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『近き未来を夢見るは 』
ジュディス・ティラナ(ea4475)&白翼寺 花綾(eb4021)



 ねんねんころり ねんころり

 天に輝くお天道 空に煌くお月様
 見守るまなざし 光にあふれ
 今日もやさしい 眠りへさそう

 ねんねんころり ねんころり‥‥

(「そろそろ‥‥眠ったかな‥‥?」)
 まだ幼い妹にとっては、昼寝も立派な仕事の一つ。寝床のすぐそばに並ぶように横になり、得意の子守唄を囁くように歌いかけていた白翼寺花綾は、歌をやめ同じ調べを口ずさむのみに変えてそっと、毛布からはみ出した妹の手をしまいこんでやる。
 すうすうと微かな寝息を立てて眠る妹颯生とは、母が違うせいもあり髪も目の色も全く違うのだけれども。大好きな義母と大好きな父の子である証をもつ颯生が花綾は可愛くて仕方が無いし、颯生も年の離れた花綾を慕ってくれている。忙しい両親の代わりとして互いを補い合うように共に過ごすことの多い姉妹だった。
(「‥‥そういえば、今日はジュディちゃん遅い、な‥‥」)
 姉妹と仲のいいジプシーの少女ジュディス・ティラナが、いつもなら来ている筈の時間に遊びに来ない。
(「来たら‥‥わかるはず‥‥だから、少しだけ‥‥」)
 風も少なくお天道様の日差しはやさしい絶好のお昼寝日和。特別急ぎの用事も無いからと、花綾自身も颯生の傍で眠りへと誘われていった‥‥


 人々が傷つけあい出し抜きあいばかりを繰り返していた、そのうちのひとつの平原。思い起こせば願いをこめた祈紐、その普及に携わっていた当時の幼い自分達が脳裏によみがえる。
「今はもう、戦の傷跡は残ってないのねっ?」
 くるり。ジュディスが回るように見渡せば、記憶の中では踏み固められ草の生える余地も無かったはずの台地に、今ではささやかながら野の花もちらほらみえるほど。まだ立派とはいえぬまでも若木も立ち上がり、天へとその枝葉を差し出しているよう。
 共にいる妹達が新しい遊びかと、くるりくるりと真似して回る。ただ回るだけの所作でさえ軽やかに見えるのはやはり血のなせる業。動きは次第に追いかけっこへと変わり駆け出す足音。その背を視線で追いかけて、幼いながらの能力の兆しに眩しさを感じながら花綾は切り出した。
「ジュディちゃん? 父様のお話で気になるのがあって‥‥あの子達がおっきくなったら‥‥一緒に踊ってくれるかなっ?」
 今すぐ四人は駄目でも、今の僕達二人で。未来への希望と共に今は二人で演じたいと視線で窺えば、長い付き合いのジュディスが違うはずも無い。
「もっちろんよっ♪ どんなお話かしらっ、たーのしみー♪」
 演目も、それを見るお客様となる妹達の反応も。


 癖のある長い髪は一つに纏まり、額をとおるように締められた幅広のリボンと一緒に空に流れるように流されて。首元や腕には、彩り鮮やかな光る石こそ無いけれど、振ればシャラリと鳴るよう金属片が連ねられた装身具が身を飾って煌いて。昔より大人びてきたはずの体の線を抑えるような衣装を着こなしているのは、中性的な、人好きのする笑顔を持ったジプシーの青年なのでした。
 ‥‥‥‥‥シャララッ
 見上げた空にかかるのは、まあるいお月様です。少年は手を伸ばせば届きそうな空へ背伸びして、空をかく仕草の後につくのは溜息でした。

 夜空に願うよ 僕の居場所を君の隣に
 頬に触れて流す涙 拭いてあげたいよ

 青年の振り返る先にあるのは人里からも離れた森なのですが、青年はその更に奥に、隠された洞窟があることを知っているのです。そしてそこで閉じこもり、孤独に、悲しみのままにただ日々を過ごしている一人の女性の存在も。その女性が人ならざる存在だということも。
 知り合うきっかけはただの偶然だったかもしれないけれど、出会ってからはそれを必然であり運命と彼は思っているのです。なぜなら青年は、その彼女に惹かれているのですから‥‥

 今日の君は昨日より 笑ってくれるかな
 せめてこの地のために
 できるなら僕のために
 孤独な君の心の隙間 僕で埋められるなら
 悲しむような微笑 少しでも減らしてあげたいよ

