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『スイッチ 』
海原・みなも1252)&鈴木・太郎(5690)&(登場しない)


 カチリ。
 頭の何処かで、そんな乾いた音がする。
 電灯のスイッチを入れたような乾いた音。それは耳に染みつくほどに聞き取ってきた音で、目を閉じれば、スイッチの形や押される様を細部に至るまで思い浮かべることが出来る。

「なに?」

 自室で着替えていた海原 みなもは、突然脳裏で鳴り響いた音に驚き、耳に手を当てながら室内を見渡した‥‥‥‥


●●●●●


 海原 みなもの通う中高一貫の学校は、文武のみならず社会勉強と称したアルバイト活動にも積極的である。
 生徒の自主性を尊重し、部活動は多種多様、勉学に打ち込むのも、アルバイトに精を出すのも良しとされている。日本全国を見渡したとしても、恐らくここまで開放的な学校も見付からないだろう。
 しかし、生徒達がその特権を完璧に使いこなせるかと言えば、言えないだろう。
 いや‥‥‥‥そもそも、使いこなすことは不可能だ。例として、みなもを挙げればよく分かる。
 みなもは日常的にアルバイトに参加し、水泳部と演劇部に籍を置いている。だが人間(みなもは人魚でもあるのだが‥‥‥‥まぁ、それはともかく)が持ち得る時間は限られている。
 与えられた制限時間は二十四時間。真面目な学生の身分で、自由に使える時間は八時間あれば多い方だろう。しかも夕刻には帰宅することを考えれば二、三時間が限界だ。
 そんな短い時間の内に、二つも三つも本格的な活動が出来るわけもない。
 短期間のアルバイトが主流だとしても、みなもが部活動に時間に割ける時間は、ほんの僅かなものでしかなかった。

「“虎”、ですか?」

 ‥‥‥‥だからだろう。
 みなもは、真面目に部活一本に絞り込んでいる知人達から、特に“頼み事”をされることが多かった。
 今日、みなもが演劇部の部長に呼び出されて部室に足を運んだのも、そんな事情である。

「そうよ。みなもちゃんには、これを着て貰うの」

 そう言って演劇部の部長が広げたのは、何処で購入したのか、全身を満遍なく虎柄に染めたレオタードに、手袋、小さな肉球付きに獣靴だった。
 テレビで見る演劇の劇団員が着ていそうな印象だ。受け取ってみると、意外にも生地は分厚く頑丈で、触ってみなければ分からないほどの細い毛皮で覆われている。まるで子猫の体を撫で回しているようだ。手に取り感触を確かめていたみなもは、思わずさわさわと必要以上に撫で回す。

「気に入って頂けたようで何よりだわ。じゃ、お願いね♪」
「え? ま、待って下さい! 発表会って、来週ですよね?」
「そうよ?」
「私、昨日までアルバイトで‥‥!」
「練習に出てないんでしょう? 私が知らないわけないじゃないの」

 部長はそう言うと、当然だと言わんばかりに腰に手をやり、胸を張る。

「裏方に回るよりはマシでしょう?」
「いえ、私、裏方の筈でしたよね? 今週はアルバイトが忙しいから、裏方の準備だけで良いって‥‥‥‥」
「その筈だったんだけど、虎役の女子が病気で入院しちゃったのよ。まぁ、来週には退院するみたいだけど、練習もしてない子を発表会に出すわけにはいかないし。台詞なんて『がぉ』ばかりなんだから、いけるでしょ?」
「それは‥‥‥‥他の人じゃダメなんですか?」
「衣装のサイズを『背が高く』て『細身』で『胸の小さい』女の子に合わせてるから、条件に合う部員がいないのよね。で、前に測らせて貰ったみなもちゃんのサイズが、ちょうどピッタリだったから。適役なのよ」
「そう言うことなら‥‥‥‥‥‥アレ? 今、凄く失礼なことを言いませんでした?」

 主に胸囲とか胸囲とか胸囲とか‥‥‥‥
 しかし部長は、「それはともかく」と有無を言わせず言葉を続ける。

「普段、アルバイトで休みがちなんだからこれぐらいは働いてよ。水泳部とアルバイトには熱心なのに、我が演劇部を蔑ろにしてきた罰よ」
「うぅ、それを言われると」

 みなもは、水泳部やアルバイト、友人や知人からの頼まれ事に時間を割くあまり、演劇部の活動を休みがちだった。と言うより、ほとんど顔を出していない。単純に時間が足りず、ほとんど幽霊部員と化してしまっていたのだ。
 故に、演劇部の部長から「休みがちな罰」と言われてしまえば、抵抗は出来ない。
 ここで「面倒なのでサボります!」と宣言出来るほど、みなもは図々しく図太い神経を持ち合わせていなかった。

