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『〜透けて滲む真実〜 』
来生・一義3179)&来生・億人(5850)&(登場しない)

 来生億人(きすぎ・おくと)が呼んだ救急車で、城東大学付属病院に向かう間、弟はまったく目を覚まさなかった。
 心配そうに付き添いながらも、すぐに病院には到着し、検査のために運ばれて行った弟を見送って、来生一義(きすぎ・かずよし)はストンと長椅子に腰を下ろした。
 その横には、のほほんとお気楽な表情のままの億人が、物珍しげに辺りを見回していた。
 眼鏡を外し、一度疲れた目頭を強く押さえてから、一義は改めて眼鏡をかけて億人を見た。
 糾さなければいけないことがあった。
 それも、弟のいない内に。
「25年前」
 前触れもなしに一義は切り出した。
 ちら、と億人がこちらに視線をよこす。
「25年前、あいつが変な格好の男たちに連れ去られた時、私にあいつの居場所を教えてくれたのはお前だな?」
 それは質問でも、疑問でもなく、確認だった。
 億人は顔色ひとつ変えずに、あっさりとうなずいた。
「せや」
 即答だった。
 一義は驚いてまじまじと億人を見つめた。
 こんなに簡単に認めるとは思わなかったからだ。
 だが、至って億人は平静である。
 動揺の欠片すら、見当たらない。
「…何故今まで黙っていた?」
 押し殺したような声でそう問うと、頭の後ろで両手を組んで、にこっと億人は笑った。
「兄さんが訊かんかったからやん」
 またしても、一義は目を丸くして億人を見た。
 拍子抜けだ。
 そのまま固まってしまった一義に、どこから見ても平和そのものの顔で億人は言った。
「俺も訊こうと思ってたことあるんや」
 何だ、と問う代わりに視線を上げてみせると、億人は、にやりと嫌な笑いを浮かべて口元をほころばせる。
「兄さんな、生きてた頃からあれの正体に薄々気ぃついてたんちゃう?」
 その表情と口から吐かれた台詞の両方に、一義は一瞬言葉を失った。
 だが、ここで動揺を気取られては後の祭りだ。
 ほんの少しゆがみかけた表情を必死に取り繕って、一義は抑えた声で言い張った。
「どこに証拠があるんだ?」
「そこにあるんやろ?」
 ちょいちょい、と曲げた人差し指で、一義の服を指した。
「兄さん、いつもいつも持っとるやん。それこそ肌身離さずなぁ? …例の日記帳」
 今度こそ、一義の鉄面皮が崩れた。
 真正面から突っ込まれ、動揺が全身に広がる。
 だが、億人は特に頓着したような様子はない。
 相変わらず飄々とした態度のまま、続ける。
「えらい隠しよるから気になってな、力使って見てしもたわ。ごめんやで? 日記帳の中身、父親の遺稿の復元やったよな。オリジナルは火事で焼けたはずやし、そもそも存在を知らなんだら兄さんも復元しようと思わんはずや」
 何から何まで真実を、空気のように軽く暴き立てる億人に、一義はそれ以上抵抗しようとは思わなかった。
 膝の上で指を組んで、そこに視線を据えながら、一義はぽつりぽつりとあきらめたように語り出した。
「私が生きていた頃、父親の書斎に辞書を借りに行ったんだ。学者の部屋だから、壁一面本ばっかりでな、探すのにだいぶ苦労した。ようやく見つけて取ろうとしたんだが、背伸びをしてやっと届くようなところだったから、辞書といっしょに周りの書物まで床に落として…日記帳はその中の一冊だった。偶然見つけたんだ」
「へぇ…で?」
 うながされて、一義は先を続けた。
「これは日記帳とは言っても、日常生活のことなんてほとんど書いていなくてな…大半が研究記録のようなものだった。それもかなり詳細な記録だ。あの火事で、これが跡形もなく失われるのは惜しいと思ったんだ。だから、父が長年続けた研究を無にしないように、そう思って形見として復元した」
 そこまで聞いて、億人は背もたれから上半身を起こした。
 うつむいて話す一義の目を、下からのぞき込むようにしながら、嫌な笑いを貼り付けた顔のまま言う。
「それだけか? 兄さん、ただあれを見守る為に11年も探しとったんか?」
 一義は斜めに億人を見上げた。
 その目にはもう動揺の色はなかった。
 ただ、底の知れない光をたたえた、静かな瞳があるだけだった。
「それ以外に何の理由がある?」
 億人は肩をすくめた。
 今日はこれ以上は聞き出せないようだ。日を改めるとしよう。
 笑いをおさめ、投げ出した足を引き寄せて立ち上がりながら、後半はまるでひとり言のように億人はつぶやいた。
「ホンマ? …まあええわ、あれも自分の過去を色々調べとるようやけど、近々嫌でも判る話や」
 はっとして、一義は億人を見上げた。
 今、この悪魔は何か大事なことを言わなかったか。
 ゆっくりと歩き出す億人に向かって、思わず立ち上がりながら一義は怒鳴った。
「どういう意味だ?!」
 だが億人は犬を追い払う時のように、右手をひらひらとさせただけだった。
 振り返りもせず、たった一言置いていく。
「待っとるのも飽きたし、先帰るわ」
「おい!」
 一義の制止を無視して、億人は病院の自動ドアの向こうに消えて行く。
 その後ろ姿を見ながら一義は、億人が自分たちに関わるのは、趣味でも遊びでも偶然でもなく、何か裏があるのではないか、と心の底から疑い始めていた。


〜END〜
 
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 
 何と…!
 一義さんも何か「真実」をご存知だったのですね…。
 このお三方はいったいどんな未来をお持ちなのでしょうか…。 
 波乱の予感が前回以上に増しているのが大変気がかりです…。
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です。
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2010年03月12日

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