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『聖職者拉致事件〜聖銀の翼〜 』
エルディン・アトワイト(ec0290)&オルフェ・ラディアス(eb6340)


 思えばこの季節、聖書片手に教会の書庫で優雅に読書‥‥或いは肌寒いとは言え中庭で優しく説法‥‥。そんな生活を送る事が理想ではないかと思うかもしれない、教会に勤める司祭、エルディン・アトワイト(ec0290)。今のこの状況を鑑みれば、その生活が懐かしくも恋しい事は一目瞭然。突然だが彼は今、薄汚く暗く寒い地下牢の一間の片隅で、ぽつんと座っている。勿論冷たい冷たい石造りの床の上だ。寒い。心身共に寒い。
「はぁ‥‥」
 溜息が漏れた。司祭たる者、何時かは大司教の座まで上り詰める! そんな理想は抱いている。エルフは長生きだし、その座もそう遠くないに違いない。そう思っていたりもする。だが現実は厳しい。時には険しい崖のように。
「‥‥さて‥‥どうしましょうか‥‥」
 一人寂しく、彼はそう呟いた。
 あぁ、こんな時、『彼』が居てくれたら‥‥。


 思えばこの季節、に限らず、情報屋というものは何時でも大体忙しいものである。世界が平穏とは程遠い危険に曝された時も、それを抑止し平穏を取り戻した後も、世上が世知辛い時も、子猫が沢山産まれてどうしようと言う時も、大概忙しいのである。そんな情報屋の一人、オルフェ・ラディアス(eb6340)。情報屋としては恐らく若い。だが腕利きである。
「‥‥おかしいですね‥‥」
 パリの街角で彼は一人佇んでいた。少し離れた所に見える聖堂を眺めつつ十数分待機した後、歩き始める。このような事態は初めてだった。つまり、何らかの緊急事態があったと言う事。
「失礼します。私、オルフェ・ラディアスと申す者ですが、アトワイト神父は‥‥。はい? 昨夜から行方知れず‥‥ですか」
 エルディンが勤めている教会でその情報を入手したオルフェは眉を顰めた。情報屋の勘というものは割と当たる。しかも吉事よりも凶事のほうが。
「ご存知だとは思いますが、最近、聖職者の人達が次々行方不明になっています。皆さんも気をつけて下さい」
 そう言い残して教会を出、オルフェは足早に次の場所へと向かった。
 何の連絡も無く消息を絶った神父エルディン。
 つまり、可能性としては。


 2人は『聖銀の翼』と名乗って冒険者活動を行っている。幾つかの事件、幾つかの冒険、幾つかの穏やかな日常依頼を共に手助けし、活躍した事もあったろう。
 今回のこの事件は、そもそも依頼ではなかった。まだ、依頼として冒険者ギルドにまで届いていなかった。
『聖職者拉致事件』。後にそう呼ばれる事もある、たった5日で20名もの聖職者が行方知れずとなった事件を、2人はつい3日前から調査していた。少なくとも調査し始めた頃はまだ5、6名といった所だったが、彼らをあざ笑うかのように次々と行方を晦ます者たちは増え続け、そして。
「‥‥敵の懐で情報を入手する為‥‥ならば事前に連絡があるはず‥‥」
 時折聖職者とは思えないほど大胆な行動をしでかす事に定評がある男だが、同時に冷静さも兼ね揃えているはずである。少なくともオルフェはそう信じていた。
「‥‥『ミサ』は明日の夜‥‥」
 空を仰ぐ。既に辺りは闇の帳に包まれ、寂寥さを感じさせる細い細い三日月が薄く見えている。
 オルフェがエルディンに伝えようと入手してきた情報は、あまり時間が無い事を指していた。聖職者達を拉致したのは悪魔崇拝者達。彼らが最近集まるのは何と、とある貴族の館であるらしい。貴族であるから下手に強行突破を掛けるのは難しいと思われた。だが、彼らは白黒問わず、聖職者達を連れ去っている。つまり、悪魔崇拝者達を赦し難いのは白黒どちらの教義に仕えていても同じだとしても、黒の教義を信仰する者にとっては悪魔崇拝者というものは根深い。異端審問官などが黒の聖職者に多いのはその教義であるが所以だろう。
 異端審問官ならば、或いは貴族などと臆せず進むかもしれない。
 時間を掛ければ貴族の館に押し入る事は出来るだろうが、それでは間に合わないのだ。
 彼らが『ミサ』を行えば、恐らく全ての拉致された人々の命が失われる。
「これは、威信に関わる事だと思われますが、如何でしょうか」
 そしてオルフェは真っ向から教会の人々と対峙し、『救出隊』を設けるべきだと告げて回った。黒の聖職者も攫われていたのはある意味運が良かったと彼は密かに思う。彼らは決して悪魔崇拝者達を赦しはせず、追い詰める事だろう。
「私も一緒に行きます。どんな危険も受けて立ちましょう。相棒のためなら苦ではありません」
 強い眼差しでそう告げると、『救出隊』の面々も頷いた。


