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『約束の花』
楊 浩威0047

  それは、とても悲しい物語。
  甘いはずの3月14日が、二人にだけ、苦いものとなった。


『謙一さん』
 脳裏に思い描くのは、一瞬の不注意で亡くなった恋人の美礼であった。
『14日には花を贈ってね』
『欧米では、お菓子じゃなくって花束を贈り合うんですって。お花屋さんなら、ずっと気持ちが楽でしょう?』
 どこまでも気遣いを見せる恋人は、待ち合わせに遅れた男を迎えるため道路を渡り、車にぶつかって死んだ。
 何故彼女をもっと大切にしなかったのか。
 望む言葉をかけてやらなかったのか。
 口にするくらい、何でもない事だった筈なのに。
『約束よ。今年だけじゃなく、来年も、再来年も、きっときっと花を贈ってね』

 ──約束だ。


●3月14日
 楊浩威(やん・はおうぇい)は、毎年この時期になると『ある道』を通る。
「はず、なんだがな」
 何故か今日に限っていつもの道は工事の真っ最中であった。
 怒る気にもならない絵付の看板に、ちっと軽く舌打ち、別の道から行く事にした。幸い、もう1ブロック向こうの道でも『あの場所』に辿り着く。
 蝙蝠のような真っ黒いコートを翻し、これまた真っ黒の靴が行く先を変える。髪まで真っ黒な彼はいつも通りの格好で今日この日を過ごしているのだが、喪服──と言っても差し支えなかった。
 煙草でも吸うか、と右腕でコートの内ポケットを探った瞬間、思わず苦笑が漏れた。
 ──義手にしては、随分馴染んでいる。
 浩威の右腕と左脚は義手と義足である。ただの義肢でなく、仕事に使う様々な暗器仕込み付き。
 それは七年も前の‥‥神獣『白虎』を得るための代償であったが、彼は後悔していない。何故なら、自分が戦えるだけの、ホロビを倒すだけの能力こそが欲しかったのだから。

 浩威がこの日この道を通ったのは──運命かもしれなかった。

●愛おしい君の声
 普段通る事はない道。そこに踏み込んだ時、退魔師としての力が騒ぐのか、何か違う──と胸騒ぎを感じた。
 妖怪でも、魔物でもない気がする。ただ、何かどこか引っかかる‥‥。
 用心しながらその道を歩き、数メートルしか歩いていない状態で──浩威は、足を止めた。

『‥‥約束だ』
 空のコップに水が流れ込むように、ごく自然に脳に誰かの声が溢れた。

『美礼、君のために俺は花を捧げ続けるから──』

 意 識 が 、 持 っ て い か れ る 。

『白くて何というか‥‥変わった花だな』
『ふふ、鈴蘭みたいに俯いてるでしょ?』
『鈴蘭か?』
『ブブー! はずれっ』

 誰かが頭の中で会話している。否、これは、

『鈴蘭みたい、って言ったじゃない、浩威ったら』

 くすくす、くすくす‥‥。

 それは、懐かしく愛おしい記憶。
 そうだ、これは紛れもなく俺がした会話の一部。

『約束ね? 浩威』
『約束よ? 謙一さん』

 軽やかな女性の声が二つ、重なり合って俺に笑いかける。

『ああ、約束するよ』
『きっと、毎年花を捧げる』
『鈴蘭によく似た、この花を』
『君が居なくなった場所へ届けるから』

 ──俺には、俺達には、生きていてくれるだけで有難いと思える女がいた──

●思い出
『好きよ、−−さん』
 彼女を見ていると、いつも心が温かくなった。

 ──そう、きっとずっと一緒に居られるものと思い込んでいた。

『3月14日は絶対会いましょう? ううん、貴方に仕事があるのは分かってるの。少しでいいのよ、ホワイトデーは傍にいられるだけで‥‥』
 君を愛していたのに、ちゃんと答えられれば良かったのに。3月14日は特別な日なのだから。

