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『誰にも知られぬ人形劇 』
海原・みなも1252)&(登場しない)

 おぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉおお‥‥‥‥‥‥
 風が鳴るように呻き声が響き渡り、あたしは耳を塞ごうと手を動かした。声はあたしの鼓膜を揺らすたびにビリビリと全身を小刻みに揺らし、震えさせる。
「うぅ‥‥ぐすっ、ひくっ」
 あたしは手を動かして耳を塞ぎ、目尻に溜まった涙を拭おうとする。でも、それは出来なかった。
 あたしの手はあたしの手じゃないみたいに、固まっていて動かない。
 ううん。そこに腕も、指も何も無いみたい。指を動かそうとしているのに、動いている感触なんて何もなくて、あたしは暗い場所にただ呆然と立っているだけ。
 “ある”と実感出来るのは、外の空間をジッと見据えている目と、響き渡る呻き声を拾う耳だけだった。真っ暗な室内。たぶん地下室か何処かだと思うんだけど、それも確信は出来なかった。あたし自身、ここに来た時のことを覚えてなんていなかったから、印象でしか決められない。
 真っ暗だけど、薄ぼんやりと瓦礫のような物が見える。タイル張りの床に硝子の破片や、何処かのパイプや捨てられた雑誌、マネキンなどが散乱している。
 何処かのデパートだと思った。既に廃墟になって、忘れられている場所。見た事なんて一度もなくて、何でこんな場所にいるのかも分からない。
 ‥‥‥‥ううん。違う。あたしは、ここのことを知っている。
 見たことはないし、来たこともない。でも、聞いたことはある気がする。動かない体。閉じられない目蓋。目を覚ます前に着込んでいた制服だけが、どこからか吹き込んでくる風に揺れている。
 まるで人形みたい。
 着せ替え人形、それかマネキン人形だ。
 ジッと動かず、飾られて着せ替えられて、捨てられる。そんな人形の話を、何処かで聞いた。最近聞いた。誰かから聞いた。ここに来る少し前に、ここに連れてこられる少し前に、あたしは聞いたんだ。
(誰か、来て)
 あたしは何もすることが出来ず、ジッと外の世界を見続けていた。


「都市伝説?」
「そう。このデパートに伝わる怪談、かな」
 あたしの友人は、そう言った。いそいそと従業員の制服を着込み、楽しそうに語っている。
 あたしの名前は海原 みなも。何処にでもいるようで、何処にもいない。世にも珍しい人魚の女子学生である。
 この日、あたしは友人に頼み込まれてデパートの売り子のアルバイトに出向いていた。風邪が流行っているという理由で従業員が少なくなっているらしい。急遽短期で働いてくれる人を探していたらしい。
 長くても三日ぐらいの短期アルバイトだったけど、あたしはスケジュールが空いていたこともあり遠慮無く友人の誘いに乗り、働くことになった。
 ‥‥‥‥そうして言われたのが、この怪談話。
 都市伝説という、人々の噂に乗って広がる伝染病。
「このデパートの地下に、昔地震で崩れた売り場があるらしいよ。そこに飾られていたマネキンがお化けになって、偶にお客を攫って行くんだって」
「被害者がいるんですか?」
「行方不明者がちらほらと。まぁ、家出人で片付けられちゃってるみたいだけどね」
 友人はそう言って笑っていた。けど、あたしは笑えなかった。
 こうした怪談話は、隙ではない。特に都市伝説のような噂話の場合、偶に洒落や冗談では済まない物が混ざっている。
 ただ話に聞いている分には、少し変わった話と言うだけで、害はない。話題に上れば、皆で怖がって笑うことも出来るだろう。
 でも、あたしはこうした話になると、どうしても眉を顰めてしまう。
 そうして広がる都市伝説の中には、偶に本当に怪異が発生するモノが混じっていると、知っているから。
「そんなに怖がらなくても良いよ。このデパート、地下室なんてないし」
「そうなんですか?」
「うん。地震で結構派手に壊れちゃったみたいで、埋め立てたんだって」
 友人はそう言ってあたしの肩を叩き、「心配ない心配ない!」と、声を上げる。
「幽霊なんて、怖くないって。このデパートに何人のお客さんがいると思ってるの? みなもちゃんがいくら可愛くたって、真っ昼間から狙われないって!」
「ふふ、そうですよ、ね‥‥‥‥」
 あたしは友人に、そう答えていた。けど、心の何処かでは不安に感じていた。嫌な予感を覚えていた。
 都市伝説とは、“知る”事で怪異に巻き込まれる類のものが多い。あたしは、そうした怪異の類にはそこそこ詳しいと思うんですけど、怪異は、その怪異を知らない人の所には現れない。何も知らない人を相手に、危害を加えることはない。だけど、自分のことを知っている人、気にしている人の所には、自分から向かっていく。怪異の方から近付いてくる。相手がどんなに拒んでいても、否応なしに引き込もうとする。
 だから、それは伝染病みたいなモノ。
 話題としては面白いのだろうけど、聞かされる側としてはとても手放しには笑えない、怪談話。
(神様。どうか‥‥‥‥ただの噂でありますように)
 そう願って、あたしは仕事に集中することにした。
 この都市伝説のことを忘れるぐらい働けば、怪異に会うこともないだろう。そう思って働いた。怪異のことも忘れ、忙しなく働いた。上司さんから倉庫に行って、マネキンを持ってきてくれと頼まれても、抵抗を感じないぐらいに忘れていた。
 ‥‥‥‥狭い通路。デパートの裏側は、とても入り組んでいて何も知らずに歩いていると迷ってしまいそうだった。
「ぁ、そう言えば‥‥」
 そこで、ふと、あたしは思い出してしまったのだ。
 一人で薄暗い通路を歩き、傍には誰も居ない。そんな時に、思い出してしまったのだ。
 忘れられた地下室。朽ち果てたマネキン。どこからか響く呻き声。
 人間を引き込む、怨霊の人形の都市伝説を‥‥‥‥
「むぐっ!?」
 ザザッ、と誰かに足を掴まれた。腕を掴まれた。体を抱き締められた。耳を塞がれた。目を閉ざされた。あたしの世界は真っ暗に染まり、塞がれた耳には誰かの掌を通して、寒気を呼ぶ暗い声が‥‥‥‥
 ――――そこで、あたしの意識は閉ざされた。
 目を覚ませば、暗い部屋。
 ここが何処で、現実なのか、夢なのかも分からない。
 分かりたくもない。
「うぅ、ひぐっ。誰か、助けてぇ」
 声にならない声で、あたしは泣いていた。
 泣いて、泣いて、涙も流れないのに、泣き続けた。
誰か来てくれるのを、ジッと‥‥‥‥暗い部屋の中で、待ち続けた。


