▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『●もう一つの故郷 』
シルヴィア・クロスロード(eb3671)&閃我 絶狼(ea3991)&フレイア・ヴォルフ(ea6557)&アンドリー・フィルス(ec0129)&クリステル・シャルダン(eb3862)
 旅の空、シルヴィア・クロスロード(eb3671)は思い出す。
 前を行く愛する人の金の髪。そして自分の胸に揺れる銀の鍵。
 あの日の事は忘れる事はできない。
 自分には生まれ育った故郷とは別の、もう一つの故郷ができた日の事を。

「ここが、ぺリノア城か〜」
 閃我絶狼(ea3991)は見上げるように門とその城壁を見上げた。
 キャメロットの王城よりはずっと小さいが、個人の城としては十分すぎる大きさだ。
 外見も華美でなく無骨すぎもせず、周りの風景に溶け込んでいる。
 周囲に街のない荘園の冬。
 森の木々も畑も眠りについている。
 だがやがて春になれば豊かに輝く、緑の自然が咲くだろう。
 それはきっと美しいに違いない。
「ん?」
 そんな事を考えていた絶狼は、周囲の風景に似つかわしくない音が城からしているのにふと、気付いた。
 ドタバタドン。
 何かを運ぶ音、ぶつける音。そして
「荷物は乱暴に扱わないの! ほら、掃除サボらない! 逃げ出すなんて許さないよ〜」
 賑やかな声と笑い声が聞こえる。
「何をしているんだろうな?」
 覗きこんだ絶狼に気付いたのだろうか。
「あ、いらっしゃいませ! ご主人様、皆様、絶狼様がおいでですわ」
 メイドの一人が嬉しそうに駆け寄って来た。
 見つかっては仕方が無い。
「やあ‥‥リリン。皆。邪魔しても大丈夫か」
「わーい、いらっしゃい♪」
 集まる注目に少し照れくさそうに笑って、絶狼はぺリノアの城へと入っていった。
 駆け寄って抱きつく子供と仲間達の笑顔が彼を迎える。
「どうぞ。歓迎する」
 この城の主となった円卓の騎士パーシ・ヴァルの返答に微笑する絶狼であったが、自分があまり良いタイミングで来た訳ではないようだと直ぐに気付く。
 皆、真冬だと言うのに腕まくりをして、働いている。
 重ねられた荷物。汚れた大量の布、箒、桶。これから連想されるものは即ち‥‥大掃除?
「掃除の手が増えたね」
「ちょうど良い時、いや悪いときに来たな。お前さん」
 メイドナイトや戦士が意地の悪い笑みを浮かべていた。
「やっぱり、そう‥‥じなのか?」
「そうさ。ぺリノア城の大掃除。なにせ30年使ってなかった城だから。汚れや傷みは半端じゃない。皆でやったって簡単に終るかどうか‥‥。だから逃がしやしないからね!」
 いつの間に背後に回りこまれていたのか?
 がっしりとフレイア・ヴォルフ(ea6557)が絶狼の腕を掴んでいる。
「あたしも逃がしてもらえなかったんだから、一蓮托生ってね♪」
「逃がしやって、おい! 待てってば! 俺は!」
 そして、彼はずるずると引きずりこまれて行った。
 仲間達や使用人達の笑い顔と仕事の中に。