 ──それが、命日になっちまった。

『お菓子は恥ずかしいのでしょう? その日は私の好きな花を買って欲しいの』
 君がこの部屋に入り浸るようになって、色とりどりの花が増えた。

 ──ああ、お前はその花が確かに好きだったな。

『ね、この花の花言葉‥‥貴方、知ってる?』
 沈丁花、寒緋桜に白木蓮‥‥。

 ──知るわけないだろう? 俺にゃチューリップと向日葵しか見分けがつかないんだ。

『ふふっ、この花はねぇ‥‥やっぱり今はまだ内緒! 教えて欲しかったら14日に絶対待ち合わせ場所に来る事!』
 ずくん、と胸の奥が痛んだ。
 待ち合わせ──そのワードに、全身が、脳みそが、悲鳴を上げそうになる。

 忘れようにも忘れられない緋の思い出。
 あの日俺が抱えていた花束は、真っ赤に染まってしまった。今日と同じく、白い花を持っていた筈なのに──。

 普段持ち慣れないものを片手に持ちながら。俺は、周囲の目が気になって足早に待ち合わせの場所に向かっていた。

 ──名前の分からん花を探すのに時間かかっちまったぜ。

 それでも、彼女の望むものをプレゼント出来ると思えば嬉しくて、俺は浮かれていたのだ。
 目的の場所に辿り着く前に聞こえた救急車特有のサイレンも‥‥まさか、彼女を迎えに来ていたのだとは気付かなくて。
『あっ! 謙一さん!!』

 ──?

 待ち合わせで待っていた筈の彼女がこちらへ向かってくるのが見えた。浩威は意識の混濁を感じながら、体が勝手に動くのを感じる。右腕が応じるように上がり──
『美礼っ!!』
 口が誰かの名前を叫んだ。それと共に、目の前で閃く光と吹っ飛ぶ体‥‥

「――っ!!!!!」

●スノーフレーク
 パパーッ!
 派手なクラクションに、はっと現実へと引き戻された。
 サングラス越しに周囲を見回すと、先ほどと変わりない路上。ただ、引き寄せられるかのように視線を動かしたその先に。
「‥‥お前達も、か」
 今はもう色褪せてしまった萎れた花束が放置されていた。
 ガサ、と手元の花束が音を立てる。その花は、目の前に置き去りにされた花の、何年も前の姿そのもの。
「同じ花だ‥‥」
 記憶の中の謙一は、やっぱり恋人に言われるまでこの花の名前を知らなかった。自分と同じだ。

『言葉を惜しまず、正直な気持ちをいつも伝えてやれば良かったのに』
 ──傍に居てやれば、お前を殺させはしなかったのに。

 後悔が残っているのも、同じ。
 この日、この場所に俺が立っているのは偶然じゃないかもしれんな、と浩威は苦笑した。
 すっ、と自分の持つ花束から一輪、抜き取る。
「あの世で出逢えているといいな‥‥」
 自分も、そうであればと願うから。願わずにはいられないから。
 浩威は抜き取った一本を色褪せた花束に手向けると、もう振り返る事もなく、自分の恋人が眠る場所へと歩き始めた。


 スノーフレーク。別名鈴蘭水仙。花言葉は──“皆をひきつける魅力”。

 ──お前は、この花と同じだったんだぜ。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0047 / 楊 浩威 / 男 / 34 / 退魔師


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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楊 浩威さま、バレンタインノベルに引き続き、ご依頼ありがとうございました!

謙一が残した想いに引きずられた事で、恋人を亡くした時の苦しみをリアルに思い出してしまった浩威さま。
少し苦い3月14日となってしまいましたが、同時に溢れるほどの愛しい想いも思い出したのではないでしょうか?
今日この日も忘れ難い一日となってしまったかもしれませんね。

謙一と、そして浩威さまの思い出の花は『スノーフレーク』にしてみました。
鈴蘭水仙ともいって、鈴蘭のように可愛らしく、サイズは水仙くらいあります。
色は白ですが、縁に緑色がついてる特徴的な花。スノーフレークとは小雪のかたまり、という意味です。
お気に召して頂けると良いのですが‥‥。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いします。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより
ホワイトデー・恋人達の物語2007 -
べるがー クリエイターズルームへ
東京怪談 The Another Edge
2007年03月14日

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