 ぴちゃんぴちゃんと、何処かで水の音がする。外では雨が降っているのか、パイプを通して流れ込んできた水が、見えないところで滴り落ちて、水溜まりを作っている。
 床は一面、薄い水溜まりになっていた。
 ああ、そう言えば、今週の天気予報は、雨が多かったですね。
 あたしは夢心地にぼんやりとしながら、室内を見続けていた。
 何も考えられなくなっている。どれだけの時間が経ったのか、分からない。
 この部屋には陽差しも入らず、朝か、昼か、夜なのかも分からない。
 だから、あたしには何も無い。目を閉じることも、耳を閉ざすことも出来ず、眠ることも出来なかった。
 ただの人形。そこに立ち、静止しているだけの存在には、“存在している”という事実以外に何も必要ないと言うことなのかも知れない。
「誰か、誰か」
 あたしは呟き続ける。懇願し続ける。
 でも、誰かが聞き止めてくれることはなかった。
 誰も、ここには訪れない。声は自分にも聞こえず、心の中で響くだけ。
 しくしく、ぐすぐす
 遠くで、誰かが泣いている。
 誰の泣き声なのかは分からない。でも、たぶんあたしと同じように人形にされた誰かなのだろうと、漠然とそう感じていた。
 理不尽な地獄。あたし達が何をしたというのだろうか。
 唐突に叩き込まれた怪異に、あたしは憤りよりも絶望を感じていた。
 このまま、ずっと放置されているのかと思うと、誰かを責める気にもなれない。怪異の話を教えてきた友人には、無事を祈りこそすれ、恨みなど抱けない。誰かを恨んで憎んでいれば、あたしも人形として怪異の一員になれたのかも知れないけど、あたしには出来なかった。
 ただずっと立ち続け、あたしは時間を過ごしている。
 ――――――――ドォン!
 遠くで、凄く大きな音が聞こえてきた。
「な、に?」
 ぼんやりとしていた心が、ほんの少しだけど、覚醒する。
 朝、目を覚まして目蓋を開けた時のような気分。目蓋なんて動かないけど、でも意識がハッキリとしてきた。誰かの足音が耳に届いて、あたしの心が揺さぶられる。
「ムゥ! クキャキャキャキャキャ!!」
「ひっ!」
 でも、あたしの目に飛び込んできたのは、人間とは懸け離れた、全く別の何かだった。
 一見すると、それは蜘蛛のように見えた。手足が何本もあり、頭が一つ、体が酷く細長いけど、暗闇ならば見間違えて当然のシルエット。でもよくよく見るとそれは蜘蛛などとはとても呼べないモノだった。
 マネキンの胴体に、マネキンの手足が何本も生えている。胴体から太腿に、太腿から別の胴体に繋がり、足に腕が、腕に足が、頭に胴が、胴に何本もの手足が繋がれていた。
 それは、蜘蛛とも形容出来ない姿だった。
 あたしの背筋が凍り、恐怖に体が震え出す。
 人形となったこの体では、震えることも逃げることも出来ない。
 でも、あたしの心は震えていた。何処かのB級ホラー映画に出て来そうな、異様な容姿の人形。それがガシャガシャと騒々しい足音を立てて迫ってくる。蜘蛛のように這い、硝子や瓦礫を撒き散らしながらあたしに迫ってくる。
 これまでに数々の恐怖体験を乗り越えてきたあたしでも、そんな光景には耐えられなかった。悲鳴を上げ、逃げようと心が藻掻く。でも人形となった体は言うことを聞いてはくれず、得体の知れない人形はあたしの体に手を伸ばして――――
 ドォン!
 爆発音。遠くで聞こえていたと思った爆発音が、人形の体から響き渡った。
「キィィィィィィ!!」
「きゃぁ!!」
 人形が壁に激突し、その体が四散する。壁と天井が崩れ、ガラガラと凄まじい音があたしの体に襲いかかった。
 痛みなんて、あたしは感じなかった。それでも体が崩れて瓦礫に埋まり、身動きが取れなくなる。
 まぁ、元々体は動かなかったんですけど‥‥‥‥体が崩れた不快感と不安が広がり、ごろごろと転がった首が、崩れた瓦礫に潰されて停止する。
「はぁ、はぁ‥‥‥やっと、終わったか」
 と、そうして転がったあたしは、ようやく人の声を耳にした。
 暗闇の奥から、白装束を着込んだ男の人が歩いてきた。体に奇妙なお守りのような物を貼り付け、装束には所々血で濡れている。街を歩けばすぐにも警察に連行されてしまいそうな格好だった。
 でも、あたしはその人を見て、助けを請うよりも先にその人が心配になり、「大丈夫ですか!?」と駆け寄りたくなった。
 だって‥‥‥‥その顔色は凄く青くて、今にも倒れてしまいそうだったから。
「これで、呪いも解けるだろうな」
 男の人は、そう頷いて、天井を見上げた。
 人形が激突したことで、建物がビキビキと音を立てている。元々廃墟同然に打ち捨てられていたこの部屋は、衝撃に耐えられないと悲鳴を上げて膝を折った。
「早く、ここから出ないと!」
「ま、待ってください!」
 男の人が、あたしに背を向けて去っていく。その背中に声を張り上げ、あたしは今度こそ助けを求めて叫んでいた。
 でも、あたしの声は、もう、誰にも届かなかった。
 ガガガガガガガガ‥‥‥‥‥‥‥
 崩れ落ちる地下室。あたしは、あたしをこの姿にした人形と一緒に、瓦礫の下に埋もれていく。
「待って! 待ってぇ!」
 泣きながら、声を張り上げる。
 痛みも何も感じない体で、あたしは一人、埋まっていった‥‥‥‥