 ぺリノアの一族は古い騎士の一族であるという。
 その起源はケルトに連なり、神より賜りし三剣の一本を預かることとなった選ばれし血族である、と。
「ほお‥‥。これはヴァイキング時代のものかな?」
 そんな話をアンドリー・フィルス(ec0129)は仕事をしながら思い出していた。
 いくつかの力仕事を終えた後、彼は城の奥を掃除がてら見回っていた。
 机の上に倒れた花瓶はまだ割れずに元の形を止めていた。
 白い埃が積もっているがルーンのような文字の刻まれたそれは精緻な飾りが掘り込まれていて、ひょっとしたら昔、遠い北から運ばれたものなのかもしれないと思える。 
 壁にはやはり埃にまみれたタピスリーが飾られていた。
 ノルマン渡りの品であろうか。色がかなり褪せているが退色する前はきっと鮮やかな色で壁を飾っていたのだろうと想像できる。
「なかなか、いい趣味をしておられたのだな。パーシ卿のご父君という方は‥‥」
 デビルの襲撃を受け、滅んだ城と聞いていたのでアンドリーは正直もっと酷い惨状を想像していた。
 だが、近隣の街の者達が死者の埋葬はしていたらしく、部屋の多くはまるでほんの少し前まで人が住んでいたような面影を残している。
 華美ではなく、豪奢ではなく、だが趣味の良い調度がそこかしこに残っていた。
 聞けば最近まで死者たちが守っていたという。
 そうでなければきっと、泥棒たちが奪っていただろう。とアンドリーは思った。
 勿論長い歳月が輝きを奪ってしまったものも多い。
 だが、黒ずんだ燭台はどうやら銀のようだし、陶器の置物も指で埃を取ると昔の赤を取り戻す。
「これだけ一族の伝来の品が残っているのなら、大事に保存するよう進言してみよう。金銭的に見てもかなりのものだ」
 羊皮紙とペンで目に付いたものを書き止めながらアンドリーはそんなことを思っていた。古い品が持つものは勿論金銭的なものだけではないのだが‥‥。
「ん?」
 そのうち彼は城の奥に目立った扉を見つけた。
 精緻な飾りが掘り込まれたそこもやはり深く埃が積もっているが、30年の年月を経ているというのに朽ちた印象がどこにも感じられない。
 一枚の厚く上質な板で作られているそれは、大事な部屋への扉であるように思えてアンドリーは少し緊張しながら扉を押し開けた。
 幸い鍵のかかっていなかったそれは、ゆっくりと開き30年ぶりの客人を迎え入れる。
「これは‥‥」
 アンドリーはゆっくりと部屋の中を歩き、その部屋の意味を知った。
 そしてある場所で、ある物を見つけると、それを元の場所に戻し踵を返したのだ。
 この部屋が、この品物が待つ人物を呼びに行く為に。

「パーシ卿、少しよろしいか?」
 墓所から戻ったパーシ・ヴァルをできれば一人で、と彼はさっきの扉の前にと誘った。
 そして同じように扉を開き、中に彼を招き入れる。
「ここは‥‥、まさか?」
 パーシは立ち尽くしていた。
「お分かりか?」
 その部屋は誰が見ても他の部屋と違う作りをしていた。
 おそらくは城の主の部屋なのであろう。
「つまりはパーシ卿のお父上の‥‥」
 上質の絨毯が敷かれ、タンスのようなものの中には丁寧に作られた服が重ねられている。
 テーブルやその他の装飾品も上質。
 棚にはいくつもの書物が並び、魔法を帯びた剣や鎧も掲げられている。
「これらだけでもなかなかの見られぬ品であろうと思われる‥‥だが、パーシ卿。お見せしたいのはこれではない」
 アンドリーはそう言って彼を部屋の最奥へと誘った。
 そこにあったのは大きなベッドである。アンドリーはそのベッドに近づきくとその枕元の台に置かれた品を取ってパーシに手渡した。
 震える彼の手が滅多に見られぬ彼の動揺を表しているのがアンドリーには解った。
 渡したのは小さな宝石箱である。
 それそのものは普通の作りで箱にも酷く埃が積もっている。だが開かれた箱には長い年月を超えて遺された思いが入っていたのだ。
 肖像画。
 鎧を纏った騎士と彼に寄り添い微笑む女性のそれが宝石箱の裏に嵌められていた。
 そして中には二本の銀の鍵。
 パーシにはその鍵に覚えがあった。
 母親が大事に首から下げていたペンダント。
『それはなあに?』
 パーシが聞いても微笑むだけだった母の宝物であり、母と共に葬った筈のそれが表す意味をパーシはやっと知ったのだ。
「これはこの城の鍵、これを持つ者は父と母と‥‥そしてきっと‥‥」
 鍵を手に取ったパーシはおそらく人には見せぬ涙をアンドリーの前で一滴落とした。
 鍵の一つにはこう彫られてあったのだ。
『いつか戻るわが子へ‥‥』
「父上、母上‥‥」
 アンドリーは静かに礼を取り部屋を離れた。
 たった一つの絵、たった一本の鍵が伝える奇跡を、その素晴らしさを胸に刻みつけて。

 それから暫くの後、アンドリーは食事に出てきたパーシを見た。
 彼はいつもと変わらぬ様子で笑っていた。
 だが、その時、彼は一つの決意を既に固めていたのだと後に知る事になる。
 アンドリーが見つけたものは、その後押しをしたのだという事も‥‥。


