『Dream World【ＭＰロマンス】 』

リリー・エヴァルト（ha1286）

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　初夢に沈む世界はひっそりと静まりかえり、年末の喧噪が嘘のようにさえ思える。
　故郷に帰る者、まだ微睡んで夢の世界に浸る者。
　様々な景色がそこにある。
　新しい一年、最初の風景。
　そのなかで微睡むのは、リリー・エヴァルト（ha1286）――。

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「お嬢様、ＭＰのキャラメリゼでございます」
　朝食を終えたリリーの前に、厳選された最高級の紅茶と共に差し出されるモヤシプリン――ＭＰ。
　ぷるりとした弾力と、つるりとした表面と。そこから禍々しく――否、神々しく突き出るモヤシと。
　食感さえ全く異なるもの同士が奏でるハーモニーを生み出しているのは、執事のライディン・Ｂ・コレビア（ha0461）。彼は非常に緊張した面持ちで、リリーがそれを食するのを待つ。
　――しかし。
「ぢぇいっ」
　がしょーん！
　リリーはＭＰの皿を派手にひっくり返した！
「私はＭＰを食さないといつも言っているでしょう、ライ。あなたには学習能力がないのかしら？」
　どえすくぃーんなお嬢様リリーは容赦なくそう言い放ち、紅茶だけを堪能して席を立つ。
「申し訳ありません、お嬢様……」
　どえむばとらーライディンは頭を下げ、リリーが部屋を出るまでその姿勢を保ち続けた。
　視界に入る床、そして――リリーのペット、強面のでぶ猫イスカリオテ。
　彼女はリリーの亡き夫の飼い猫であり、リリーのボディガード気取りだ。ライディンのことは嫌いではないのだが、時折無意味に噛みついたりする。
　彼女は「ぶなぶな」と鼻を鳴らしながら、床に散乱したＭＰをもりもり食べていた。
「イスカリオテだけだよ……ＭＰを愛してくれるのは……」
　はぎゅ。でぶ猫を抱きしめる。
「ぶなーーーーーーーーーーーーーーーーーっ！」
「いでーーーーーーーーーーーーーーーーーっ！」
　イスカリオテはライディンの肩に噛みついた。
「……どうしてこう、いつも俺を噛むかな……」
　涙目で痛みを堪えるライディン。イスカリオテの口の周りに付着していたＭＰの残骸が、執事服にべったりとこびりついている。
　次こそは。次こそはお嬢様に召し上がっていただけるようなＭＰを作ってみせる――！
　ライディンは執事服にこびりついたＭＰに誓いを立て、今日もまたいつも通り屋敷の仕事をするべく顔を上げた。

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　病弱で屋敷から出たことのないリリーにとって、幼い頃から仕えてくれているライディンは大切でかけがえのない従者であり、数少ない友人だ。
　ある意味で拠り所でもあり、彼がいたからこそリリーは今こうして立っていられるのかもしれない。
　嬉しいときの笑顔も、悲しいときは笑ってごまかす癖も。そして、夫を亡くしたとき、リリーがどれほど憔悴したのかさえも。
　その全てを、ライディンは知っている。そしてリリーをこよなく愛し、その超絶なる忠誠心は他の執事達の比ではない。
　幼い頃から常に一緒にいた二人。嬉しいときも、悲しいときも、その全てを分かち合ってきた。リリーのどえすっぷりのおかげで、ライディンがどえむ才能を開花する――という、色々と切ない（？）事実もあるにはあるが。
　ただ、あくまで主人と従者という立場は守りつつも、ライディンに至っては油断するとつい「ゴメン、リリー」など、年の近い友人としての態度が出てしまうこともあり、それもまた心地の良い瞬間だった。