 一方で、一人独房にて捕らわれの身となっている男は‥‥。
「縄抜けくらい‥‥オルフェ殿に習っておけば良かったか‥‥」
 ごろんと冷たい床の上に転がっていた。不貞腐れて寝ているわけではない。両手を後方に縛られた状態で、最初こそ大人しくしていたのだが、食事を持って来た女性に‥‥。
「貴女の瞳には天使の輝きを感じる。私には分かる、貴女はここにいるべきではない」
 と、手を取りつつ輝けんばかりの笑みを見せた場面を、見張りの男達に発見されてしまったのである。
「てめぇ、聖職者の分際で俺達の仲間をナンパしようたぁいい度胸だ!」
「ナンパじゃありません! 誤解です! これは私の本心で‥‥」
「もっと悪いわ!」
 げしげしと痛めつけられた後にきつくきつく両腕を縛られ、床に転がされてしまったのだった。
「あぁ、しまった‥‥。食事がまだ途中だったのに‥‥」
 食べておかねばいざという時に力が出ない。片手が使えなくては魔法も唱える事が出来ない。ごろんごろんと2回ほど転がった後、エルディンは高い所にある鉄格子の窓の外を見つめた。時は既に昼間近。忙しなく行き交う足音などが幾つも聞こえている。
「さて‥‥。布石が上手く働くかどうか‥‥」
 そして、呟く。


 窓の外が暗くなり始めた頃。
 地下牢でも変化があった。少し離れた所から悲鳴などが聞こえる中、エルディンも無理矢理移動をさせられる。行った先は広間。普段はパーティなどにも使えそうな場所が、今は暗く黒い世界に彩られていた。
「デビル召喚とは‥‥古風ですね」
「デビルは聖職者の血と魂を好むからな。これ以上の餌は無かろう」
 だが居るのは聖職者だけではない。怯えた様子の娘なども椅子に座らされ、或いは寝台の上に縛り付けられていた。
「確かにそうでしょう。しかし彼女達一般の娘さんは離して頂けませんか。まだうら若き乙女ばかり。このような所で終わらされてしまうのは余りに可哀想ではありませんか」
「清純な乙女と徳を積んだ聖職者。最高の餌だからな」
「まぁ‥‥そうでしょうね‥‥」
 一応言ってみただけである。だがうら若き乙女が失われる損失はこの世界にとって非常に大きい。由々しき事態だ、と思っているかもしれない。そのまま台の上に座らされていると、ふと朝の食事係の女性と目が合った。
「‥‥貴女とここでお別れになる事‥‥本当に残念でなりません‥‥」
 そして寂しげな微笑を浮かべてみせる。女はそういう出来事に弱い。はっとした表情を見せる女性に、エルディンは脈ありと確信した。勿論、決して恋愛の意味ではない。あくまで、女性を改心させるという崇高な使命のもとに。
「あぁ、最後に貴女と教会でお会いしたかった‥‥。心行くまで(説法という名の)愛の言葉を伝え、狭い(懺悔室という名の)場所で貴女と言葉を交わしあいたかった‥‥」
「‥‥わ、私‥‥」
「ぎゃー!」
 それは突然の出来事だった。見詰め合う男女の間に割って入ろうとした悪魔崇拝者の一人の頭上に、ひらりと誰かが舞い降りたのである。
「な‥‥!?」
 その影はダガーを両手に持ちながら、風のようにその場を切り裂いた。その後を鮮血が舞うように飛び散る。エルディンの首を絞めようとしていた男の首筋の皮を切った所で、オルフェは辺りに睨みを効かせた。
「‥‥私の友を、そして多くの貴重な命をお持ちの人々を、返してもらいます」
「オルフェ殿‥‥」
「エルディンさん」
 素早くエルディンの縄を切り落とし、オルフェはにっこり微笑んだ。
「さぁ、行きましょう。『聖銀の翼』が羽ばたく時は、今です」
 わっと敵が飛び掛ると同時に、不意に扉が開いた。一瞬敵の気が逸れた隙にエルディンが朗々たる声で言葉を紡ぐ。それは魔法。敵が気付いた時には既に遅く、悪しきものを焼き付ける強い光が彼らを襲っていた。
「道を開きます!」
「まさか、他の聖職者や乙女を置いて逃げろと?」
「そんな事は言いません! 存分に‥‥叩きのめしましょう」


 その後しばらくして広間の扉が開いた。だがその時には彼ら2人があらかたの悪魔崇拝者達を倒していて、全員『救出隊』の捕らわれの身となる。若干数名の若い女性を除いて、だが。
「貴女達が男共に騙され手伝わされていた事、私はよく分かっています。貴女達の心の傷は、私が癒しましょう。いつでも私の教会にいらっしゃい。そうすれば私が」
「エルディンさん」
 優しく女性達に声を掛けていたエルディンの背後から、オルフェが穏やかな声を掛けた。
「ん? どうしました、オルフェ殿」
「私、これでも相当心配しました。徹夜で駆けずり回って情報も集めました。勿論それは私の仕事ですからとやかく言いませんけれども」
「あぁ、ご苦労様でした。うっかり捕まってしまって本当にすみません。しかしさすが相棒ですね。本当に頼りになって‥‥」
「エルディンさん」
 穏やかな声だった。声と微笑みだけは。
「あの広間に私が天井から降りた時、女性をナンパしていた理由を教えて貰えますよね?」
「あれはナンパじゃありませんよ。布教ですよ。何言ってるんですか、オルフェ殿」
「あの台詞のどこが布教だったのか、教えて頂けますか? その答え如何によっては、存分に叩きのめしても?」
「うわ! 待って下さい! 私が素手でオルフェ殿に叶うわけないじゃないですか! それに女性に対して布教活動を続けるというのは、明るい未来を担う彼女達の子供の為にも必然事項で」
「何故女性限定なのか教えて頂いても?」
「ですからそれは」
 

 そうして、『聖銀の翼』の活躍があって、悪魔崇拝者達が貴族の館で目論んでいた悪魔召喚の術は阻止された。彼らの組織も解体され、しばしの平穏が訪れる。
 だがこの世に人が、悪魔が存在する限り、彼らの戦いは終わらないのだろう。
 そう、彼らの活躍はまだこれからなのである。
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2010年03月08日

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