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『 真っ白な銀世界のただ中で目の前を何かがかすめ飛んだ。 』
深凪 悠里(ia5376)
 弾丸のように早く、それでいてソフトボールくらいの大きさがある。視認した時にはそれは壁にぶつかって煙を上げていた。
 飛んでいたのが雪玉であると認識するのに30秒近くを要する。ならば吹き上げる煙は木っ端みじんに飛び散る雪か。
 深凪悠里はそこで大きな緑色の目をパチパチと2度瞬いた。
 雪玉を互いに投げ合う二つの陣営。そういうものに心当たりがないでもない。
 しかしそれは、彼のイメージとは少しばかり違っていた。彼の想像する雪合戦とは、放物線を描いて雪玉が飛び交う、もっとほのぼのとしたものだったのだ。
 それが何とも剣呑として見える。弾丸みたいなあの雪玉に迂闊に当たろうものなら怪我程度ではすまないに違いない。
 半ば唖然とその光景を見つめていると、そんな彼に気付いて雪合戦――たぶん――をしていた内の一人がこちらに駆けてきた。
 悠里と同い年くらいの髪の長い少女である。青い鉢巻が彼女の赤い髪によく映えた。綺麗な顔立ちの美少女である。
 その少女が毅然として言った。
「人数が足りないの。手を貸して!」
 そう言って取れと言わんばかりに手を差し出してくる。
 悠里には、断る理由はたくさんあるはずだった。そもそもあの豪速球に自分が対峙出来るとは思えない。冷静に考えれば自分が足りない人数の穴を到底埋められそうにない事など容易に想像できた。
 ただ、残念ながら彼にはそんな風に冷静に考えている時間がなかった。事態は彼を取り残して既に進展していたからである。
 突発的事象には、とにかくじっくり考えるための時間を作るべく動く彼だが、状況を判断した時には既にいろんなものが手遅れになっていた。
 彼の名誉のために言うなら、断じて少女に見惚れていたから、とかそんな理由ではない。
 とにもかくにも、反射的に後退った彼の手首を捕んで、彼女は有無も言わせず自陣へと彼を引きずっていったのだった。
「みんな! 彼が手を貸してくれるそうよ!」
 彼女の言葉に青い鉢巻をつけた青組陣営は一気に盛り上がった。どう考えても今更、無理です、と言える雰囲気ではない。
「よろしく頼むぜ!」
 とリーダーらしい男が悠里の肩を叩いた。
 気付くと悠里は同じ青色の鉢巻を巻かれていた。
 彼女が口早にこの雪合戦のルールを説明する。
「雪玉に5回当たったら3ターン休み、赤組陣営にある旗を先に取った方が勝ち。わかった?」
 こうなっては腹を括るしかない。悠里は諦めたように頷いた。
 たかが雪合戦、されど雪合戦。
 この時点ではまだ、雪合戦と高を括っている悠里である。
 彼は自陣の壁からそっと顔を出した。ものすごいスピードで雪玉が飛んでくる。先ほどまでは横から見ていたが、正面から見ると更に迫力ある光景だった。遠近法で自分に向かって瞬く間に巨大化する雪玉なのだ。
 思わず仰け反る。
 顔を出したことで、敵に存在を把握されてしまった。
 となれば一カ所に留まっていてはただのいい的だ。走りながら雪玉をかわしていく。防戦一方では本当にただの役立たずだろう。
 悠里は雪玉の攻勢が少しやんだのを見計らって屈んで雪を掴んだ。自分も投げようと思ったのだ。
 だが、その一瞬の隙を敵は見逃してはくれなかった。
 雪玉が彼の足をかすめる。慌てて駆けだしたが雪玉は彼を追いかける。走った先へ、避けた先へ。
 そもそも、悠里は知らない事だが、雪合戦をしている面々は体内にエミタと呼ばれる特殊機関を埋め込んだ能力者たちなのだ。そんなものを埋め込まれていない、言うなれば一般人にも等しい悠里が、そんな連中とまともにやりあったとして勝てる道理など最初から皆無だったのである。
 いい鴨とばかりに狙い撃ちにされた。そりゃあ彼らにとっては間違いなくネギを背負ってきた鴨だろう。
 あっという間に5発当てられてしまった。奇跡的にも怪我はなかった。雪玉のスピードはあるが、雪玉自体が柔らかく作られているためらしい。
 悠里はぐったりと雪の中に沈みながら3ターンの休みを見守った。
 正攻法ではとても相手にならない。
