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『IF〜LOVE STORY〜 』
宗太郎=シルエイト(ga4261)

 ――これは、ある学園の2月14日の物語。

「――やっ!」
 月森 花は濃いオレンジ色のボールを一気にリングに叩き込んだ。
 バスケ部の朝練の仕上げは軽い対抗戦で、花のシュートを最後に終了だ。
「よーし、終わり!」
「月森先輩、お疲れ様ですー!」
「今日もかっこ良かったです!」
 女子バスケ部のエースに、わらわらと後輩たちがタオルやドリンクを持って群がってくる。
 中には、なにやら可愛い包みを持った子も……
「ありがとう……っと! もうこんな時間?」
 花は受け取ったタオルで汗を拭きながら時計を確認すると、しまったという顔をした。
「いっけない。始業時間まで、もう時間ないじゃん」
「え、まだ大丈夫ですよ、先輩……あの」
「んー、ごめんね、ちょっと行くとこがあるんだ。また後でね♪」
 軽く手を振って、何か渡した気な後輩を振り切って、花は体育館を駆け出した。
 着替えもせずに花が走っていった、その行き先は数学の準備室。
 がらりと戸を開ければ、お目当ての人の背中が見える。
 その背の高い男性は、数学の先生だ。宗太郎=シルエイト。その長身としゃんとした体つきは、ドイツの血が混ざったクォーターだからだろうか。
「先生〜♪」
 その後ろ姿を見ただけで、花は嬉しくなって上機嫌の声で呼びかける。
「なんですか。私は授業の準備で忙しいんですが」
 けれども宗太郎の方は、淡々と……冷ややかに振り返った。
 普通の女子生徒なら怯んでしまいそうな冷淡な雰囲気だったが、花は笑みを崩さない。そんな他人を突き放すような雰囲気の人を見ると、花は逆にちょっとからかいたくなる性質なのだ。
「わあ、先生冷たーい」
 宗太郎は新任とは言え、もう暦の上では次の春も訪れる時節。花と宗太郎の初対面はその前の春で、この一年で散々宗太郎は花にからかわれたり絡まれたりしてきている。
 こんな突然の来襲も、今日に始まったことではない。
 だからこその、冷淡な雰囲気でもあるのだが。
 そんな手の焼ける生徒の来訪に、鬱陶しさを感じつつも……その屈託ない人懐こさのせいか、宗太郎はどうしても花を無視はできなかった。
「なんですか。用事なら、手早くお願いします」
「はいはい♪ 先生、ねぇ? 放課後、少〜しだけお話があるんだけど……いい?」
「話?」
「そ。放課後、屋上でね♪」
 にこにこと笑う花に対して、宗太郎の表情は更に険しくなる。
「……そんな約束はできませんよ」
 ぷいっと冷たく手元の資料へ向き直り、宗太郎は花に背中を向ける。
「早く着替えてきなさい、ホームルームが始まりますよ」
「え〜! そんな冷たく言わないで〜」
「暖かく言っても同じです」
 そこで、ホームルームの予鈴が鳴る。これ以上粘られたら遅刻させてしまうと思いながら、もう一度宗太郎は振り返ろうとして。
「ほら、予鈴が」
 頬に、ツンとつつく指先を感じた。
 ……振り返るのが読まれていたと思うと、複雑な気分で眉根が更に寄る。
「待ってるからねー♪」
 まんまと宗太郎のほっぺたをつついた花は、怒られる前に笑って踵を返す。
「…………」
 声にならない何かを口の中に閉じ込めて噛み潰し、宗太郎は花の背中を見送った。
 その背が見えなくなってから、宗太郎は壁のカレンダーに目を遣る。
 宗太郎が、今日の日付に気づいていないはずもない。
 世間一般にどういう日なのか、知らないわけでもない。
 今日呼び出されるというのは、そういうことだ。
 今日という日にチョコレートをくれるのは、花だけではないかもしれない。
 慣例みたいなものだ。
 プレゼントを貰ったって、深い意味はないことだって多いだろう。
 花は、いつもおふざけのような様子なのだから、なおのことだ。
 動揺することなど何もない。
 ……何もない、はずなのに。
 花が相手だと思うと、なにやら危険な未来予測が脳裏によぎるのも事実だった。
 途中経過はすっ飛ばして、宗太郎は校長室で責任問題を吊し上げられる自分の姿を幻視する。そしてその意外なほどのリアルさに、頭を抱えた。




「次、問5を……」
「先生」
「なんですか」
「問5はさっきやりました」
「……いや、今やってたのは問4だから」
「えーと、だから、問4も二回やりました」
「…………」
 授業が上の空というのは問題だと、宗太郎は深く反省した。
「すみません、ぼーっとしていたようです。では次、問6の答を」
 謝罪をし、指した生徒に改めて答を言わせて、式の説明のために黒板に向き直る。
 そして黒板に答の式を書こうとして、キ、という不快音に手を止めた。
 ノートに書き込みをしていたままのシャープペンシルを持ったままだったことに、顔を顰める。
「……すみません。この式は……」
 一体、一コマの授業で何度すみませんと言ったやら、宗太郎は終わり間際には自分でもわからなくなっていた。


