▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『     不思議の国のウルリヒ・フレンツヒェン』
ウルリヒ・フレンツヒェン0147

 暖かくなりだした心地良い初春のある日――黒い艶やかな髪にゴスロリドレスのよく似合う少女、ウラ・フレンツヒェンと共にウルリヒ・フレンツヒェンは東京の街を散策していて、突如、奇妙な生物に遭遇した。それを目にするなりウラは「かわいい!」と歓喜の声をあげたが、ウルリヒには、何故『サングラスをかけて黒スーツで二足歩行をする胡散臭いウサギ』をかわいいと賞することができるのか理解できない。しかもそれが偉そうに、
 「今何時だ?」
 と不敬極まる態度で訊いてきたならなおさらである。もはや無礼を通り越して驚きですらあった。
 だからだろうか。ウルリヒとウラは示し合わせたわけでもないのに顔を互いに向け、視線を交わすと、反射的と言っても良い仕草でそれぞれのポケットから全く同じゴシック調の懐中時計を取り出した。
 ――その瞬間。
 ウサギは恐るべき速さと業で二人の時計を同時にその手から奪うと、
 「何てこった、もうこんな時間だ! こうしちゃおれん、行かなくちゃ!」
 芝居がかった口調で叫んだかと思うと、二つのそっくり同じ時計を持ったまま一目散に駆け出したのである。その速さといったら、まさに電光石火のごとく、であった。
 二人はしばし呆然と、その去り行くウサギの後ろ姿を見つめていたが、やがて我に返ったウラがおもむろに「ぶっ殺す。」と呟き、
 「てめ、誰の時計を持ち逃げしてんだコラ!!」
 可憐な乙女の愛らしい風貌も消し飛ぶような迫力と殺気あふれる声で、語気も荒く怒鳴った。
 「おまえ、何をぼさっとしているの! 追いかけて締め上げるわよ!」
 かわいい、と言ったその口で男前なせりふを吐いた少女は、むしろあまりの手際に感心すらしていたウルリヒを睨むと、ウサギの後を追って駆けていく。
 彼は、時計をひとつふたつ盗ったところで、たいした稼ぎにもならないだろうにと思ったが、ウサギの真意に興味を惹かれ、やはり駆け出した。

     †††††

 つい先ほどまで疑問もなく歩いていた街が、あたかも砂糖が液体の中で形を崩すようにその様相を変えていく。建物だったものはおもちゃの山と化し、地面はいつの間にやら赤い絨毯、頭上に広がる空は紅茶の入ったティーカップを底から見上げたように赤く、絶えず波打っていた。
 「おえ……吐きそうだわ。」
 「上ばかり見ていると転ぶぞ。」
 正直に心境を述べたウラに、ウルリヒはにべもなくそう言った――丁度その時、少女が何かにつまずいてつんのめる。ウルリヒは急いで手を伸ばし、ウラの華奢な腕を引いた。
 「言っているそばから転ぶとは、律儀だな。」
 「何よ!?」
 助けられながらもかけられた言葉が気に食わなかったのか、ウラは癇癪をおこして叫んだがウルリヒの方は意に介した様子もなく、
 「五月蝿い。なんでも喚きたてなきゃ気がすまないのか?」
 と冷ややかに受け流した。そして、どんどん遠ざかるウサギの後ろ姿を見やり、呟く。
 「それより、このままでは逃げられる気がするが?」
 「ウサギは巣穴に逃げるのが習性なのよ。追い込んでやるわ。キヒッ。」
 先の怒りはどこへやら、喉がひきつるような独特の笑い声をあげ、ウラは絨毯の上に転がっていたおもちゃを拾い上げた――先ほど彼女がけつまずいた物である。そんな物をどうするのかとウルリヒが怪訝そうに見るその目の前で、可憐な少女はレースのついたスカートを翻し、
 「乙女をなめんじゃないわよ!!」
 と叫んで手の中の物を力いっぱい、ウサギに向かって投げつけた。それはあやまたず、ウサギの脳天に直撃する。
 「やったわ! クヒッ。」
 かわいらしく歓声をあげ、少女はそこらじゅうに散らかっているおもちゃを手当たりしだいに投げ始めた。それはまさに雨のごとく、ウサギの頭上に降り注ぐ。
 ウルリヒは、めちゃくちゃだなと思いつつも、おもちゃの豪雨はウサギの足を止めるのには効果的だと判断し、
 「雷も落としてやろうか?」
 そう言うと腕を伸ばし、長い指を文字でも書くように素早く躍らせた。ぱちぱちと空気の帯電する音が鼓膜をくすぐる。
 彼はそれを天に差し伸べ、指を鳴らす――それが合図であったかのように、不安定に揺らいでいた空に暗黒の雷雲が立ちこめ、それは瞬く間に強い風と本物の雨を伴う大嵐となった。
 おもちゃの爆撃にあっていたウサギが、雷鳴の音を聞いてびくりと顔を上げるのが見える。そこへ容赦なく、ウルリヒは腕を振り下ろした。
 空が裂け、雷が走る。青白く輝く一閃の光がウサギの傍へ真っ直ぐに落ちた。爆音が響き、煙が上がる。
 「あたしの時計!」
 そう言ってウラは握っていたおもちゃを投げ出して憎らしいこそ泥の方へと駆け出す。それにウルリヒも続いた。

