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『エンジェル・トラブル 』
広瀬・悠里0098


「ああ、どうしましょう。どうすれば良いんでしょう」
 聖なる日の前夜――クリスマス・イブ。往来を見れば幸せそうに笑う人々がおり、朝になれば目に出来るだろうプレゼントに思いを馳せる子供達が眠りにつこうとしている。
 そんな日に似つかわしくない、とても困った顔をした人物が、上空を彷徨っていた。
 いや、『人物』というのは正しくないかもしれない。何故ならその人物の背には、ヒトの持ち得ない純白の羽根があるのだから。
 ――そう、上空を浮遊している彼…リアン・キャロルは、天使だった。美しい金の髪が風に煽られ、乱れるのも構わずにただひたすら地上を見る。両性でも無性でもあるリアンは、ある目的を持って地上へ来ていた。
「ティル・スー…どこに行っちゃったんですかぁ…」
 覇気のない、弱りきった声で呟くのは、彼が懇意にしていた天使の名。クリスマスを目前に控えた、天使が最も忙しい時期に突如姿を消してしまった天使――ティル・スーを探すのが、リアンに課せられた使命だった。
「うう、なんでわたし一人で探さないといけないんですか。無理ですよぅ、クリスマスの時期は他の天使も地上に来てるじゃないですか。気配とかごちゃまぜになっててさっぱりです…」
 ブツブツと愚痴らしき言葉を零しながら、当てもなく上空を彷徨う。
「そもそもティル・スーが羽根をしまって人間の中に紛れ込んでたら分からないし…やっぱりわたし一人で探すなんて無謀です、無理です、有り得ません。人手不足だからって酷いです神様…」
 と、そこまで呟いて、はたとリアンは気が付いた。
「そうです、別に他の天使に手伝いを頼めないからってわたしだけで探す必要はないはずです…人間とか動物とかに手伝ってもらえないでしょうか。地上のことは地上に住むものの方が詳しいでしょうし…」
 何故今まで気付かなかったんでしょう!わたしの馬鹿!…と自分の頭をポカポカ叩きながら、リアンは地上へ向けて急降下した。


 リアンが上空でブツブツ独り言を零しているころ。人気のない路地で、ひっそりと溜息をつく人影があった。
 銀色の髪が月の光をうけて静かに煌めき、青灰色の瞳は憂いに染まっている。彼こそリアンの探しているティル・スーだった。
「ああ、どうしよう。誰か探しに来てるかなぁ。リアン・キャロルじゃないといいんだけど」
 また深く溜息をついて、壁に寄りかかる。それなりに高位である天使の彼は一応目的があって地上に来たのだが、間違いなく探しに来ているであろう他の天使に見付からずにそれを成し遂げられるかは五分五分の賭けである。なかなか行動に移せず、このような路地でぼうっとしていたのだ。
「とりあえず、こうして隠れててもどうにもならないし…行動開始としようかなぁ。ああ、まったくどうしよう…」
 ともかくも、ティルはのろのろと路地を歩き始めた。

★ ★ ★

(今年ももうクリスマス・イブかぁ……)
 広瀬悠里は、寒さに白い息を吐きながらぼんやりと考える。
(去年はすごかったなぁ。あっちの世界に出て、天使のティルと会って、もう一人の私と会って……)
 昨年のクリスマスイブに体験した出来事を思い返す。
 巨大テディベアを買うために地上に降りていた天使のティル・スーと会い、彼の目的達成の手伝いをし。お礼にともらったテディベアは、『スーちゃん』と名づけて今も大事に持っている。
 そしてティル・スーを探しに来ていたリアン・キャロルと、彼(?)と行動を共にしていた『もう1人の自分』とも会った。
 忘れられない――忘れられるはずが無い、クリスマスイブだった。
「……また鏡をくぐったら、ティルに会えるかな?」
 ぽつり、と呟く。
(スーちゃんもらったお礼もしたいし、今度は色々な所回ってみたいな……)
 ちらりと傍の姿見に目を遣る。
 会うことができるか、できないか。それは五分五分――否、どちらかといえば会えない確率の方が高いだろう。
 去年の邂逅はティル曰くの『奇跡』によって起こったのだろうから。
 けれど。
(試してみようかな…?)
 もう一度、姿見を――そこに映る自らの姿を見つめて、そして…。
「せーの、えいっ!」
 悠里は『それ』に、飛び込んだ。