「‥‥‥‥わかりました。台本を貸して頂けますか?」
「おお。勿論。ちゃんと用意してあるよ。衣装は、今日の所は家で試着しておいてよ。更衣室は運動部に取られちゃってるから、今日は使えないし。手直しが必要なら都合を付けるからさ」

 部長はそう言い、衣装を入れていた袋をみなもに渡す。

「みなもちゃんは、聞き分けが良いねぇ」
「抵抗しても無駄ですから」

 みなもは自他共にお人好しであり、そこに付け込んで厄介事を押し付けてくる者は後を絶たない。が、それを抜きにしても、幽霊部員となっているみなもを追い出そうとも責めもしないこの部長には、基本的に抗おうとは思えなかった。
 強引で、相手の弱みに付け込みもする。だけど決して相手に不利益なことは強要しない。この代役をみなもに依頼するのも、他の部員達が抱いている不満を削ごうという狙いがあるのだろう。久々に顔を出したみなもを見る部員の目は、僅かながらに厳しいものがある。

「練習は、明日からですか?」
「うん。今日の所は、家でそれを試着して、台本に目を通しておいてよ。台詞は難しくないけど、動きで表現して貰わないといけないしね。アルバイトは大丈夫?」
「時間は作ります」
「それなら良し。頑張ろうね」

 部長はそう言い、屈託なく笑う。
 まるで悪戯を企む子供のよう。
 しかしみなもは、その悪戯に付き合うことが、一番自分に良いことなのだと感じ取っていた‥‥‥‥


●●●●●


「ただいまぁ」

 みなもが帰宅してから数時間後、仕事を終えた父親が帰宅した。
 雑務に次ぐ雑務‥‥いい加減、部下達にもやるべき事を自分で判断出来るようにと教育するべきなのかも知れない。
 帰宅したとしても、まだ仕事のことが頭から離れない。これは悪癖だと自覚している。
 仕事のことを家にまで持ち込み、難しい顔をしていると家族まで離れていく。明るく朗らかな優しい父親ならば愛しい娘に甘えられもするのだろうが、弱気で影の薄い、しかも仕事に熱心で悩みを抱える父親に、それは期待出来ない。子供は親の雰囲気に敏感だ。悩み厳しい顔をしていれば、空気を察して離れていく。
 ‥‥‥‥でもそれだと寂しいので、父親は「たっだいまぁ!」と声を張り上げた。

「にゃわぁん!!」
「な、なに!?」

 声を張り上げた途端、階段の上から駆け下りてきた人影に押し倒され、玄関に尻餅をつく。影は電光石火の如く父親に駆け寄り、その胸に顔を埋めて「にゃんにゃん」「ワンワン」と意味不明にして猫とも犬とも付かない鳴き声を上げていた。

「み、みなも?」
「わにゃん!」

 抱き付いてきた人影が愛娘なのだと気付くのに、五秒近く時間が掛かった。毎日顔を合わせ、目の前に居るのに、である。
 胸に顔を埋めていたため、顔が見えなかったというのもあるのだが、それ以上に、みなもが着込んでいる虎柄のレオタードがあまりに思いもよらぬ格好で、思考が一瞬だが停止してしまったのだ。

「な、なんだ? どうしたんだ?」

 父親は子犬のようにじゃれついてくるみなもをあやしながら、一体何事かと状況を把握しようとした。しかし答えは出ない。みなもは動物の鳴き真似をするばかりで、決して言葉をしようとしない。だが何かを伝えようとはしているようで、必死に父親に縋り付いている。
 その様は酷く必死で、困惑しているのか仕草からも何がしたいのかが分からない。しきりに吼えたて、鳴き声を上げながら父親に擦り寄ってくる。その様は、とても演技とは思えなかった。