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　リリーは日課の屋敷内散歩をしながら、今日の彼はどんな失敗をするのだろうと微かに頬を弛ませる。
　彼はうっかりさんでおっちょこちょいなのだ。
　在庫管理では色々ひっくり返し、靴磨きクリームで窓を拭いてしまうし、園芸は芸術なのか失敗なのか判断に困る物を作る。
　そんなライディンの「やらかし」を、リリーはいつも笑顔で宥めていた。
「またですか、ライ」
　そう言って、失敗で落ち込むライディンに声をかけることが、リリーの密かな楽しみになっていたりする。
　今日は一体何をやらかしてくれるのか、こっそり様子を見てみようか。
　この時間ならいつも花壇の手入れをしているはず。リリーの足は、花壇へと向いた。
　――やっぱり、いた。
　ふふ。自然に笑みが浮かぶリリー。
　ライディンは花の手入れに没頭しており、リリーにはまだ気付いていない。
　真剣な横顔。いつもと違う雰囲気。
　リリーは仕事中のライディンを盗み見るのが好きだった。
　大きな手が、指先が、リリーの大切な花に触れる。
　亡き夫から贈られた大切な花を託せるのは、ライディンだけだ。
　ライディンの持つハサミが、余分な茎を切っていく。いつもの仕事、慣れた手つき。この花に関してだけは、失敗したことがない。
　だが――。
「――あっ」
　ライディンが声を漏らし、体を硬直させた。
　ぱたりと足元に落ちるのは――咲いたばかりの、一輪。
「……あ……」
　息を呑み、リリーはその一輪へと駆け寄った。
「お嬢様……っ！　申し訳……ありません……。俺……」
「……。……またですか、ライ」
　にこり。振り返って笑む、リリー。
「お嬢様……」
「大丈夫。気にしないで」
　リリーはそう言って、落ちてしまった花を手に取る。それをじっと見つめているうちに、知らずと涙が零れた。
　俺は、なんてことを――！
　唇を噛みしめ、ライディンはリリーを見つめる。ぱたぱたと掌の花に落ちていくリリーの涙は、ライディンの心を抉る。
　リリーはもう一度だけ「大丈夫」と言うと、花を手で包んで屋敷へと戻っていってしまった。
「……リリー……」
　ライディンの胸に去来する、罪悪感。
「おい、どうしたんだ。お嬢様、泣いていたみたいだったが」
　リリーと入れ替わるようにして屋敷から出てきた執事仲間が、心配そうにライディンに声をかける。
「……悪い、あと、任せた」
　ライディンはただそれだけを言うと、この『リリーの世界』から外に飛び出した。
　――ゴメン、リリー。あの花の貴重価値は高いけれど、俺、絶対同じのを見つけるから……！
　だから、だから――もう一度、笑って。

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「ライ……？」
　リリーはライディンの姿が見えなくなったことに気付く。
　もう涙は止まった。気持ちも少し落ち着いてきた。
　花が落ちてしまったのは悲しい。けれど――。
「ライは、どこ？」
　近くにいた執事を捕まえ、問い詰める。すると彼は気まずそうに目を逸らし――。
「外へ、飛び出して行きました」
　消え入りそうな声で、呟いた。

●
　ライは、どこ？
　あのひとは、どこ？
　ここは――どこ？
　知らない、世界。知らない、街。初めての外。
　屋敷の外にはこんなに広い世界があったのか。
　広すぎる、世界。
　ここで本当にライを見つけることができるの……？
　それでもリリーは、半ば迷子になりながらもひたすら彼の姿を捜す。その名を呼びながら、叫びながら。
　でも――どこにも、見つからない。
「ライ……」
　足が、痛い。息が苦しい。鼓動が早い。でもそれ以上に――心が、痛い。
「ライ……ライ……ねぇ、どこに……いる……の……」
　物心つく前からずっと一緒にいてくれたライディン。
　いつも傍にいて、見守ってくれたライディン。
　夫を喪ったときも……支えてくれた、ライディン。
　彼がいないだけで、自分はこんなにも脆い。
「……どこに……いるの……」
　がくりと、膝から力が抜けた。崩れ落ちる体。
　だがその体を、強く大きな手が抱き留めた。

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「お嬢様！」
　降る声に、リリーは恐る恐る顔を上げる。
「あ……」
「やっと見つけました……！
　ライディンはひどく心配している。その中に安堵の吐息を混ぜて、リリーの顔を覗き込んだ。
「ライ……っ！」
　見つけた存在に、大切なライディンの腕の中に、リリーは何も考えずに飛び込んでいく。
　よかった、ライディンを見つけた。否、彼が見つけてくれたのだ。
　このまま逢えなくなってしまったらどうしようと、そんな恐怖さえあった。
　切ってしまった花は、また芽を出すけれど。
　でも、ライは――。
　怖い。体が知らず内に震える。何かを言おうとしても、声さえも震えてうまく言えない。
「……執事仲間から連絡が入ったんです。お嬢様も飛び出したって……。だから、俺……慌てて捜しました。……お体に障ってしまいます。なぜこんなことを……」
　しかしリリーは小さく震えるだけで、何も言わなかった。