 ウサギは、ウルリヒの素晴らしい制御力で雷の直撃はまぬがれ、黒こげにこそなっていなかったが、耳の先の毛が少し縮れており、崩れたおもちゃの山の下でぶるぶると震えていた。だがその手には未だしっかりと、時計は握られたままである。
 「この時計は雷雲を呼ぶのだ。おまえにこの時計を持ってくるよう言った奴のところへ運んでみろ、黒焦げになる運命だぞ。」
 ゆっくりと歩み寄りながら、過ぎし冬のように冷えた声でウルリヒがウサギに言い、その隣に並んだウラも、
 「そんなことになったら大変でしょう?」
 と、腰に手を当て、諭すように言葉を続けた。
 「それにおまえの子供が泣いていたわよ、パパ人参のために悪いことしないでって! ……おまえも芝居にのりなさいよ。クヒッ。」
 最後のせりふは小声で、ウルリヒに対して発せられたものだったが、彼は肘でつつかれても知らん振りを通した。
 ウサギは何度も時計と二人の顔を見比べ、躊躇していたが、やがてよろよろと起き上がり、肩を震わせて、
 「おれはまだ独身だ!」
 と叫ぶが早いか、まさに脱兎のごとく駆け出し、すっかり崩れたおもちゃの山の陰に隠れるようにして建っていた小さな時計台――とはいえ、そこに時刻を示す針はついていない――に飛び込んだ。ばたん、と音を立てて扉が閉まる。
 慌てて二人がそれに走り寄り、木製の取っ手引いて開けるとそこには、建物の中とは到底思えない風景が広がっていた。巨大なガラスの迷路である。
 「待ちなさいよ!」
 ウラはそう怒鳴るとウルリヒが止める間もなく扉をくぐった。何て軽率なんだと思いながらも彼もその後を追う。そして、二人の姿が中へすっぽりと入った途端、世界は袋を裏返しにしたかのように、一変した。
 時計台の中にあったもの――迷路が二人の視界に広がり、先ほど駆け抜けてきた街の景色が背後の時計台の中におさまったのである。
 だがそれもすぐに掻き消え、代わりに闇の帳が落ちた。
 「何よこれ、真っ暗じゃない。」
 ウルリヒのすぐ傍でウラの不満そうな声が聞こえる。彼は雷光で明かりをつけようかと思ったが、それより先にウラが術を発動させたようだった。周囲が青白く輝く。魔術によって生まれた雷光がガラスでできた迷路の壁に反射して星のように瞬き、その光のフラッシュの中をウサギが走りまわっていた。