「あらあら。仲が良いわねぇ」

 と、そこに父親の声と騒ぎを聞き付けてきた母親がやってきた。

「みなもはどうしたんだ?」
「さぁ? 演劇で衣装を借りてきたって言ってましたから、役になりきっているんじゃないですか?」

 「真面目な子ですから」と捕捉して、母親は微笑みながらリビングへと戻っていく。去り際に「食事の支度は出来てますから、早く来て下さいね」と付け足す辺り、みなもについては、これといって気に掛けていないようだ。
 まさか‥‥‥‥こんな事態に慣れているのだろうか?
 母親はそうかも知れない。常に自宅にいる母親は、父親よりも長く娘と接している。この状況に動じないのも、みなもがこうしているのは、自分にしているように甘えているだけなのだと思っているからかも知れない。
 ‥‥‥‥だが、父親は事の異常さに気付き始めていた。
 みなもが、父親に甘えている。いや、助けを求めて縋り付いている。
 そうでもなければ、みなもが父親に抱き付いてくるはずがない。悲しいことに、ここ数年間はみなもが父親と触れ合ったことすらほとんどないのだ。お風呂上がりの裸体どころか、水着姿すら拝んでいない。
 だと言うのに、突然虎柄レオタード姿で抱き付いてくる? 
 あまつさえ涙目で、本当に子犬が助けを求めるように擦り寄ってくるのだ。これを異常と言わずに何という。本当に悲しくて涙が出そうではあるが、みなもが擦り寄ってきただけで事態の異常さを察してしまう自分の思考には感謝する。

「母さん! すまないけど、夕ご飯はちょっと待っていてくれ。調べたいことがあるんだ」
「あら、そうですか? それじゃあ、テーブルの上に置いておきますから、後で温めて下さいね」

 リビングから母親の声が聞こえてくる。
 その言葉が終わらないうちに、父親はみなもを連れて二階へと上がっていった。目指すはみなもの私室である。世話しなく父親の足下を四つん這いで歩くみなもは、それを止めようとはしない。
 勝手に娘の部屋に父親が入れば、他の家庭ならば怒るのかも知れない。
 しかし、みなもは元々この程度で怒るような気性ではなく、父親に反発していたわけでもない。それに何よりも、前を歩く父親にこれまで感じたこともない威厳のようなものを感じ取っていた。
 それが、ペットが飼い主に抱くような感情なのか、それとももっと別の何かなのか‥‥‥‥それは分からなかった。学校から帰ってからの数時間、時間が経過する事に獣の本能がみなもの脳裏に広がっていき、手が付けられない。得体の知れない何かに浸食されているという自覚はある。だからこそ、みなもは自分で自分の感情を正確に把握することが出来ずにいた。

「みなも、一体何があったんだ?」

 父親は、部屋に向かう道中でみなもに問い質したが、みなもはそれに答えられない。
 人間としての意識はある。どうしてこうなったのか、その記憶も確かに覚えている。
学校から帰宅して、母親と二言三言話してから、この虎柄のレオタードを着込んで鏡を見た。演劇部の部長から自宅で試着するようにと言われていたのだから、早めに着ておいたほうが良い。後に回すと、うっかり忘れてしまうかも知れない。
 そう思い、早速着替えて鏡を見て‥‥‥‥カチリ、とスイッチが切り替わってしまった。
 よく覚えている。だけど、それは覚えているだけ。口をついて言葉にすることが出来ない。言葉を話そうと声を上げれば、それは獣の鳴き声そのものだった。自分で自分の声に愕然とする。恐怖が総身を震わせ、自分に何が起きているのかと右往左往して混乱し、やがて恐慌に至ってしまった。
 獣と化した身体の所為なのか‥‥‥‥みなもには、父親と母親の言葉を理解することが出来ずにいる。耳には言葉が届いているのだが、その言葉が理解出来ない。それまで自分も使っていた言葉が、言葉として認識出来ない。みなもの言葉も、母親には届かない。それがみなもの恐怖を加速させる。止められない。そうして助けを求めて帰宅した父親に縋り付き、ようやく事態の異常さに気付いて貰えたのだ。

「わふん!」

 しかしそんな事情も、言葉として伝えられなければ意味がない。
 父親が、みなもがこうなった事情を知るためには、自分の足で調べる以外にはなかった。部屋の中に入り、ベッドの上に放り出されていたみなもの制服や下着、学校の鞄に目をやりその鞄を手に取った。みなもが抗議をするように「わぉん!」と鳴いていたが、そんなみなもに構っているほど、父親も平静ではいられなかった。
 みなもが怯え、右往左往している空気は嫌と言うほど父親に伝わっていた。だからこそ、平静でいるべきなのに平静ではいられない。
 第三者からは、父親は威厳たっぷりに、冷静に状況を分析して的確に行動しているようにも見えただろうが、それはあくまで外から見ている者の視点である。父親自身は、内心に広がっていく疑問と焦燥、絶望と希望の混じる混沌とした不安に今にも押し負けてしまいそうだった。
 何故、みなもがこうなったのかという疑問。
 時間が経つに連れ、元に戻せなくなるのではないかという焦燥。
 元に戻す可能性はなく、生涯を獣のように過ごさなければならないのではないかという絶望。
 しかしそれらの全てを解決し、みなもを人間に立ち戻らせることが出来るかも知れないという希望。
 だが、果たしてそれが可能なのかという不安が心の中で燻っている。

