『嗚呼、麗しき６月の花嫁！』

静（0063）

「お届けものを受け取りにまいりましたー」
　ソリに乗った赤い衣服の金髪少女は、「ん？」と首を傾げる。そして地図をみた。
　間違いは、ない。
　周囲は閑散としているが、森の中。目の前は礼拝堂。小さな小さな……結婚式用に使われることが多いチャペル。
　だが明らかに、その……。
「あの……つぶれてるんですけどぉ」
　独り言を呟くステラは「え？　えええ？」と激しく礼拝堂の周りをうろうろした。
　届け物があるので取りにきてくださいと電話があったから来たのに……。これはもう、騙されたとしか思えない。
「ふえぇ……いたずらなんて、ひどすぎますぅ」
　涙を浮かべる彼女はとぼとぼとソリまで戻った。裏手から表に戻る途中で、半透明のなにかに、ぶつかりそうになる。
「あ、すみま……ぎええええええっっ！」
　悲鳴をあげてステラが勢いよく、その場に尻もちをついた。
＜驚かせてすみません＞
「うはー……！　なんですかアナタは……。形しかないじゃないですか……！」
　顔もない。ただ人のカタチをしているだけだ。
＜あなたならお願いを聞き入れてくださると思って、お呼びしました＞
「なんですかそりゃあ！　わたしはなんでも屋さんではありませんっ！　そういうのは草間さんとことか、雫ちゃんとこに行ってください！」
　ぷぅっと頬を膨らませるステラは、しかし腰が抜けて立ち上がれないようだった。
＜でもあなたは、サンタ課の方……ですよね？＞
「ゲッ。……な、なにを知ってるんですかぁ。やめてくださいやめてください。わたしは下っ端なんですからぁ、難しいお願いは勘弁ですぅ」
＜それほど難しくはありません。私はこのチャペルの精霊のようなもの＞
「……精霊ってそんな不気味な姿に成れるんですか……？」
　青ざめるステラに、精霊は苦笑する。
＜ここが使われなくなってもうかなり経っていますから。でも少し掃除すれば充分使えます＞
「はぁ……」
＜あなたにお願いがあるのは、そのことで＞
「そ、掃除しろってことですかぁ？」
＜違います。結婚式を、挙げて欲しいのです＞
「……………………」
　しーん、と静まり返る。ステラは完全に固まり、目を丸くした。
「けっ、こん、しき……ですか。それはまた……すごいお願いですぅ……」
＜真似事でいいのです。どうしても、その、私の役目を果たしたくて＞
「はあ？」
＜私、結婚式が好きなんですっ！＞
　鼻もないくせに、荒い鼻息を放って言う精霊にステラは呆れる。というか、完全にヒいた。
＜幸せいっぱいの花嫁と、花婿の門出！　ああっ、素晴らしいではないですかっ！＞
「………………それ、なんですか。えっと……真似事ですから、別に本物ではなくてもいいという……」
＜真似事でも！　恋人でもなんでもない人はお断りです！＞
　人差し指（のようなもの）を立てて、ちっちっ、と振る精霊。注文の多いヤツだ。
＜真っ白い花嫁衣裳に身を包み、素敵な殿方に嫁ぐその乙女のロマン……！　惚れた女のあまりにも綺麗な姿に絶句しつつ、幸せを誓う粋な男性のロマン！　どうですっ!?＞
「え……ど、どうですって……」
　言われても。
（変なやつにつかまっちゃったんですねぇ。はぅ）
　つまりは。
　この精霊を満足させるために結婚式の真似事をすればいいということなのだろう。
「それ、一組でいいんですかぁ？」
＜多ければ多いほどいいですね！　だって、幸せって多いほうが得した気分になるじゃないですか！＞
　ええー……？　そうだろうか……？
　頭が痛いステラである。
「わ、わかりましたよぅ。何組か、候補を連れてきてここで結婚式を挙げればいいわけですね。
　精霊というからには、ここ、綺麗にしといてくださいよ！　わたしは人を運ぶのと、衣装をなんとかすればいいわけですね。はふ〜、手伝ってくれる人とぉ、あとは新郎新婦ですかぁ〜」
　めんどくさー。と思いつつ、それは口に出さない。

＊＊＊

　静は瞬きをする。
「えっと、ステラちゃん……？」
「はい。ステラ＝エルフと申しますぅ」
　はて。ここはどこだろう？
　静は周囲を見回す。狭い畳の部屋の上に正座したままの静は、首を傾げる。
「あぁ、あまり気にしないでくださいね。波長が合う方は、えっと、なんていうか、ちょっと難しいのでうまく説明はできませんけど、ようはここに肉体のない状態でおいでいただいてます」
「……？」
「あなたはわたしのメッセージを受け取っている状態なんですけど、……う、うぐぅ……えっと」
「よくわからないけど……あなたは私に何か伝えたいことがある、ということ？」
「そうです！　その通りです！」
　意気込んで言うステラだった。静はしげしげとステラを観察する。
　金髪のくるくる頭。可愛らしい顔立ち。幼い外見からして……よくて中学生くらいだろう。小学生かもしれない。
　ステラの依頼を聞いて静は頬を染める。
「結婚式を、挙げたらいいの……？」
　つまりは、そういうことだろう。
　好きな人がいたら、素敵な結婚式を挙げたい。そう願う女の子は少なくないだろう。
　自分だって、影築と……。
　考えていた静は頬を両手でおさえる。顔が熱い。
「協力してくれるんですね！」
　嬉しそうに乗り出してくるステラに静は頷いた。
「新郎新婦の役を……影築さんとやりたいな」
「ほよ？　相手がいらっしゃるんですね」
「うん」
「じゃあお願いしてもいいですかねぇ？　場所にはわたしが連れて行きますぅ」