その姿が遠ざかっているところを見ると、必死に迷路を抜けているらしい。
 「わたしたちも行こう。」
 そう言ってウルリヒはウラの方を見やり――柳眉を上げた。目を向けたその先に、少女の姿がない。周囲を見回しても、あの闇に溶けそうな黒髪の一筋すら見当たらなかった。
 彼は一瞬の間だけどうしたものかと逡巡したが、このままではウサギを見失うだろうし、彼女も見習いとはいえ魔術師、それに加えてあの行動力と度胸である、一人でも大丈夫だろうと判断し、ためらうことなく迷路へと足を踏み出した。

 ウルリヒは透明のガラスでできた迷路を進みながら、歩いてきた道のりを頭の中で再構築する。壁の位置を覚え、道の繋がりを読んで大まかな現在位置と、時々視界に見えるウサギの姿から道順を導き出し、出口までの最短距離を計算と推測ではじき出した。
 さっきの街は突然変貌してからというもの、どこか不安定な感じがしたが、ここは道が変わっていく様子もないし安定しているな、とウルリヒは内心呟く。もしかしたらここは、この世界の中心たる場所に近いのかもしれない。どれほど緻密なルールも末端に行けば行くほど曖昧になるものだ。この世界は何やらそれに近い、と彼は思った。
 そして、ふと気づく。最初にいた街では時刻を表すものを一つも見かけなかった。たくさんのおもちゃが転がっていたが時計らしき物はなかったし、彼らが飛び込んだ時計台にも針はなく、まるで時間というものがここでは存在していないかのようでもある。よく考えてみると、いつから街を歩いていたのか、どれくらいの時間が経ったのかということさえ判然としない。時間の概念自体が曖昧に感じられた。
 ――だから時計を盗ったのか?
 ウルリヒはウサギの通ったあとをたどるのをやめ、先回りできる道を選んで進みながらそんなことを考えた。
 正直、彼には盗られた時計がどうなろうとさしたる興味はない。むしろ時計を――いや、時計を盗んでいったウサギを追うことで、この世界のからくりが見えてくることの方がずっと興味深かった。
 だが、いつまでもウサギと追いかけっこをするつもりはない。もっとも、時計を取り返すまでは、ウラは決してあきらめないだろうな、と思いつつ、ウルリヒは最後の通路を駆け抜けた。

 迷路を出るとそこは、まるでパーティ会場か何かのようで、長いテーブルの上には湯気の立つポットにティーカップ、可愛らしいお皿にたくさんのお菓子が並んでいて、それをたくさんのウサギ達が囲んで談笑している。振り返ると扉が二つ並んでいて、その一つが開いており、どうやらウルリヒはそこから出てきたらしかった――と、そこでもう一方の扉が音を立てて開き、ウラが転がり込んできた。次いで、ウルリヒが出てきた方からは件のガラの悪いこそ泥ウサギが飛び込んでくる。
 「どうやら役者はそろったみたいだな。」
 あまりのタイミングの良さに、声をあげずに笑ってウルリヒはそう言った。
 「おまえたち……!」
 ウサギが呆れているのか怒っているのかよく判らない――おそらくその両方だろうとウルリヒは思った――声音で、二人を見て唸る。他のウサギ達も彼らの存在に気づき、騒ぎ始めた。
 「おまえ、どこに行っていたのよ?」
 スカートについたほこりを払いながらそう問いかけてきたウラに、
 「ウサギを追って迷路を抜けてきた。そいういうおまえこそ、急にどこへ行ったんだ?」
 とウルリヒはやり返したが、これに彼女は何故か答えず、意味ありげな目配せを寄越したあと、話をそらすかのように声高くウサギ達に向かってこう言った。
 「けちなウサギたちがこんなところでお茶会? でも、それもこれでおしまいよ。」
 「人間が何を言う、ここは永遠の世界だ。時間に縛られて生きている人間には、このお茶会に参加する資格はない!」
 突然の闖入者の突然の宣告に腹を立てたのか、テーブルを囲んでいたウサギの一匹が怒鳴り返す。が、ウラはあっさりとその言葉を一蹴した。
 「資格なんてなくて結構。終わらないお茶会なんて、ナンセンスだわ。」
 そう言いつつも、テーブルの上のお菓子につい目がいってしまうのは乙女の性である。
 「おい、何でおまえはこんな連中をここまで連れてきたんだ?」
 「勝手に来たんだ、おれは役目を果たしただけで、連れてきたわけじゃない!」
 仲間からの非難の声にサングラスのウサギは必死に弁明の言葉を口にした。ウラはそれにすかさず口を挟む。
 「そう、あたしたちは魔法の時計を取り返しに来ただけよ。」
 「魔法の時計?」
 「そう。一つは雷雲を呼ぶ時計、そしてもう一つにも魔法がかかっているのよ。」
 サングラスのウサギは、確かに時計を持って走り出したわが身を、突然の雷が襲ったことを思い出し、青ざめた。
 「あたしがある言葉を言えば、どんな世界も崩れおちるの。」
 「ま、待ってくれ!」
 その直後、雷鳴が轟いた。ウラの背後で精神を集中し、術を構築していたウルリヒがとびきりの雷雲を呼んだのだ。
 ウラはキヒッと特有の笑い声をあげたあと、高らかに叫ぶ。
 「お茶会はお開き!」
 その言葉と共に、世界は雷光と、雷鳴にかき消された。