 ――――そうして、時間が経ち――――
 あたしは今でも、この地下室に埋まっている。
 どんなに時間が経っても、どれだけ体が壊れても、あたしはこの瓦礫の下に埋まっている。
 痛みも感じず、朽ち果てることもなく、あたしは、暗いこの場所に、埋まっている。
 ダレカ             タスケテ
 ただその念だけを残して、あたしはここに居続ける‥‥‥‥



Fin



●●理不尽極まりない怪談。それが醍醐味だと思う今日この頃●●
 怪談話というのは、大抵理不尽極まりないと思うのです。そんなメビオス零です。
 理由など一切なく、罪もない人間を巻き込み食い物にする。のですが、今回の人形は何をしたかったのでしょうね? 理由など一切明かされないので、誰にも何も分からない。でも、それが良い。自分の知らないところで話が進んで、決着が付くのが現実なのですよ。ふふ、ふふふ‥‥‥‥
 まぁ、しかしアレですね。いつか、彼女が救われるのだと信じたい。
 人形のままで瓦礫に埋まっちゃいましたけど、元に戻っても怖いですから‥‥‥‥ある意味良かったのかも知れません。体、バラバラになっていますから。人間に戻ったら‥‥うぅ、怖いことに。
 また作品に対するご意見、ご感想などが御座いましたら、是非ともお送りくださいませ。
 今後の作品の参考にさせて頂きます。今回は少し書き方も変えていますので、読みにくかったら申し訳ありません。
 では、今回のご依頼、誠にありがとうございました(・_・)(._.)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
メビオス零 クリエイターズルームへ
東京怪談
2010年03月18日

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