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『トリックハウス久々津館 〜懐古と邂逅〜』
海原・みなも0062

 普段は質素な表札に、『久々津館-人形博物館』とだけある正面玄関。
 庭は必ず丁寧に手入れされているものの、館の雰囲気と人気のなさに、入ろうとする者も躊躇するほどだった。
 だけれど、今日は違った。
 表札の上、門柱に支えられて、大きな看板が掲げられている。
 いつもは通り過ぎていくだけの近所の人々も、思わず立ち止まってその看板を読んでいる。

『久々津館 ハロウィン期間限定改装!!
 トリックorトリック!? 
 たくさんの人形達が貴方達を出迎えます。
 何が待つかは、お楽しみ。
 カップル、家族連れ、度胸のある方はお一人でもどうぞ!
 X月◎日〜△月●日まで』

 看板には、派手派手しいフォントで、そう書かれていた。

 少し時間は遡る。
 海原みなもは、帰宅途中だった。
 今日もまた、どんより曇り空。
 酷暑としか言いようのない時期は過ぎたけれど、今度は涙空が続いている。暑さが和らいでも、その分湿気が高い。じめじめ、じとじと。水には親しいはずの自分でも、気分は滅入ってしまいがちだった。
 人いきれに飽き飽きして、大通りを離れる。
 閑静な住宅街。久しぶりに通る道だった。
 ふと、思い出す。
 そういえば、この辺りだった。
 もう随分と行ってない、あの場所。住人達の顔と、蔦の絡まったあの洋館。道路向かいのアンティークドールショップ。一度思い出すと、懐かしい光景がどんどん浮かんでくる。
 久々津館。寄ろうと思えばいつでも寄れる場所だったのに、どうして忘れていたんだろう。
 思えば思うほど、懐かしさがこみ上げてきた。少しだけ足を速めて、家へ向かう道程から離れる。久々津館へと、向かう道に入る。
 ほどなく、古びた洋館が見えてきた。蔦の絡まり具合すら変わらない。住宅街の狭間に浮かび上がる、異質な建物。
 正門の前。道路の向かい合わせにある店――アンティークドールショップ『パンドラ』は、シャッターが閉まっている。
 何も変わっていない――懐かしいなあ……
 ――と思った。
 けれど、そうでもなかった。
 表札の上、門柱に支えられて、大きな看板が掲げられている。
 それが、冒頭のものだった。

 強烈なまでの違和感を覚える。目眩すら感じそうなほどだった。
 煌びやかな地の模様も、客を誘うその内容も。
 そのどれもが、記憶の中の彼らとは繋がらない。
 久々津館も、変わってしまったのだろうか。
 ふと寂しくなって、門をくぐろうとした足を止め、庭を覗き込んでみる。色々お世話になったあの住人達は、今もいるのだろうか。その姿を探す。
 ――いた。
 庭の奥。掃除に夢中なのか、こちらには気づいていないようだった。
 あの後姿。間違いない。炬だった。
 嬉しくなる。思わず、声をかけようとした。
 だけど。
 ふと思いついて言葉を飲み込む。
 看板を見上げ、もう一度、確認するかのように読む。せっかく、こういうイベントをやっているのだから、出直そう。
 そう、ちゃんと準備して。
 さっきまでの寂しさは一転、みなもは浮き浮きとした気分を抑えきれず、少し早足で家へと帰るのだった。

