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『 虚飾の婚礼』
ウルリヒ・フレンツヒェン0147

「連れ戻せ。私が欲しいのはあの娘だけだ。あとはどうなっても構わん」
 古く大きな城の一室。
 伯爵と呼ばれる男が低く声で命じる。他人に命令するのを日常として慣れた声だ。
 遊戯盤の上には白と黒、二色の駒が静かな戦いを繰り広げている。
「人とは本当に愚かなものよ。無論、私も含めて……だが」
 深く腰を折って出て行く従者たち。
 テーブルには金貨の詰まった重い袋がある。従者の誰かが娘を連れ戻せば、その成功報酬として与えられるだろう。

 一方、花嫁は走る。
 心から大切だといえる青年の手を取り、白いウェディングドレスを身に纏ったまま。
「もう少し先に馬車を用意してある。……頼む、それまで頑張ってくれ」
「……えぇ。大丈夫よ、あなた。二人で幸せに暮らすと約束したもの」
 青年は後ろを振り返る。夜の闇を縫うようにして蠢く黒い影。
 追っ手はすぐそこまで迫っていた。



 遊戯盤の上に駒は揃った。
「サテ、ここで逃亡と共に永遠の誓約をするお二人と出会ったのも縁なのでショウ」
 闇に暗く浮かび上がるような金の髪を掻き上げ、ビショップが言う。
「デリク様が手を貸すとおっしゃるなら、私も手伝いますよ」
 傍らで闇色の目を瞬かせるのはルーク。
「――……」
 大地に刃を立て、ナイトは短い祈りを捧げた。
 純白のドレスに身を包んだ花嫁、そして花婿と合流した三人はさっそく策を立て始める。種族こそ同じだが、思考や嗜好恐らくは主義まで違った人間たちが果たしてどう考えどう動くのか。
「それにしても、お嬢さん。本当にその男のこと、好きなのですか? 自分を逃がすだけの力があるから利用してるだけなのでは」
 薄い笑みを浮かべ、世間話のような声色でウルリヒが唐突に唇を開く。
「……っ、そんな! 何を仰るのです。私は、彼と……」
 予想外の問いに花嫁は目を見開き、感情に任せて声を荒げる。
「ただこの状況から逃げたいだけだったりして……ねぇ?」
 花嫁は激情の余り声を詰まらせ、唇を強く噛み締めた。それは否定とでも肯定とでも受け取れる曖昧さを含み、見る物によっては道化の如しといえるかもしれない。
「神の御前で将来を誓おうとする方に……女性にそのような口をきくものではありません」
 レジイはやや険しい表情で覇気のない問いを制する。対峙する二人、暫しの沈黙。
「さあウルリヒ、遊んでおいで。レジイさん、お二人の護衛はまかせましたヨ」
 そんな場の空気を読み取ってか、デリクが静かに唇を開く。的確な指示を出し、まだ何か言いたそうな花嫁をナイト二人に任せた。



「……レジイって子は使えますかね」
 囮役を買って出たウルリヒを伴い、デリクは小走りで目的の場所へ急ぐ。薄闇の中に目を凝らしてみると、偵察らしい人影を見つけた。どうやら単独で行動しているらしい。花嫁たちを見失い、まずは少人数に分かれ辺りを捜索しているのだろう。
「真面目で任務に忠実な……良家の子女。護衛には向いてマス」
 レジイたちと一旦離れ距離を取り、二人は足を止める。結構な距離を走ってきたというのに、息の一つも乱していない。
 ウルリヒが指を鳴らすと、それに応じ一筋の雷が天から落ちる。暗闇の中それは眩い程に煌き、一瞬ではあるが辺りを昼間のように照らした。
「デリク様」
「えぇ、では。また後デ」
 異変として雷は十分に役立つ。
 追っ手も馬鹿ではない。何事かと闇に紛れやって来ることだろう。次はデリクの番だ。

「この方向を探索するように言われましたカ? 馬鹿な。二人が逃げたのと反対方向デス」
 隠れていた探索部隊は意外と簡単に見つけることができた。もちろん、デリクにとって「簡単」なのであって、普通の人間がやればそうはいかない。追っ手たちはそれなりに腕の立つ荒事のプロ。一般人ならば闇に目が利かず、見つけるどころか下手に動きまわるだけで、己の立ち位置を知らせてしまうだけだろう。
「報酬を独り占めしようと、アナタに嘘の情報を教えたンですよ。……可哀想に裏切られたのですネ」
 可哀想にと心底同情した声でデリクが告げた。
 金は人間を狂わせる。金貨の詰まった袋、報酬、名声。己の人生を彩る金を仲間に独り占めされたと思ったか、男の顔が焦燥と憎悪の色に染まる。言葉は使い様。一つ吐くだけで、人を傷つけることも癒すことも、こうやって裏切りを匂わすこともできる。
「あいつら、まさか……」
「待て、口車に乗るんじゃねぇ。金は6人で山分けといったはずだろうが」
 ああだこうだと口論を始める男たちを視界に留め、デリクはやれやれと密やかに溜息をつく。
「お話中のところスミマセン。レジイたちのところへ行かせるわけにはいきませんからネ」
 デリクが幾分低い声で言い放つ。掌に力を集中させ何もない空間に押し当てると、ぐにゃりと景色が歪んだ。強大な力の存在を認識できず、男たちはわけのわからない威圧感と命の危険を感じ怯えたように声を上げる。恐怖という原始的な感情は獣も人間もそう変わりない。短い悲鳴が重なる中、デリクは自嘲気味に唇の端を上げた。