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　……俺、何言ってんだ。嬉しいくせに。
　許されるなら、すぐにでも苦しそうに肩で息をしているこの人を、強く――強く、抱き締めたいくせに。
　彼女が何かを無くすことが怖いことも、一番傍で見て、知ってたはずなのに。
　俺がいなくなっても悲しんでくれるのは……正直、嬉しい。
　あの日、彼を喪って泣き崩れる彼女はとても小さく見えた。自分はただ傍にいて、泣き続ける彼女を見守ることしかできなかった。
　――俺がいなくなっても、泣いてくれる？
　あの日、飲み込んだ言葉。
　だから、こうして……彼女が悲しんで、俺を捜してくれたことは、嬉しい。
　だけど――。
　……また、やっちまった。
　また、傷つけてしまった。
「何やってんだろな、俺……」
　漏れる、溜息。
　気がつけば――倒れそうな彼女を優しく抱き締めていた。

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「さあ、帰りましょう」
　ライディンはリリーを抱き締める手を緩め、背を支えるようにして彼女を立たせた。
「……ありがとう、ライ。そして、ごめんなさい」
「何を言うんです。謝るのは俺です。花のこと……本当に、申し訳ありませんでした。……そして、俺を捜しに来てくれて……ありがとう、リリー」
　二人はほんの少しだけ視線を交わらせ、そして微笑み合って帰路につく。
「次は、一緒に外へ出ましょうね」
　ライディンのその言葉にリリーはこくりと頷き、そっと彼の手を握る。
「……ねえ、ライ」
　少し甘えた声で、ライディンを見上げた。
「はい、なんでしょうお嬢様」
　その声に少しドキドキしながら、ライディンは次の言葉を待つ。
「――実はあの花、屋敷に種が残ってるんです」
　てへっ☆
　さりげなくエグイことを暴露するリリー。
「……リリーっ！？」
　だったらもっと早くそう言ってくれと、ライディンは言いかけ――しかしその言葉はやはり飲み込んだ。
「リリーじゃなくて、お嬢様、でしょう？」
「はい、お嬢様」
　くすり、笑みを浮かべる二人。
　静かに流れる時間、ゆるりと歩幅を合わせて歩く二人。
　リリーにとって初めての外の世界は、ライディンが隣にいることで見知った世界に変わる。
　手に伝わるリリーの温もりは、ライディンにとってこれ以上ない安息と愛しさを孕む。
　どうか、この手がもう二度と遠くへ行ってしまいませんように……。
　――そして二人は、繋いだ手の指をきつく絡め合った。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ha1286　／　リリー・エヴァルト　／　女性　／　21歳　／　ハーモナー】
【ha0461　／　ライディン・Ｂ・コレビア　／　男性　／　18歳　／　狙撃手】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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■リリー・エヴァルト様
いつもお世話になっております、佐伯ますみです。
「ＷＳ・新春ドリームノベル」、お届けいたします。
今回、リリー・エヴァルト様とご一緒ということで、それぞれ少し違うパート（独白部分）を入れたノベルをと書き進めておりましたが、この「お嬢様」と「執事」は離ればなれになってはいけないと思い、そのパートを一緒にして納品させていただきました。
ソフトカオスからどのようにして超シリアス純愛に展開させるかで色々こねくり回した結果、このような形になりましたがいかがでしたでしょうか。
お嬢様のどえすくぃーんっぷりは見事でございます。あまりどえむ執事をいじめないでくださいね。でも、ＭＰは「ぢぇいっ！」し続けてください（笑）
執事さん側と言っていることが違いますが、気にしたら負けです。

この度はご注文下さり、誠にありがとうございました。
お届けが遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
とても楽しく書かせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
まだ寒い日が続きますので、お体くれぐれもご自愛くださいませ。
２０１０年　２月某日　佐伯ますみ

ＷＳ・新春ドリームノベル

佐伯ますみ

The Soul Partner 〜next asura fantasy online〜

2010年02月24日