「戻らなかったらどうしようか‥‥‥‥」

 不安に震え、構ってくれと言わんばかりにじゃれついてくる娘をあやしながら、父親は大忙しで手掛かりはないかと調べ回る。

「ん? これは‥‥‥‥」

 父親が手にしたのは、鞄の奥底に入っていたみなもの手帳であった。中を開くと、びっしりと日々の予定や覚え書きのような物が書き込んである。
 部活にアルバイト、その他多くの仕事を引き受けるみなもにとっては、この手帳はなくてはならない物だった。ぱらぱらとページを捲り、みなもがこうなったヒントが隠されていないかと目を通す。
 しかしその内容は、如何にみなもが忙しい毎日を送っていたのかを教えるばかりで肝心なことには何一つとして触れていない。演劇部の衣装と母親は言っていたが、あの演劇部の部員達にはみなもをこんなにするような技術はなかったはずだ。以前に調べていたため、それは確信する。つまり、レオタードには何も仕掛けはないだろう。
 だとすれば、一体何が――――

「‥‥‥‥これか? これなのか?」

 手帳にあるカレンダーのページを捲り、定期的にみなもがある施設に通っているという事実を見つけ、愕然とする。
 ペット用品を開発、研究するための大きな研究施設‥‥‥‥手帳に書き込んである研究所の名前には聞き覚えがあった。ペット用品のモニターと言うことだったが、これは父親がみなもに頼んだアルバイトである。“少々”特殊な機材を用いるため、より多くのデータを収集しようと愛娘に頼み込んだ依頼であった。

「わ、私が変えたのか?」

 もしも、この研究所で何かされたのだとしたら‥‥‥‥自分も、この件に一枚噛んでいることになる。
 あの“首輪”を致命的な状態になるまで使用するとは思っていないが、しかしそれでも、その原因の一因を担っているのだと思うと苦々しい物が心中に広がり浸透していってしまう。獣と化したみなもが「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げ、身体を擦り寄せてくるのも後ろめたくて素直に喜べない。可愛いけど。本当に、久々に甘えてくれて可愛らしくて抱き締めたくもなるけどそれはともかくとして――――

「ちょ、ちょっと待ってなさい」
「‥‥?」

 懐いてくるみなもを引き離し、父親は部屋から出て行った。
 今のみなもが、人間の言葉を理解しているかどうか、それは父親には分からない。しかし理解出来ている可能性を考えれば、とてもこれからの会話を聞かせようとは思えなかった。
 震える手で携帯電話を取りだし、やっとの事で番号を呼び出しに掛かる。思いの外自分は動揺しているようで、たったそれだけのことでも難儀した。これが正解だとしたら、恐らく自分はより一層強い打撃に身を震わせることになるだろう。
 だが、本当に問題になるとしたら、その先だ。
 もしも、みなもがこのまま人間に戻れなかったとしたら‥‥‥‥これからの生涯、みなもはずっとこのまま獣として過ごしていくのだろうか?
 ‥‥‥‥それはそれで魅力的な気もしたが、そんな思考は時空の果てにまで放り捨てる。
 いかん。それはいかん。いくら可愛くてもそれはダメだ。久々に頼られて少々取り乱しているが、冷静に考えればみなもの幸福はそこにはない。自らの欲に駆られて愛娘の幸福を無視するなど、それでは父親失格ではないか‥‥!
 トゥルルルルル‥‥‥‥ガチャ

「はい。こちらは――――」

 電話の向こうに、聞き慣れた声がする。
 それを合図に、父親の中で、カチリと何かのスイッチが切り替わった。

「ああ、私だ。キミの所に娘を預けていたはずだが‥‥‥‥」

 口調は厳しく、眼光は鋭く電話越しの相手に突き刺さる。
 空気は一変し、その姿は、子を想う親の威厳に溢れていた‥‥‥‥


●●●●●


「うーん、何でだろう。何となく‥‥‥‥変な感じがする」

 みなもはバスから降りてしばらく立ち尽くし、研究所を見上げながら呟いた。
 演劇の仕事を終えて一週間後、みなもは恒例となりつつあるペット用品の研究所へとやって来た。この施設に通うようになってからだいぶ時間が経ち、もはや住み慣れたと言っても過言ではない程、この場所には思い入れがある。
 だと言うのに、今日、ここに来た途端の第一声がこれである。勿論、見慣れた施設なのだから、異変があれば察することは出来るだろう。違和感を覚えて立ち尽くし、何をおかしいと感じているのかと思い悩む。
 外見上は何も変化していない。変化しているのは、みなもが研究所を見る目であり、研究所が放っている空気である。何となくだが、印象が変わったような気がする。これまでは重苦しい閉鎖的な空気が少なからず漂っていたのだが、それが消えている。そんな気がするのだ。

