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『金の天使 銀の子供 』
アーシャ・イクティノス(eb6702)&エルディン・アトワイト(ec0290)


『きのう てんしさまが きのうえからふった
 あくまがたくさん おいかけた』


 森は、アーシャの遊び場だった。
「あくまのしもべ、かくごッ」
 ゴッ、と鈍い音をたて、高い枝から吊るされた薪が宙に踊った。
「つぎ、かかってこぉい」
 たっと駆け出し、森の奥。
「いたっ‥‥」
 次の的を目掛け、木剣を思い切り振りかぶる。
「とどめだぁ!!」
 ブンッ、と振り下ろした剣は『あくまのしもべ』を正確に捉え、高く弾き上げた。
 その、一瞬あと。

―どさっ。

 目の前に、黒い塊が落ちてきて
「え?」
 目を、奪われた。
「‥‥いったぁ!」
 その隙に、振り戻ってきた薪が彼女の後頭部を強襲する。
「あぅ‥‥」
 頭を抑え、ちらつく星と痛みをやり過ごすためにごろごろと転がり‥‥黒い塊に、ぶつかった。
「ぅ‥‥」
 微かに上がった呻き声に、アーシャは慌てて飛び起きる。

 人? うぅん、これは‥‥

「き、きゃぁぁぁっ!!」


 もう大丈夫、という父の言葉にアーシャは肩の力を抜いた。
 落ちてきたのは、若いエルフの男性。
 傷だらけで服はズタボロ。一度呻いた後は、ぴくりとも動かなかった。
 慌てて父を呼ぶと、彼は応急手当を施し、屋敷の客間に運び込んだ。
 アーシャは、恐くて仕方が無かった。目の前で、死んでしまったらどうしよう、と。
「‥‥」
 今は、呼吸もおちつき表情も穏やか。
 窓から射す午後の光に髪がきらきらと輝いている。
「きれい」
 そっと触れると、金糸が指の間をすべり落ちた。
 あの一瞬、目を奪ったのはこの金色の軌跡だった。

 
 この辺でエドガーっていうエルフ野郎を見なかったか?
 
 翌日、人相の悪い男達が屋敷を訪ねてきた。
 父は、知らない、と彼らを追い返したが、屋敷の周りを探られているような気配があった。
 しかし、それも別の場所にエルフ男性が現れたという嘘情報を流したら、消えてしまった。
「あれはあくまでしょう?」
 彼は、悪魔が去った後、ようやく目を覚ました。
 真っ先に投げられた問いに、目を瞬かせる。
 その様子に、アーシャは両手で口を押さえた。
「ごめんなさい、なんでもない」
 きっと、秘密なんだ。そう思ったから。
 もし、こんな所に天使が居るって判ったら、きっと沢山の悪魔や、天使に助けて欲しい人が押し寄せてくる。

 そう。この人は天使さま。

 アーシャは確信していた。
 だって、空から降ってきた。
 それに、いつか妹と二人で見た聖書。その挿絵の天使と同じ、キラキラの金色の髪をしているもの。
「ねえ、て‥‥あなたの、名前は?」
 天使さま、と呼びたいけれど、皆に秘密なら仕方が無い。他の呼び名が必要だ。
「‥‥」
 彼は焦点の定まらない目で部屋を見回し、ようやくアーシャと視線を合わせた。
「エルディン、です」
「わたしアーシャ。よろしくね、エルディンさん」


 この屋敷は、不思議な場所だった。
 突然現れた行き倒れ男を手厚く看護した上に、行き場が無いと知れると、暫く滞在するといい、ときた。
 上手い話には裏があると、思い知った筈なのだが、あれから数日特に不穏な気配はなく‥‥
「ねぇ、エルディンさん」
 エルディンの思考は、幼い声に遮られた。
「かけた」
 差し出された蝋板の綴りを見て、彼はいくつか訂正を加える。
「いいですか? ここの綴りは‥‥」
 最初はしおらしく聞いていたアーシャだが、すぐに落ち着きを放り出し、そわそわと辺りを見回し始める。
「アーシャ」
「あのね、さっき雨がふって、いまは晴れでしょう?」 
「ええ、そうでしたね」
「だからね、虹がみえるかも。それでね、虹がいちばん、きれいにみえるのは、シロツメ草の丘のうえなのよ!」
「は?」
 言うだけ言うと、アーシャは振り向きもせずに部屋を飛び出した。
「待ちなさい、勉強が途中ですよ!」
 叫びながら、追いかける。しかし、彼女の運動神経にはとても適わない。
 きっと、肩で息をしながら、一緒に虹を眺める事になるだろう。