 そして、数日後。
 みなもは再び、久々津館の前に立っていた。まだ同じ看板が出ていることを確かめる。
 うん、と一つ頷く。せっかく準備してきたのに、イベントが終わっていたら敵わない。まあ、まだハロウィンまでは随分あるから、さすがにそれよりも前に終わってしまうなんてことはないだろうと思ってはいたのだけれど。
 視線を落とす。腕に提げた紙袋が二つ、目に入る。中身も目一杯に詰まっている。ここまで持ってくるのはそれなりに重かったが、気分が高揚している所為か、全く気にはならなかった。
 今度こそ、門をくぐる。丁寧に掃きあげられた石畳の上を歩き庭を抜けて、扉を開ける。
 そこには、全く変わらない玄関ホールが広がっていた。
 奥に見える、人形博物館の受付に立つ炬の姿も変わらない。あれから大分経つのに、変わらないのが不思議なくらい、そのままだ。ただその足元には、外と同じように派手な看板に文字が躍ってはいたが。
「いらっしゃいませ。人形博物館へようこそ」
 淡々と喋る炬。相変わらず抑揚がない喋り方だが、それでも、以前に比べたら引っかかることのない、流暢な口調になっている。初めて、時の流れを感じる。
 ――私のことに気づいてない、か。もう何年も来ていないのだから、当たり前かな。
 炬の接客口調を聞いて、そう思う。敢えて無言で近づいて、顔を差し出すように見つめる。
「分からないですか? 私、海原みなもです。お久しぶりです」
 小首をかしげる炬。
 だがすぐに気づいたのだろう、改めてこちらを見て、深々とお辞儀した。
「お久しぶりです、みなもさん。随分変わられましたね」
 そう話す炬に対し、他の皆はいるの? と聞いてみると。
 レティシアがちょうど部屋にいるので、こちらへどうぞ。と返ってきた。ならば、と案内してもらうことにする。
 変わらない廊下を歩き、いつもの部屋へ。
 ドアを開けると、レティシアがこちらを振り向いた。ゆっくりとしたその動きに、長い金髪がふわりと広がる。
 みなもを見て、最初は驚きの顔が、次に満面の笑顔が広がっていく。
 自分が中学生の頃に戻ってしまったかのような錯覚を覚えるほど、何もかもが変わらなかった。レティシアの、その美貌も。やはり彼女も、ただの人間ではないのだろうか。
「あらあらあらあら! ひょっとして、みなもちゃん!? お久しぶり! 変わらないわね!」
 軽くハグされる。なんだか、こそばゆい。
 しばらくお互いに再会を喜んだ後、ソファーに向かい合わせに座る。
「ほんっともう、どうしたの?」
「偶然思い出して、それで表の看板を見て、楽しそうだから一緒に参加させてもらおうと思って」
 まだテンションの高い彼女を落ち着かせるように、なるべく感情を抑えて答える。
 そして、持ってきた紙袋を二つ、テーブルの上に取り出す。
「トリックハウス、ってことでしたけど、やっぱりハロウィンですしね。トリートも、ってことでお菓子を持ってきたんです」
 紙袋の中身を広げる。焼き菓子を中心に。全部じゃないが、手作りのものもある。
 さらに。
 もう一つの袋の中身を取り出す。こちらは食べ物ではない。
 陶器でできたビスケット。ぬいぐるみのケーキ。その他諸々、お菓子をかたどったおもちゃの数々。
 人形たちはもちろん食事はできない。それでもハロウィンを楽しんでもらうために、と考えた結果だった。
「こっちは、お人形さんたちにも、と思って」
 レティシアに向かって、微笑んでみせる。少しでも、彼女の笑みに近づけただろうか。
「ありがとう――遠慮なくいただきます。人形用のは、あとでちゃんと配っておくわね」
 笑みを返すレティシア。その艶然とした微笑には、やはりまだまだ敵わないな、と、微笑みが苦笑に変わってしまう。
 せっかくだから、お菓子は少しいただきましょうか。レティシアがそう続けると、炬が部屋を出て行く。お茶の準備をしにいったのだろう。
 ほどなく紅茶が運ばれてきた。懐かしい、美味しい紅茶。落ち着く香り。
 持って来たお菓子に手をつけながら、色んなことを話す。過去のこと、そして、今のこと。
「そうそう、さっきも言いましたけど、私も参加したいんです。ハロウィン。驚かす側として――準備も万全なんですよ、仮装なんかも、ほら、こんな風に」
 袋の中に最後に残ったものを手に取る。それは、水を入れたペットボトル。
 蓋をひねる。
 立ち上がって、目を瞑る。
 ペットボトルから水が迸った。もちろんみなもの力だ。南洋人魚の血を引くみなもは、水を自在に操ることができるのだ。
 そして、その力を応用すれば――仮装だって簡単なことだった。水の色を変え、形を変えて。
 とんがり耳に薄い透明な蝶の羽。オレンジ色のドレス風の水の羽衣。
 イメージとしては、妖精の魔女、と言ったところだろうか。
「どうですか?」
 その格好のまま、ちょっとだけ、悪戯っぽく笑ってみせる。
 しばしの、沈黙。
「……すごいわねえ……そういう『力』があるってのは、前に聞いていた気がするけど、そう言えば、あんまり実際に見たことなかったかも」
 ほー、というため息とともに、レティシアはそう呟いた。
 その感嘆の声に、ちょっと得意げな気分になってしまう。我ながら、単純なものだと思う。
「じゃあ、そうね、せっかくだから手伝ってもらいましょうか。貴方を驚かせる、って言っても中々……もう、慣れちゃってるでしょうしね」
 苦笑するレティシア。確かに、久々津館の皆は、いくら年月が過ぎているといっても、人形も含めて見知ったものばかりだ。
「よし、じゃあ、何をしてもらおうかな……せっかくだから、掴みでもやってみる? 先陣切ってのいたずら役」
 軽くウインク。それがまた、様になっている。
 しかし――最初って、かなり重要な役どころでは――少しだけ不安になって、何か決められた手はずはないか聞いてみる。
 それなら、実際の部屋へ行って相談しましょう、と返ってくる。
 さっそく、行ってみることになる。立ち上がったレティシアの、たおやかな後姿を追いかける。
 エントランスホールに戻り、人形博物館の方へ。
 レティシアが最初の扉を開けてくれる。ありがとうございます、とお礼を言って、入り口をくぐる。
 背中で、扉の閉まる音がした。
 あ。
 ひょっとして。
 嫌な予感が、全身に広がる。悪寒が走る。
 振り向いた。やはり――扉は閉まっていた。

 押しても、引いても。びくともしない。

 ――トリック、すなわち、悪戯。
「久しぶりの人形博物館でしょう? 『トリックハウス』、せっかくだから堪能して行ってね」
 楽しげな声が、どこからかともなく、部屋に響き渡った。レティシアの声だ。
 ――やられた。

 そう思いながらも、仕方がない、開き直って楽しもう、そういう気持ちも沸いてくる。
 振り向く。
 そこには――。

 そして、その日の人形博物館『トリックハウス』での一日は。
 みなもにとっては忘れられない一日となったのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0062/海原・みなも/女性/28歳/研究所所員】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳?/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳?/アンティークドールショップ経営】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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依頼、度々ありがとうございます。
あえて、トリックハウスの様子を見せずに……なんてやってみましたが、いかがでしたでしょうか。
またのご依頼、宜しくお願いいたします。
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2008年09月16日

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