「今日、宗ちゃん、なんかおかしいんだってよ?」
「おかしい?」
 朝練でおなかが減ったので、二時限目の後に軽く早弁をしている花のところにクラスメートが寄ってきて、そう言った。
 花は自分の気持ちを押さえたり隠したりはしていないから、近くにいる者だったら宗太郎に向かう花のそれを知っている者は多い。
 その子もそんな友達の一人で、聞き込んできた話をにやにやと耳打ちする。
「もーね、一・二時限の授業、ぼろっぼろだったらしいよ?」
「へぇ?」
「何やったの、花」
「えー? ボク何もしてないよ?」
 まだ。と続けかけて、それは飲み込む。
「うそうそ、知ってんだゾ。花、ホームルームの前に宗ちゃんとこ行ってたでしょ?」
「うん、それは行ったよー。でも、なんで知ってんの?」
「バスケ部の子に朝練終わった後、着替えもせずに走ってったって聞いたから」
「……どこに行ったか見てたわけじゃないよねぇ?」
「あんたが今日そんな風に行く場所がわからいでか。で、その時、宗ちゃんどうだったわけ?」
「普通だった」
 普通に冷たかった。
 それは本当だったから、授業でおかしかったという宗太郎の様子が自分のせいだとは花には思えなくて、本気で首を傾げる。
「ボクのせいじゃないと思うけどなあ」
「ホームルームの前まで普通で、一時限目にはおかしかったんだから、そこまでに起こったことが原因に決まってるじゃないの。そりゃ、あんたでしょ?」
「そーかなー」
 花は半分ほど食べた弁当箱を片付けながら、首を傾げる。
 自分のしたことは、話があると呼び出しただけだ……と思い、それはそんなに宗太郎を掻き乱すことだろうかと考える。
「わかんないなあ」
「ホントに心当たりないの?」
「ないや。宗ちゃん、どうしちゃったんだろうね?」
 ふーん? と不思議そうにクラスメートも首を傾げた。




 昼休み。
 早弁した分足りなくなった昼食を買い足しに購買まで行く途中で、花は宗太郎と行き合った。
 手にあるパンとコーヒーを見て、花のこれから行く先から戻ってきたのだと思う。
 その手にあるものを軽く覗き込んで。
「宗太郎先生、これからお昼? 何買ったの?」
「ハムサンドですが」
「焼きそばパン残ってた?」
「もうありませんでしたよ」
「えー。うーん、コロッケパンは?」
 宗太郎は、面倒そうに目を細める。
「コロッケパンはあったと思いますが……急がないとなくなりますよ」
「ありがと、先生♪ じゃ、急ぐね!」
 花はお礼を言って、宗太郎の横を駆け抜ける。
「廊下を走るんじゃありません」
「ごめーん! コロッケパンなくなるから勘弁して〜」
 花は宗太郎を振り返って、手を振った。
 ……クラスメートは今日の宗太郎はおかしいと言っていたけれど、そんなことはないじゃないかと、そう思う。
 いつもと同じに、花は購買まで走っていった。

「ごめーん! コロッケパンなくなるから勘弁して〜」
 宗太郎が走り過ぎる花を視線で追うように振り返ると、花は笑顔で手を振っていた。朝に押しつけていった約束など、忘れてしまったかのようだ。
 ……本当に忘れているのではないかと思い、宗太郎の胸の内には複雑なものが去来する。
 忘れているなら、忘れている方がいい。
 気にしていないと自分では思っても、午前中の授業でやらかした多くの様々な失態が、それを否定する。
 気にしている。
 ものすごく気にしている。
 宗太郎が、あの少女を好きだなんてことはない。それはないのに、だ。
 彼女の積極性が何かやらかして、宗太郎が責任を問われることを気にしている……のだと思うのだけれど。
 それにしても気にしすぎだと、自分でも思う。
 でも。
 今通りすぎていった花は普通だった。
 やっぱり考えすぎだったかと、宗太郎は一つ息を吐き。
 午後はもう少し普通通りの授業ができるような気がして、数学準備室に向かって歩き出した。