『きょうは、父上と天使さまは、おへやでチェスをしていました。』


 ここへ来て何ヶ月だったか、と指居り数える屋敷の主に、エルディンは移ろった季節の数を答える。
 そうか、という返答と、ポーンを進める音が重なった。
 アーシャの家庭教師兼遊び相手、手が空いた時は主人のチェス相手。何時の間にやら、そんな役割も板についてしまっていた。
「私は、ここに居て良いのでしょうか」
 呟いたが、次の一手に集中しているらしく、主人の返答は無い。

 初めてここで目を覚ましたとき。銀色の娘に名を尋ねられ、とっさに出てきたのは何故か本名だった。
 堅苦しい家業に反発して家を飛び出し、それ以来名乗ってきた偽名ではなく。
 森の中で彼女の足音を耳にした時、追っ手のそれだと思った。そのため、さらに高く木に登ろうとして転落したのだが‥‥あれは、救いの足音だったのかと、今は思う。


『今日、天使さまは空へ帰ってしまいました。
 少し寂しかったけれど、しかたがありません。
 ときどき、きてくれると約束しました。
 空から降りてくるのは大変だとおもうけど、はやく会いたいです。』


 アーシャはため息をついた。
 気が向いた時だけ書いている日記帳に、今日は小さな嘘を吐いてしまった。
 本当は、少しじゃなくて‥‥とっても。
 妹と離れて寂しかったアーシャのところに、降りてきてくれた天使さま。
 先生で、兄で、友達でもあった。
 でも、天使はいつか空に帰らないといけない。独り占めしてはいけない。
 だから、笑顔でさよならとありがとうをしようと思ったのに‥‥少しだけ、泣いてしまった。


 屋敷を離れた後も、エルディンは時折イギリスを、そしてこの家を訪れた。
 何度目かの訪問の時は、聖職者の姿となっていた。
 最初驚いた顔で見つめていたアーシャだが、何か納得するところがあったらしく、すぐに馴染んでしまった。
 

『エルディンさんは、神父になって戻って来た。
 やはり彼は神の使いだ。』


「何ですか? これ」
 あと数日で、アーシャ・イクティノス(eb6702)が異国へ嫁ぐという夜。
 荷造りを手伝っていた後見人エルディン・アトワイト(ec0290)は、古い冊子を見つけた。
「表紙に何か‥‥あ、『日記』ですか。綴り間違ってますけど」
「え? ちょ、ちょっと待って下さい!」
 毟り取ろうとしたアーシャだが、抱えていた荷物が仇となり、ひょい、と避けられる。
「最初のページは‥‥随分古いですね。そして誤字が酷い。昔の苦労を思い出しました」
 お世辞にも勉強熱心とは言えなかった彼女に、読み書きを習得させるのは大変だった。ラテン語に至っては全く身に付かなかった。
「ふむ『てんしさまがふった』ですか。おや、この日付は確か‥‥」
「あああっ、考えなくていいですってば!」
「私がアーシャと出逢っ」
「きゃー!!」
「‥‥となると、この『てんしさま』は私ですか、成程」
 エルディンは、にっこりと笑ってみせる。
「ううう。その時は、こんなに型破りで女好きの人だなんて知らなかったもん〜」
「失礼な。この聖なる母の忠実なるしもべを捕まえて」
「実はアブナイ女の人の愛人崩れだったくせに〜」
「な、何故それをっ」
「使用人から聞きました〜。その時は、言葉の意味が解らなかったけど」
 当然だ。『ヤクザの愛人に逆ナンされて釣られてみたら半殺し』‥‥子供が理解していい言葉ではない。
「‥‥」
 エルディンは、弁解することなく口を噤んだ。やぶへびを恐れたのだ。
 それ以前にも場末の酒場や金持ちの未亡人の家を転々としていた、という事の方だけでも、せめて隠しておきたいではないか。