★ ★ ★

 空気が変わったと、感じた。
 目を開けば、映るのはクリスマス色に染まった街並みと往来を歩く人々。
(……あ、ここ、見覚えがある……)
 自分の居た世界ではない、ということは既に確信していた。
 そしてそれを決定付けたのは――。
(あそこにいるのって、ティル…?! 嘘、本当に会えた……!)
 月光に煌めく銀色の髪。憂いに染まった端正な横顔。
 間違いない。………彼だ。
「ティルーっ!!」
 気付けば悠里は彼の名を呼んでいた。弾かれるようにしてティルが声のした方――駆け寄る悠里を見る。
 そしてその青灰色の瞳が驚きに見開かれ、次いで――喜色に染まった。
「悠里っ!」
 ティルが自分の名を呼ぶ。ただそれだけのことなのに、それがとても嬉しく思えた。
 ……二度と、会えないかもしれない人だったから。
 互いに駆け寄って、どちらからともなく笑いあう。
 ティルは天使と言うだけあって全く外見変化がないらしく、去年見たままの姿だった。まるで時が巻き戻ったかのような錯覚を起こしそうになる。
 けれど去年と決定的に違うのは、悠里とティルとが互いに面識を持っているということ。
 彼の正面に立って、向かい合う。
「……久しぶり」
「うん、久しぶり。――まさか、また会えるとは思わなかったよ」
 そう言ってティルが柔らかに笑んだ。
「私もよ。会えたらいいなって思ってはいたけど、本当に会えるなんて…」
 これが『神』の奇跡の産物なのだとしたら、ずいぶんと粋な心遣いをしてくれたものだと思う。
「今年はどうしたの、ティル? またテディベアを買いにきたの? ――あ、そうだった。去年はスーちゃん…テディベアをありがとう。貰ったときにも言ったけれど、もう一度お礼を言いたくて」
「気にしなくてよかったのに。僕があげたいと思ったからあげただけだし、お礼なんて一回で充分だよ? ――で、今年降りてきた理由、だけど。テディベアは去年買ったから、違うよ。目的はちゃんとある――あったけど、それじゃない」
「『あった』ってことは、もう目的は達したの? それにしては憂鬱そうな顔をしていたけれど…」
 問えば、ティルは小さく首を傾げた。
「うーん…達したと言えば達したんだけど――」
 そこまで言って、意味ありげに悠里を見る。それが示す意味がわからず頭に疑問符を浮かべる悠里に、ティルは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。
「せっかくだし、『地上のクリスマス』を楽しみたいなぁって思って。だから、悠里さえよかったら協力してもらえないかなぁ。一人でもいいけど、多分今回もリアン・キャロルが探しに来てると思うんだよねぇ。リアン・キャロルって結構単純だから2人組は捜索対象から無意識に外しそうだし、それにやっぱり1人より悠里と一緒の方が楽しいと思うんだよね。……どうかな?」
 顔を覗き込まれるようにして問うティル。それにちょっぴりどぎまぎしながら――なんせ、ティルの顔の造作はかなり整っているのだ――悠里は頷いた。
「もちろん手伝うわ。ティルと一緒なら、楽しいクリスマスになりそう」
 そう言って笑う悠里に、ティルは心の中で呟いた。
(今のって多分、無意識だよね……結構な殺し文句のような気がするんだけど、僕の気のせいかなぁ。もしかして悠里って天然?)
 もし悠里にティルの心が読めていたらそれはティルのほうだと言ったかもしれないが、生憎とそんな異能は悠里にはなかったし、ティルにも自覚はなかったのだった。