 放課後。
 花が約束を忘れているなんてことは、あり得ない。当然のように、授業が終われば、すぐさま屋上に向かった。
 その手には、用意したチョコの箱。
 ラッピングは宗太郎に合わせて、淡いブルーグリーンのクールな雰囲気で。
 屋上には、誰もいなかった。
 何も考えずに待ち合わせ場所に選んだのだけれど、意外に穴場なのだろうかと、花は柵の間際まで歩いていった。
 屋上の柵の向こうには、昇降口から吐き出されて早々に帰っていく帰宅部の生徒たちの小さな姿が見下ろせる。
 花は一度屋上の扉を振り返り、誰か来たらすぐわかるのを確認して、もう一度下を見た。
「……早く、来ないかなぁ〜」
 放課後すぐに帰る生徒たちの群れが一段落して、だんだんと歩く姿が疎らになっていく。もしかしたら今頃校舎裏辺りでは、意中の人を呼び出してチョコを手渡す姿などがあるのかもしれない。
 誰にとっても、今日はバレンタインディなのだから。
「遅いなぁ〜……」
 花の他にも宗太郎を呼び出した女生徒がいたりしたのだろうかと思うと、ちょっと悶々としたけれど。
 それは邪推だったと、下を眺めていた花は発見した。
 宗太郎の姿が、そこにあったからだ。
 多分誰かに呼び出されて、そっちを優先したなんてことはないだろうと思う。時間的にも難しいだろうし、なにより誰かの呼び出しには応じて花の呼び出しには応じないなんて器用なことができるタイプではない。
 だとしたら――忘れたわけではないのだとしたら。
 すぅ、と花は息を吸い込んだ。
「先生〜っ。こっちこっちー♪」
 下まで届くように、思い切り声を張り上げる。
 花は、ちらっと宗太郎が上を見上げた……と思った。
 けれども宗太郎は歩みを止めずに、門へと向かう。
「……そーちゃーんっ!」
 花は更に声を張り上げた。
「帰っちゃうんなら、今ここで言ってもいーい〜?」
 今度こそ、宗太郎が確かに上を見上げたのを花は確認した。
「ボクねー!」
「ま……!」
「宗太郎先生の……!」
「待ちなさい! 今行くから!」
 花の声を掻き消さんばかりの大声でそう叫び、宗太郎は陸上部が羨むような猛ダッシュで昇降口に駆け込んでいった。

 人生でこれほど速く階段を駆け上がったことは多分初めてだと、宗太郎は思った。
 一体何秒で屋上までの階段を昇りきったか、考えたくもない。
「あっなたは……何をしでかして……」
 息が切れるというよりは詰まって、呼吸の仕方を忘れたかのようだった。それを思い出せるまでに僅かばかり咳き込んで、くらくらとする。
「こんな屋上から、何を言おうと……!」
 苦しい息の下からの説教も、花にはどれだけ届いたものか。
 花はにこにこ笑って、宗太郎を見ている。
「やっぱり来てくれた♪」
 そして言うに事欠いて、これだ。
 来なかったらさっき何をしたと言うのかと、小一時間問い詰めたかったが。
 しかし、その機会は失われた。
 呼び出されたのは宗太郎で、話があるのは花なのだ。
 気がつけば花は宗太郎に向かって、まっすぐに立っていた。
「今日は何の日か知ってる? 先生」
「……知っていますよ。それほど常識ないと思っていますか」
 宗太郎がそう言うと、花は目を輝かせ。
「今日は菓子屋の陰謀の日です」
 そしてそう続けると、苦笑いした。
「……先生、それはないよ〜」
「本当のことでしょう」
「違うよ、今日は愛を誓う日なんだよ」
 ぷぅと花は頬を膨らませ、唇を尖らせる。
 それからその顔を面白いくらい、ぱっと笑顔に変えて。
「だからね……ボク誓うよ。先生はボクのこと五月蝿い子だって思ってるかもしれないけど……先生が大好きなんだもん。宗太郎先生が大好きで大好きで……答えは聞かないけど、ボクの想いは知って欲しいから」
 花はその手に持っていた、綺麗な箱を差し出した。
 受け取るかどうか、確かに一瞬宗太郎は迷ったけれど。
 照れたように笑う少女の顔から目が離せないままに、いつの間にか、その箱を手にしていた。
「……仕方ないですね」
 思わず受け取ってしまった箱に視線を落とし。
「お返しは期待しないように」
 できるだけ冷たく、そう告げる。
 花は困った生徒で、それは何も変わらない。
 何も変わらないけれど、なんだか気持ちの奥に湧いた何かを悟られないようにしなくてはならない気がして――宗太郎は、努めて淡々と続けた。
「ほら、用が済んだらさっさと行きなさい」
 ほら、と、その頭をぽんと……叩くのではなく、軽く頭に手を置いた。
 後から、なんでそうしたのだろうかとふと自分でも疑問にも思ったけれど、宗太郎に答は出なかった。
 人の行動は数学のようには割り切れない。
 花はやっぱり笑っていて。
「受け取ってくれてありがと! 先生!」
 その笑顔も、やっぱり宗太郎には割り切れない気がした。

 恋は、いつでも割り切れない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga4261 / 宗太郎=シルエイト / 男 / 20? / 高校数学教師】
【ga0053 / 月森 花 / 女 / 17? / 女子高生・バスケ部エース】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびは、ご依頼ありがとうございました〜。ラブラブを書くのは大好きなので、嬉しかったです。IF学園ものということで、モブもいれてそれっぽくしたのですが、如何でしたでしょうか。
 お話自体はほぼご依頼の通りに仕上げたつもりですが、あとはそれぞれのキャラがちゃんと掴めていたら良いのですが……
 またご縁がありましたら、よろしくお願いします。
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2010年03月23日

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