 はやる気持ちはあるけれど、あくまでもゆったりと洞窟へと向かっていきます。洞窟の入り口に入る前に少し止まり、わざと腕の飾りを鳴らすのは、訪れたことを伝える合図。街角で演目をせがまれたときのように優雅に一礼してから、再び中へ歩を進める工程は、すでに毎日のように繰り返される儀式のようでありました。本当ならば精霊である彼女にこんな面倒な手順は必要が無いのかもしれません。けれど青年は必ずそれらを欠かすことはありませんでした。

 それほど奥行きのない洞窟、その最奥に住まうのは月の精霊でありました。彼女はいつからか、毎日のように通いやってくる青年の気配を待ち望むようになっていたのですが、どうしてもそれを認めることが出来ませんでした。
 過去の記憶が彼女自身を縛り付けているのです。月に類する存在であるからこそ、その鎖は重く彼女自身の心までも戒めることができるのです。
 ‥‥‥‥シャラ‥‥
 微かに聞こえる、金属がこすれるような音。今では毎日のように繰り返されるその音は、彼女が無意識に結界を緩める合図となっていました。青年が訪れたことを示す音は、同時に彼女の心が安らぎの時間を得る合図でもあったのです。精霊である彼女はその魔法的な存在ゆえに人間の青年の気配を感じ取ることは簡単なことでしたが、シャラリとなる彼の装身具や、彼女のいる場所である洞窟の奥へと向かってくる彼の控えめな足音に耳を澄ます、その人間的な感覚を次第に気に入るようになっていたのでした。

 風が届ける貴方の報せ 土壁に伸びる貴方の歩む影
 貴方を暖める小さな炎 その目に讃える滴が静かにわたしを写す
 口元にうかぶのは照らすような笑み ずっと見つめ続けることが出来ない

 いつものように訪れの口上を述べるのは彼の悪戯なのかもしれません。一通りの挨拶を済ませたら、ただのおしゃべり、彼女自身もはじめて聞くような物語をつむいでくれる彼でした。はじめこそそれが当たり前と感じていた精霊ですが、日を重ねるうち、青年との逢瀬を重ねるうちに逸れこそが彼女と彼の間に横たわる明確な境界線の現れなのではないかと思うようになりました。
 毎日のように通ってくれることは、嬉しい。いつまでも外に出ない自分にこうして外の様子を教えてくれることが、嬉しい。笑いかけてくれることが、嬉しい。
 彼女自身気がついていないことでしたが、始めそっけない態度だった彼女は、次第に青年へと微笑を向けるようになっていました。
 ですが、時間がたつに連れて青年のことを知るうちに、むしろ知れば知るほどに、自分と青年‥‥精霊と人間の差、生まれと育ちの違いを感じ取ってしまったのです。彼女は睫は徐々に伏せがちになり、はじめの塞ぎこんだままの様子と同じ仕草をするようになりました。

 再び笑顔を見せて 少しずつでいいから
 毎夜違う形を見せる月と同じ 気まぐれでひとりぼっちの君
 あの笑顔を見せて そのための笑顔は惜しまない

 頑なだったはじめのころと、想いを自覚したもののひた隠しにしようとする今。どちらも人見知りのおとなしい女性だと考えれば様子の違いはないように思ってしまうのかもしれません。実際、青年は精霊が再び心を閉ざし始めたことを感じ取っても、それがどうしてなのか、理由に思い至りませんでした。
 ですが、一度見せてくれた笑顔を再び見せてくれると信じ、これまでと同じように、そしてそれ以上に楽しく笑える物語を語って聞かせるように努めました。けれども、はじめの出会いから初めて微笑んでくれた期間までと同じだけの時間を過ごしても、精霊が微笑んでくれることは無かったのです。