「シルヴィア‥‥話がある」
 パーシはそう言ってシルヴィアをある場所へと誘って行った。

 そのほぼ同じ時。
 トントン、軽いノックの音が響く。
「はい、なんでしょう‥‥? あら、どうぞ」
 部屋の主クリステル・シャルダン(eb3862)はフレイアを笑顔で招き入れた。
「どう、なさいましたか?」
 クリステルの問いにフレイアはあのさ、と楽しげに微笑みながら指を立てた。
「多分、あんたも気がついているだろ? あの二人の事を‥‥さ」
 あの二人、固有名詞の無いその言葉に、だがクリステルはええ、と頷いていた。
「パーシ卿の様子が、だんだんに変わってきていたのはあたしも気付いてた。そして、今日、彼は何かを心に定めたようだった‥‥」
「ちょっと行ってみますか?」
 クリステルの提案にフレイアは片目を閉じて応じる。
 そして地下墓所の入り口で身を潜めた彼女達が見たものはシルヴィアを抱き上げて運ぶパーシと、彼に抱き上げられ顔を赤くしながらも胸に頭を預けるシルヴィア。
「愛している。俺の銀の翼‥‥」
 パーシはシルヴィアに口付け、抱きかかえたまま城へと入っていく‥‥。
「やったね!」
 扉が閉められた直後、フレイアはパチンと指を鳴らした。
「こいつはお祝いしないと! 手伝ってくれるかい? クリステル」
「勿論ですわ。使用人の皆様にもご協力を願いましょう」
 楽しげに笑い動き出した二人。
 その背後で閉められた扉の向こうでは、一人の娘が愛する男の腕の中で、女性へと生まれ変わろうとしていた。

「う‥‥ん、あ‥‥っ」
 閉じられた木戸の隙間から、微かに朝日が差し込むのが見えて、シルヴィアは目を覚ました。
 身体はまだ動かず、また動けない。
 生まれたままの姿の自分に、それを捕らえる『彼』の大きな腕。
 そして何より目蓋に触れる、金の髪に彼女は暫し、状況を把握できずにいた。
 シルヴィアが意識を完全に覚醒させたのは、それから数十秒後。
「私‥‥は‥‥」
 顔が朱に染まっているのが自分でも解る。そのままとっさに起こしてしまった肩から自分を抱きしめていた手が落ちた。
「あっ!」
 思わず慌ててしまったが『彼』は目を覚ます様子は無い。ホッと胸を撫で下ろしてベッドサイドに投げ捨てられたマントを拾い胸に当てた。
 昨夜の事を思い出すと夢のようだ。
 この城主の部屋に連れてこられて、彼に抱かれたあの夜が‥‥。
 だが夢ではない。
 目の前には無防備に目を閉じ、眠るパーシ・ヴァル。
 今も身体に、昨夜の彼の愛の痕と‥‥体温が残っている。
 微かな痛みはあるが、シルヴィア・クロスロードという存在全てが彼と共にある事に、歓喜の声を上げている。
「私は‥‥パーシ様の‥‥妻になれたのですね」
 自分で言った言葉にさらに頬が赤くなるのを感じながら、毛布をそっとパーシの肩にかけた。
 シルヴィアにとってこれは一つの夢であった。
 彼が安らいで眠る姿を見つめる事。
 いつも警戒し周りを気遣う彼が、何の心配もなく無防備に眠る。
 それは彼女を信頼している証でもある。
 シルヴィアは彼の頬に口付ける。
 ‥‥シルヴィアにとってパーシは最初にして唯一の男性。
 だが彼にとっては最初にして最愛の妻は別に存在する。
 正確には存在していた、であるが、すでに亡い相手であるが故に、シルヴィアは彼女に永遠に勝つ事はできないと解っていた。
 だが、それでいいとシルヴィアは思っている。思える。
 シルヴィアにとって彼女と出会い、愛した男性こそがシルヴィアが愛する男、パーシ・ヴァルなのであるから。
 ベッドから降りて立ち上がり、窓を開ける。
 冴えた空気の中、眩しいまでの太陽が空に輝いている。
 シルヴィアはそれがまるで、彼にとって太陽のようであったというキャロル、彼の妻のように思えた。
 自分は彼女のようにはなれない。
 ただ側にあって彼の羽ばたきを助けるのみ。
 けれど彼は自分を銀の翼と呼んでくれた。
 共に行こうと、側にいろと言ってくれた。それが自分の役目であるのなら‥‥。
 跪き、彼女は天に向け祈りを捧げる。 
「キャロル様、どうか‥‥お許し下さい。パーシ様と共に生きる事を、私は貴方の分まで彼を愛します。そして彼を命の限り助け、その眠りが安らかなものになるように守りますから‥‥」
 答えは勿論、返りはしない。
 ただ、肌を抱きしめた光が不思議なぬくもりを帯びたのが、彼女の返事であると信じ、思う事にしたのだった。