 アーシャと出会ったあの日から、彼は数年間、彼女達と暮らした。
 何時の間にか親友となった主や、無邪気で快活なアーシャと共に過ごすのは楽しかった。
 しかし同時に、彼らが『楽しく』居られるのはこの家の中だけだという事にも、気付いていた。
 社会通念として、そして義弟にハーフエルフを持つ者として、彼らの境遇は解っていたつもりだ。
 幼いアーシャでさえ、それを肌で感じている節があったが‥‥彼女は、それを表に出すことは殆ど無かった。
 明るく、前向きに、身の回りの楽しい事を探して、笑う。
 その笑顔には、力があった。エルディンに、彼女達や弟の立場を理解する聖職者になろう、と決心させるだけの力が。
 いつか、アーシャが屋敷の外でも笑えるような世の中にしよう、そう、思ったのだ。

 しかし、アーシャが屋敷を出る切欠は、思わぬ形でやってきた。
 両親の死、という形で。
 駆けつけたエルディンが見たのは、たった数人しか残らなかった使用人と、途方に暮れていたアーシャ。
 人が減った屋敷は、まるでからっぽの箱のようだった。
 死因は表向き病とされていた。
 しかし‥‥彼らを取り巻いていた悪意がついに屋敷にまで侵入し、毒という形を以って二人を死に至らしめたのだという事は、容易に想像が付いた。
 どれほど、下手人とその背後に在った者を糾弾したかっただろう。
 しかし、証拠となり得るものは、最後まで見つからなかった。


 エルディンは、取り返した日記帳を赤くなったり青くなったりしながら読み返してるアーシャの横顔を、見つめた。
「本当に‥‥大きくなったものです」
「な、何ですか急に」
「いえ、何となく」
 彼女の花嫁姿は美しかった。目にする事適えば喜びは如何ほどだったろう、と思うけれど、口には出さない。
「久しぶりに、墓参りにでも行きますか」
「‥‥? ‥‥あっ」
 エルディンの言葉に首をかしげたアーシャだったが、日記帳があるページに至ると、慌てて冊子を閉じた。
「どうかし‥」
「なんでもありません!」
「そんなに全力で否定されると却って気になりますが」
「気にしないで下さい!!」


『両親を亡くした私の元に、天使は再び舞い降りた。
 彼は天使ではなくて、エルフの聖職者なのだという事はもう知っている。
 けれど、やはり私にとって、彼は天使なのだと思う。
 妹と別れた時、両親を亡くした時。寂しいときに訪れて助けてくれる。
 彼は、冒険者になってノルマンにおいで、と言ってくれた。
 冒険者とは、どんな事をする人なんだろう。どんな人と出会えるんだろう。

 この家を離れるのは少し不安だけど、エルディンさんが居てくれるから大丈夫。』


「ねーねー、エルディンさん。シロツメ草の丘、憶えてますか?」
「お屋敷の近くの? 貴女のお気に入りの場所でしたね」
 止めるエルディンを振り切って、遊びに行った。
 そうすれば、彼は追いかけてきてくれたから。
「また、一緒に行きましょうね」
 いつも、妹と一緒に眺めていた朝日、夕日、そして虹。何時の間にか、彼と眺めた時間の方が、長くなっていた。
「そうですね。皆で一緒に」

 大事な妹も、愛する夫も。
 巡り会えたのは、冒険者になったから。

 アーシャは、日記帳の最後に残っている1ページの使い道を、決めた。
 いつか皆であの場所へ行った日にしよう、と。
 その時、最後に記す言葉も、もう決めた。恥ずかしいから、絶対に教えないし、見せないけれど。


『貴方が導いてくれたから、私は今とても幸せです。ありがとう、私の天使さま』
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2010年03月09日

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