★ ★ ★

 とりあえず二人連れ立って、てくてくと通りを歩く悠里とティル。
「ええっとー…、クリスマスといえばクリスマスツリーとかイルミネーションとかなのかなーって思うんだけど、どうかな?」
 隣を歩く悠里に問うティル。因みに「人多いし逸れたら困るから、手繋いでおこう?」とティルが邪気も何もない笑顔で提案した為に、2人は手を繋いでしまったりしている。
 悠里は結構ドキドキしてしまったりしているのだが、ティルはあまり気にししている素振りを見せないのでなんとなく平気な振りをしている。自分の反応の方が正常なのだから取り繕う必要はないのだが、………なんとなく、自分ばかりが意識してしまっているようで悔しかったのだ。
「私もよくはわからないけど、多分そんな感じなんじゃないかしら」
 とりあえず正直に返答すれば、ティルはにこにこと笑って提案してきた。
「じゃあさ、とりあえず向こうに巨大クリスマスツリーがあるって聞いたし、行ってみよう? なんか知らないけど、定番らしいし」
「『定番』って、……どこで知ったの?」
 そんな情報を一体どこから仕入れたのかと不思議に思って訊いてみれば、ティルは記憶の糸を手繰り寄せるように目を細めた。
「ん? えーと、テレビ番組。確かクリスマスなんとかスポット特集って銘打ってたけど、よく覚えてないなぁ。見たときに『悠里と行けたらいいなぁ』って思ったからなんとなく覚えてただけだし」
「そ、そう……」
 天使が日本の――しかも恐らくローカルな感じのテレビを観賞していた、と。
 昨年の『地上でお仕事』もどうかと思ったが――というかそもそも天界(?)にテレビはあるのだろうか。まさかテレビ見るためだけにちょくちょく地上に降りていたなんてことはないと思うが。
 ついでにその『クリスマスなんとかスポット特集』は、もしかしてもしかしなくても『クリスマスデートスポット特集』なのではなかろうか。
 テレビで特集されるほどのクリスマスツリーやらイルミネーションがある場所には、概してカップルが居るものだ。いくらティルに他意がないとはいえ、今の状態も傍から見れば立派に『恋人同士』であるに違いない。
 そこについて言及するか否か――一瞬迷った悠里だったが、ご機嫌な感じで隣を歩くティルを見て、なんとなく言及するのをやめることにした。
(楽しければ、いいよね…?)
 結局のところ悠里も、ティルと共に過ごせることを心の底では願っていたし、楽しんでいたのだった。

★ ★ ★

 巨大クリスマスツリーを見て、その近くの通りにあるイルミネーションを見て。
 それからちょっと洒落たレストランに行って、ティルの奢りで食事をして。
 悠里は自分も払うと言ったのだが、ティルが「こういうときに女の子にも払わせるのはちょっとプライド的に」などと言うので、押し問答した挙句結局払ってもらってしまったのだ。
 通りを歩くときにティル以外の天使――悠里には天使が光って見えるから分かったのだが――を何人か見たが、その誰一人としてティルを捕まえようとはしなかった。
 ティルに気付いて話し掛けてきた天使もいたが、捕まえるどころか「デート楽しめよ〜」などと言われ、悠里はちょっぴりうろたえてしまったりもした。
 なんだかすごく好意的な反応のような、と悠里が思ったのも当然のことだった。
 それをティルに問えば、「一年に一度の奇跡だから、ちょっと大目に見てくれてるんだと思うよ」と嬉しそうな顔で言われた。
 今日はクリスマス・イブ。聖なる夜の前夜。いつもより少しだけ奇跡の起こりやすい日。
 とりあえずは――この『奇跡』を存分に楽しもうと、2人で次の行き先を相談しあうティルと悠里なのだった。


 
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0098/広瀬・悠里(ひろせ・ゆうり)/女性/17歳/神聖都学園高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは。ライターの遊月です。
 「エンジェル・トラブル」にご参加くださりありがとうございました。
 お届けが大変に遅くなりまして申し訳ありませんでした…!

 お2人での参加…ということでしたが、見事に個別ノベルに…。
 お言葉に甘えさせていただいてしまいました。その分楽しんでいただけるものになっていることを願います…。

☆広瀬・悠里様
 昨年はお世話になりました。ティル・スーの目的達成を手伝って下さり有難うございました。
 『目的』の内容が内容だったので、ついつい暴走してしまった感が…。 こっち方面お断りだったのなら申し訳ないです…。
 リアンたちには色々楽しんだ後にどこかでばったり会っちゃったりするんじゃないかなーと。偶然必然クリスマスの奇跡、な感じで。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。
WhiteChristmas・聖なる夜の物語 -
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東京怪談 The Another Edge
2008年01月07日

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