「海原さん。お待ちしておりました!」
「え? あれ?」

 みなもの前に、白衣を着込んだ研究員が現れる。
 部外者であるみなもが研究所の中を歩くには、研究員の同伴が必要だった。その為、いつもみなもがアルバイトとしてここに来ると、出迎えに研究員が現れる。
 しかし‥‥‥‥
 みなもの前に現れたのは、見覚えのない研究員だった。

「あの、いつもの人は?」
「いつもの人? 何を言ってるんですか。いつも、僕が出迎えていたじゃないですか!」

 「いやだなぁ」と頭を掻く研究員。みなもはその頬を流れる汗を見ながら、より一層強くなっていく違和感に思いを馳せる。
 ‥‥‥‥何なのだろうか。
 この人と会うのは、初めての筈だ。だと言うのに、何故、この人はこんな事を言って―――――――――――――――あれ?
 何か、今‥‥‥‥
 何を考えていたんでしたっけ?

「そうですね。何でこんな事を訊いてしまったんでしょう」
「海原さんがこちらに来られるのは、二週間ぶりですからね。もしかして、僕たちのことを忘れてしまいましたか?」
「いえいえ。何度もあっているんですから、しっかりと覚えていますよ?」

 みなもは笑い、見慣れぬ研究者と歩いて研究所に入っていく。
 見たこともない機材、見たこともない動物達、見たこともない研究員の顔、顔、顔‥‥‥‥‥‥

「皆さん、なんだかよそよそしいですね。何かあったんですか? “いつも”とは様子が違いますけど」
「ははは。なんて言うか‥‥‥‥そうですね。先日、ちょっと怖い上司が視察に訪れましてね。色々と‥‥研究者が十人ほど解雇されてしまいまして」
「えぇ!?」
「それで、みんな空気がピリピリしているんですよ。でも大丈夫。みなもさんは、大丈夫ですから。ええ、絶対に」

 研究員は、苦笑しながらそう言った。

「私なら、大丈夫?」

 みなもはキョトンと首を傾げる。アルバイトのみなもなら、それこそ簡単に解雇されてしまいそうではあるが‥‥‥‥
まぁ、ここに来たという上司は“視察”に訪れたと言うし、今は別の場所にいるのかも知れない。そう言う意味なら、みなもと出会うことはないのだろう。それなら安心して動物達と触れ合える。

「それでは、いつものようにお願いします」
「はい。任せて下さい!」

 みなもは張り切りながら、制服のままで動物達の飼育室へと入っていった‥‥‥‥



Fin




●●そろそろここに書くタイトルが思いつかなくなってきた●●

 かつて、ここまで苦戦したシナリオはあったのだろうかと悩むメビオス零です。
 父親の名前、能力などは一切出さずに黒幕っぽさを演出し、かつ父親としての描写をする。
 もう少し黒幕っぽいミステリアスに書けたら良かったのですが‥‥‥‥これからも精進いたします。
 本当に予想外の事態だったのかもあやしいですが、父親が娘を思う気持ちは本物です。本気で戸惑い、後悔もし、真実を知られたら嫌われるのではないかと不安を覚えながらも、何だかんだでみなもを助けてくれます。
 良い父親ですよねぇ。解雇された研究者の方がお気の毒ではありますが。
‥‥‥‥え? 研究者達は消されたんじゃないかって?
 な、何を言ってるんですか!
 いくら研究員と誰かの間に「キミ達、この『みなもちゃん特集』とは何だね?」「そ、それは!?」「私の娘にこんな事をしていたのかね!!」「ご、誤解です! それは知的探求心と好奇心とエロスが融合した果てに生み出された研究成果であって‥‥!」「もはや言い訳にもなっておらん! 貴様などこうしてくれるわ!!」「ぎゃっふんだぁぁあ!」なんて遣り取りがあったからって、そんなことあるわけが‥‥‥‥あれ? 誰か来たみたいです。ちょっと行って来ま――――――――


※後書きはここで途切れている。この後、メビオス零がどうなったのかは、誰も知らない。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年02月23日

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