＊

　静は恋人である影築に、どうやって話を切り出したらいいものか考えていた。
　電話で誘うほうがいいかもしれないが……。なんだかそれが嫌だった。
　仕方ないのでちょうど外で会う時に言おうと決めた。
　待ち合わせ場所に向かう静は、自分の格好を見直す。うん……可愛いと、思うけど。自分が可愛いと思っていても、影築にそう思われなければ意味がないのだが。
　通りを行き交う人々を横目で見遣った。中には、いかにも女の子、という少女もいる。
（やっぱり男の人って、ああいう女の子のほうが好みなのかしら……）
　同性から見ても「可愛い」と思える女の子は、羨ましい。
　そんなことより。
（そうだった……。どうやって影築さんに言おう……）

　待ち合わせ場所まで来ると、そこには先に来ていた影築の姿がある。誰が見てもカッコイイはずだ。だって自分がそう思うのだから、他の人もそう思うに違いない。
「あ。こんにちは、静さん」
　静に気づいて微笑む彼は、近づいて来る。
「こんにちは、影築さん。お待たせしてしまいました……？」
「いいえ。僕もさっき来たところです」
「……本当ですか？」
　上目遣いで疑わしそうに尋ねると、影築は苦笑して頷いた。
「はい。約５分前に到着しましたよ」
「嘘じゃないですよね？」
「嘘じゃないですよ」

　カフェに入り、二人は向き合う形でイスに腰掛けた。
（こういう事は早めに言ったほうがいいよね……。
　影築さん……一緒に式場に行って貰えませんか？　……困っている人がいるので、結婚の真似を……えっと……）
　なかなか言葉がまとまらない。
「静さん、大丈夫ですか？　具合でも悪いんですか？」
「影築さん……あの、結婚してください！」
「はい？」
　はた、として。
　静は我に返るなり顔を真っ赤にする。
　考えている最中に声をかけられたため、咄嗟に出たのが今のセリフだったのだ。
「っ！　あっ、御免なさい……本当の結婚式じゃなくて……！」
　どうしよう。
　困ってしまう静の前で唖然としていた影築は、軽く首を傾げる。
「結婚するにはボクの年齢では無理なんですけど……。あと一年待ってもらえますか？」
「あ、え、違うんです……言い間違えました……」
　ああ。穴があったら入りたい。恥ずかしい。
　事情をゆっくりと説明すると、影築は「なるほど」と呟き、頷いた。
「わかりました。真似事とはいえ、静さんの相手です。気は抜きませんから」
　にっこりと微笑む影築の言葉は、本当に嬉しかった。

＊

　怪しげなソリに乗せられ、到着したのは小さな礼拝堂だった。かなりボロボロだ。
　控え室として用意された部屋に入り、早速ドレスを選ぶ作業に取り掛かった。
　いつか着るであろうウエディングドレス。まさかこんなに早くに着るハメになろうとは。
　もっと大人になってから着る予定だった。大好きな人の横で。
「静さんて、細いですねぇ」
　唐突にそう言われて、「え？」と静は怪訝そうにした。
「ほら、腰とか細いですぅ」
「ひゃあっ」
　ステラに腰を触られ、思わず声をあげてしまう。
「で、ドレスはどれにしますか？」
「そうですね……。これ、がいいかもしれません」
　小さく言う静の指した写真のドレスは、華美な装飾のない、シンプルなものだった。
　飾り気はないが、静には似合うだろう。
「わあ〜。静さんに似合いそうですぅ」
「そ、そうですか？」
「きっと相手の男性は、メロメロですぅ」
「めろめろって、ちょっと古いですね」
「そうですかぁ？　そういえば最近メロメロって使わないですねぇ……じゃあ、胸キュン？」
「…………」
　それもそれで、なんか変だ。