 シルヴィアが朝食の席についたのはパーシ・ヴァルのそれより、少し遅れての事であった。
 部屋に着替えに戻った分の差であるが、彼はもう娘と共に食卓についている。冒険者は食事を終えた者もいるようだ。
「おはようございます。奥様」
 椅子を引いてくれた家令の言葉の意味に、気付くのに彼女は半瞬遅れた。
 そして気付いて直ぐ、また席から立ち上がり家令の手を引くと部屋の外へと連れ出したのだった。
「ど、ど、ど、うしてそんな事を?」
「どうしてと、申されましても、シルヴィア様がこの城の女主人になられた事は解っておりますので‥‥」
「だから、どうして!!」
 真っ赤になって責めるように追求するシルヴィアの肩を
「こらこら、家令の旦那を困らせるんじゃないよ!」
 くい、フレイアは軽く引いて寄せた。
「フレイアさん‥‥」
 朱に染まった耳元に
「シルヴィアさん。首元に赤い痣がついていますわ♪」
 息を吹きかけるようにクリステルが囁く。
「!!」
 慌てて両手で押さえるが、その行動は昨夜、自分がパーシと何をしたか、言葉に出したのと大差が無い。
 それに気付いて俯くシルヴィアにくすくすと笑いながら二人は右と左の手を取り
「おめでと。よかったな」「おめでとうございます」
 心からの祝福を送ったのだった。
「お二人とも‥‥」
 手のひらから二人の真心が伝わってくる。シルヴィアは目を閉じて答える。
「ありがとう‥‥ございます」
 だから気付かなかった。
 二人の笑顔に隠された小さな企みを、本当の最後まで。
 シルヴィアがそれを知るのは二日後の事になる。

 そして二日後。
「ほら、シルヴィア! お嬢! もう、皆がお待ちかねなんだからささっと着る! メイクもしなきゃなんないんだからね」
 男子禁制と大きく張り紙が貼られた部屋にて。
 フレイアは今日の主役である二人を半ば拉致のように部屋に押し込めると服を、男性には絶対出来ないスピードで剥ぎ取っていった。
「あの‥‥何をするおつもりなんですか?」
 まだ理由が解らず首を傾げるシルヴィアに
「勿論、結婚式をするんだよ」
 何を解りきったことを。そういわんばかりの堂々とした態度で胸を貼り、フレイアは言ったのだった。
「け、結婚式! ですか?」
 顔を赤くする二人に、そう、とフレイアは頷く。
「お嬢はともかく、シルヴィアは直ぐに旅立っちまうんだろう? そうしたら当分結婚式どころじゃない。だから、ここでやるんだよ。略式ので悪いけどね」
 イヤかい?
 そう問うたフレイアに二人はそれぞれに首を横に降った。
「そうか、なら良かった。実はもうパーティの準備はあらかた終ってるんだ。招待客もじき来る。後はあんた達の着付けだけ」
 ウインクしてフレイアはそれぞれにドレスを渡す。
「サイズは合わせてある筈ですわ」
 にっこりクリステルは笑うが、シルヴィアは凍りついている。
「これ‥‥背中が殆ど見えているんですけど‥‥」
 だが、
「マーメードラインっていうんだよ。いいだろう?」
「大丈夫ですわ。痣はメイクで消しておきますから」
 二人は楽しそうに笑うだけで彼女の抗議など聞いてはくれない。
「う〜ん、せっかく長くて綺麗な髪なんだからちょっとアップにしてみようか?」
「そうですわね。白いドレスにローズヴェール、ローズブローチ、ローズリングで統一しましょう。コンセプトは白薔薇で‥‥パーシ様もきっと喜びますわ」
 すっかり盛り上がっている二人の様子にシルヴィアは、大きく息を吐き出す。
「‥‥解りました。お任せします」
 瞬間、二人の瞳がさらに輝いた。キラリンと効果音が聞えてきそうなほどに。
「言ったね! もう手加減はしないよ。じゃあこの泡塗って、ほっぺをもっとつややかにしよう」
「後は魅惑の紅を引かせて頂いて‥‥ティアラも着けましょうか?」
 手加減していたのか、とかというツッコミを入れたいと思いながらも、シルヴィアは微笑み、全てを彼女達と協力者に委ねる事にした。
「お二人が幸せな時を紡げるように全力でお手伝いさせて頂きますわ」
 彼女達に心からの感謝を送りながら‥‥。
「シルヴィア? ガータートスはどうする?」
「はいいっ??」