「僕が来ることで君が辛くなる? 君に聞くのが失礼じゃないなら、理由を教えて欲しいんだ」
「‥‥いいえ、いいえ」
 ゆるゆると、首を振る彼女は両頬を覆うように隠しています。
「耳を塞いでいないから、話はしてくれるってわかるんだ。でも、出来たら顔を見て話したいな」
 一度伸ばした手を躊躇うように引き戻した青年でしたが、意を決したように精霊の両手へと自身の手を重ねます。少しだけ震えただけで抵抗もなく優しくリードすれば彼女も青年を窺うようにそっと見上げてくるのでした。
「貴方は悪くありません‥‥むしろ貴方は関係ないことなのです」
「君がこの場所にこだわる理由なら、前に君に聞いているよ。それを知っているし、こうして僕への態度に影響が出ている時点で、僕は無関係じゃないはずだよね」
 精霊の両手を合わせ握りこむように自信の両手を重ねた青年は、いつもの陽気な声とは違う少し低めの声音で囁きました。
「教えてくれるまで、この手を離さないと言ったら‥‥どうかな?」
「‥‥‥‥‥それは」
 耳元に息を吹きかけるようにそっと。囁いた後はすぐに離れて顔を覗き込んで。
「それが出来ないとわかっていて‥‥っ」
 息を呑む様子の後に、ほうと小さな溜息ひとつ。青年の笑顔がまた一つ、彼女の心の壁を溶かしていきました。
「貴方が訪れてくれることを‥‥楽しみにするほどに‥‥貴方と私の違いが‥‥見えてきたのです」
「嬉しいな、楽しいって思ってくれていたんだね」
 重ねたままの両手にぎゅうと小さく力がこもり青年の笑顔を遮る手もなくて、精霊の頬が朱に染まった様子も隠されることがありません。
「楽しいことは‥‥同時に辛いということでも、あります」
「僕は、大好きな君が楽しいと思ってくれればそれで幸せだよ? 君もいつかそう思ってくれる、その時期が来るって信じていたんだ」
 変わらず続けられる優しい声音にも、彼女はただゆるゆると首を振りました。ですが先ほどよりも力ない様子で、頬だけだった朱色も耳のほうにまで広がっています。
「お互いの時間が違うのに、こうして触れ合っていること自体‥‥間違っています‥‥」
 頑なに首を振る精霊と、それでも彼女に微笑みかける青年の距離は縮まっていません。互いに互いを想っていると分かる言葉を口にしていると気づくのは、それから少しだけ後のことでした。

 君の抱える記憶をわけてくれれば 僕が一緒に抱えてあげる
 その時を知らなくても 君の思いを分かち合うことは出来るから
 君をあらわすひとつひとつが 僕には全て愛しい
「国とか人とか関係ないじゃない?」
 想いが同じものである限り 伝え合い支えあっていけるから
「君の悲しむ顔なんて見たくないよー!」

 振り向けば気がつけば まぶしい笑顔
 変わらぬことこそが 証だったと呼べるように
「こうして生きてるのは…遠き異国の…貴方の…温もりが…あったからこそです」
 貴方を心にすまわせる様になってから 伝えたい
「…貴方に…ありがとう…」
 ずっと 伝えて生きたい


 互いの体を抱きしめ、互いの髪の結い位置にある赤い紐を解きあうのは、ジプシー青年と月精霊の衣装を纏った二人の姉達。
 ジュディスの髪から解かれた祈紐には金糸が織り込まれ、花綾の髪から解かれた祈紐には銀糸が織り込まれ‥‥同じ情熱の赤の中にも、それぞれ陽光と月光が意識されているようで。
 互いのもつ祈紐を交換すれば、二人の恋の成就が示された。それが舞台の終わりの合図。物語の中の二人の住人は、二人の姉へとその纏う空気を変えた。
「お姉ちゃん達すっごく綺麗だったよ? 僕もあぁなりたーい」
「おねーたん、きれーなのー!」
 小さな手が鳴るように、二人分の拍手。どちらからともなく競うように興奮を伝えたくて、白雪の髪の少女も濡れ羽髪の幼子も、人の世に戻ってきた二人へと抱き着いた。


 ‥‥ねんねんころり‥‥

「花綾ちゃぁーんっ!!!」
 トタトタパタパタパタカラッ‥‥!
「‥‥んー‥‥どうしたの‥‥?」
 ジュディちゃん? ぼんやりとした頭をなんとか起こし声かする方を振り向けば、今にもはちきれそうな笑顔で、けれども目だけは気遣う視線を姉妹に向けたジュディスが障子戸を開けたところ。
「きいてきいてっ」
 昼寝時と気づき声量を落としたジュディスは慌てて戸を閉めつつも、素早い動作で花綾のそばに腰を下ろした。
「あたし、お姉ちゃんになるのよっ♪」
 大事な宝物のありかをおしえるような耳打ちは、内容も素敵でこそばゆい。
(「そうか‥‥だから‥‥」)「えっ、花綾ちゃんっ?」
 溢れた滴をみつけて慌てるジュディスに、寝ていた颯生も起き出して来る。
「あー、ジュディスおねーちゃんおはよぅー」
 ジュディスにぎゅうと抱き着く妹を撫でて、零れそうな滴を拭う花綾。
「この子の時を、思い出しただけ‥‥おめでとう、ジュディちゃん!」

 近き未来を夢見るは
 陽と月織り成す 垣間見
 現の夢に いつかの現に‥‥
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2010年02月19日

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