　選んだドレスに着替えて、出番を待つ。
　バージンロードを歩き、影築の横に立つだけ。本物の結婚式ではないのだから、こんなに緊張しなくてもいいのに。
　手が、体が震える。
　自分の姿を影築は綺麗だと思ってくれるだろうか？
　扉が開き、静は中に踏み込む。音楽が流れる中、静はゆっくりと歩く。
　彼はこちらを見ていた。色違いの瞳が、まっすぐこちらに向けられている。
　白のタキシード姿の影築は、静から見ても文句ナシに格好いい。
　自分は……どうだろう。似合うと思って選んだシンプルなドレス。けれど、彼の隣に立つと自分が小さな存在に思えてしまう。自信が持てない。
　影築の隣まで来て、足を止める。司祭が立つべき場所には、妙なものが立っていた。この礼拝堂の精霊とか言っていたが、かなり不気味である。
＜いや〜、美男美女！　素敵ですねぇ＞
　精霊の小さな独り言が聞こえる。静はそっと横に立つ影築を見遣った。彼はもう正面を向いていた。
＜遠逆影築、あなたは静を妻とし、病める時も健やかなる時もこの女を愛し、敬い、支え合っていくことを誓いますか？＞
「はい、誓います」
　はっきりと影築が応えた。その言葉に、静は素直に感動する。
　真似事でも、即答してくれる彼の言葉が嬉しい。これが本当だったら……そう願ってしまう。
＜静、あなたは遠逆影築を夫とし、病める時も健やかなる時もこの男を愛し、敬い、支え合っていくことを誓いますか？＞
「はい……誓います」
　どんなことがあっても、彼を信じて、好きでいたい。
＜では、変わらない愛を誓った証となる指輪を＞
　指輪はステラが用意していたものだ。オモチャであることがすぐにわかる。
（……いつか本物が欲しいな）
　なんてことを思ってしまい、静はハッとして首を軽く左右に振る。物を影築にねだるのは、あまり好きではないのだ。
　左の手袋を外され、指輪をはめられる。
＜では、誓いのキスを！＞
　わかっていたことだが、実際に目の前でそう言われると恥ずかしい。
　静は心臓がばくばく鳴っていることに気づいた。
＜あ。ほっぺでいいですよ＞
　精霊の言葉にガクッと力が抜ける。なんだ……頬でいいのか。
　影築と向かい合った。
（わぁ……間近で見ると影築さんてやっぱり格好いいな……）
　頬にされるとしても、やはり恥ずかしい。静は目を閉じた。今の自分が、影築に綺麗に見えていればいいけれど。
　いつか……いつか自分も結婚式を挙げることができるだろうか？　ううん、挙げられなくてもいい。大好きな人と一緒に居ることができれば、それだけでいい……。
　影築に、頬にキスをされ、静は力を抜いた。今日のことは、予行演習だと、思うことにしよう。

＊

　ステラに、静が暮らすマンションまで送ってもらった。
　空は暗い。日が暮れてかなり時間が経っているようだった。
　とりあえず依頼は果たした。しかし……夢のようだ。影築と結婚式を挙げられるなんて。
　静は横に立つ影築を見上げる。
「影築さん」
「はい？」
　彼はこちらに視線を向けた。
「あの時……結婚してくださいって言ったの……」
　彼はじっと見つめてくる。静はそこで言葉を切り、俯いた。
「嘘じゃ……ないです。……でも、まだ駄目です。私が、まだ子供です」
「…………」
「私がもっと大人になって、影築さんに見合うような女性になったら…………」
　喉が詰まる。言葉が出てこない。
　勇気を。
　もっと勇気を。
　拳を強く握る。
「その時になったら……っ」
　静は、心臓が張り裂けそうになっていた。このまま壊れてしまうのではないだろうかと思えるほど、激しい。
「ずっと、一緒に居てくれますか？」
　言えた！
　体が震える。怖い。
　今、影築がどんな顔をしているのか……彼が自分の言葉を、どんな風に感じたか……。
「はい」
　影築の声が耳に入った。あまりにも自然だったため、静はきょとんとして顔をあげ、彼を見た。
「え？」
「『はい』と言いました」
「え……そ、それって……」
「今のは静さんのプロポーズですよね？　ですから、僕も真剣にお応えしました。
　僕もあなたとずっと一緒に居たいです。あなたが僕に飽きない限りは、傍に居たい」
「あっ、飽きませんよ、私」
　慌てて言うと、影築は微笑む。
「それと、お願いがあるのですけど」
「はい？」
　影築からお願い？　珍しい。
　彼は軽く息を吸い、真面目な表情になる。
「プロポーズは、改めて僕からしてもいいでしょうか？」
「え……」
「だめでしょうか？」
　だめって言われても……。
　困惑する静は頬を赤らめ、俯いてしまう。
「ダメなんてことは……ないです、影築さん」
「良かった。僕が自信を持てたら、その時にさせていただきます」
　安堵したように言う影築は心底嬉しそうだ。
「静さん」
「は、はい……」
「今日、とっても綺麗でしたよ。僕は幸せ者です」
「っ……！」
　耳まで真っ赤になり、静はさらに顔を伏せる。褒められたことが嬉しくて、恥ずかしい。
「本当ですか……？」
「はい。見惚れないようにするのに必死でした」
「そ……そうですか」
「……はい」
　二人とも恥ずかしそうに言い、空を見上げる。照れ臭くて、互いの顔が見れなかった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0063／静（しずか）／女／15／高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご参加ありがとうございます、静様。ライターのともやいずみです。
　影築と一緒に結婚式を挙げていただきました。いかがでしたでしょうか？
　少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

　今回は本当にありがとうございました！　書かせていただき、大感謝です！

ＰＣゲームノベル・６月の花嫁

ともやいずみ

東京怪談　The Another Edge

2007年07月02日