 だからといってこのままただの足手まといで終わるのもなんだか癪だ。
 何か攻略法はないのか。自分が彼らに唯一勝るものがあるとすれば……この雪合戦のルールを脳内で反芻してみる。
 敵陣の旗を取れば勝利。
 ならば、隠密行動と瞬発的な行動力に優れるという自身の『シノビ』としての特性を生かさない手はない。
 3ターンの休憩が終わった。
 再びの参戦。
 悠里は自陣の壁に背を預け隠れるようにして息を吐いた。一瞬でも自分の存在を敵に察知されればすべて終わりだ。
 味方に対しても気配を殺す念の入れようで悠里は好機を窺った。
 敵が攻勢に出始める。やはり一人少ないこちらは不利なのか。味方の応戦も苛烈を極める。
 悠里はそっと動いた。雪を踏む足音は雪合戦の喧噪に掻き消える。
 皆の視線は互いを向き合いそれ以外の方へ向く気配もない。悠里は青い鉢巻をそっと長い髪で覆った。
 幸いにも銀世界に彼の髪はうまく溶ける。
 目立たないように、ひっそりと。
 敵陣のはるか後方へと回り込んで、一瞬、息を吐く。
 赤い旗が風に翻るのを遠目にその距離を推し量った。
 前線では壮絶な雪玉の投げ合い。
 青い旗を狙おうというのだろう、更に赤組は青組陣営へ間合いを詰め始めた。
 押され気味の青組。
 悠里はゆっくりとそろりと赤旗への距離を狭めていく。
 刹那。
 青組陣営に攻め込もうとしていた赤組の一人がふと何を感じ取ったのか振り返った。
「!?」
 目が合うよりも速く。
 悠里はまるでピーチフラッグよろしくフルダッシュを開始していた。
 敵陣が悠里に気付いて雪玉を投げる。
 悠里は雪を蹴ると右手を伸ばしてスライディングに突入していた。
 彼の頭の上を雪玉がかすめていく。
 2発目の雪玉が用意された時には悠里は既に旗を掴んでいた。
 歓声があがる。
 その声は青組陣営に押し掛けていた赤組のものだ。どうやら向こうでも赤組の誰かが青旗を奪ったらしい。
 しかし、程なくしてその声が止んだ。
 赤い旗を掲げ持って悠里がそこに立っていたからである。
「…………」
 一瞬の空白の後誰かが声をあげた。
「どっちが先だ!?」
 誰もが顔を見合わせる。
 誰もが片側の旗を取る瞬間は見ていた。だが、同時に見ていたわけではないので、どちらが先だったか判断がつかない。
「俺たちだろ!」
 赤組が主張した。
「いいえ、私たちよ!」
 青組も当然主張した。
 喧々囂々。
 互いに主張し合う二組に、だが悠里はホッと息を吐いて青組陣営へと戻った。最初に自分を誘った少女の元へ旗を届けるためだ。
 勝敗にはこだわらないというわけでもなかったが、今は無事終わってくれて安堵していたのだ。
 少女がありがとうと笑顔で出迎える。
「すごいじゃない、あなた」
「よかったです。役に立てたみたいで」
 どこか照れたように頭を掻いて応えると少女は満面の笑顔で握手を求めてきた。
 悠里は少女の手を取る。
「次もよろしくね」
「はい……え? 次?」
 面食らったように少女を見返すと、少女がすっとそちらへ指を差した。
 振り返る。
「引き分けなんてありえん! やり直しだ!!」
「望むところだ!」
 どちらが先に旗を取ったのかを争っていた互いのチームのリーダーが、丁度そういう結論を導き出したところだった。
 それから、赤い鉢巻を付けたそのリーダーは悠里を睨み付けて言い放った。
「同じ手が2度も通用すると思うなよ!!」
「…………」
「次は雪の中に沈めてやる」
 拳に一本だけ立てた親指を地面に向けてみせる。
 悠里は段々気が遠くなるのを感じながら応えた。

「お、お手柔らかに……お願いします」





 その後、彼が集中砲火を浴びる事になったのは想像に難くなく、ならばその結果は、推して知るべし。



【大団円】
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斎藤晃 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2010年03月02日

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