 一方その頃。
 手に手を取り合った花嫁と花婿、レジイは湖の畔にたどり着いていた。
 途中森の中を通ってきたが、細い吊橋や獰猛な獣、これでもかという程に道を邪魔するものがあった。不運を過ぎた災難。その度にレジイは剣を振るい、手を伸ばし、二人にかかる邪を払っていった。小枝で切ってしまったのか、頬や手の甲に細い傷ができてしまった。けれど立ち止まるわけにはいかない。

 波もなく、平たい水面に丸い月が映っている。それはそれで美しい光景だが、湖は小さくも浅くもない。レジイ一人ならともかく、ふわりとしたドレスと運動慣れしていない花婿では泳いで渡るのは不可能だろう。
「レジイさん、あっちに小船が。……此処を渡ってしまえば仲間が馬車を用意して待っているんです」
 此処まで走ってきたせいか、花婿が息を切らして言う。
「わかりました。それじゃ、船で……」
 ぴくりとレジイの肩が動く。闇を貫き、殺気の篭った視線に気付いたからだ。
 すらりと鞘から剣を抜き、二人を背中に庇いどこから攻撃がきても良いように構える。
「ここで無駄に時間を消費すると、後続隊が来ないとも限りません。――ここは僕に任せて、お二人は先に」
 囁くような声で決意を口にする。
「で、でも……」
「二人が新しい一日を始められるように。朝の光を一緒に見られますよう。そのために、僕たちは此処に集ったんです」
 戸惑う花婿を横目に、花嫁がすっと前に進み出る。純白のドレスは泥に汚れ所々破れてしまっているが、琥珀色の瞳は少しも揺らめいていない。
「あの方たちにもどうぞお伝えください。この先何があろうとも、この夜の選択を後悔しないと。……ありがとう。――さよなら」
 レジイの手に優しい口付けを落とし、花嫁は愛する人と共に船へ乗り込んだ。
 微かな水音で船が出たのを知る。対岸までどのくらいだろう。恐らくは30分もかからない。
「見えてますよ。出てきたらどうです。……花嫁さんは渡しませんから」



 闇の中で悪意ある言葉に惑わされ、追っ手たちは常の力を出し切れずにいた。
 剣を振り回してもデリクには当たらず、程なくして合流したウルリヒが雷を使い始めたものだから、逃げるにも逃げられない。逃げ惑う姿は哀れをも誘う。
「偵察部隊は6人。オヤ、……2人足りませんネ」

「――それなら僕が倒しました。問題ありません」
 静かな声で現れたのはレジイだ。戦いの後で銀色の髪が多少乱れ、鎧に小さな返り血の跡を付けているが、特に大きな外傷はない様子。
「ならこれで終わりですね。私達三人を相手に挑んでくるのもまぁ……良いですが。一応選択肢を与えてあげましょう。死ぬのと生きるのと、どちらがいいですか」
 片手に黄金の光を纏わせ、雷の主が言う。命令することに慣れた声、空気から伝わってくる形なき威圧感。
「……ッ」
 勝ち目なしと判断したか、残った影たちはさっと闇を渡り走り去っていく。花婿たちが逃げた逆の方角だ。放っておいても平気だろう。それに、闘争意識を失った彼らを追っても意味はない。
「お疲れ様デシタ。無事で何よりデス」
 労いの声をかけ、デリクはやんわりと笑みを浮かべる。
「えぇ、お二人は無事です。それと一つ伝言が。……何があろうともこの夜の選択を後悔しない、と」

 伯爵の元にいれば何不自由ない生活を送ることができただろうに、女はそれでも愛する人と人生を綴る道を選んだ。それが良いか悪いか、それは誰にもわからない。
 未来は、決まっていないのだから。
 


━ORDERMADECOM・EVENTDATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【a7153/レジイ・フェイウェア/男/18歳】
【0029/デリク・オーロフ/男/35歳】
【0147/ウルリヒ・フレンツヒェン/男/18歳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございました。
如何でしたでしょうか。またのご縁を祈りつつ、失礼致します。
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
水瀬すばる クリエイターズルームへ
東京怪談 The Another Edge
2007年07月25日

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