 ぺリノア城大広間。
「30年人の手が入ってない所をよくここまでしたもんだ」
 美しくなった城と並べられた料理に心から感心したように呟くと、部屋を見回しながら、絶狼はパーティ料理の一つをひょいと口に入れようとした。
「ダメです! あと少しですから待ってください」
 パチン、リリンの伸びた手がリリンが料理をつまもうとした絶狼のそれを打つ。
「いてっ!」
 顔を顰めならも楽しそうに働くフーとリリンを横目に見て、絶狼はさりげなく、本当にさりげなく声をかけた。
「これから、どうするんだ?」
 と。
「このままここで働くも良し、何かやってみたい事があるなら応援するよ」
「絶狼様‥‥」
 リリンは顔を赤らめた。絶狼はきっとこれを言う為に来てくれたのだろう‥‥。
 だから、偽りの無い思いを彼女は感謝の思いと共に彼に返した。
「絶狼様。私、誰かの役に立つ存在になりたいと思います。今は、まだメイドで手一杯ですけど、もし私やフーが冒険者を目指したら‥‥助けてくれますか?」
「僕もぼうけんしゃになりたい。そしてパーシさまや、ぜつろうさまみたいに、みんなをたすけるんだ。でも‥‥できるかな?」
「当たり前だろ!」
 くしゃくしゃと、絶狼はリリンとそしてフーの頭を撫でた。
「困ったことがあれば、いつでも来い。俺はいつもキャメロットの冒険者酒場に居るからな」
「「はい!」」
 二人は嬉しそうに頷いた。
 そして彼は気付く。
 二人は彼にとっても心の支えとなる、大事な存在になっていることに。
 絶狼は確信する。二人はミシアのように道を誤ることはもう決して無いだろうと。
 絶狼は決心する。約束したように二人が何かに困ることがあれば、必ず助けになろうと。
 誰にいう事もなく、自らの心に彼は誓っていた。

 その日、ぺリノア城は冒険者と使用人達が密かに用意した客と料理と飾りに彩られた宴会の会場となった。
 来賓はウィルトシャーの各領地の領主や名代達。
 彼ら立会いの元、冒険者の手作りの結婚式がしめやかに営まれていた。
 パーシ・ヴァルがエスコートするのは薔薇のような装いのシルヴィア。
 その美しさに誰もが、夫となるパーシでさえ息を呑み、フレイアは思わず手を握り締めたものである。
 もう一組の夫婦と共にクリステルは二人の前に立って司祭役を務めている。
「今、ここに大いなる神の元に、二人を祝福し、娶わせます。どうかお幸せに‥‥」
 クリステル手作り。
 薔薇の刺繍と香りのリングピローに乗ったリングを渡すのはパーシ・ヴァルの娘であり、今日からシルヴィアの娘にもなるヴィアンカであった。
「ヴィアンカ!」
 シルヴィアはリングが落ちそうになるのも気にせずに、強く、強く彼女を抱きしめる。
 昨日の夜、ヴィアンカと二人きりでした約束を思い出しながら。
 ヴィアンカはシルヴィアにこう言った。 
『私は、シルヴィアさんのこと、好きだけど嫌い。嫌いだけど好き。でも、お父さんが好きなシルヴィアさんは、‥‥私も好きなの。
 だからシルヴィアさん、いつまでもお父さんを好きでいて。
 私は大丈夫だよ。一番好きな人はもう、決まっているから‥‥』
「ヴィアンカ。私はずっと、貴方の事が大好きですよ。可愛くて大事な、私の娘‥‥。どこにいても貴方の幸せをいつも願っていますから‥‥」
「おめでとう。お父さん‥‥シルヴィアお母さん」
 司祭クリステルはその光景を笑顔で見守ってから
「誓いの言葉を‥‥」
 と促す。
「いつまでも‥‥共に」「はい」
 互いの指に誓いの指輪を嵌めた二人は、唇を重ね互いを確かめあう。
 ここに神と人に祝福された新たな夫婦達が生まれたのだった。