 ウルリヒは閉じていた黒真珠のような瞳を開き、目の前にあるガラスに視線を向けた。そこには、細い眉の辺りで切りそろえられた前髪の向こうに、黒曜石のごとく深く黒い大きな瞳を輝かせた少女が、彼のことを見つめている。その表情はどこか得意そうだ。
 よく見るとこの二人は少女と青年という違いこそあれ、まとっている雰囲気がとてもよく似ていた。同じ黒い瞳に黒い髪、ゴシック調のドレスとスーツ。少女は咲き誇る花のように愛らしく、青年は磨き上げた水晶のように美しいが、もしここに他の人間がいたなら、ともすると二人の間にあるガラスが、鏡であるかのように錯覚したことだろう――否、それはもしかしたら、本当に鏡だったのかもしれない。だがそうだとしても、大した違いはなかっただろう――鏡でさえ映す物をそのまま再現できるわけではない、すべて逆さまに映るのだから。
 「そういえば、ウサギを追いかけて別の世界へ行くという物語があったな。」
 ウルリヒは手に持った時計を眺め、声をたてずに静かに笑うと、一人そう呟いた。
 「確か題は、不思議の国の……。」

     了





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0147 / ウルリヒ・フレンツヒェン / 男性 / 18歳 / 魔術師】

【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

ウルリヒ・フレンツヒェン様、はじめまして。
この度はウラ・フレンツヒェン様と共に嘘と虚構の世界に挑んで下さり、まことにありがとうございます。
見目麗しい上にクールなお人柄であまりに自分と程遠い方でしたので、大変ドキドキしながら、しかし、とても楽しく書かせていただきました。
イメージが崩れていないかどうかがとても心配ですが。
ウラ・フレンツヒェン様との間柄は「反目しあっていそうでそれなりに仲が良さそう」というイメージでもって書かせていただきました。
微妙な関係がとても楽しかったです。
大変魅力的なお二人との旅は得がたい経験であり、また、実に楽しいものでありました。
素晴らしいプレイングをありがとうございます。
少しでも気に入っていただける部分があれば幸いです。
同じ怪奇の東京に身をおく者同士、またお会いできれば良いなと図々しく考えております。
その時はよろしくお願いいたします。
それでは最後に、制作秘話を一つ。

 ――迷路の出口までの最短距離を迷うことなく進んでいて、ふと、ウサギの姿がないことに気づく。
 ――さっきまで近くを走っていたはずなのに、と首をひねると、あさっての方向から声が。
 ――「何てことだ、迷っちまった! 誰だ、こんな厄介な迷路を作った奴は!」

ありがとうございました。
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
shura クリエイターズルームへ
東京怪談 The Another Edge
2007年04月11日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.