠里に呼びかける。
「悠里、中入ろうよ。他にもいろんな種類のテディベアがあるんだよー。見るだけでも楽しいと思うなぁ」
「うわぁ、楽しみですぅ!」
 二人は意気揚々と店の中へ入っていった。

     ★  ★  ★

 しばらく店内を物色――否、テディベアを堪能、と言ったほうが正しいだろう――した後、悠里とティルは行きと同じく仲良く連れ立って店を出てきた。
「あ〜満足ー。ちゃんとこれも買えたし」
「もうくまさんたちかわいすぎですっ!あの子だけでも欲しかったっ…!」
 そう言って拳を固める悠里。どうやら店内に好みのテディベアがいたらしい。
「ふっふっふ〜、そんな悠里にはこれを贈呈〜!」
 目的が達成できてテンションの高くなっているティルが、パッと手品のようにひとつの包みを取り出した。包みには今しがた出てきた店の名前が。
「……え?」
「はいどうぞー」
 ぽふ、と包みを押し付けられ、流されるままにそれを開く。出てきたのはー――。
「っきゃぁあぁ〜〜〜!この子!このくまさん!!」
「さっき悠里が見てた子だよー。付き合ってくれたお礼ってことで」
 興奮気味に手の中のテディベアとティルとを交互に見遣る悠里に、ティルはのほほんと告げる。
「い、いいの…?」
 ちらり、と上目遣いで――身長差でそうならざるをえないのだが――ティルを見る。興奮からか紅潮した頬と相俟って、うわーかわいいなーなんて思うティル。
「いいんだよー。気にしない気にしない。どうせテディベアに全額遣うつもりだったし。予算よりちょっと稼いじゃったから、遣い道ができてよかったよかった」
 にっこり笑って、だから返さないでねーと告げる。その言葉に悠里は少し不満そうにしながらも、テディベアをティルに返すという考えを失くしたようだった。
「実はね、悠里。その子に――」
 楽しそうに言いさしたティルだったが、唐突に言葉を止める。気付いた悠里が訝しげに声をかける。どうやらテディベアに因る興奮は治まったらしい。
「どうしたの?ティル」
「…あー、そろそろかなぁとは思ってたけど…見付かっちゃったかー」
 少し眉根を下げて、残念そうに笑うティル。
「ええと、もしかして探しに来てるかもしれないって言ってた天使?」
 聞いた話を思い出しながら尋ねる悠里に、ティルは「そうみたいだねぇ」と返す。全くもって焦る様子は見られない。
「タイムリミットみたいだなぁ。もう少し悠里と遊びたかったんだけどー」
「逃げなくていいの?」
「んー、まぁ目的は果たせたしねぇ。とりあえず今回はこれでいいかなって」
「そう?ならいいけれど…」
 そんな会話をしつつ、ティルを探しに来たという天使を待った。 

     ☆  ☆  ☆

「ああぁあぁあぁ!!ティル・スー見つけましたぁ!!」
「あー、やっぱりリアン・キャロルだったんだー」
 とあるテディベア専門店の前。金髪の天使が叫ぶ声と、銀髪の天使ののんびりとした声が交差する。
「わたしずっと探してたんですよぅ!?なんでいなくなったりするんですか!おかげで神様は機嫌悪いし他の天使はてんてこ舞いだしわたしはひとりでティル・スー探さなきゃならないしっ!」
「それは悪かったってー。でも有休認めてくれなかった神様が悪いんだよー?僕ちゃんと働いてるのに」
 なんだか天使にしては世知辛い会話が聞こえる。天使に有給休暇とはまた俗な。
 と、お互いに連れ合っていた天使が会話しているのを眺めていた二人――悠里と悠輔は互いに目を遣り、そして唐突に気付く。
 ――ああ、知っている。自分であって自分でない、けれどやはり自分であるこの相手を。
 正確には違うのかもしれない。悠里は厳密には悠輔とその義妹が混ざり合っているのであるから。
 それでも、間違いなく二人の間には確実なつながりがあるのだ。
「初めまして?――もうひとりの『私』」
「ああ、初めまして。もうひとりの『俺』」
 それは本来なら起こり得ないはずの邂逅。接触は出来ても――こうして現実世界で相見えることは出来ないはずだった。
 けれど今日はクリスマス・イブ。聖なる夜の前夜。いつもより少しだけ奇跡の起こりやすい日。

 ひとまずは――二人の天使を交えての、自己紹介でも。



 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【0098/広瀬・悠里/女/17歳/神聖都学園高校生】
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。遊月と申します。
 「エンジェル・トラブル」にご参加有難うございました。
 お二人での参加ということで気合を入れて執筆させていただいたのですが。
 ……ほとんど個別ノベル状態ですね…力量不足が否めません。
 ご希望されていた一緒に出られる場面、ほとんど作れなくて申し訳ありませんでした…。

 お二人は面識があるのかないのかわからなかったため、とりあえず「初めまして」ということで。
 きっとこのあとなんだかんだ言って皆仲良くクリスマスを過ごすのではないかなーなどと想像するライターでした。

☆広瀬・悠里様
 ティルの目的(巨大テディベア購入)にご協力くださり、有難うございました。
 設定を拝見して、これは是非入れたい!と思い「ふわふわもこもこ」なものにご登場願いまして…。
 「夢見心地」な悠里様がきちんと描写できているとよいのですが。
 ティルがなんだかどこぞのナンパ野郎みたいなことをしていますが、さらっとスルーしてやってくださいませ。恐らくテディベアに細工などしてそうですが。

 「ここは違う!」などという点がございましたら、どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ。
 ご縁がありましたら、またご参加くださいー。
クリスマス・聖なる夜の物語2006 -
遊月 クリエイターズルームへ
東京怪談 The Another Edge
2006年12月25日

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