 翌日、フレイアとクリステル、そして冒険者達は家令からパーシとシルヴィア、そしてヴィアンカが旅立ったことを聞かされた。
 昨夜の結婚式で
『道行に幸有るように‥‥戻ってきたら正式な式を見せておくれよ』
『シルヴィアさんをお願いします。二人ともどうかお気を付けて。人手が必要になりましたらいつでも声をかけて下さいね。どこへでも飛んでいきますから』
 そう声はかけたし、一晩二人をからかい、酒を酌み交わし、思い出を語り、とにかく思いっきり楽しんだので、とりたて改めて告げる言葉があるわけでは無いが、最後の見送りも別れの言葉もなしで去って行ってしまった三人に、ほんの少し水臭いと思い、ほんの少し不満は残る。
 見送られるのも、別れを言うのもイヤだったのだろうという思いは十二分に解るのだが‥‥。
 だから
「ねえ、クリステル」
 フレイアは笑ってそう声をかけた。
「何でしょう? フレイアさん?」
 同じ笑みでクリステルは答えた。
「今度、三人が戻ってきたら、今回のなんか問題にならないくらい派手な結婚式をしてやろう?」
「いいですわね。その時は、キャメロット中の人を呼んで大パーティにしましょう」 
 そんな会話の後、二人は知らず、手を前で組んで空を仰いでいた。
 それは空に捧げられた祈り。
 大切な友の無事を願う思いの現れであった。

 彼らの旅立ちと同時、アンドリーは手に一枚の羊皮紙を握り締めていた。
 それはパーシから同じ目的の為に旅立った冒険者達に当てた連絡先の知らせ。
 共に戦おうと言う彼からのメッセージである。
「パーシ卿、いつか必ず共にトリスタン卿を助け出しましょう」
 そして彼もまた旅立つ。
 彼らと同じ空の下へ。

 絶狼は一度だけぺリノアの城を振り返った。
 リリンとフー。
 自分を慕い見送ってくれる二人に一度だけ手を振り返してキャメロットに戻る。
 彼はキャメロットに在り続けるだろう。
 いつか、来る約束の時の為に‥‥。
 
 そして、キャメロットの門にて。
「パーシ様‥‥」
 ヴィアンカをケンブリッジに送り、最後の事後処理を終えた二人は、思い出深い街と王城を目と心に焼き付けていた。
「次にここに戻るときは三人で、ですね」
「ああ‥‥」
 大事な人を必ず取り戻す。
 その決意を胸に彼らは愛すべき街に背を向けた。
 もう、目的を果たすまで振り返る事はしない。
 そして目的はきっと叶えられる。
 彼らは一人ではないのだから‥‥。
「シルヴィア。これを」
 パーシはシルヴィアを呼び寄せると小さなペンダントを首にかけた。
「これは?」
「俺達の家の鍵だ。ヴィアンカとお前に一本ずつ預ける」
 両親の部屋で見つけた形見である、とは彼は告げなかった。
 自分の鍵はヴィアンカに。
 そして父の、城の主の鍵を彼は妻に預けたのだ。 
「パーシ様の分は?」
 彼は首を横に振る。
「俺のは必要ない。お前が側にいるのだからな」
 頬を赤らめるシルヴィアの唇を奪ってのち、彼は愛馬に飛び乗った。
「行くぞ。シルヴィア」
「は、はい!」
 二人は旅立つ。
 未来に向かって。 


 ぺリノアの城の最奥で小さな肖像画はまた長き時、愛するわが子らの帰還を待つ。
 だがその瞳がもう埃に曇る事はない。
 永遠に‥‥。
 

    
 
WTアナザーストーリーノベル -
夢村まどか クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2010年03月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.